「おい起きろ!」
まだ寝ていたいのに、耳元に聞こえてくるのは憎たらしい声。
私は自分の部屋の自分のベッドにいるはずで…鍵もかけてあるのに…。
ギシっと私のベッドが何かの重みで軋む。
「起きねぇと、犯すぞ」
さらに耳元近くで…甘い声。
「っ!!!何入ってきてるの!」
私は、ずうずうしく自分の部屋に入ってきて、なおかつ私のベッドの、私の上に乗っている同居人めがけて、
鉄拳を繰り出した。
「目さめてんじゃねーか。早くしろよ、ママンの飯ができてるぜ」
軽々と、私が繰り出した鉄拳をかわして、同居人…リボーンが私のベッドからどいた。
「入ってこないでっていつも言ってるでしょ!」
「起きてこないお前が悪い」
「鍵だってかけてるのに…」
「いいから、早くしろよ」
バタンとドアを閉めて、リボーンは1階のリビングに下りていった。
「…信じられないっ!!」
私は、ドアに向かって手元にあった枕を投げつけた。
事の始まりは、1ヶ月前。
突然、家に父さんが彼…リボーンを連れてきた。
「俺の古い知り合いの息子さんだ。今日から俺たちの家族になる」
いきなりのことに頭がついていかなかった。
聞けば、両親はつい最近事故で他界してしまい、肉親もおらず…父さんが引き取ったと。
歳は私と同じ16歳で、高校2年生。
出身はイタリア…って、何で父さんの友人がイタリア人なの!!もう…そこが可笑しいんだけど。
だいたい、同い年の男が、うら若き娘と同じ屋根のしたに住むって…親としてどうなの!
お母さんは、もーぜんぜん気にしてないし…(むしろ喜んでる…家族増えたって)
言いだしっぺの父さんは、すぐ出張で、どっかいっちゃったし。
結局、私は何も言えずに、いきなり同居…そして、同じ高校の同じクラスになってしまった…。
「ツナ~遅いじゃないの」
いつまでたっても、若いお母さんは、フリルのついたエプロンも良く似合っていて。
フライパンから目玉焼きをお皿に移し変え、私が座ったテーブルの前においてくれた。
いい焼き加減の食パンと紅茶…そして、出来立てのハムエッグ。
お腹はすいているはずなのに…テーブルの斜め前に座って、優雅にコーヒー飲んでいる男が憎い。
「ごめんなさい…でも、リボーンが!」
「あら、あなたを起こしてくれたのよ?感謝しなきゃ~」
「ぐっ…」
そんなニコニコ顔で言われると、反論できないし…いったいどういう起こされ方しているのか言ってやりたいけど・・・。
自分が恥ずかしい。
「ママン…ごちそうさま」
「あら、リボーン君。もういいの?」
「Io vado a scuola(学校行ってくる)…」
リボーンは、お母さんの頬にチュっとキスをしてから必ず出かける。
「…(キザ)」
「もー相変わらずかっこいいわね。良い息子だわv」
この挨拶に、お母さんは大喜び・・・。父さん泣くよ?
リボーンは…確かにカッコイイかもしれない…転校初日は大変だったもん。女子がキャーキャーしちゃって。
すらっとしてるし、スタイルいいし…顔も…悪くない?とは思う。
イタリア語はもちろん、英語、日本語はなせるし…頭いいんだよね。
でもでもでも!!!
デリカシーないし、私にはなんか…厭味ったらしいし!
「私も行ってきます…」
朝から疲れて、ご飯…残しちゃった。
私の通う、市立の並盛高校は、自由な校風が売りで、制服はない。
生徒の自主性に任せている…とは言ったものの、風紀委員がしっかりしているせいで、そこまでひどい輩がいないのが現状。
いつも遅刻ぎりぎりだった私だけど、リボーンが起こすようになってから遅刻がなくなった。
それには感謝しているけど…。
リボーンは私より早く家を出るくせに、絶対私のことを待っている。
今日だって、家から10メートルぐらい離れたところの電柱に寄りかかって、本読んでるし。
「遅ぇな…行くぞ」
「…待ってなくたっていいのに…」
別に会話もなくって、ただ並んで歩くだけ。
でも、並んで歩くだけで・・・私が目立つ。
リボーンは私服の趣味が変…。
今日は、黒いスーツでまだマシだけど、ちょっと軍服っぽいのだったり、どっかの探偵みたいな服着たり。
ビジュアル系かよ!!ってのもあったなぁ…。
本人曰く…「コスプレじゃねーからな」って言ってたけど…。
似合ってないなら、いいんだけど、それがまた似合っちゃってるから…騒がれるわけで。
ちらっと横目でリボーンを見る。頭一個分は確実に違う身長。
「おい…こっち歩け」
いきなりぐっと手を引かれて、歩道の左側に引き寄せられる。さっきまで歩いていた右側を車が猛スピードで駆けぬけた。
ほんと…こういうところイタリア人だって思うよ。
この、偽フェミニストめ!
