one‐day


ヤマト家の朝は早い。

「はぁ…もう朝か」
そうなると、妻であるイザークの朝も勿論早い。
朝六時。
目覚まし時計はかけてはおくが、鳴る前にイザークは止める。
ベッドを抜け出し、着替えを済ませる。
イザークの抜けたベッドには、夫であるキラと、何時の間にもぐりこんだのか息子の姿。
彼らが起きるのはまだ早い。
もうちょっと寝かせておいて、イザークはエプロンをして1階にある
キッチンに向かった。

ポットのコンセントを入れて、コーヒーの準備をする。
パンを3枚用意して、トースターにセットする。
目玉焼きとベーコンは家族分。
果物のりんごは、娘の好きな果物。
うさぎの形に切って、小皿に盛る。
べーコンが焼けて、キッチンとリビングに香ばしい匂いが漂う。
時刻は6時半すぎ。
そろそろ…起きてくる頃だ。

「おかあさまぁ〜…おかあさまぁ?」
ゆっくりと階段を下りてくる音と可愛い声。
「エリザ、起きたのか?」
娘が起きたので、イザークがフライパンの火を止めて蓋をして、階段へと行く。
まだ眠そうな娘・エリザがヨチヨチと降りている。
イザークに似た、でもどこか中身はキラに似ている娘。
見た目に似合わず、優しくて、おしゃまな女の子だ。
「エリー、着替えような?よっと」
せっかく降りてきたのだが、イザークは娘を抱えて二階の彼女の部屋へ一度戻る。
「今日の洋服は?」
小さな身体をベッドに座らせて、イザークが箪笥を開ける。
「きいろのおはなのがいいです」
エリザの答えで、イザークはその服を取り出す。
エリザがパジャマを脱いで、イザークは服を、着替えている彼女の横に置く。
「着替えたら、また、下に下りて来るんだぞ?」
「はーい」
一生懸命着替えている娘にそう言って、イザークは自分の寝室に足を向けた。



「キラ、リラ!そろそろ起きろ」
イザークの一喝で起きるのは、息子リラの方である。
「おかあたま…おはようごじゃいます」
小さなキラが布団から顔を出した。

「はい、おはよう」
大きな布団から出られず苦戦している息子を優しくイザークが引っ張り出す。
「わぁ」
「おはよう。着替えような?」
イザークが息子の頬にキスをする。
「はい!」
小さなキラがハキハキと返事をした。

その様子を起き立てのキラがじーっと見ている。
「キラも起きたか?早く仕度しないと、カガリに怒られるぞ」
息子を抱き上げながら、イザークが言う。
「僕にはないの?おはようのチューは」
「おとうたまは、いつもおかあたまのいうこときいてないから、ないでしゅ」
息子リラのきつい一言がキラに刺さった。
この息子、見た目は自分に似ているが、少々毒の効いた一言を発する所は、
イザークに似ているような気がするとキラは思っていた。
「おまえ…子供にそんなこと言われて情けないぞ…早くしろよ」

キラを寝室に残し、リラを一度洗面所に連れて行き、顔を洗わせる。
その後、彼の部屋へと連れて行く。
リラはエリザよりも一つ年下の2歳。
まだ、自分で上手く洋服が着られないので、イザークが手伝う。
着替え終わると、またリラを抱き上げて、イザークはキッチンに向かった。

キッチンでは、子供用の椅子にちょこんとエリザが座っている。
「ちゃんと着られたか?顔も洗ったな?えらいぞ」
「へへっ」
イザークはエリザの頭を撫でて、優しく頬にキスを送った。
彼女はリラもエリザと同じ椅子に座らせて、キッチンから朝食を持ってくる。
子供たちに、トーストを半分と牛乳。そして目玉焼きとベーコンとりんごを出す。
「先に食べていいぞ。お父様のほうが食べるの早いからな」
「「はーい」」
元気良く、二人の子供は返事をして、食べ始めた。
大体子供の朝食が半分になる頃、スーツに身を包んだキラが
はぁ〜と欠伸をしながらキッチンに下りてくる。
「おはよう、エリザ、リラ、イザーク」
「遅いぞ!あと30分で出なくちゃいけないんだからな!」
そう言って、キラのテーブルにコーヒー、トーストなどをだし、漸くイザークも朝食にありつく。
起床してから1時間。
ヤマト家の朝は大忙しだ。



