「10代目が攫われたって!!一体どういうことなんですかリボーンさん!!」
執務室に勢いよく入ってきたのはツナの側近…獄寺。
しかし、この部屋にいる少々小柄な男は、この大騒ぎに微塵の動きもしなかった。
黒い帽子、黒いスーツ。
あの赤ん坊の頃からは、ずいぶんと成長した姿。
ボンゴレ10代目を育て上げた、最強のヒットマン。

獄寺の顔を胡散臭げに、ちょっと帽子を上げて見て、すぐにまた眠りに着いた。
ソファに座り、目の前にあるソファの同じ高さの机に足を乗せて。

「なに悠長に構えてるんですか!!!どうするんですか…」
「うるせぇぞ」
今までだって、ツナがいなくなったり、誘拐されたりしたことは多々あった。
なのに、それを何度経験しても、獄寺の慌てようは決して変わらない。
「俺は貴方にどうしたらいいのか聞きに来ましたけど、山本とか、ヒバリとか…
今すぐにでも相手方に真っ向勝負を挑みそうな勢いなんですよ!」
「…元気だな」
相変わらず血気盛んな側近達だと、リボーンはあきれる。
そして、10代目になったにもかかわらず、相変わらずドジなままのツナ。
まぁ、そんなところがリボーンにとって今や可愛いとさえ思えるようになったところなのだが…。

「リボーンさん!!」
しつこく粘る獄寺に、リボーンが動いた。
「ったく…俺が行く。誰も来るんじゃねーぞ」

本当は、連れ去られたと聞いた瞬間に、リボーンはツナのところに飛んでいきたかった。
しかし、毎度血相を変えて、彼女の元に飛んでいくのは、自分のプライドが許さない。
まして、ツナはボンゴレの10代目になったのだ。一人で戦える力もある。
それでも、こうして助けたい、守りたいと思ってしまうのは、
やはり10代目である以前にツナを一人の愛しい女と見ているからだろうか。
10以上も年の離れた彼女を。

居場所は最初から割れていた。低レベルな下っ端マフィアの仕業だった。
薄暗い路地の地下室。下品な笑い声と臭い酒の匂いが充満していた。

「ほんとにこれがあのボンゴレの10代目なのかよ!!」
「いや…だって、ほら大空のリングしてるし…」
「女だぜ??どう見ても」
ツナを攫ったのは、どう見ても、大して強そうにも見えないマフィアの端くれ達だった。
今日は一人で出かけるから!とリボーンに言い町に出かけたのがそもそもの始まり。
買い物途中に捕まって、こんな薄汚い所まで連れてこられてしまったのだ。

ツナは口は布で塞がれ、手足はロープで縛られて、部屋の隅に座らされていた。
「まぁ、いいぜ、こいつのアジトに莫大な身代金を要求して…俺達もすぐに幹部だ」
「へへっ…ちょろいもんだよな!」
「なぁなぁ、その前にさ、ちょっとコイツと…遊んどかない?」
「なぁ…俺も混ぜるか??」

カチャっと引き金が引かれる音が、男たちの頭の後ろから聞えた。

「ボスが世話になったな…」
「何モン…っひぃ!!!!」
何の気配も立てずに、リボーンがツナを攫った男たちの後ろに立っていた。愛器を手に持って。
グリッと一人の男の頭に銃口を押し付ける。
最初は啖呵を切ったが、銃口の感触に男は恐怖におののき、身動きが取れなかった。

「俺は最強ヒットマン、最強の、殺し屋だ」

そうリボーンが言った瞬間に、バーンという銃声が暗い地下室に鳴り響き、銃を突きつけられた男が倒れた。
「ひぃぃぃ!!」
「っ…わ…悪かった…」
倒れた仲間を見て、他の男たちがリボーンから少しでも離れようとジリジリと下がる。
「判ったら、その転がってるヤツ持って、消えろ!!」
頭ではなく、耳を打ち抜かれ転がっている男をリボーンが指差すと、
残りの男たちがそれを引きずって、部屋を出て行った。
「クソが…ったく、てめぇもいい加減にしやがれ」

