自分でもすでにこの溢れ出る感情が何かわからなかった。
ただ判るのは、この目の前にいる少女を、己の手で汚してしまったという事実。
冷たい畳の上に横たわり、死んだように眠る彼女。
目元は赤く腫れまだ涙は乾かない。
頬には自分が叩いた赤い跡。
首には自分がつけた吸い跡。
腕には強く掴みすぎた手のあざが残る。
そして、股から流れ出る、真っ赤な血と己の欲望の残骸。
正義を手折る竜胆の花守
平家は敵だと。
そう尊敬する兄や伯父達に言われ続けていた。
だから、たとえ八葉だとしても、女だとしても。
その存在自体が許せなかった。
「望美いるの……あぁ…敦盛も一緒か…」
今日の行動予定を聞くために、九郎は望美の部屋を訪れた。
そこに、敦盛も一緒にいて、ついつい眉間に皺を寄せてしまう。
「っ…神子、私は…失礼する」
「敦盛さん!!」
九郎の険しい様子に、敦盛は慌てて立ち上がり部屋を出て行った。
九郎とすれ違う時も顔を見ないで、下を向いたまま軽く会釈をし、早歩きで部屋を出た。
「もー九郎さんの顔怖すぎなんですけど…あれじゃあ、敦盛さんも怯えますよ」
「あ…あぁ…」
彼女が、敦盛が八葉の仲間になってすでに数ヶ月。
他の仲間たちにはかなり溶け込んでいる敦盛だったが、九郎とだけはいまだに話もしない。
事務的な連絡だとか、挨拶だとか。
その程度のかかわりしかなく、九郎も進んで話しかけないし、敦盛から話しかけることもまったくない。
望美は二人のことをとても心配しているが、中々いい方法が見つからないでいた。
「あぁ、敦盛君。どうしたのですか?」
早足で廊下を歩く敦盛を見つけて、弁慶が話しかける。
「っ…弁慶殿。いえ…なんでもありません。すみません…」
「?」
顔を青くして去っていくので、気になって彼女の来た道を戻ってみると、望美の部屋に着いた。
「失礼しますよ??…あぁ、九郎もいたのですか?」
「弁慶」
戸に寄りかかる弁慶を望美と九郎が振り返る。
「敦盛君の様子が変だったので…九郎、君はまだ…」
「うるさいぞ」
「はいはい」
九郎のかたくなな様子に、さすがの弁慶でさえどう出ていいのかわからない。
弁慶でさえ、最初は敦盛を疑っていたのだ。
しかし、一緒に旅をするに連れて、打ち解け。
彼女を信じてみようと思った。
何か、きっかけがあればいいのだが、互いが接触しないので、中々それも見当たらない。
弁慶は、ふぅと二人に聞えないように小さくため息を付いた。
自分を見る九郎の目が怖い。
敦盛はずっと思っていた。
最初は少しでも、打ち解けたくて、彼女なりに色々と試してみたりもした。
それとなく、挨拶をしてみたり。
一緒に行動したときなど、話しかけようと努力した。
しかし、明らかに自分に対して彼は険悪な雰囲気を醸し出していた。
近づけば、一歩ひかれ、目が合えばそらされる。
敦盛は少しでも自分を理解してもらおうと思っていた。
平家一族の平敦盛ではなく、一人の人間としての平敦盛として。
しかし、彼は敦盛をそう見てはくれなかった。
彼女の思いに気付こうとしなかった。
そんなことが何度も続き、敦盛は自分から近づくことをやめた。
「やぁ、敦盛。こんなのところでどうしたんだい?」
望美の部屋から逃げるようにして出てきた後、敦盛は屋根に上り、一人で膝を抱えていた。
そんな様子を気にしてか、熊野での幼馴染が心配して上ってきてくれる。
「ヒノエ」
「何そんな難しい顔してんの?あーまた、九郎となんかあった?」
九郎と敦盛の関係は八葉や望美、そして白龍さえも知っていることだった。
「いや…なんでも…なぃ」
どんどんと語尾が小さくなっていく。
嘘のつけない敦盛。
ヒノエは、しかたながないなぁと、バランスをとりながら隣に座り、ポンポンと敦盛の頭を撫でた。