その後、キラに食べ終わった食器を食器洗い機に入れてもらい、
イザークは子供たちに歯磨きをさせて、自分は洗濯機に洗濯物をいれる。
後は、乾燥まで全自動なので楽だ。
洗濯機を操作していると、丁度キラも洗面所に来る。
「キラ!歯磨き終わったら、リラとエリーをよろしく。上行って支度してくるから!」
「わかった」
イザークは急いで、二階に上がり、カバンに仕事用の書類を詰めて、
二階の洗面所で歯を磨き、各部屋の戸締りを確認する。
そして、彼女が下に下りる頃には、子供達とキラの用意も万端だ。
「よし、今日も行くか」
イザークの掛け声で、家族仲良く家を出た。

「リラおいで」
車の助手席を開けて、イザークがチャイルドシートに息子を乗せる。
キラが運転席に座り、後部にはエリザとイザークが座る。
家族は一路、オーブ首相官邸へと向かった。
時刻は7時丁度である。

「はい、着いたよ〜イザ、交代。エリー、リラ。行ってくるね」
「「いってらっしゃい」」
可愛い子供の送り出す声が車内に響いた。
オーブ首相官邸前、よりちょっと手前でキラはいつものように車を止める。
この車の運転は今度はイザークがすることになる。
イザークは後部座席から降りて、運転席へと回る。
「じゃぁ、行ってくるねイザ」
「あぁ、今日も頑張って」
子供は車の中。
見えないように、二人は新婚時代と変わらず、所謂「行ってきますのキス」をかわした。
キラが歩いて門へ向かうのを見届けて、イザークは車に乗り込み自分の職場へと向かった。

イザークの現在の職場はオーブの国立中央図書館の司書だ。
子供を保育園等に預けることはせずに、イザークは自分の図書館に置いておく。
子供向けの本コーナーがあるので、そこに来る子供達と自分の子供を遊ばせているのだ。
また、こういった友達が来ない日でも、エリザとリラは大人しく本を読んでいる。
本は知識の宝庫だ。
勿論外でも遊ばせるが、自分も母エザリアにこうやって育てられ今があるので、
エリザとリラにも、知識豊かな大人になってほしい。
そう思って、イザークは子供達を自分の職場に連れてきている。
また、案外司書と言っても、やることが無いので、時間があれば子供の相手をする。
8時に図書館について、まずは11時まで、イザークは仕事をし、子供達は本を読んだ。



11時になると、イザークは休憩に入る。
司書用の白衣を着たまま、子供コーナーのエリザとリラの所まで来る。
二人は、来ていた友達と仲良く絵本を見ていたようだが、母の訪れに気付いた。
友達にさよならを言って、仲良く手を繋いでイザークの所まで来る。
「おかあさま」
「おひるでしゅか?」
「あぁ、お父様の所に行こうな」
片方ずつ手を繋いで、車に乗り、3人は昼食を取るためにキラの職場まで向かった。

朝は忙しいので昼食を作る余裕はさすがにない。
キラの職場であるオーブ官邸でカガリとキラと子供達とで昼食を取ることが常になっていた。
官邸門まで来ると、IDカードで中に入る。
車を官邸横の専用駐車場に入れ、3人は官邸ではなく、そのちょっと行った所にある、小さな家へと向かった。
イザークがチャイムを鳴らすと、パタパタと駆け寄ってくる音がして、ドアが開く。
「お待ちしておりましたよ」
「「マーサ」」
子供達が元気に、出てきた女性の名を呼ぶ。
カガリの乳母であるマーサがいつも昼食を用意してくれている。
「イザーク様もお仕事お疲れ様です、さぁ、まだ早いですからね。お茶でも飲んで、父上とカガリ様が来るのを待ちましょうね」
キャッキャとマーサに子供たちはじゃれつき、イザークも彼らの後ろから家の中に入っていった。

11時50分頃にキラとカガリが到着して、にぎやかな昼食となった。
エリザとリラが一生懸命さっきまで読んでいた本の話をカガリやキラ、イザークにする。
なんともほほえましい光景だ。
ひとしきり食べた後、子供達はお昼寝時間。
キラの休みは2時までなので、この家でエリザとリラが起きるまで待つ。
イザークの休みは1時までとなっているので、先に一人で図書館に戻り、
1時半過ぎにキラが官邸の車でリラとエリザを図書館に連れてくる。
キラが眠ったままのエリザとリラを車に乗せ、図書館に着く頃には二人とも起きているといったパターンが多い。
子供が図書館に来る時間になると、イザークもちょっと職場を抜けて、外の駐車場で到着を待つ。
キラからエリザとリラを受け取り、子供達を先に図書館の中に入れる。
「じゃあ、又後で」
「あぁ、気をつけて帰れよ」
キラが車に乗り、窓を開けて手を上げる。
イザークもそれに頷き、車が発進して見えなくなるまで駐車場にいた。