部屋の隅で座っているツナの元へ、ゆっくりとリボーンが近づく。
「なにしてんだ」
呆れつつ、暴言を吐きつつ、でも優しくリボーンはツナの猿轡や縄を解いた。
「ごめん…うっかりして」
頭を掻きつつ、いつものように笑うツナに、リボーンは怒る気がうせていた。
「帰るぞ…獄寺や山本がうるさくてかなわない」
「また心配かけちゃったね…ぁ…っと」
ツナが立ち上がりかけた時、不意の立ちくらみが彼女襲った。
「おい、なにしてる」
それをリボーンが見逃すわけも無く、すかさず片腕で支える。
「ごめっ…まだ、催涙ガスみたいなの…効いてて」
連れ去られる時に嗅がされたガスがまだ少量体内に残っていて、ツナの三半規管を麻痺させていた。
「ちっ…もたもたすんな、いくぞ」
「わっ!!ちょっと…いいよ、リボーン!下ろしてよ」
不意にツナはリボーンに抱きかかえ上げられて、彼の腕の中でバタバタもがいた。
しかし、いくらボンゴレ10代目と言っても、女と男の力の差は歴然で。
しかも相手は、最強の殺し屋。
「ホント、自分で歩けるって!!」
スタスタと地下室から出て、地上の路地を歩くリボーンになおもツナはたてついて。
「うるさい…口塞ぐぞ」
「何…んっ…んーーーーッ!!」
お姫様抱っこのまま、熱烈なキス。

ツナはいくつになっても、この年下の家庭教師には敵わないのだ。




「俺は最強ヒットマン、最強の、殺し屋だ」






コンコンというノックの音。
ガチャッというドアが開く音。
「はぁい、ツナ。これ…アンタ宛よ」
ポイズンクッキングのビアンキが持ってきた一枚の手紙。
「んー…そこらへん置いておいてよ…」
執務室にこもったツナはリボーンから与えられた書類の整理でてんてこ舞いだった。
「そっ…ディーノからなんだけど??」
その一言で、ツナの顔色が変わる。
「えっ!ディーノさんから」
急に嬉しそうになるツナの声に、いつものように執務室のソファで寝ていたリボーンの眉毛
(正確には帽子に隠れていて見えない)が動いた。
ツナは、すぐに手紙を受け取る。ビアンキは「用は済んだから」といって自分の仕事に戻っていった。

「なんだろなんだろ!」
ウキウキしながら、めずらしいディーノからの手紙にツナははしゃいだ。
ディーノはツナの兄貴分、キャバッローネファミリーの10代目ボスだ。
正式にツナがボスになる前から、彼は彼女のよき理解者であった。
「うるせぇ…さっさと読むなり、なんなりしろ」
機嫌の悪いリボーンの声が執務室にボソッと響いた。
「…はいはい。えっと、なになに…」
リボーンとて内心気になってしょうがないのだが、そこで気になるそぶりを見せたら、ツナはすぐに付け上がる。

「リッ…リボーン!!どっどっ…どうしよう!!」
「どうした!」
いきなりのツナの悲鳴にも似た動揺の声にはさすがに寝ていたリボーンも飛び起きた。
そこに飛び込んできたのは、ツナの赤いようなでも青いような顔。
「私…ディーノさんと…結婚するの!?」
「!?」
さらに、ツナの一言で、リボーンも度肝を抜かれた。
「これ…ちょっ…読んで」
慌てふためいて、上手く言葉が出ないツナが手紙をリボーンに寄越し、彼はそれをふんだくった。
そして、中身を読んで、眉間の皺が増えた。

「ディーノのヤツ…何考えてんだ」
手紙の内容は、ファミリーの更なる同盟の結託を目指して、ボス同士結婚しませんか?という内容だ。
ディーノの名前と彼の一番の部下の名前が書かれていた。
「なんかの…間違えだよ!!だって…ディーノさんが、こんな」
「…」
リボーンは知っていた、ディーノがツナを妹以上の感情で見ていることを。
それは、自分もディーノと同じ感情でツナを見ているから判ることだった。
「リ…リボーン?」
「お前が決めることだ…勝手にしろ」
「ちょっと!!!」

