snow


寒い日。
外から帰って来る彼を気遣うために、暖かいコーヒーを用意する。
イザークは、大きなザラ家の屋敷のキッチンで一人お茶の仕度をしていた。
給仕たちが、自分達がやるのでといったが、彼らは夕食の準備など他にやることがいっぱいあるので、
これは自分がやるとイザークは言った。
最初は、困惑気味だった給仕たちも、次第になれてくれ、今では世間話も出来るような関係になった。

母の夢を受け継ぐために、イザークはザラ家の一員となった。
パトリックから養女になるようにと言われ続けたが、それは断固として拒否した。
別に嫌だったわけではないが、折角アスランとパトリックが和解したのに、それを壊すようなことはできない。
また、パトリックから、大学にも戻るように言われたが、今はバラの栽培に力を入れたいので、
戻りたくは無いという意志を伝えた。
しかし、パトリックは気を利かせてくれ、休学という手続きを取ってくれ、
いつでも好きなときに大学に戻っていいのだと言ってくれた。
イザークは、申し訳なくて断ろうとしたが、『養女でなくても、一緒に住む家族なのだから』と言われてしまい、断れなかった。
なので、現在はバラの栽培の勉強をするために、家に篭りっきりになっているが、いずれは大学に戻ろうと思っていた。

12月。
そろそろ、街に小雪がちらつき始め、街が聖夜を祝うムードになる頃。
イザークとアスランにあれ以来、特に変化は無かった。
しかし、イザークは幸せだった。
暖かい家がある喜びを感じ、キラやシンとも仲良くやっている。
家族を失った彼女は、血の繋がりが無くても、
本当の家族のような関係が人間に作れるのだということを知った。
この幸せが続けばいい。
そして、バラの栽培を成功させて、亡き父とアスランの母上と同じ病気に苦しむ人々の手助けが出来ればと思う。
こんな穏やかな気持ちになれるのも、アスランがイザークを家に連れてきてくれたからだ。
出逢った時は、お互いのすれ違いから、第一印象は最悪のものだった。
しかし、今ではそれもいい思い出であり、あの出会いがあったからこそ、今があるのだ。

イザークは、ティーセットを持って、アスランの部屋がある地下へと移動した。
12月になると、さすがに地下室は暖房がなければ凍えてしまう。
廊下には、暖かい空気が流れ込み、アスランの部屋の中もとても暖かい。
イザークは、部屋に入ると、テーブルにティーセットを置いて、彼のベッドに座った。
「ふう…」
最近、アスランの帰りは遅い。
冬休みは大学自体が休みになるので、中に入るのが難しくなる。
なので、今のうちにやれることをやっておかないと、1月になって大変なことになるのだ。
また、冬休みはレポートも出るので、それの下準備もしなければならない。
午後6時。
本をずっと読み続けて、少々目が疲れたイザークは、アスランのベッドにポスッっと横になる。
「まだ帰ってこないし…すこしだけ」
最近この部屋にいる時間がいやに落ち着く。
イザークは、まどろみに誘われるがまま、眠りの森へと入っていった。
アスランの匂いがする。

幸せだった。



「ただいま…」
午後7時半過ぎ。
今日も遅くなってしまった。
玄関を開けると、執事が出迎える。
「アスラン様…お帰りなさいませ」
上着を預けて、上の部屋に戻ろうとするアスランを、執事が止める。
「イザーク様は地下でお待ちですよ」
「…そう。ありがとう」
アスランは、小走りで地下に向かった。

「イザーク?」
地下の自分の部屋に入ると、まずテーブルの上のティーセットが目に入る。
そして、ベッドで横になっているイザーク。
どうやら待ちくたびれて寝てしまったようだ。
「ただいま」
耳元でそう言うと、カバンを自分の机に置きに行く。

彼女のお陰で、父と和解できた。
もう愛に飢えた子供ではない。
人の痛みも、悲しみも、理解できるようになった。
家族の愛も…。
そして、ココに寝ているイザークへの淡い恋心をアスランは感じていた。
でも、このままでいい。
これ以上は望まない。
今の平和な生活をこのまま続けられるのならば。

「お帰り…アスラン」
「あぁ…起きたの??夕飯は??」
午後8時。
眠たい目を擦って、イザークが目覚める。
それに気付いたアスランが、机からベッドに来る。
「夕飯食べた??」
「まだ…キラ達もまだだし…」
「キラは先に帰ったはずだったんだけど、もう着いてるかも」
ぐぅぅ…
イザークのお腹が鳴った。
彼女慌てて、自分の腹を抱える。
「ぷっ…お腹すいた??」
イザークは恥ずかしいのか、顔が真っ赤だ。
「…すい…た」
二人は、食堂へ行った。



食堂に着くと、先にキラとシンが食事を取っていた。
「あ、アスラン、イザーク。先に食べてるよ〜」
キラはすでにデザートに手をつけており、シンももう少しで主食を食べ終えそうだった。
「アスラン、イザークさん。お先です」
シンもこちらに顔を向ける。