イザークの仕事時間は午後5時までである。
5時になると、図書館自体がしまる。
閉館の鐘が鳴ると、今度はエリザとリラがイザークの所にやってくる。
「おかあさま」
エリザがリラの手を引き、イザークの下に来る。
「リラ、ねむたいっていってます」
「そうか、リラ、車乗るまで我慢な」
リラがコクコクと頷くが、目はトロンとして今にも寝てしまいそうだ。
エリザとリラを裏口に置いて、イザークは車をそこまで回す。

リラを助手席のチャイルドシートに乗せ、エリザを後部座席に乗せる。
車を出して、大体5分もしないうちに、子供達の寝息が聞えてくる。
夕食までの、ちょっとのお昼寝時間だ。
車をさっきと同じように、オーブの専用駐車場におくと、マーサがすでに駐車場に待機していた。
リラをマーサに預け、エリザをイザークが抱える。
イザーク達は今度は首相官邸に入っていった。

代表室と続きになっている応接間では、すでにカガリがお茶を飲んでいた。
「イザ、今日もお疲れ」
「カガリも…お疲れ」
応接間にいあわない、小さな天蓋つきのベッド。
カガリがエリザとリラのために置いてくれたものだ。
マーサと一緒に、エリザとリラをベッドに仲良く寝かせる。
イザークがカガリの座っているソファの向かいに座る。
「はぁ…日に日に重くなる」
「成長期だからな、もう3歳と2歳だろ?」
「早いものだな…」
マーサの入れてくれたお茶を飲みながら、キラが来るまで二人は子供の話で
華を咲かせた。

6時ちょっとすぎにキラがカガリの元にやってくる。
まだ軍服姿なので、もう少しかかりそうだ。
「ごめん、イザ着替えてくるから、後ちょっと」
キラはまた慌しく、職場へと戻っていった。
「アイツ、忙しいのか?」
「今、軍の整備中で…司令官だからな。でも、平和だから」
「そうだな」

ひどい戦争があった。
その戦争で、キラとイザークは出逢った。
こんなに平和になるなんて思ってなかった。
キラと結婚して、子供を授かるなんて思っても無かった。
条約が結ばれて、きっともう戦争は起きない。
戦争でキラが忙しいのではないので、イザークは安心だった。



「お待たせ」
漸くキラが来て、その頃になるとエリザとリラも起きる。
「じゃあ、カガリ。又明日」
イザークが寝ていたエリザとリラの服を調える。
「ほら、二人とも挨拶は?」
「「またあした〜」」
良く寝て元気な子供達は、ブンブンと手を振ってカガリに挨拶した。
「気をつけて帰れよ」
カガリも笑って、手を振り、4人を見送った。

朝食と夕飯だけは自分で作りたい。
それがイザークの望みであった。
姉をオーブの代表に持つキラの妻であるイザーク。
本当なら使用人を家に入れるという話もあったのだが、イザークは拒んだ。
家族水入らずで生活がしたかったのだ。

キラの運転で今度は大きなスーパーに向かう。
普通の人と変わらない生活。
これもイザークが望んでいたことだ。
「今日の夕飯は何がいい?」
後部座席から、イザークが皆に尋ねる。
「僕は…」
「「ハンバーグ」」
キラが何か言う前に、エリザとリラが自分達のリクエストをぶつける。
「そうか、ハンバーグか」
ふふっとイザークが笑って、それを了承した。

スーパーに着くと、キラがカートを引いて、それにエリザが乗っかる。
リラはイザークに抱かれていた。
ハンバーグの材料を買い、子供達にねだられてお菓子も買い。
3日分ぐらいの買い物をして、4人は帰路に着いた。



イザークが夕飯の支度をしている間、子供達と遊ぶのはキラの役目だ。
エリザにせがませて本を読んだり、リラに乗っかられたり。
キッチンにも、子供達のキャッキャというはしゃぎ声が聞えてくる。
キラも、自分の子供が可愛くて可愛くて仕方がない。
思う存分相手をしてやるのが、父親の役目だとキラは思っている。
この時期の子供には、片方でなく両方の親の愛情が必要だ。
「キラ、エリー、リラ!ご飯にするぞ〜」
イザークの声が聞えて、3人が遊んでいた道具や本を片付ける。

遊んでいたリビングにはずっといい匂いがしていたが、
料理がお皿に盛られたことで、さらにいい匂いが部屋に充満する。
「おいしそう」
一人で椅子に座れるエリザが椅子にちょこんと座って、料理を眺める。
大好きなハンバーグにチーズが乗って、ポテトもついている。
リラは一人で椅子に座れないので、キラに乗せてもらう。
目の前に置かれた、豪華な料理にリラは目をパチパチさせる。
「おいちそう」
リラが呟いた。
「さぁ、食べよう。頂きます」
「「いただきます」」
皆で挨拶して、ちょっと遅い夕飯になった。