マフィアの結束を固めるため、又は更なる活動範囲を広めるためにこうした政略結婚はこの世界では当たり前だ。
しかし、ツナを道具とは見ていないリボーンは、彼女自身が答えを出すように指示した。
「リボーン!!どうしたの?怒ってるの??何で部屋に入るのさ」
勝手にしろと言って、彼は執務室から通じている自分の部屋に入っていった。
いつもは掛けない鍵までかけていて、ツナがガチャガチャとノブを回してもびくともしない。
「ねぇ…いつもはなんか言ってくれるのに…リボーン!?」
ガンガン扉を叩いても、彼の反応はない。怒っているのだ。
「どうして怒るの?リボーン!!ねぇってば」

優に10分はドアを叩き続けて、次第にツナも疲れてきた。
こうなっては、リボーンは梃子でも動かないことを長年の付き合いでツナはわかっている。
「いーよ、もう。リボーンなんて知らない!!私、直接ディーノさんのところ行って…」

「行くな!」

漸くのリボーンからの反応は彼の悲痛な叫びだった。
「アイツのところになんて行くな」
「…勝手にしろとか、行くなとか…今日のリボーンは分けわかんない。
リボーンは…私の何なの…いつも、怒ってばっかりで何も言ってくれない」
ツナは額をリボーンの部屋の扉に押し付けて、泣きそうなのを押しこらえて声を絞り出した。
「リボーン…私は」
「言ってやる」
ツナの言葉をさえぎって、ドアの向こうからリボーンが語りかける。
「リボーン?」
「扉のノブを引け」
ガチャッと音がして、鍵が開いたことがツナにわかる。
「開けてくれたの?」
「あぁ…」
しかし、ツナはドアノブを握ったが一瞬ためらった。これを引いたら何が起こるか想像できないからだ。
また、なにか酷いことを言われるんじゃないかとか、怒られるんじゃないかとか。
はたまた、銃で一発お見舞い…とか。
そういったマイナスなことばかりがツナの頭を駆け巡った。
一枚の木の板を挟んでの葛藤。

「何、簡単だろ。ただそれを引くだけだ」

ツナはゆっくりとドアノブを引いた。


リボーンはツナの顔が見えるや否や、彼女を掻き抱いた。
「ちょっ…リボ…ン?」
ツナよりもちょっとだけ背の高いリボーンが彼女を抱きしめる。
「好きだ…」
これが、ツナがはじめて聞いたリボーンからの告白だった。
散々、好き勝手キスしたり、抱きしめたり、お姫様抱っこしたりしてきたのに。
リボーン自身の声を聞くのは、今回が初めてだった。
「言ってくれなきゃわかんないよ…」
「鈍いお前が悪い」
お互い照れくさくて、まともに顔が見られないために抱きついたまま。

この日二人は10年越しに想いを分かち合った。


ディーノへの返事はリボーンがして、二人のことをよくわかっているディーノはそれを快く理解してくれた。
しかし、仲間へはまだ打ち明けられそうにはない。



「何、簡単だろ。ただそれを引くだけだ」





ごそごそという音が執務室の机の下でしていた。

ツナは執務室で、1ヶ月以上もの長期任務を終えてきた骸から報告を受けていた。
大量の書類と写真を机に置いて、骸が今回の任務の内容及び終了を報告した。
「報告は以上ですよ。では、次の仕事がまだありますからね…僕はこれにて」
「ぁ…ひゃ…」
「…どうかしました?」
さっきまで真剣に報告を聞いていたツナから、素っ頓狂な声が発せられる。
「ちが…ごめん。報告ありがとう…次もがんば…っ…てぇ…んっ」
「はぁ…調子が悪いようでしたら、きちんと休んでくださいね」
「ありがと」
なんとか笑って、ツナは骸を執務室の椅子から見送った。


「おっ!!骸じゃん!今帰ってのか?」
骸が廊下に出ると、丁度山本とすれ違った。
「えぇ…君は?」
「俺は今からツナの所に…」
彼も大きな袋をぶら下げていた。報告に行くのだろう。
「…あー…今は、入らないほうがいいと思いますので、僕と一緒にちょっとお茶でも?」
「え?あぁ…そうなの?じゃあ、茶でも飲んでから行くか」

