world2
イザークは一段高いところにのぼり、しかし椅子には近づこうとせず、距離を保った。
「もっとだよ」
「…」
もっと近くに来い。
深い紫の目は、やさしくも冷酷な無言の束縛。
命令。
震える両手を握り締め、一歩一歩皇帝の前へと近づく。
後2メートルというところで、焦れた皇帝が立ち上がって数歩歩き、無理やりイザークの手を引く。
彼女はバランスを崩した。
しかし、皇帝はそんなことには気にも留めず、ドスッと音を立てて椅子へ座る。
イザークは引かれた反動で玉座に座る皇帝の膝の間へと倒れ込んだ。
皇帝の膝に腕を乗せ、体は皇帝の両足の間にすっぽりと入ってしまい、玉座の赤い絨毯の上に両膝を付いた。
いきなりのことで、彼女が戸惑っていると、顔の横からスッと手が伸び、イザークの顔を包み、上を向かせる。
「あぁ、3年ぶりだね。逢いたかったよ…」
皇帝、キラはうっとりとつぶやいた。
「良くそんなことがのうのうと言えるものだな…」
人の国を、兵を…殺しておいて。
「そうでもないよ…。してやられた、見事だよイザーク…あれだけの国民を逃がすなんて。
でも、兵士は、しょうがないでしょ?戦争のためにいるんだから」
「っ!貴様」
イザークが思い切り右手を振り上げて、キラを叩こうとする。
しかし、その手は空を切ることもなく、上げられたままで、キラの横にいた男に捕えられる。
そして、そのままその手をきつく握り締めた。
体が右に浮く感じがする。
「痛っ」
その男の余りの力の強さに、イザークの握られた手は勿論のこと、腕、肩までもが悲鳴を上げる。
「ヤメロ、アスラン」
そうキラが命令すると、握られていた手はあっけなく離された。
傾いていた体が、降下する感覚に襲われる。
イザークの体がキラの足の間から移動し、絨毯で膝立ちをしていた格好が
しりもちを付いた形になり、完全に絨毯の上に座り込んだ。
「君が、僕に手なんて上げるからだよ?」
キラは立って、イザークの横に来る。
そして、目線を合わせるように膝を付き、イザークを自分の方向に向かせ、静かに語る。
「ようこそイザーク。今日から此処が君の国だよ」
手を差し伸べられて、そう言われる。
払いのけたくても、自分にはどうすることも出来ない事は、わかっていた。
逃れられない。
この紫の瞳からは。
黒い炎が白い都を多い尽くさないように、銀の娘は自らを捧げる。
「まさか君が…僕に背いて、国まで捨てるとは思わなかった」
絨毯に座ったままのイザーク。
そして、彼女に目線を合わせ、膝を着く皇帝。
それを、何の関心もなさそうに、見ている皇帝の側近。
キラが、イザークの頬に手を這わせたり、その美しい銀の髪を梳いたりするたびに、イザークは嫌悪で顔を引きつらせた。
「触るな…気色が悪い」
そう暴言を吐いたとしても、触れてこなくなる訳ではなく、嫌がらせのように、ゆっくりと触るからたちが悪い。
此処からもう逃げられない以上、どんなに抵抗を示しても、
自分が有利になることはまず無いが、それでもこの嫌悪感を拭い去ることは出来ない。
自分の国を滅ぼしたヤツが目の前にいるだけでも不快であるのに、さらに触られるとは。
イザークは、殴り飛ばせるものなら、殴り飛ばしてしまいたいと心底思っているが、
隣にアスランというキラの側近がいる以上これ以上手出しをしては、
今度は本当にアスランに、反撃にあうはずだ。
それは避けたい。
イザークはこれほどまでに、自分がキラに執着されるとは思いもよらなかった。
本当に会ったのはたった一度。
3年前のあの国際会議の時のみだ。
お互いに、他の国の人間とも話をしなければならなかったので、
交わした言葉はほんの二言三言。
イザークは何を話したかも覚えていない。
ヤマト帝国は、世界の中でも有数の軍事国家であるため、
イザークとしては友好的な関係を保ちたいとは思っていたが、
いかんせん自分は会議初参加なので、どうもその辺のかってがわらず、終始愛敬を振りまいていた記憶がある。
本当は、母の側近に行かせようとしていたのだ。
しかし、急遽それも駄目になって、仕方なくイザークが出席した。
出席さえしなければ、こんな風になることもなかったのだ…。
国際会議から、数ヶ月後、イザークはヤマト皇帝キラから、
正式な婚約の申し込みを受けた。
国は大慌てだ。イザークも何故自分が皇帝に求婚されなければならないのかさっぱりわからなかった。
母エザリアは相手がヤマトということもあるので、早急に返答をしなければならず、
大臣達を集めて臨時の会議まで行うことになった。
その会議の場で、イザークははっきり述べた。
『私は、ヤマトに嫁ぐ気は無い』
そう、はっきりと言うイザークの目に迷いはなかった。
大臣やその他会議の出席者にもそれが伝わった。
彼女は理由こそ言わなかったが、大体大臣達もわかっていた。
ジュール王国に嫡子はイザークしかいない。
ジュール王国の王はイザークがまだ幼い頃に病気で死んだ。
そして、次の王を立てることなく、エザリアが女王となった。
それについては、国民は大いに賛成した。
エザリアは国民からの信望も厚い。
その生き写しのようなイザークも勿論国民から愛されていた。
もちろん、容貌が美しいだけで彼女達は愛されているのではない。
その、国民第一の姿勢も、愛される要因の一つだ。
豊かな国土ではあるが、面積はさほど広くない。
また、山に囲まれ、盆地のようになっているので、夏暑く、冬寒い。