ざわざわ…してる?
いつもより学校の周辺が賑やかな気がしてくる。
学校の校門手前につくと、なにやら人だかり。
一人はよーく見かけて…ものすごーくお世話になっている(恐怖)…雲雀先輩。
後は…金髪の…知らない人。
「あっ!リボーン」
その金髪が、私たちに気づいて近づいてきて…リボーンの名前を呼ぶ。
リボーンはその声に眉をひそめて、その場から逃げだそうとしたけれど…近づいてきた相手はリボーンよりも大きくて…。
彼の首根っこをひょいっとつかんでしまった。
「相変わらずのコスプレ好きだねぇ…」
「コスプレ好きって言うな。変装が得意と言え」
「おかげで探し回る羽目になった…」
二人のやり取りを私は口をあけてみていた。まっっっったく話についていけない。
「綱吉…あの二人は?」
「雲雀先輩…おはようございます。知りません…もう、こんな良くわからない展開ついていけません」
「朝のチェックをしていたら、急にあの金髪の外国人が来て。君の連れを探していたらしいよ…」
「はぁ…」
「いい加減に離してくれディーノ…もう逃げないから」
首根っこを捕まえられたら、さすがに逃げられないし、見た目にも恥ずかしいらしく、リボーンが降参した。
「本当か?」
「ツナが見てるし…」
リボーンが私のほうを見ると、ディーノと呼ばれた男も私のほうを向いた。
「E il Suo innamorato?(恋人?)」
ニヤニヤしながら、ディーノがリボーンにイタリア語で話しかける。
「anche…(まだ)」
何か言ったリボーンに、くすくすとまたディーノが笑った。
「OK。じゃあ、また会おう。今俺はここにいるから、絶対来いよ」
ディーノが紙切れをリボーンに渡し、もう一度私のほうを見た。
「ぜひ、あなたも一緒にいらしてくださいね。待ってますから…」
やさしく話しかけてきたディーノは、突然私の手を引いて、頬にキスをしてきた。
「っ!!」
「ディーノ!!!」
「挨拶だよ~じゃあねぇ」
リボーンの怒った声。ディーノの笑う声。
もう、わけがわからなくて、私はその場にへたり込んだ。
「コスプレ好きって言うな。変装が得意と言え」
あの後私は…(なんで私だけ!)
『並森の風紀を乱すようなら、噛み殺すよ!』
と雲雀さんにお説教され、1時間遅れで授業に参加した。
まったく、散々な目にあった。
それにしても…っと、ちらっと隣の席に座っているリボーンを見る。
彼は、真剣に授業を受けている。(英語の授業中は寝ていることが多いけど…)
古文は苦手なのだろう。テキストと黒板を交互に見て、真剣に先生の話に耳を傾けている。
『何でもありませんって顔しちゃってさ…』
私は、ノートを書く手を止めて、ぼっと考え始めた。
今朝、ディーノに会ってから、もっと感じたけれど。
私は、リボーンのこと…イタリアから来たって事以外何も知らないんだ…。
ディーノって人は…私たちよりも大分年上で、すごく大人な感じの人だった…。
あのリボーンの首根っこを捕まえちゃう人だし、リボーンのこと良く知ってそうだった…。
『漸く見つけた』とか言ってたし…どういうこと?
むーーなんか、考えてたら、いらいらしてきたぁぁ!!