山本は掃除中かなぁとか言いながら。
骸は、アノ子供…ついにやりましたね?と考えながら。
屋敷のリビングへと歩いていった。

「もっ…やぁ…リボっ」
「何言ってんだ、感じてるくせに」
骸が部屋を出て行ってすぐ、リボーンが執務室のツナの机の下から、顔を出した。
今日のツナのスーツは珍しくスカートだ。
骸が来ると判っていて、彼はツナの足元のもぐりこみ、色々と悪戯をしていた。
ストッキングを履いた足を太腿まで触り、果てはスカートの中に手を入れて、ストッキングを脱がせてしまった。
その後も、骸がいるのに、膝にキスしたり、ギリギリのところにまでその細くて綺麗な手を入れたり。
骸がいなくなったら、動きやすいように椅子を押して、自分も机の下から出た。
そしてついに禁断の下着にまで手を出そうとしたので、怒ったツナがリボーンの頭をポカポカと叩いた。
「かっ…感じてなんかない!!」
「いてっ」
ツナがリボーンのツンツン髪を引っ張り、さすがの彼も髪が抜けるのは困るので、やめた。
「酷い!!馬鹿」
先日晴れて恋人になったばかりなのに。恋愛経験が0に等しいツナには、刺激が強すぎる。
「普段はあんなにクールで、無口なのに…スケベ!!」
ツナが今にも泣きそうな顔だったため、リボーンはツナの服を整えて一歩引いた。
「人は見かけによらねーんだ」
ボソッとつぶやいて、リボーンはいつもの定位置であるソファにどかっと座った。
帽子を顔に置いて、リボーン得意の不貞寝だ。

「…リボーン?」
「…」
ツナの手には何本かの髪の毛。さすがに遣りすぎたかなとチラッとリボーンを見ると、いつものように寝ている。
しかし、かすかに感じるリボーンの発しているイライラオーラ。
レオンさえ、近づかないでテーブルの上にいる。
「ねぇ…リボーン?」
「…」
「ねえ…ってば!」
気になって、ツナはソファに近づく。すぐ横に来ると、リボーンが帽子を取って手でクルクル回しだした。
「近寄るなよ…嫌なんだろ」
「むっ…だって、リボーンが悪いんじゃんか!」

プンプンしながらも、ツナがリボーンの隣に座る。
「リボーンはさ、なんか色々しってるっぽいけど…私は」
「…悪かったな」
隣に座ったツナの手をリボーンが握り締める。
「わかってくれればいいけど」

「でもまぁ…いろいろ覚悟はしてくれ」



「人は見かけによらねーんだ」





イタリアは広い。ローマ、ミラノ、日本人の大好きな観光スポットである。
そして、日本人とは、外国で同胞を見ると…ついつい、うれしくなってしまう生き物なのである。
そして、意味も無く声をかけたくなるのである…。

最近ようやく、ツナは一人でそとに出歩けるようになった。
このイタリアに来てすぐのころは、皆から危ない、何があるかわからない、そう散々言われていた。
しかし、ようやっとツナもイタリア語になれ、一人でもなんとか会話が通じるようになってきていた。

ツナ誘拐事件から1ヶ月。
そろそろファミリー内でのほとぼりも冷めて、リボーン直々に外出許可が下りた。
「じゃあ、行ってきます〜」
元気よく手をふって、ツナが屋敷から出て行った。
屋敷を一応車を使って出て行くツナを、リボーンがツナの執務室の窓から見ていた。
「何を膨れているのかな?」
「気配を消して入ってくるんじゃねーよ、骸」
「おやおや…」
ノックもせずに入ってきた骸に、リボーンは窓の外への視線をそらさずに悪態をついた。
「そんなに心配なら、付いていけばいい。彼女は君と一緒にいることを嫌がらないでしょう?」
骸は執務室の豪華なソファに座って、リボーンを見た。
「うるさい」
リボーンは帽子を深く被りなおして、窓際から、執務室から通じている自分の部屋へと戻ろうとした。
「今日の予定はローマ…まぁ、日本人観光客のメッカですね。ツナのことですから…そのうち一人でふらふらと…」
「っ…てめぇ死ね」
自分の部屋のドアを開けようとした矢先に骸から言われた言葉。
お人好しのツナ。人を疑うことをしないツナ。
リボーンは、自分の部屋のドアノブを空けることなく、骸に目もくれずに執務室を出て行った。
「やれやれ…彼も素直じゃない」