「気にすんなよ。アイツは硬いからさ、源氏の大将ってこともあるし…」
「…」
「今日はなにもないんだから、こんな所でさびれてないで、どっか行こうぜ」
ヒノエは優しい。
彼に慰められて、敦盛はコクコクと頷いた。
そして、二人は町に出かけていった。
出かける際に、ヒノエは一応望美の部屋を訪れた。
敦盛には屋敷の入り口で待っているように伝えておいて。
「神子姫?俺は、敦盛を連れて、ちょっと出かけてくるよ」
「ヒノエ君。あんまり遅くならないようにね…あの…敦盛さん落ち込んでた??」
望美の部屋にはすでに九郎はいない。
望美は、さっきのことが心配でヒノエに聞いた。
「どうせまた、九郎だろ??落ち込んでるから、町に行くんだよ。気分転換」
「そっか…よろしくね」
いってらっしゃいと手をふって、望美はヒノエを見送った。
仕度を整えた、敦盛は屋敷の入り口でヒノエが来るのを待っていた。
しかし、そこに九郎が通りすぎた。
勿論、彼は何も言わない。
敦盛も極力彼を見ないように努めた。
「敦盛!!」
漸くヒノエが戻ってきて、彼が九郎とすれ違う。
「ちょっとでかけてくるよ、九郎」
「あぁ」
そんな会話をして、ヒノエが敦盛のそばに来る。
そして、ヒノエは敦盛の手をとって、屋敷を出た。
「ヒノエ…そんなに、ひっぱるな」
「早く行かないと、遊べないぜ」
楽しそうな会話に九郎は思わず、彼らを振り返ってみてしまった。
ヒノエと手を繋ぎながら、小走りで走って行く、笑っている、敦盛。
九郎はそれに対して無償に腹が立った。
平家を倒すため。
怨霊を作り出す平家を倒すために、自分はこの戦いをしているのに。
なぜ、その平家の一族である敦盛が一緒にいる。
敵がなぜ、源氏軍の中にいるのか。
そう思う自分と。
八葉として…仲間である敦盛を、受け入れたい。
あんな、青ざめた顔をさせたくない。
そう、かすかに思う自分がいることも確かだ。
しかし、源氏の大将としての意識が強すぎて。
彼女を受け入れられないのが事実だ。
次の日。
望美はこの土地にある呪詛を解くために、少し遠出をしようと言いだした。
「白龍が…この地点とこの地点に、強い呪詛を感じるって」
望美がこのあたりの地図を指差しながら、皆に説明する。
この屋敷からさほど遠いわけではないが、それでも一日はかかるだろう。
「じゃあ、私は留守番かしら?」
屋敷から出るときは、誰かしらを置いて出て行く。
いつも留守番役の朔がそう言った。
「ううん、今回は、敦盛さんと九郎さんに残ってもらいます!」
望美の考えた、苦肉の策がこれだった。
彼女は、少なからず一緒に居れば、何かしらあるだろうと考えたのだ。
神子の意見に反発することも出来ず、当事者も周囲の人間もかなり不安そうにしていたが、
もしかしたらこれが一番いいのかも知れないと思い、それぞれ呪詛探しに出かけた。
しかし、結局二人は別々の部屋にとどまり、話すことは無かった。
日も暮れ始め、あと数刻もしたら、皆帰ってくるだろうと思われた時間になり、
さすがに敦盛も引きこもっているわけにも行かず、夕飯の準備でもしようかと思った。
部屋から出ても、あたりはしんとしていて、人の気配が無い。
敦盛は小さくため息をついて、部屋から出た廊下から見える外の様子をみた。
空がかなり暗い。
もしかしたら、一雨来るかもしれないな…。
そう思った時、大きな雷とともに、洪水のような雨が降ってきた。
「みな…大丈夫だろうか」
行く時は晴れていたので、みな雨具は持っていない。
しかし、このような天気の場合は、大体がすぐに止む。
遅くはなるだろうが、帰ってくるだろう…。
そう思い、敦盛は夕飯の準備に取り掛かった。
その頃九郎は、庭で剣の稽古をしていた。
しかし、雷の轟音と共に降ってきた大粒の雨に、慌てて屋敷の中に入った。
