world6
式はもちろん中断された。
イザークは着替え、部屋にいたが、キラの様子が気になってしかたがなかった。
しかし、自分が彼に会っていいものか悩む。
散々酷い仕打ちを受けてきたのだ。
「はぁ・・・」
塔から離れてしまったので、此処に鳥が来ることは無い。
だが、その代わりに庭に出ることは許された。
殺風景な庭。
木々は無造作に生い茂り、枯れているものもある。
イザークは息のつまりそうな城の中にいるよりはいいだろうと、庭に出ることにした。
雑草を踏んで、庭にでる。
イザークが与えられた部屋は1階なので、そのまま庭に出ることが出来る。
ザッザッと草を踏む音は生暖かい風に消える。
少し歩くと、木と小さな池にたどり着いた。
湧き水によって出来た池のようだが、水の色は濁っている。
チリンッという音が、イザークのいる背後の草むらからして、彼女は後ろを振り返った。
ガサッガサッと草を掻き分ける音とともに、小さな猫が姿を現した。
鳥以外の生物をこの国で見るのはイザークは初めてだった。
よたよたと歩きながら、子猫は池に顔をつけようとする。
水を飲もうと思っているのだ。
しかし、この池の水は汚いので、まだ免疫力の低い子猫がこの水を飲めば病気になる。
イザークはゆっくりと近づき、その猫を呼び寄せた。
怯えるかと思った猫は、イザークを見るとすぐにそちらに擦り寄ってきた。
「おいで・・・綺麗な水のほうがいいから」
薄汚く、やせ細っている子猫を抱き上げて、イザークは部屋に戻った。
その様子をキラは最上階にある自分の部屋、窓際に置いたベッドの上から眺めていた。
傷は思ったよりも浅く、貫通していたのが良かったのか、
止血をし、薬を塗りこんで包帯を巻かれただけだった。
血も軟膏によって塞がれているので、出ていないし、
アスランの処置が良かったのか数週間もすれば治ると医者に言われた。
「どうして、僕には…」
あふれ出る感情。
皇帝である自分が、鳥や猫がうらやましいというのか。
そんなわけは無い。
それでも、嘘はつけない。
思ってしまっている。
イザークに笑いかけてほしいと。
部屋に猫を入れて、まず洗面所にお湯をはり石鹸を泡立てる。
子猫は大人しく、部屋で待っている。
手に石鹸がついたままだったが、子猫に手を差し伸べると、すぐに擦り寄ってくる。
イザークは子猫を抱き上げて、お湯の中に入れる。
石鹸で体を静かに洗って、お湯で流すと、薄汚れてグレーだった毛の色が真っ白になった。
「お前、凄くきれいだな」
タオルで拭いて、箪笥に入っていたリボンを取り、子猫の首に巻いてやる。
「いいぞ。じゃあ、水をあげよう」
子猫を抱いたまま、水差しを取りに行き、ティーカップの皿に水を注ぐ。
テーブルに子猫を置くと、ペロペロと水を飲みだした。
飲んでいる間に、茶菓子として出たケーキを細かく千切る。
水を飲み終えた後、それを子猫の口元に持っていくと、おいしそうに食べた。
「美味しいか?ふふ…可愛いなぁ」
千切っては口にもっていきを繰り返した。
しかし、お腹がいっぱいになると、いきなり子猫が走り出し、部屋から出て行った。
「ちょっ・・・」
イザークは猫を追いかけた。
この城の中で生き物を見たことは無い。
もしかしたら、見つかってなにかが起こるかもしれない。
部屋を出ると、長い廊下が左右に続く。
白い猫は、右に走っていた。
イザークもスカートの裾を持って走った。
廊下の端につくと猫が角を曲がる。
角を曲がるとすぐに階段があり、猫はその階段を軽やかに上がっていった。
イザークも息を切らしながら階段を上がる。
猫は一気に最上階まで上がった。
イザークが必死の思いで上がると、なぜか猫は彼女のことを待っていたが、イザークの姿を確認すると、猫はまた走っていた。
「はぁ・・・はぁっ・・・どこに」
イザークはまた走り出す。