事情も飲み込めてないのに、巻き込まれて、雲雀さんには怒られて(ここが一番大きいけど)
後で問い詰めて…
「沢田!!!読めって言ってるのが、聞こえないのか!!!」
「ひぇ?はっ…はい!!」
あちゃーぜんぜん、聞いてなかった。
「p59」
ぼそっと、リボーンが読む場所を教えてくれる。
「っ…い、今読みます!!(こういうさりげなくやさしいところは…キライじゃないけど)
日は入日 入りはてぬる山の端に 光なおとまりて赤う見ゆるに…」
お昼に、一応お礼言わないといけなくなった…。
昼食はリボーンが転入してきてから、ずっと一緒に取っている。
大勢で食べるのはリボーンは好きじゃないようだけど、私が一緒にいるのは嫌ではないらしい。
(パシリに使われているだけだけど…飲み物買いに行ったり…自販機の場所判らないとか言って)
たいてい先にリボーンが教室を出て、私がその後をついていく。
今日も、4時間目の授業が終わったと同時に、リボーンはすばやく教室を出て行った。
私も、お母さんが作ってくれたお弁当を持って、リボーンの後を追う。
私が昼寝場所にしていた屋上の貯水槽は、いまやリボーンにとっても、格好の昼寝ポイントだった。
「はい、今日のお弁当」
リボーンは、恥ずかしいからか…(面倒くさいだけかもしれないけど)自分でお弁当を持っていかない。
しょうがないから、私がいっつも二人分のお弁当を持って、重い思いをして屋上まで行く。
リボーンは貯水槽に上らずに待っていてくれて、二人分のお弁当を持って、先に梯子で上がる。
私も、彼の後に続いて上がり、少し離れて座る。
「古文…ありがとう。でね…ちょっと…聞きたいんだけど」
「ん?」
リボーンはお弁当を食べながら、返事だけは返してくれた。
「朝の…男の人…誰?」
リボーンの額のしわがちょっと深くなる。これは、あんまり機嫌が良くない時の証拠。
「あ?あいつとは単なる腐れ縁だ」
「…そう…」
そこで会話は終了。
結局聞きたいことは聞けずじまいだった…。
「ツナ、俺は少し寄るところがあるから、ママンに夕飯いらないって伝えてくれ」
放課後。
生徒がそれぞれ部活や下校をしていき、教室内にも人がまばらになる。
リボーンは、私のぞばに来て、そう言ってすぐに教室を出て行った。
「…気になる」
でも、また面倒なことに首を突っ込みそうで…(女のカン)私は、彼の後をつけずに、おとなしく家に帰った。
リボーンは、駅から電車に乗り、ディーノが滞在しているホテルの前に着いた。
着くとすぐに、知った顔の男がリボーンを迎えに来る。
「本当にお一人でいらっしゃるとは…言ってくだされば、学校まで迎えに行きましたのに」
「ここはイタリアじゃないから、そんなに心配しなくても平気だ。ディーノは?」
「早く中に入りましょう。ボスも待ってますよ」
黒いスーツの男に誘導され、リボーンは高級そうなホテルの中に入っていった。
エレベーターで最上階まで行く。1フロアをすべて使った、プレジデンシャルスイートルーム。
ディーノはリビングのソファでくつろいでいた。
「あー来たかリボーン。ロマーリオもお疲れさん」
黒スーツの男。ロマーリオに促されて、リボーンもディーノの斜め横に腰掛ける。
「ボス、俺は下がるが…手荒なマネだけはよしてくれよ。同盟に傷がつく」
「判ってるって…さーて…日本はどうだ?ボンゴレ10代目?」
「あ?あいつとは単なる腐れ縁だ」
「まだ、親父は生きてる…その言い方やめてくれ」
リボーンが不機嫌そうな声で言うと、しまったという顔をして、ディーノが謝った。
「すまない…だが、突っかかりたくもなるさ。9代目が病気だってのに、お前はいきなりGiappone(日本)に行くわ、
それに手を貸してたのが、顧問の家光だって言うわ…。本部は、揉めてる。早く戻って来い」
「…」
「お前のわがままで、死人が出るかもしれないんだぞ!!」
「判ってる。ただ…自由が聞かなくなる前に、家光や初代の故郷に来てみたかっただけだ、家光には迷惑をかけた…それに…」
「ツナ嬢にも迷惑かけた?」
悲壮感にあふれていたリボーンの顔が、ツナという言葉を聴いて、瞬時に赤くなる。
「…っあいつは…」
「初恋の相手なんだって?」
「!!」
「お前を見つけてすぐ、本部に連絡取った。そしたら、家光が出て、教えてくれたよ。さすがツナ嬢の親父だな」
「あいつは俺のことなんてちっとも覚えてなかったけどな…迷惑かけたのは本当に悪いと思っている。
家光にはすぐに連絡を取る。明日…明後日には本国に戻るさ」
リボーンはディーノの前で、家光に連絡を取った。
航空機のチケットを用意してもらい、明後日にはイタリアに帰るという話でまとまった。
「キャバッローネにも迷惑かけた…何か不都合が出てたら、本部に言ってくれ」
リボーンは少し悲しそうな顔をして、ホテルを後にした。
「いつもの彼にしては…覇気がないですね」
席をはずしていたロマーリオがディーノの元へ戻ってきた。
「あぁ…今までは、9代目が総指揮を取っていたから、リボーンも自由に動けていたところがあったからな。
だが、ボンゴレのすべてがアイツの双肩にかかってくるのは時間の問題だ…自由も利かなくなる。
その前に…と思ってだろう」
「そんなに、家光氏のお子さんのことが?」
「ぷっ…家光曰く、結婚の約束までしたらしいぜ?」
リボーンがディーノに会いに行っている間…ツナは…。
早めに帰ってこれた…リボーンが来てからは珍しいかも…。
なんだかんだと、連れまわしてた…いや、回されてた…もんね。
「あーーー、ちょっと昼寝」
どうぜ、また帰ってきたらうるさいんだし…(存在が)今のうちにちょっと補充。
私の特技っていつでも寝られることだよね。お休みv
ん…あれ?