食べ終わると、イザークは子供達を風呂に入れる。
ズボンを膝まで上げて、イザークは風呂場で子供達を洗い、湯船につからせる。
その間に、朝と同じようにキラは食器を片付けた。
子供を風呂から上げると、脱衣所ではキラも待っており、キラがリラ。
イザークがエリザをそれぞれパジャマに着替えさせて、歯磨きをさせる。
そして、それぞれの部屋まで連れて行き寝かせる。
大体エリザのほうが寝付きがいいので、リラより先に寝てしまう。
イザークがリラの部屋に行くと、キラがリラの頭を優しく撫でている。
彼ももうすぐ寝そうだ。

寝なければ、イザークと交代するのだが、今日は大丈夫そうなので、
イザークは先に下に下りて、朝洗濯機に入れた洗濯物をたたむ。
大体たたみ終えた頃にキラも下に下りてくる。
「寝た?」
「うん、珍しい…今日はコロっと寝ちゃったよ」
「さっき、オマエと散々じゃれてたから…疲れたんだろ?」
洗濯物をソファに置いて、イザークが立ち上がる。
「じゃあ、風呂でも入って…休憩するか」
八時半過ぎにキラとイザークはそれぞれ風呂に入った。



入浴後、先に出たイザークがパジャマ姿で冷蔵庫からワインを注いで飲んでいた。
その後に出たキラにも、イザークがワインを注ぐ。
そして、テレビをつけて今日一日何があったのか確認する。
後は、お互いに今日あった出来事や子供達の話をして、大体話し終えたころには11時近くになっている。
「もう、寝ようか」
いつもなら、もう少しだらだらして、12時近くに寝るのだが、
キラが珍しく早く寝ようと言い出した。
「まだ11時前だぞ?あ、疲れたか?」
「違くて…ね、久しぶりに…しようか?」
キラがイザークの耳元で囁いた。

子育てに忙しくて、そういえば最近してない。
イザークも、そんな気が起こらなかったが、考えてみれば
1週間以上肌を合わせていない。
「ね?いいでしょ?」
「…」
沈黙は、肯定。
キラは、ワインを飲み干して、イザークの分も片付ける。
そして、彼女の手をとって自分達の寝室に向かった。

大きなキングサイズのベッドにイザークを寝かせて、口付ける。
キスだって、朝、オーブ官邸へ行く時にする軽いものだけだった。
「イザ…」
キラは軽い口付けの後、イザークの顎を少し引き、
口を開けさせる。
そこから、舌を入れ、自分のもので彼女の舌を絡め取った。
電気を消した部屋に、自分達の息と舌を合わせる音だけが聞える。
「んっ…キラ」
イザークも、キラの首に腕を巻きつけ、自分からも舌を動かす。
久しぶりで、少し触れただけで火がつく。
しかし、キラがイザークの上着に手をかけたとき、寝室の扉が空いた。

「おかあたま?…おとおたま?」
「「リラ!」」
寝たと思っていた息子が起きてしまった。
イザークは、慌ててベッドから降りて、目を擦っているリラの元へ行く。
膝を付いて、イザークはリラの頭を優しく撫でた。
「どうした?怖い夢でも見たか?」
「んん…ちがいましゅ。おトイレで…おへや…ちがいました」
どうやら、トイレにおきて、寝ぼけて部屋を間違えたらしい。
「そうか、じゃあお母様と一緒に寝ような」
「あい」
小さなリラの手を引いて、イザークは寝室から出て行った。



「…しょうがないか」
一人取り残されたキラが、寂しく呟いた。

リラを再度寝かしつけて、イザークが戻ってきた時には、もう11時半を回っていた。
さすがに、これからやるのは朝起きられないし、イザークにも負担になる。
仕方が無いので、キラは諦めた。
「はぁ…」
「何ため息なんてついてるんだ?」
これ見よがしに、キラがため息をつく。
「別に」
「日曜日は休みだろ?あの二人を、ミゲルとラスティーが遊びに連れてってくれるって言ってたじゃないか」
週末になると、決まって誰かが、エリザとリラをどこかに連れて行っていた。
最近、自分達の周りは、子供ブームらしく、遊びに連れまわすのがある種の楽しみらしかった。
先週はカガリだったし、その前はニコルとディアッカだった。
で、今週末はミゲルとラスティーだ。
「そういえば…」
「な?そのとき…ゆっくりしよう」
ニッコリ笑って、イザークが言うので、キラも頷く。
手を繋いで、二人は夢の中へと入っていった。

そんな、ヤマト家のある日の一日。



  
END