「あいつら…」
九郎も出かけている皆を心配した。そして。
「敦盛は…どこに?」
気配を感じない敦盛に対しても、気にかかった。
九郎は、とりあえず濡れた髪を拭き、敦盛を探した。
止むだろうと安易に考えていた雨は、激しさを増す一方だった。
敦盛は台所に行きかまどに火をつけた。
次にその火を松明につけて、敦盛は屋敷の中に明かりを灯しに出かけた。
雨のせいで、屋敷の中はひどく暗い。
各部屋のろうそくにも火をつけるために、敦盛は他の八葉の部屋にも入っていった。
本来ならば、他人の部屋に入りたくはないが、この場合は仕方ない。
また、少しでも火をつけておけば、皆が帰ってきたときに少しは暖かいだろう。
広い屋敷に火をつけ終わるころには、すっかり辺りは暗くなり、つけた火だけが唯一の明かりになっていた。
敦盛は夕飯の支度の途中だったことを思い出し、急いで台所に戻った。
戻ると、そこには九郎がいた。
「九…郎…殿」
「あぁ…」
敦盛が来たら何か気の聞いたことでも言おうと思っていた九郎であったが、彼女の顔を見るとそれが出てこない。
つまらない返事しかできなかった。
しかも、その言い方はふてぶてしく、敦盛はさらに萎縮してしまった。
彼女は申し訳なさそうに、台所に入った。
そして、無言で米をとぎ、かまどで炊いた。
九郎も、何も言わずに味噌汁用の野菜を切った。
二人には、お互いの微かな吐息さえ聞こえず、聞こえるのはただ大雨の音だけだった。
結局夕食の支度を終えても、皆の帰ってくる気配は微塵も無かった。
仕方なく、二人は味噌汁や漬物、ご飯をよそい、居間で食べることにした。
しかし、こうしようとかああしようとかいう発言は一切なく、ただ無言でよそい、
お互い自分の分をお膳に置いて、居間へと持っていった。
居間には囲炉裏があり、そこにも敦盛は火を入れておいた。
暖かい居間に、かなりの距離を置いて座り、もくもくと食事をする。
九郎は稽古の後ということもあり、箸が進むが、敦盛は息苦しくて箸も進まない。
終止うつむき顔で、ゆっくりゆっくりと茶碗に箸をつけていた。
結局、先に九郎が食べ終わり、彼はさっさと自分のお膳を片付けに行ってしまった。
しかし、やっと自由に呼吸ができるようになり、敦盛は臥せっていた顔を上げて、残りの夕食を食べることに専念した。
その後、九郎は自分の部屋に戻り、敦盛は皆が帰ってきたときのために、おにぎりを作っておいた。
雨は止まず、雷はずっと鳴り響いていた。
時折、轟音と共に、光が山の中へと落ちていく。
その様子を敦盛は、縁側から見つめていた。
さすがに、そろそろ帰ってきてもいい時間だ。
いくら足止めをくっているとしても、彼らが今日散策に行った場所は山の中。
泊まるところなど無いだろう。
無理をしてでも帰ってくるかもしれない、リズ先生や白龍がいるとしても、なにか不都合があるかもしれない。
自分だけ、じっとして彼らの帰りを待つのは忍びないし、神子や朔の様子も気になる。
そう思い出したら、いても経ってもいられなくなって、敦盛は屋敷の戸締りをして、松明を持ち、傘を用意した。
ガラガラと屋敷の戸が閉まる音を聞いて、敦盛が戸締りをしているのだと九郎も気づく。
読んでいた本や兄からの文をしまい、九郎も戸締りをするために、自分の部屋を出た。
廊下に出ると、すでに九郎の部屋の前も雨戸が閉められていた。
ほかの場所でしまっていない場所があるかも知れないので、九郎は屋敷の入り口のほうへと歩き出した。
すると、屋敷の入り口には、松明を持ち、傘をさして今にも外に出ようとしている敦盛がいた。
彼女は、仲間の帰りが遅いことを気にして、様子を見に行こうとしているのだ。
そう九郎は思うと同時に、真逆の考えも浮かんだ。
この隙に…平家に戻るつもりでは?