「ここでいいからさ、ね?」
「しかしですね…アルコバレーノから言付かっておりますし」
ローマの中心部から少し外れた所。
ツナは一人で中心部に入るべく、御付と格闘中だった。
「大丈夫だって、誰にも付いてかないし、一時間だけでいいから…じゃ、また戻ってくるからね!!」
「ちょっと、ボス!!??」
逃げ足だけは昔から速かった。
ツナはあっというまに、御月の前から姿を消した。

「大体うるさいんだよね…私だって、一人で買い物楽しみたいし、あんな黒ずくめの人が隣にいたら、周りも迷惑!」
ブツブツ言いながら、ツナはローマの町を楽しむ。
一人で来るのは初めてのこの街。
歴史的建造物、某映画の舞台としてもとても有名なこの街はやはり観光客でごった返している所もある。
「あー日本人も多いなぁ…なんか…懐かしいかも」

「あのー…日本の方ですよね??」
観光ツアーの途中だろうか、ツナに話しかけてくる日本人がいた。
男が二人とちょっとはなれたところに、女の人もいる。
「えぇ、何か?」
「さっき見かけて…ツアーですか?それとも、こっちの人?よかったら、ちょっと一緒に回りませんか??」
「ぇ?」
日本語が通じたのが嬉しいのか、話しかけてきた男はかなりテンション高い。
「案内してよ!ねっ??」

「人のモンに触るな…うせろよ」
「なっ、リボーン!!!」
男がツナの手を引いたとき、どこからとも無くリボーンが現れて、真ん中に入り込み、男に愛銃を回りに見えないように突き出す。
男は一瞬何が起きたのかわからない様子だったが、銃とリボーンを交互に見つめるとその場にしりもちをついた。
「行くぞ」
「ぇっ…あっ…う…うん」
ツナはリボーンに導かれるままにその場を後にした。

「てめぇは、学習能力ってもんがねーのか」
物凄く心当たりのあるツナは駄目って彼についていった。
ずいずいと手を引かれて、結局御付の待つ車のところまで戻ってきてしまった。
ぽいっと放り込まれるように、車に乗せられて、リボーンは御付に屋敷に戻るように指示した。
長い沈黙。ちらっとツナがリボーンを見ると額から顎にかけてツーっと汗がたれているのが目にはいった。
「ごめん…リボーン汗かいてるね。でもね、一人で買い物したかったんだよ」
「わかってる、今度からは俺が付いていってやるから…あんま心配かけんな」
「うん」
ツナは自分のバックからハンカチをとりだし、走ってきて汗をかいてしまったリボーンから帽子を取ると、それで額を拭いてあげた。



「死ね」





「ふふ…ほんとに心配で走ってきてくれたんだね」
「うるせぇ」
汗を拭いても、まだリボーンの息は少し荒い。

屋敷へ帰るリムジンの中。
買い物は出来なかったが、慌てているリボーンを見られるのはツナにとってとても貴重だ。
彼はいつもクールで、年下なのに命令口調で。
そんな彼が自分にだけは、こうやって慌てたり焦ったりする顔を見せてくれる。
ツナはそれが物凄く特別なことのように感じられて、それが好きッて意味なのかと思い始めていた。

ツナは隣に座った彼の肩に頭を乗せて。
「今日のリボーンは…可愛いね」
ツナがくすくすと笑いながらそういった。
「っ…」
リボーンは、そっぽを向いた。
でも、ほんのり赤い顔が、彼が照れているのを物語っていた。

「おい!遠回りしろ」
リムジンの運転席と客席のあいだには、薄いが壁が一枚引いてある。
リボーンは車の中にある電話をとって、運転手にそう告げた。
「どしたの??」
「………よ」
そっぽを向いたままだったりボーンが、クルッとツナのほうを向いた。

