world5


『イザーク王女の身柄を返還して欲しい』
そう書かれた書簡は捨てられた。
キラはイザークを手放すつもりなど無い。
彼女を自分の元に。
そして、豊かなジュール王国を帝国の支配下に置いて、更なる帝国の繁栄を願い。
栄光を築こうとしていた。
何人たりとも、自分の行く道を邪魔するものは許されない。

「アスラン!!」
「何か?」
書簡を捨てて、突然キラが立ち上がるので、彼も急いで立ち上がる。
「イザークを后に迎える」
「…」
「聞えなかったのか?」
いや、聞えている。
いずれはそうなるとは思っていたが、急すぎる話だ。
「僕とイザークが婚姻関係を結べば、国際議会も何も文句は言わない」
婚姻関係を結んでしまえば、議会は手出しが出来ない。
イザークを返せとはいえなくなる。
他人が結婚を破棄させることは出来ないのだから。
「それは…そうですが」
まだ、それには時期が早い。
だが、この皇帝は一度言い出したら、止めることは絶対にない。
アスランの考えならば、あのジュール王国の領土をすべて開拓してから、キラの好きにさせようと思っていた。
もう、事実上ジュール王国は滅びたのだ。
いまさら国際議会などに構う必要は無い。
奴らが軍を出してきたとして、この国に敵うわけはないのだ。
「まだ、領土の開拓が済んでないどころか、手付かずです。せめて、領土の一部でも…」
「うるさい!!」
キラが一喝して、すぐ脇に置いておいた、もう一本のサーベルを抜いてアスランにその刃を向ける。
「っ」
アスランが刃を向けられて黙る。
「先に、議会の口を封じておいた方がいい。また、このような手紙が送られてくるのは不愉快だしね」
キラが剣を下げて、鞘に入れる。
「そうと決まれば、各国に伝令を」
「はい…」

なぜ、こうまでしてイザーク・ジュールに皇帝は固執するのか。
体か?顔か?
だが、キラが望めば、イザークよりも美しい女などいくらでも手に入るというのに。
あの女のどこにそんな魅力があるのか。
アスランには理解できなかった。
だんだんとアスランの計画が崩れていく。
「イザーク…ジュールッ!」
アスランは、忌々しくその名前を小さく口にした。



「今なんて…」
「皇帝が、正式に貴女を后に迎えるといった」
「っ!!!」
数日振りに塔に人が上がってきたと思ったら、相手はキラではなく側近のアスランだった。
窓辺の椅子に座り、いつものように鳥と戯れていたイザークだったが、鳥が人の気配に気がつき去っていく。
ノックもせずに開けられた扉からは、紺色の髪を持つ騎士があらわれ、無情にもそう告げたのだ。
「もう、ここにはいなくていい、王宮に貴女の部屋を用意させた、至急にそちらへ移り、婚姻の儀の準備を」
「嫌です!!私はキラと結婚なんてしない、この国の人間などにならない!!」
イザークは叫んだ。
「そう思うのは、貴女の勝手だが…国際議会から連絡が来た。貴女を解放しろと」
やはり書簡が届いた。
イザークは密かな希望を抱く。
「国際議会の命令に契約国は従う義務がある、それぐらいわかって…」
「だから、キラはお前と結婚すると言い出した!!!」
突然アスランの口調が変わる。
怒りを含んだその声音にイザークが驚く。

「お前さえ…いなければ」
「うぐっ」
いきなりアスランがイザークの首を掴む。
ギリッと音を立ててアスランの右手がイザークの細い首に食い込む。
「あ…かはっ…」
「私は、ヤマトの領地を広げるために、ジュールを滅ぼした!!
まだ、あの国には鍬の一本も入れてはいないのに!!
あの国の住人の一人も生かさず、すべてを我らの…我が物にするはずだった!!!」
「ひぁ…っ…ぅぁ」
自分の骨が軋む音が聞えてきそうなくらいの強い力。
「なのに、何故お前が!!このヤマトの后になどなろうとする!!」
アスランは、イザークの首を力いっぱい横に跳ね飛ばした。
ドサッという音と共に、イザークが床に落ちる。
「っは…はぁ…はぁ…っはぁ…」
窒息しそうだった喉にいきなり空気が大量に入って来て、イザークは咳き込む。
大理石の床に打ち付けられた肩や背中も悲鳴を上げていた。
それでも、イザークはアスランを見る。
「俺は…お前を認めはしない。キラの命令さえなければ、お前は何時死んでもおかしくはないんだ」
怒鳴るように、吐き捨てて、アスランはマントを翻し、塔を降りた。



