peace2
平和は続いていた。
ゆっくりと復興は進み、平和が目に確かに現れ始めていた。
しかし、最近イザークは夜になると微熱が続いていた。
いまさら疲れが出るのはおかしい。
だが、微熱は下がらず、イザークは少々やつれていた。
今もキラに言われて、先にベッドに入っていた。
「どう?」
飲み物を持ってキラが寝室に入ってくる。
「平気なのに…」
「だめ!明日…病院行こうか」
風邪だったら、薬を貰えばすぐに治る。
「んー…」
あまり納得いかないのか、寝ながらも難しい顔をして文句を言うイザーク。
その姿にキラはため息をついた。
「まったく、病院嫌いだからってしょうがないでしょ?」
彼女は小さい頃、注射をされてことがきっかけで、病院が嫌いになった。
今でも、それは続いていた。
キラが飲み物をイザークに飲ますために彼女を抱き起こす。
「ほら、水分とって。熱を下げないと」
「はいはい。今日はなに?」
キラがベッドサイドに置いたカップをイザークに渡す。
「昨日は紅茶だったから、今日はレモネード」
「あ、いい匂い。いただきます」
イザークがカップに口をつける。
さわやかなレモンの味が口に広がる。
それがとても心地いい。
「美味しい?」
「もう一杯飲みたい」
コクコク頷いて、イザークがおかわりを要求した。
そう言ったイザークにキラはもう一杯作って持ってきた。
それを飲んでイザークはまたベッドに入って、すぐに寝てしまった。
その様子をキラが同じベッドに入って、ベッドヘッドに背中をあずけて見ている。
優しく髪をすき、自分もベッドにもぐりこむ。
「イザ…」
耳元で囁くと彼女は寝ぼけて、キラに擦り寄ってくる。
キラは自分に伸ばされた左手に輝くサファイヤの指輪にキスをして、その後に優しくイザークのお腹を擦った。
「…まだ判らないけど」
明日になれば
世界が変わるかもしれない
微熱が続いていたイザークを心配して、キラはついに彼女を病院に連れてきていた。
オーブの市街地にある、大きな総合病院。
そこに二人は来ていた。
風邪だと判断じたキラは内科を受診させた。
「症状は?」
診察室には女医が待機していた。
中にはイザークだけが入る。
カバンを置いて、女医と対面するように椅子に腰掛ける。
「最近微熱が続いていて…」
「そうですか…じゃあ、一応喉と胸の音聞きましょうか」
「じゃあ、服あげてくださいね」
控えていたナースが、イザークを手伝う。
女医が聴診器で胸と背中の音を聞く。
そして、イザークの喉を調べた。
「はい、いいですよ。じゃあ、最後の生理は何時でした?今月の初め?それとも先月下旬?」
「あっと…」
そういわれて何時だったか思い出す。
「に…二ヶ月くらい前?だったような…いろいろ合って…」
「そうですか…」
女医はなにやら、カルテ以外の紙にも筆を走らせている。
そして、一枚の紙をイザークに渡した。
「これは、産婦人科の地図です。ちょっとね、気になるから…見てもらってください。此方から連絡しておきますから」
お大事に。
そう言われて、イザークは診察室から出た。
「どうだった?」
待合室で待っていたキラが、イザークが出てきたので声をかける。
「あ…婦人科行ってこいって言われて…」
「そっか…」
キラが何考えるような仕草をする。
「キラ?」
「ん??なんでもないよ、行こう」
キラに地図を渡して、一緒に産婦人科に行く。
待合室では、妊婦さんが何人か座っていた。
イザークは産婦人科に来るのが初めてで、しかもまだ18だったので、なんだか妙に緊張した。
呼ばれるまで、二人は端のほうで待った。
キラはイザークの手をぎゅっと握った。
そして、名前が呼ばれ、イザークが中に入った。
キラはそれを優しい眼差しで見送った。
中に入って、数十分。
診察室に入ったイザークは中々出てこなかった。
漸く開いたと思ったら、中からナースが出てきた。
「ジュールさんの家族の方、いらっしゃいますか??」
そう待合室で言われて、思わずキラが立ち上がる。
「あっ、旦那様ですか?」
立ち上がったキラにナースが気付き、近寄ってくる。
「あ…その」
「中で先生がお待ちです、どうぞ入ってくださいな」
ナースに促されて、診察室にキラが入る。
中では、女医とイザークが話をしていた。
イザークはなんだか、落ち込んでいて、キラが入ってくるのを確認すると、
どうしていいのか判らないといった表情をしていた。
「旦那様?それとも…」
「あ、彼氏です。彼女の症状はどうだったんですか?」
キラのためにナースが椅子を出してくれる。
それに座って、キラが女医に話しかけた。
「おめでとうございます。妊娠3ヶ月ですよ」
「そう…でしたか、やっぱり」
「キラ?」
確信したようなキラの発言に、イザークが不思議そうな声を上げる。
「味覚が変わったりしていたので、そうではないかと…」
「そうですか…まだ安定期には入りませんので…産むか産まないか、色々あると思います。
結婚もなされていないようですし。お互いに話し合ってください。そして、来週また、来てくださいね。
そこで色々決めましょう」
「あっ…はい」
女医に優しく言われて、イザークは頷いた。
そして、ふわふわした足取りでイザークは診察室からでる。
キラに支払いを頼んでいる間も、心此処にあらずといったふうで上の空。
「イザ?行くよ」
「あ…ぅん」
伸びてきた手を掴んで、ゆっくりと駐車場に向かう。
車に乗り込んだ後も、イザークの思考はどこかに飛んでいた。
官邸から程近い総合病院を出たというのに、車はまだつかない。
しかし、そのことにも気付かないイザーク。
キラは心配しつつも、車をある場所へと走らせていた。
季節は移ろい始め、夕方近くなると寒くなる。
キラは、オーブの森林地帯まで車を走らせた。
此処は、キラの別荘がある場所だ。
「イザ…ついたよ?」
「ん……此処」
「そう。海」
そう言って、キラは先に車を降りて、砂浜へと向かった。
それに続いてイザークも車を降りて、キラの後ろにくっついていく。
懐かしい場所。
たった3・4年前の出来事なのに、それが10年以上前に感じられる。
それほど色々合った。
砂浜の後ろに、別荘が見える。
此処で、約束したのだ。
離れないと。
いつか…一緒になろうと。
「イザ、覚えてる?」
砂浜は歩きづらいので、キラがそっとイザークを支える。
「あぁ…この指輪を貰った場所」
イザークがそっと左手に輝くサファイアのリングをキラに見せる。
「…離れないって、一緒になろうって…覚えてる?」
「うん」
ゆっくりと歩いていた歩調を停めて、キラがイザークに向き合う。
漣だけが、聞える。
「結婚しよう。僕たち…家族になろう」
キラがポケットから何かを取り出す。
イザークの左手をそっと持ち上げて、その薬指には待っているサファイアの指輪の上から、
新たにダイヤモンドの指輪をはめた。
「誓うよ…君に。もう…離れないって。そして、君とこれから生まれてくる命のために、
僕が平和を守り続けるって…」
「キラ…」
「僕たちの子供…産んでくれますか?結婚してくれますか?」
優しい微笑み。
イザークはキラに抱きついて、静かに泣いた。
早く答えたい、言いたいけど、涙が止まらない。
キラは優しくイザークの頭を撫でた。
誰よりも、辛いものを背負った経験があるからこそ。
キラの言う『平和』という言葉には重みがある。
そして、彼が言うからこそ、イザークは信じられる。
きっと、これからもずっと。
この世界は平和であると。
END
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