「アスラン様、イザーク様。どうぞ、お席へ」
給仕に促されて、アスランはキラの横に。イザークはシンの横に座る。
食膳酒が注がれ、アスランとイザークはいつものようにグラスを合わせる。
「アスラン遅かったね、まだ終わらないの?」
デザートを食べ終わったキラが、アスランに聞く。
「あぁ…もう少しだけど、キラは?」
「僕は今日で終わったよ」
キラの研究は、シンと共同でやっているので、進みが速いようだ。
「シンのお陰で、大分早くに終わったよ」
「え…別に、たいしたことしてないし…でも、早く終わってよかったね」
二人はニコニコしながら、二人だけの世界を作ってしまった。
「アスランは?」
そんな二人を見ていたアスランに、イザークが問いかける。
「大丈夫?」
「あぁ…ホントもう少しだから…」
「そう…頑張って」
アスランはありがとうといいたかったが、給仕が食事を持ってきてしまったのでその言葉が出ることはなかった。

食後はいつも二人で書庫に行くのが習慣になっていた。
書庫で、今日のイザークの勉強した内容をアスランが聞く。
また、アスランも今日大学で何をしてきたのかをイザークに話す。
そして、二人で、バラの見回りをして、上の部屋に戻るのだ。
イザークは、彼と一緒にバラを見る瞬間が好きだ。
毎日見ていても飽きない。
「なかなか…進まないね」
「あぁ…まだ何か足りないのかもしれない」
暗闇に咲く、青いバラ。
12月だが、温室の効果で綺麗な花を咲かせている。
しかし、もう2ヶ月も綺麗な花を咲かしたままでいる。
なかなか枯れないし、つぼみをつけてくれない。
以前、パトリックが世話をしていた時は、枯れる前に苗が腐ってしまったといっていたので、
現在の状態はもしかしたらいいのかもしれない。
だが、綺麗に枯れたという前例が無いので、この状態が正しいのかもイザークにはわからない。
毎日植物図鑑を眺め、勉強する日々。
でも、こうやってアスランが隣にいてくれる。

まだまだ時間はある。
ゆっくり育てていけばいい。
バラも。
思いも。



本当ならば、寒いけれど穏やかな一日になるはずだった。
朝起きて、アスランやキラ、シンと共に、朝食をとる。
今日もアスランは大学で研究。
キラとシンも昨日の研究成果をレポートにまとめる為に大学に行った。
イザークも、書庫にこもってバラ栽培の勉強をする。
その予定だった。

書庫に入って1時間。
急に、書庫に人が入ってくる気配がするが、イザークは気がつかない。
「イザーク様…イザーク様?」
「…は…はい!」
あまりに熱中してしまっていて、執事が近くに来てやっと彼女は気がついた。
「あ…執事さん」
「あの…応接間にお客様が…」
「私にですか」
何故自分に来客が。
この家にいることを知ってる人間はいないはずなのに。
「えぇ…ミゲル・アイマンというお方なのですが」
イザークはその名前を聞いた瞬間、走り出していた。

応接間の扉を思いっきり開ける。
「どうして!!」
「イザーク…」
母の秘書である彼は、母が死んだ後、一切の連絡がつかなかった。
事後処理で忙しいと、知らぬ誰かにそういわれ、イザークは一人、自分の家を追われたのだ。
その彼が、何故ここにいるのか。
「元気そうで、よかった」
微笑む彼は、ずいぶんとやつれたようだ。
彼も、イザークになど構っていられないほど本当に忙しかったのだということが伺える顔だ。
「ミゲルも…その…大変だったな」
ゆっくり彼に近づいて、イザークも彼と対面するようにソファに座る。
座る時に気になったミゲルの持つ大きな封筒。
イザークが気にしているのを彼も気がついて、その封筒の中身をテーブルの上に差し出す。
「落ち着いて聞いて欲しい…イザーク。俺はお前の祖父母と連絡を取っていた」
「そ…ふぼ??」
「そうだ…お前の、父親の両親だ」
イザークは良く状況が飲み込めない。
自分には、もう肉親はいなくて、だからここにいるのに。
それなのに、祖父母の話が出てくるなんて。
母からは、自分が生まれるずっと前に祖父母は死んだと聞かされていた。
父方のことは、一度聞いたときの母の悲しい顔が忘れられなくて、
それから一度も聞いたことは無かった。
母がいれば、自分にはそれで十分だったから。
「お前には、まだ親族がいる。それを俺は調べて、漸く見つけた」
「でも…い…いまさら」
手が震える。
「相手方は、お前に会いたがってる。イザーク…お前を引き取りたいと」

「イザーク。お前は一人じゃない」
その言葉が、彼女の胸に突き刺さる。
ここでも、一人じゃないと感じていたのに。
やはり、血縁に勝る繋がりは無いのか。
此処で、自分は、漸く居場所を見つけたような気がしたのに。




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