頭の中がもやもやしている。
起きたの?私…。あっ…これ、夢の中だ。(なんか感覚が違うから、わかる)
視界が低い…私小さくなってる??
目の前には、お父さんとお母さんと…綺麗な女の人とすこし年配のおじさんと…目線が同じな男の子。
見覚えがある、自分の家の庭で、私は白いワンピースを着ていて。
「あしょぼ?ねーリボ君?」
「うるせぇ。あっち行けよ!」
「っ…うわーーん!」
「こら!レディーになってことするんだい!」
リボ君…どことなく似ているような気もするが…って、アイツを小さくしたらこの子じゃん!
今と何も変わらないふてぶてしい態度。
私が手を引いたら、引っぺがされた。それがとても悲しくて。
泣いた私は、お母さんの所に行って、足にしがみつく。
リボーンはおじさんに怒られている。
「ツナちゃんが可愛いから…この子ったら、ごめんなさいね。ほら、リボーン?誤りなさい」
「…」
「レディーに対して失礼だぞ。じゃあ、これを貸してあげよう」
悲しくて泣いていた私のところに、リボーンがやってくる。
「ほら、ツナ。リボ君来たわよv仲直りしなさい」
「ん……ぅん」
私はトテテテっとリボーンの所に歩いていって。
「悪かった…これ…」
リボーンが私の手を取って、指輪をはめてくれる。
それはとても大きくて、どの指にはめてもクルクルと回ってしまって。
それが可笑しかったのを覚えている。
何で、忘れてたんだろう。あの指輪。そういえば…まだ持ってる。机の中の小さな宝石箱の中。
貝の形をした、綺麗な指輪。
「おまえ、ファミリーになれ!今日からこれがその証だ」
「うんうん。ふぁみいーね。リボ君」
「違うファミリーだ!ずっと一緒にいるってことだ。今は難しいけど、大きくなったら、迎えに来るから」
「いっしょね!ずっとね」
お互いに手を握り合って、くすくすと笑いあった幼い日。
私なんで、忘れてたんだろう。
でも、その当時、たしか5歳か6歳ぐらいで。私もおバカだから、意味なんてわからなくて。
いじめっ子で、怖かったリボーンが、初めて見せたやさしい顔。
ただの子供の約束。なのに、心が痛い。
「わたし…わたし…」
「寝ながら泣くなんて、器用だな」
「っ…リボーン…」
夢なのに、鮮明に覚えている。いや。思い出した。
「忘れててごめんね。言ってくれればよかったのに…」
私はベッドから起きて、顔を手でぬぐう。リボーンは私の部屋の椅子に座っていた。
「覚えてると思ってたんだよ。まぁ。お前の頭じゃしょうがない…」
「酷い言い方」
私は立ち上がって、机の中の引き出しを開ける。奥のほうから小さな箱を引っ張り出して、開ける。
実に10年もほったらかしておいたもの。
「失くしてると思った」
「うん…私も。でも、有ってよかったね。今なら、指に入るかな」
私が指輪を取る前に、すっとリボーンが指輪を取る。
そして、私の左手もとって、薬指にすっとそれをはめた。
サイズはぴったり。
「ツナ…Te mi sposerai?(俺と結婚してくれ)」
「お前、ファミリーになれ」