「可愛いっつーのは褒め言葉に入らねぇんだよ」
ツナの耳をひっぱって、きちんと聞える声でそう言う。
「ぇ?…ごめっ」
いくら年下でも、家庭教師の彼に可愛いとは失礼だったろうか。
ツナが謝ると…。
「おしおき」
リボーンがツナを広いシートの上に押し倒した。
リボーンのにこやかな顔とは裏腹に、彼の手は明らかにツナの服の中に侵入してきている。
「リボ!!ちょっと…ここ…車!」
「ばれやしねー、だまってろ」
「馬鹿!!ムードも何もない…執務室だたり、車の中だったり…なんでそうなの!!」
リボーンの手がツナの胸に触れたとき、彼女が叫んだ。
あまりにも大きな声だったので、一瞬車もガタっと止まった。

「私…は…は…」
「処女だろ??」
「ホント…デリカシー無い…」
ツナはなんだか悲しくて、両手で顔を覆った。
「判った。めちゃくちゃいいモン用意してやる…ちょっとまってろよ」
リボーンはツナの上からどいて、もう一度電話を運転手にかけた。
そこから聞えた話の中には、なぜかイタリア一高級なホテルの名前が上がっていた。

「これなら文句ねーだろ?」
リボーンがにやっと笑った。



「可愛いっつーのは褒め言葉に入らねぇんだよ」





「マフィアになんねーか」
そう言われてから十年経った。

「ほ…本気?」
イタリア一の高級ホテルのスイートルーム。リボーンとツナはそこで二人っきりだった。
車で送ってくれた手下を屋敷に返して、リボーンはツナのためにこの部屋を取った。

「10年だ…俺は10年待ったんだぞ」
「いや…だって、10年前って…リボーンは赤ん坊だったし…」
スイートルームのふかふかのソファにツナが座って、リボーンは着ていた黒いスーツを脱いでいた。
なんだかそれがとてもリアルに感じられて、ツナはうつむくことしか出来なかった。
「俺はあの頃から、お前しか見えてなかった」
「っ…近い!」
いつの間にかツナの目の前にリボーンの顔があって、あまりの近さにツナはリボーンの顔を押しのけた。
「赤ん坊じゃできねぇからな…よっと」
「わーわー」
ソファからツナを抱き上げ、立ち上がる。
「今はこんなにでかくなった。お前を抱きかかえ上げられるぐらいにな」
「っ…」

今日のリボーンは怖いくらいに優しい。いつも叩かれたり、酷い時は蹴飛ばされたりするのに。
そんな彼とは想像もつかない。
それぐらいに優しい。
「俺にまかせろ」
真剣な目に納得させられた。
「…うん」

ゆっくりと寝室へ運ばれる。
その間ツナはぎゅっとリボーンに抱きついたままだった。
怖い。戦いに出るときとは違う恐怖。
自分自身が変わってしまうことへの恐怖に包まれていた。
「怖くねーよ。怖くなんてしねぇ」
強い誓いの言葉がツナを覆っていた不安をゆっくりと解かしていく。

「10年越しだ…後悔はさせねぇ」



「マフィアになんねーか?」





「ゆっくりとリボーンの顔が近づいてくる。
整った顔。めったに外さない帽子を取った彼の顔は端整で、ツナもドキドキした。

「リボーン…あのね、その…電気…ってギャー!!」

しかし、それもつかの間。
ホテル最上階のロイヤルスイートの寝室の窓ガラスが割れた。

ガッシャーン!!!
とてつもない音とともに飛び込んできたのは、見たこともない小型偵察機。
人が乗れるものではなく、リモコンで操るタイプだ。

折角これからという時の、思わぬ邪魔。リボーンの眉間に深い皺が寄った。
「…」
言葉には出さないが、かなり怒っている。
「リ…リボーン??」
「ここは俺等のシマだぜ?分かってんだろうな?」
リボーンはズボンのポケットから携帯を取り出すと、屋敷に電話をかけた。

「俺だ…あぁ…打ち込んどけ…ん?かまわねぇよ…今すぐだ!!1時間後には戻る。それまでに始末して、書類出しとけよ!!」
「ひっ!」
隣で聞いていたツナもびっくりの罵声。
イライラして、リボーンは携帯をポケットに仕舞い直した。