九郎は、すでに外に出てしまった敦盛を追いかけ、傘を握る手を思い切り掴んだ。
いきなり、手を引っ張られたことで、敦盛の持っていた傘が濡れた地面に落ちた。
大雨で、もちろん松明の火は消え、一瞬で敦盛は頭から濡れた。
もちろん、何もささずに外に出てきた九郎も濡れた。
「なに…を」
暗くてよくわからないが、手を引かれた瞬間に見た松明に照らされた九郎の顔はとても怖かった。
憎むような、射殺すような視線を敦盛に向けていた。
「こんな時間にどこへ行く」
雨の音が強くて、微かにしか聞こえない。
「ぇ…あの…皆の…様子を」
「本当か?」
敦盛の手を握る九郎の力がすこし強まる。
きしむように、痛い。
「ほ…本当です」
「平家に戻るつもりじゃないのか!!」
大きな罵声と共に、敦盛の手が引かれ、敦盛は屋敷の中に連れ戻された。
廊下を歩くたびに、濡れた衣服から水が滴る。
しかし、それを気にしている余裕など敦盛にはなかった。
彼女はただ怯えた。
『平家に戻る?…もう、兄上もいないのに…』
思ってもいないことを言われて、敦盛はどうしていいのかわからなかった。
九郎の部屋につれてこられて、その手をようやく放される。
九郎の部屋にも敦盛は明かりをともしていた。
ぼうっと赤く光る部屋の中。
そのほのかな明かりでもわかるぐらいに、敦盛の手には九郎の手の跡がついていた。
自分の手を見ていた敦盛に、今度は九郎の剣先が突きつけられた。
「何を!何をなさるおつもりですか」
さすがにここまでされるいわれはなく、敦盛も必死に声を振り絞って九郎に反発した。
「お前は…平家だ」
「そうです、私は平家です。ですがこれは、私にはどうすることもできない事実。しかし、私は神子に協力したくて、
ここにいます。この血は平家…どうすることもできません。けれど、私は皆の仲間です」
剣を突きつけられて、でも敦盛は必死に言った。
どうしたらわかってくれるのか。
「だが、お前はこの間…平経正との戦いのとき、何もしなかった。何もできなかった…」
「当たり前です。だって…肉親なのですよ。兄なのです!!貴方だって、兄上がいらっしゃる。
わかるでしょ?誰だって、肉親となんて争いたくない。」
「だが、平家は敵だ!!敵は倒さなければならない」
「では…貴方の兄上がわれわれの敵になったら…貴方は兄上を殺せるのですか」
敦盛は静かに言った。
心に…九郎の心に届くように。
自分の気持ちを少しでもわかってもらえるように。
心に響くように。
しかし、それは彼の逆鱗に触れるだけだった。
「お前は、俺の兄上が、われわれを裏切ると思っているのか!!!お前のように。
兄上を侮辱するな!!」
「っう…」
振り上げられた、剣を敦盛はとっさにかわした。
しかし、バランスを崩して敦盛は畳に倒れ、九郎の剣は彼女が倒れたすぐ横に切りつけられた。
「私は…私は…」
敦盛はぽつりぽつりと呟きだした。
「私は、貴方に少しでも認めてもらおうと努力してきました。私は…貴方に少しでも好いてもらえるようにと、
どうしたらほかの皆のように心を開いてもらえるかと一生懸命考えました!!」
「っ…」
「源氏の大将として、そしてこの八葉の中心にいる貴方を…私は…とても、信頼し、尊敬していました。
ですが、それも戦いの中だけのようですね!貴方は、人の心もわからない、気遣うこともできない!!