猫を追いかけると、一つの扉の開いた部屋の前に来た。
自分がいた部屋の扉とは明らかに違う豪奢な作り。
『ニャァ…』
奥から猫の声がする。
イザークは、そっと扉を開けて中に入った。
扉の中の部屋には赤い絨毯がひきつめられていた。
しかし、それ以外には窓辺に大きな天蓋つきのベッドがあるだけ。
何も無い部屋。
『ニャァ・・・ニャゥ』
確かに猫の声は聞える。
「出ておいで?・・・早く」
イザークが話しかけても、何も反応が無い。
「出ておいで??」
「…何が?」
キラがベッドの陰に立っていた。
猫を抱えて。
「ぁ…」
「この猫…君が?」
ゆっくりとキラがそこからイザークへ向かって歩いてくる。
「ニャァ」
キラは猫の喉元を撫でながら、イザークの前に立った。
イザークは動けない。
猫は心配だが、足が動かないのだ。
「…ちゃんとしないと…誰かが処分する」
「あっ」
キラが猫を差し出す。
イザークは無意識にそれに反応して、手を出して猫を受け取った。
「ぁ・・・ぁりがとう…ございます」
小さい声でイザークがお礼を述べる。
「…」
キラはそれには何も言わずに、またベッドの方に戻った。
来る時は気付かなかったが、どうも歩き方が不自然だ。
右肩が不自然に上に上がっている。
そこでイザークは思い出す。
キラが自分を庇って、銃に当たったということを。
「ぅ・・・ぅでの・・・傷は…」
去るキラに咄嗟にイザークは声をかけてしまった。
「大事はない」
「ありがとう…ございました…私を」
「庇ったわけじゃないよ」
言う前にキラがさえぎる。
「体が勝手に動いた。それだけ…用が無いなら出て行ったら」
「…また、来ます」
なぜかそう出た。
口がまるでそこだけ意思を持ってしまったように。
イザークは自分で言って驚いた。
「・・・勝手にして」
キラは振り返ることなくそういう言うとベッドに戻った。
また来ます。
イザークがそう言った次の日。
彼女は城の人に頼んで花と花瓶を用意してもらい、それと猫を連れてキラの部屋に行った。
「花を…飾ってもいいですか」
「・・・」
キラからの返事は無い。
イザークは複雑な気持ちを抱いたまま、キラのベッドの横に置いてあるテーブルに花瓶を置いた。
白い小さな花が開けられて窓から入ってくる風で揺れる。
キラは体調を考慮して一切の公務を休むことになったらしい。
今も、ベッドの中で本を読んでいる。
「ふぅ…」
キラに聞えないようにため息をついて、イザークはベッドからは見えない位置に置いてもらった椅子に座る。
何も無かった部屋だが、イザークに使えていた者が気を利かせて持ってきてくれたのだ。
「ニャア」
イザークが花を飾っている間、部屋の中をうろうろしていた猫が彼女の所に戻ってきた。
「フィリア…静かに」
イザークはしぃーと唇に人差し指を持ってき、そして猫を抱き上げた。
昨日一晩かけてイザークは猫の名前を考えた。
そして、つけた名前が『フィリア』友人愛という意味だ。
この国では、このフィリアしかイザークには友達がいない。
「ん…眠い?」
ごろごろと喉を鳴らして、猫はイザークの膝の上で欠伸をし、丸くなった。
そんな猫の背を撫でながら、イザークのうとうとしだす。
ゆっくりと流れる時間の中で、イザークも猫と一緒に眠りの世界に入っていった。
「寝たの」
猫の鳴く声もしなくなり、イザークが動く気配もなくなった。
キラはそっと寝台を抜けて、イザークの座っている椅子のところまできた。
「ニャァッ!!」
猫がキラの気配に気付き、起きてイザークの膝から降りようとする。
「主人が起きるぞ…待て、これをかけるから」
キラは手に持っていた自分の上着をイザークの肩にかけた。
「…ニャァ」
「お腹が空いた?」
キラは猫を抱えあげて、自室を後にした。
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