四季がはっきりと分かれている。
そのため、夏は暑く、作物が育たないことが多々ある。
また、冬は雪が降るため、農業を中心に生計を立てている人間のほとんどは収入が無い。
そうなった時の対応が、エザリアはとても早かった。
城に蓄えてあった、食糧を惜しげもなく国民に差し出す。
雪などで、冬場どうしても自分の家にいることが出来ない人間には、
城の一部を提供し、食料も与える。
勿論税金を国民は納めるが、それもそれぞれの収入にあった金額を税金として課しているので、
払えないという国民はほとんどいない。
また、国民の心もとてもおだやかで豊かだ。
大きな混乱もなく、平和でのびのびと暮らしている。
城も国民に開放され、良くイザークやエザリア、国の重鎮達が、国民とのどかに庭で話をしているのを目にしていた。
エザリア達は、そこで話される様々な問題等も聞き逃さず、すぐに国として対応していった。
エザリアやイザークも国民が、この国が大好きだった。
イザークはゆくゆく自分が女王となって、
さらにこの国を豊かにしていきたいと思っていた。
だから、自分はこの国から出てく訳には行かない。
そう考えていた。
しかし、あの大国ヤマトの皇帝直々のお達しだ。
イザークは大臣達や母とだけでこの問題を解決するわけにも行かないと考え、
国民にも自分の意見を聞いてもらい、判断を煽った。
つまり、自分が嫁ぐ、嫁がないを、国民審査で決めようと考えたのだ。
あらかじめ、通達を各家々に出し、何回かに分けて、各地域でイザークは演説を行った。
演説内容は、婚約の申し込みが来たこと。
そして、自分は行きたくないこと。
しかし、ヤマトと手を組めば、軍事的な意味でもしかしたら
この国が繁栄するかもしれないこと等。
イザークはこの国がヤマトと繋がることによって得うる利益や
この婚約を断ることによって生じるだろう弊害まですべてを話、その上で判断を仰ぎたいと国民に言った。
そして出た結果がこうだ。
多く者が、イザークが国にとどまることを望んだ。
エザリアは早速、ヤマトにこのことを伝えるべく、書簡を送った。
しかし、ヤマトは折れることなく、何度も何度も、書簡を送り返してきた。
そんなやり取りが、2年近く続き、ついにヤマトは宣戦布告を宣言した。
「イザーク・ジュールを渡せ」
さすがに戦争にまでなったら、ジュール王国はヤマトには勝てないだろう。
ジュール王国の軍は申し訳ない程度に存在しているようなものだ。
彼らの仕事はむしろ、鉱山の発掘や災害時の救助等、戦争とはかけ離れたところにあった。
エザリアやイザークもさすがに焦った。
しかし、国民はやはりイザークは国にとどまるべきだと、言ったのだ。
イザークは国民に頭を下げた。
「私の勝手で、皆に迷惑をかけて本当にすまないと思っている…だが、私は王女としても、
一人の人間としてもこの国を愛している。だから、ヤマトにはいけない。
自分に嘘はつけない。それをわかってくれて…本当に感謝している」
国民には、絶対に抵抗しないでくれと言い、出来るだけ、総力を結してヤマトと戦うことを決意した。
結局ヤマトとの和解は着かす、ヤマトは侵略を開始した…。
少しの希望を持ってジュールの軍勢は必死の抵抗をみせた。
しかし、結果はあっけないほどの惨敗。イザークは早々に国民を国外へ退去させることを余儀なくされた。
隣の国や、エザリアの母国などへ国民は塵々になっていった。
そして、ついに城にまで攻め込まれエザリアはイザークを連れて亡命することを決意したのだ。
あれほど守りたいと思っていた国を、イザークは捨てなければならなかった。
ヤマトが進行してきて、城が落ちるまで、2日とかからなかった…。
イザークは亡命に失敗し、捕えられた。
「僕は散々忠告した。それを、何度も拒否してきたのは君だイザーク。さぁ…立って」
座ったままのイザークの手を取り、あくまでも紳士的にキラは振舞う。
イザークを立たせ、手を引いて、一端城内から出る。
暗い城の中から出てもなお、外は薄暗い。
庭と呼ぶには、花も草も無い砂地が広がり、その奥に大きな一つの塔が建っていた。
空に突き抜けるようにそびえる塔。
枯れた蔦が下層部を覆っている。
レンガではなく、鉄で出来ているようだ。
キラに手を引かれて、その塔の入り口にイザークはつれてこられた。
彼女達の後ろから、アスランも着いてくる。
ギィっと鈍い音がして、塔の一つしかない入り口がアスランにより開けられる。
中は真っ暗で何も見えない。
アスランが、松明に火をつけたようで、漸く塔の中が露わになる。
中にはどこまでも続くと思われる、螺旋状の階段と、
その階段の中心を垂直に走る太いロープとそれと繋がる大きな箱形の機械。
キラはイザークをその箱に乗せて、自分もそこに乗り込む。
「アスラン、上げて」
そう一言命令すると、アスランは箱の横についている、装置を動かした。
ガチャンと大きな音がして、いきなり箱が中に浮いた。
「っ!」
いきなり動き出したために、イザークはバランスを崩し、キラの方に倒れ掛かる。
それを、勿論受け止めて、キラとイザークは塔の上へと上がっていった。
その間イザークの体は、キラに預けられたままだった。
そして、途中で、螺旋階段が切れた…。
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