武将としては有能ですが、人の上にたつ身としては、貴方は最低だ!!」
「なんだと!!」
パンっ
子気味よい音が、敦盛の頬を襲った。
九郎が敦盛に手を上げたのだ。
「最終的には…暴力ですか」
「貴様…」
ちがう。
こんなことが言いたいのではないのに。
しかし、敦盛も九郎もお互い止まれなかった。
気持ちを侮辱され。
尊敬を侮辱され。
本当は。
こんなことを望んでいたわけではないのに。
「我が兄上を侮辱した罪…そして、俺を侮辱した罪…重いぞ!!」
「それは私も同じです。貴方は、私と兄上を侮辱した」
「平家が何を言う!!貴様らなど…取るに足らない存在。源氏と一緒にするな」
「なっ…貴方は…本当に最低の人間だ」
力みすぎて、敦盛の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
しかし、九郎はそれを知りつつ、さらに続けた。
「これは罪だ…償え…敦盛」
もう、声は届かない。
お互いに、もう…戻れない。
九郎は敦盛の頬をもう一度たたくと、彼女の髪を掴み、その美しい顔を畳に押し付けた。
暴れる敦盛を押さえつけ、九郎は彼女の着物を力いっぱい破った。
淡い明かりに照らされて、敦盛の傷ひとつ無い美しい肌が露になった。
九郎は興奮した。
人を切るときとは違う。
敵を・・・武器を持たない敵を組み敷き、征服する。
もう、目の前にいるのは、仲間ではない。そう言い聞かせる。
敵なのだ。
平家なのだ。
「その体を持って…償え」
「いやです!!いや…こんなのは…九郎殿!!!!」
何をされるのか、敦盛はだんだんわかってきた。
暗がりで、九郎の目が光る。
着物を脱がされ、胸を鷲づかみにされる。
こういうものは、好きあった者同士がするものだと思っていた。
しかし、今お互いにあるのは、憎しみと怒りのみ。
愛の無い行為。
この行為は、敦盛にとって精神的に肉体的に最大の暴力だった。
尊敬していたのに。
少しでも近づきたかったのに。
敦盛は必死に抵抗した。
大声でさけび、わめきちらした。
しかし、そのたびに敦盛の体には、九郎によって傷がつけられた。
首筋を噛まれ血がにじんだ。
両腕には九郎のつめの跡がきっとついているだろう。
それぐらい、強くつかまれ、床に縫い付けられた。
敦盛の長い髪が畳に散り、彼女の涙も畳に吸い込まれた。
申し訳ない程度に、敦盛の着物は彼女の体を覆っていた。
着物の合わせは開かれて、袴はずり落ちる。
九郎はその落ちかけた袴に手をかけた。
さすがにその時は、敦盛は全身を使って、九郎を自分の上からどかそうとした。
彼の腹を蹴り飛ばし、力の限り腕を動かした。
「それ以上は…ほんとに…嫌です…助けて…助けてください」
「…」
九郎は何も言わない。
ただ、彼の手だけは動き続けた。
敦盛の袴を脱がせ、力任せに彼女の足を開かせた。
自分の体を、その間に忍び込ませ、まだ潤ってさえいない彼女の中心に指を差し込んだ。
「ぅ…ぃ…痛い…やぁ…いやぁ!!」
乾いた場所に、九郎の乾いた指。
狭く、硬い敦盛の中。
指は自由に動かないので、九郎はさっさと指を引き抜いた。
その隙を突いて、敦盛は九郎を蹴飛ばし、少しできた隙間で体を起こした。
四つんばいになり、なんとか体制を立てなおそうとしたが、背後から九郎の手が迫る。
彼女の長い髪を掴み、顔をたたみに押さえつけ、腰を持ち上げる。
もう逃げられない。
もう…。
体の中心に灼熱の杭を打たれたような衝撃。
細い管に、無理にそれ以上に太いものを入れるような。
敦盛の体が悲鳴を上げた。
しかし、声は出ない。
痛すぎて、悲しすぎて。
悲鳴は声にならなかった。
敦盛は畳につめを立てて、なんとか痛みをすごさせようとした。
しかし、それ以上に下腹部の痛みは尋常ではなかった。
九郎のモノが行き来するたびに、内部が引きつる。
それでも、九郎は動きを止めることはなかった。