自分の心には誓えない

キラが、婚儀を結ぶといったその日から、着々と準備が進んでいった。
しかし、イザークの元にキラが訪れることはなかった。
イザークは、婚礼のために、塔から移動させられ、今では帝国の城の中に、一室を設けられていた。
毎日のように、変わる変わる人が訪れては、華やかな衣装を着せられ、
髪の毛をいじられ、宝石を身につけさせられる。
何人もの文官がイザークに、婚礼の儀の慣わしや、約束事を説いていった。
イザークは、ただそれに従った。

婚礼の日当日。
キラは、世界に対してこの婚礼の儀を執り行うことを大々的に報告した。
ヤマト帝国に付き従う国の者達は、この婚礼の儀にと参加するために、次々帝国へと集まった。
帝国への門が開き、暗く灰色の壁には、その場にはとても似合わない白いベールが、
入り口から、皇帝の座る王座まで伸びている。
回路には赤い絨毯がひかれている。
その周りに集まる、きらびやかに着飾った多くの人々。
赤い絨毯の先には、神父。
そして、黒い服に身を包んだ、皇帝。
その姿を瞳に映すことなく、白いベールを被ったまま、イザークは一人その回路の入り口に立っていた。

静かに音楽が流れ出し、イザークは言われた通り前へと歩いた。
一歩一歩歩くたびに、白いベールがゆれ、かすかにイザークの顔が覗く。
虚ろな目はずっと下を向いたまま。
ベールと同じ色の純白のドレスは裾が長い作りで、歩くたびに赤い絨毯と擦れて、
衣擦れの音がするが、それは音楽にかき消された。
数十メートル。
その距離はイザークにとって、短すぎた。
ゆっくり歩いたのにも関わらず、すぐにキラのズボンの裾が目の中に入った。
顔を上げると、不機嫌な顔が目に映る。
キラは何も言わず、イザークの手袋をはめた手を取って、自分の横に並ばせた。

二人が神父の前に並ぶと、楽団の音楽がやむ。
「太陽を背負うもの。沈まぬもの…」
太陽は神と栄光の象徴。
それはキラを意味する。
神父は、まず皇帝の賛辞から入り、この皇帝の栄華と帝国の繁栄を祈った。
「月を背負うもの。太陽に付き従うもの…」
月は、イザークを表す。
皇帝を称える、賛辞の後はいかに皇后として皇帝につき従うべきか、神父がイザークに告げていく。
そして、ついに契約を交わす時がきた。
「イザーク・ジュール。汝、神と等しい皇帝に跪き、その御手に誓いの口付けを」
神父がゆっくりと告げる。
しかし、イザークは一歩も動かなかった。



私の神は、貴方ではない。

「さぁ、神に誓いなさい」
シンと静まり返った玉座に、神父の声だけが響いた。
だが、イザークは断固として動かない。
キラも、此処で怒鳴り散らしたいが、静粛な場であるのでそのようなことは出来ない。
しかし、その静寂を一人の人間が打ち崩した。

「蛮族の人間を、帝国の后に迎えるのか!!!!」
儀式の警備に当たっていた一人の軍人が、いきなり回路中央に飛び出し、イザークに向けて銃を構えた。
一瞬だった。
イザークは逃げることも出来ず、ただその言葉を発した人間に振り向くことしか出来なかった。
婚礼に参加していた人間は、いきなりの出来事に慌てふためき、奇声を発した。
「死ね!!!」
銃声が轟き、その弾はイザークに向けて発射された。

だが、その弾はイザークに当たることはなかった。
その代わりに、白いドレスと顔に血しぶきを浴びた。
彼女の前に、神が立ちふさがったのだ。
「っ…何で」
死ぬのは自分のはずなのに。
赤い絨毯に、キラの赤い血が吸い込まれていった。
「皇帝!!」
二人を見守っていたアスランは、キラが撃たれたのを見て、撃った軍人に剣を抜いた。

「貴様…屑が」
「ひぃ!!」
軍人はアスランを見て驚愕したが、それ以上何か話すことはもうなかった。
短い断末魔とともに、首を掻っ切られ絶命した。
アスランは何もなかったかのように、キラの元に駆け寄り様子を見た。
撃たれたのは右肩。
貫通しているので、出血が酷い。
どうしていいのか判らないイザークを尻目に、アスランは皇帝を抱え上げ、その場を去った。
イザークは、一人取り残されたが、すぐに救助に駆けつけた軍人達に助けられた。
すでに人々は逃げていて、回路には軍関係者しかいなくなっていた。
「立てますか?」
座り込んでしまっていたイザークを気遣うように、軍人は手を差し伸べた。
「ぇ…ぁ」
「移りましょうか」
手を引き上げられて、イザークは立ち上がる。
そのまま、自室へとイザークは引き上げた。

目に焼きついた光景が離れない。
撃たれると思った瞬間、視界に入った黒い影。
庇うようにイザークを押しのけた。
信じられない。
キラが自分を犠牲にしてまで、イザークを守るなんて。




次へ進む
裏部屋へ戻る