「馬鹿なことしやがって…ツナ喜べ、俺らの領地が広がるぞ」
不敵な笑みを浮かべるリボーン。

「さて…折角だが、此処はもう駄目だな…やっぱり屋敷が落ち着くな。戻るぞ」
「えっ…でも、この惨事…」
寝室はぐしゃぐしゃ。よく自分たちに被害が無かったものだと思う。
「…判ってる」

とりあえずホテルの部屋を出ると、部屋の前のホールには大勢の従業員が駆けつけていた。
「お…お客様!!お怪我はありませんか!!」
「…大丈夫だ。迷惑かけた。改修はこちらでする。いくらかかったか此処まで連絡してくれ」
リボーンは、駆け寄ってきた一人の男に名刺のようなものを渡す。
それを見た男の顔がどんどん青くなっていった。
「気にするな、いくらでも言ってくれればいい…悪かったな」
「ちょっと、リボーン!!」
リボーンはツナの手を引いて、エレベーターに乗り込んだ。

名刺をもらった男はその場にへたり込んだ。
「ボ…ボンゴレ…」
その言葉を聞いたほかの従業員も一気に顔が青ざめた。

屋敷に帰ると、書類がなぜかたんまりツナの机の上に乗っていた。
獄寺や山本が嬉しそうにツナとリボーンの帰りを待っていた。
「10代目!!さすがですね、さらに俺らのシマが増えましたよ〜ささっ、この書類に目を通してくださいね!」
「良かったなツナ。しかし、相手も簡単に降参するから、手っ取り早かったぜ。じゃなきゃ書類もこんなに早くは出せないし」

「あはははは…がくっ」
もうツナは笑うしかなかった。相手が不憫とさえ思った。
リボーンは逆にすっきりとしていた。



「ここは俺等のシマだぜ?分かってんだろうな?」





ホテルでの一騒動の後、ボンゴレ内部では穏やかな日々が続いていた。
しかし、リボーンがツナに迫ることも無く、一見事態は収束していたかに見えた。

その事態を再び掘り起こしたのは、ツナ自身だった。

「んー…」
いつものように机に向かって書類を見る。ツナとしてはただの独り言だった。そのつもりだった。
カリカリと筆を走らせながら、呟く。
「リボーンは…私のどこがいいのかな」
聞き取れるか聞き取れないかの呟き、しかし、同じ部屋のソファでくつろいでいたリボーンにはバッチリ聞えた。
思わずガタッっと起きる。
その音で、ツナも正気に戻った。

「っ…私なんか言った??き…気にしないで」
「…可愛いこというじゃねぇか」
リボーンは起き上がり、ソファから立つと、ツナの元へと歩いていった。
彼女の後ろに立ち、手に持っていた万年筆を取り上げる。
「ごたごた続きでもう少し待ってやろうと思ったが…いいよな?」
「あ…えっ…んっ…リ…」
何か言う前に、リボーンのほうを向かされて、唇を塞がれる。
冷たい彼の唇が触れて、そして熱い舌がツナの口腔に滑り込んできた。
「ふっ…っ・・・・んっ」
クチュッっという水音が聞こえ、ツナはぎゅっと目を瞑った。

リボーンのキスはすぐに腰が砕けそうになる。これが上手いの言うのだろうか。
「はふっ…」
ツナは彼の唇が離れると、トロンとしたままため息をついた。
「今日の仕事はやめだ…隣行くぞ」
リボーンに抱えられないと立てないくらいにとろけたツナ。
彼に連れられて、執務室から続いているリボーンの部屋の中へと入った。


「いいのか?」
「いまさら聞く?こんな所で…」
ベッドの上に乗せられて、上にのしかかられて、聞かれる。
「あっ…じゃあ、一つ聞いていい?」
もう一度リボーンの唇が降ってくる前にツナがさえぎるように、リボーンの唇に人差し指を当てた。
「私のどこが好き?」
ツナがさっき机に向かって言っていた独り言の内容。
「…」
「言えないの?」
「…あー…」
リボーンの真剣な顔が、段々と不機嫌な表情に。
「…ん??」
「男には語れねぇもんがあんだよ」

リボーンの手がツナの手を掴み、ベッドに縫いつけた。



「男には語れねぇもんがあんだよ」