「ぅ…っ…ぃ…たぃ…ぁ…に…ぅえ…た…助けて」
「くっ」
次第に九郎の部屋にぐじゅっぐじゅっとした音が響き始め、九郎も動きやすくなってくる。
それはたぶん敦盛の内部が傷ついた証拠。
敦盛の内部は狭く、九郎の絶頂はすぐに訪れた。
熱い高ぶりを敦盛の最奥に叩きつけてる。
「あぁぁぁ」
最奥に感じる、九郎の熱と振動で敦盛の腰もびくびくと揺れる。
しかし、九郎の熱は収まることなく、敦盛の内部にとどまった。
「くそっ!」
「いっ…も…もぅ…許してください…は…はうぇ…み…ぉ…みっ…こぉ」
敦盛は何かにすがるように、手を伸ばした。
しかし、何もつかめないし、誰も敦盛の手を取ってはくれなかった。
「ぁぅ…ちちうえ…ぁ…にぇ…助けて…誰…かぁ」
再び動き始めた九郎に、もうどうすることもできなくて、敦盛はただ揺さぶられた。
今度は、先ほどよりも長く九郎は敦盛の中にいた。
雷と雨の音。そして、九郎と敦盛が奏でる淫らな水音。
九郎がもう一度達すると、耐え切れずに敦盛は意識を飛ばした。
か細い悲鳴を上げて、がくっと敦盛の体は畳に沈んだ。
九郎は自身を敦盛内部から引き抜く。
ゴポッっとあふれ出る、己の吐き出した欲と暗がりでもわかる鮮血。
九郎はよろめいて、敦盛から少し遠ざかったところに座った。
「俺は…」
これ良かったのだと思う自分と、なんてことをしてしまったのかと思う自分。
九郎は己の正義を守ったが、それと同時に人間としての正義を自ら手折った。
彼は源氏という誇りを守ったが、それと同時に八葉の絆を自ら砕いたのだった。
結局雨は勢いを弱めることはなく。
その夜は、仲間が帰ってくることはなかった。
朝早く、望美達は戻ってきた。
あまりに酷い雨のため、小屋を見つけそこで一夜を過ごしていた。
屋敷に戻ると、雨戸は閉めっぱなし。
人の気配が無い。
おかしいと思った望美達は部屋を見て回った。
「敦盛さん??九郎さん??」
八葉に雨戸を開けることを頼み、望美と朔は敦盛と九郎を探した。
敦盛の部屋には誰もおらず、二人は九郎の部屋へと向かった。
「九郎さん??入りますよ?」
二人が九郎の部屋の前に来て、一応戸を叩く。
しかし、反応が無い。
二人そろっていないのもおかしいので、望美は悪いとおもったが、戸を開けて中にはいった。
「九郎さん?…九…ろ…っ敦盛さん!!!」
「望美??どうしたの…っ…何…これ」
先に部屋に入った望美の悲鳴に近い声に、朔も続いて九郎の部屋にはいる。
そこには、見るも無残な姿で横たわる敦盛の姿があった。
「どうかしましたか!!!」
望美の悲鳴を聞きつけて、弁慶やヒノエ、ほかの八葉も九郎の部屋に来る。
「み…皆は入ってこないで!!絶対、入ってこないで」
望美にいわれて、朔が戸の外に出る。
「皆、居間にいて。今は何も聞かないで…待ってて。それと、弁慶殿。貴方だけは、もう少しこの戸の外にいてください」
「わかりました」
朔はそう告げて、また部屋の中にはいっていた。
戸が開いた瞬間に微かに血臭がしたのを弁慶は見逃さなかったが、ここで騒ぎ立てるのも良くないので、
ほかの八葉を居間に下がらせた。
「ひどい…なんてことを」
横たわる敦盛の頬は赤くはれ上がっていた。
口元は切れて、血がこびりついている。
九郎の着物がかかってはいたが、それを取ると、彼女の着物は体を申し訳ない程度にしか覆っておらず、
上半身には、生ナマしい噛み傷や擦り傷、肩や腕にもつめの跡がくっきりと浮かんでいた。
そして、下半身。
彼女は袴ははいておらず、畳には大量の血液がこびりついていた。
閉じられた足や臀部にもその血は流れており、凄惨な状態だ。
乾いてしまい、それがより一層の惨劇を生んでいるようだった。
「朔、とりあえず、手ぬぐいと…いや…このままだと敦盛さん風邪を引いてしまうかも」
大雨が降りかなり寒い中、このような格好で放置されていたのだ。
体がかなり冷えている。
触ると、まるで死人のように彼女の体は冷たかった。
「お風呂の用意を…その間に、私、敦盛さんに着物を着せるから」
「わかったわ」
朔があわてて、九郎の部屋から出て、湯殿へと向かう。
望美は死んだように眠る敦盛の裂かれた着物を一度全部取り、九郎の箪笥から着物を拝借した。
大きな着物だったが、なんとか彼女に着せて、外で待っているはずの弁慶を呼んだ。
「これは…」
九郎の部屋に入り、横たわる敦盛を見て、さすがの弁慶も顔をゆがめた。
精気の無い顔。
そして、見るからに振るわれた暴力の痕跡。
「何も言わないでください…それより、敦盛さんを湯殿へ」
「わかりました」
弁慶は敦盛横抱きにして、湯殿へと向かった。
すでに朔が火を炊いていた。
皆に手伝ってもらったのだろう。
湯船には水が張られていて、もうすぐ沸きそうだった。
「洗い場に何か敷いて…その上におろしますよ」
弁慶の指示で、望美が厚みのある敷物を洗い場に引いた。
「顔にはあまりお湯をかけないように…あと、優しく洗ってあげてください。
足元には熱めのお湯、体にはあまり熱いのをかけないように…何かわからないことがあったら聞いてください。
すぐ外いますので」
弁慶の指示に従って、望美と朔が敦盛の体を清めはじめた。
暗い部屋の中から、外に出るとさらに彼女の体の傷がはっきりする。
同じ女として、これはどれほどの苦痛であったのだろうか。
望美は敦盛を洗いながら、涙をぽろぽろとこぼした。
一生懸命、敦盛が九郎に近づこうとしていたのを一番知っていたのは望美だ。
部屋に落ちていた九郎の着物。
彼の剣。
わかることは、これをやったのが九郎であるということ。
二人っきりにしなければよかったと…望美は後悔した。
こんなことになるなんて、九郎がそんなことをするわけないと、信じていたのに。
再度弁慶に協力してもらい、また薬を彼からもらい朔と望美は敦盛の部屋で彼女の手当てをした。
「僕は…九郎を探してきます」
「弁慶さん…」
「大丈夫ですよ。では…行ってきますので」
心配そうな目を望美は弁慶に向けるが、彼は笑って出て行った。
弁慶には大体九郎の行き先がわかっていた。
この屋敷に居つくようになってから、彼がお気に入りにしている場所。
大きな杉の木がある、幼い時をすごした鞍馬のような雰囲気を醸し出している場所である。
九郎は杉林の中でも、一番大きな杉の木の下に座っていた。
弁慶の足音で、彼はすぐに気付いたのだが、顔を上げることはなかった。
「九郎?」
「俺がやった…」
ぽつりぽつりと九郎が話し出すのを、弁慶は横に座って黙って聞いてた。
弁慶にも九郎ノ気持ちはよくわかる。
源氏の大将としての、重圧。兄や親族からの期待に必死にこたえようとしている九郎は、
見ていて時々こちらのほうが苦しくなる。
しかし、今回のことは、九郎の方に非があることは確かだ。
「君の正義…敦盛君の正義…もう少し、お互いが歩み寄る時間を持てればよかったですね」
「だが・・・俺は」
その時間さえ持とうとしなかった。
はなから敵と決め付けて、彼女の話を聞かなかった。
そして、傷つけた。
「判っているのなら、することはわかってますね?」
「あぁ」
「後悔し続けるのは、だれでも出来ます。ですが、それは弱い人間のすること」
弁慶が九郎の肩をポンポンと叩く。
「少しその肩の力を抜きなさい、そして…自分以外のものを認めることができるように…努力しましょうね」
「あぁ…」
弁慶は九郎を引き連れて、屋敷に戻った。
「お帰り…」
屋敷の入り口には、ヒノエが待っていた。
「神子姫様がお前をお待ちだぜ…」
盛大に睨ませたが、九郎はそれを受け止めて、頷き屋敷にはいった。
居間に望美がいると言うことで、九郎は向かった。
「…待ってました」
「あぁ…」
すでに、望美は居間にいて、座っていた。
他の八葉は、きっと彼女が他の部屋に移したか、自分の部屋に戻らせたのだろう。
九郎も彼女の前に座る。
「今、敦盛さんは部屋で寝ています。ちょっと熱も出ています…」
「そうか…」
「…私は、和解する余地があったと、ずっと思っていました。今日…いえ、正式には昨日ですけど、二人になれば、
お互い嫌でも話をしなければならないから…少しでも近づいてくれるんじゃないかって、
甘い気持ちで思ってました。私…信じてたんです!!」
堰を切ったように、望美はぽろぽろ涙を流しだした。
「敵…かもしれない…だけど、彼女は八葉で…九…郎さんならって…私…」
「望美」
手で無理やり涙を拭いながら、望美は続けた。
「敦盛さん、ずっと悩んでたんです。九郎さんに認められるにはどうしたらいいかって、
彼女は気付いていないかも知れないけど、敦盛さんは九郎さんのこと好き…だったのかもしれません。
いつも、いつも…目で追っていたから。一緒にいると、九郎さんが敦盛さんを避けるから、
彼女はいつもうつむいていたけど…それでも、遠くから彼女はずっと貴方を見ていたんですよ!!!」
「そう…だったのか…俺も。あいつは敵で…倒さなくてはいけない敵で…ずっと相容れない関係だと思っていた。
平家は…一族の敵だと。ずっと、そう思ってきたし、そう教え込まれていた。
でも…アイツの、敦盛の顔を見ると、優しくしたやりたいと思う自分と、殺せと言う自分がいた。
敦盛も俺といると顔が暗い…ヒノエと出かけたりするときはあんなに笑顔なのに…。
そうなる原因が自分だと知っていながらも…腹が立った」
「お互い・・・惹かれていたんですよ。でも、家とか血筋とか・・・そういうものに囚われすぎてた…。
自分のことしか見えなくて、相手を思いやる気持ちを忘れていたんですね」
「あぁ…俺は自分の正義を貫くために、敦盛の正義を踏みにじった…これは戦の縮図のようだ…。
お互い歩み寄れれば、傷つけあうことも無かった。俺は…敦盛の言ったとおり、
人としても…武将としても…失格のようだ」
九郎はゆっくりと立ち上がり、居間の出口へと歩いた。
「様子を…見てくる」
「もう、大丈夫ですよね。私…信じてます。今度こそ…分かり合えるって。だから、行ってあげてください…」
「あぁ」
九郎が望美のほうを向き、深く頷く。
そして、彼は敦盛の部屋へとむかった。
「行かせてよかったのかい?」
九郎が出て行った後、たぶん一部を盗み聞きしていたのだろう。
ヒノエが、居間に入ってきた。
「ヒノエ君…うん。もう大丈夫だから」
「まったく、うちの大将にも困ったもんだね。それに…いいとこばっかり持っていきやがって」
「そうだね…」
もう大丈夫。望美はそう思う。
きっと。
九郎は、何かを悟ったはずだから。
九郎は敦盛の部屋に静かに入った。
かすかな吐息が聞える。
敦盛は布団の中で、まだ顔を青白くしたまま寝ていた。
こう間近にみると、本当に自分の愚行に吐き気がする。
赤く腫れた頬には薬が塗られ、昨日よりはいくぶん腫れもおさまっているような感じもするが…。
「敦盛…」
九郎はそっと敦盛の頬を撫でた。
もう丸一日眠りっぱなしだ。
目を見て言いたい。
「敦盛…俺は…」
「ぅ…く……の……ろぉ…ど…」
敦盛の唇がかすかに動いた。
呼ばれている。
九郎が。
九郎は布団の中にある敦盛の手を握る。
「俺はここにいる」
ぎゅっと握ると無意識だろうか、敦盛は握り返してきた。
起きたら。まず謝って。
そして、目を見て言おう。
源氏の源九郎義経ではなく、一人の人間として、男として。
敦盛を仲間としても。
一人の女性としても大切であると。
九郎は敦盛が起きるまで、飽きずに手を握りしめ、彼女の寝顔を見続けた。
手折っしまったもの、壊れてしまったもの。
それを直すのにはとても時間がかかる。
それでも、強い思い、信念があれば。
花は又きっと綺麗に咲く。
願いはきっとかなうから。