magic
たとえ一緒に過ごした時間が数年だったとしても。
私はとても幸せでした。
「イザーク…ったく、何してるの!!」
「イザーク、こちらの掃除は終わりまして?」
「い…今やりますから…」
朝から晩まで、召使のように働く毎日。
家の仕事はすべてイザークがやっている。
暴言を吐いたり、催促をしたりしているのは、イザークの義母と義姉達だ。
幼い頃に母を亡くしたイザークは、父の手で育てられた。
やがて、母の喪失からの痛みも癒えた頃。
父は新しい妻を娶った。
名をフレイといった。
美しい母と、彼女には二人の娘がいて、その娘達もとても美しかった。
長女のラクス、次女のカガリ。
三人はとてもイザークに優しくしてくれ、楽しい時が過ぎて行った。
しかし、その幸せも長くは続かない。
父がいきなり急逝してしまったのだ。
幸い、財産家だった父はイザークや妻達に莫大な財産を残してくれていたため、苦労はするはずは無かった。
だが、父が死んだとたん。
義母や義姉達のイザークに対する態度が豹変したのだった。
義母達はイザークに、家庭の仕事一切を押し付け、道楽にふける毎日。
イザークの持っていた、美しい服も姉達がすべて持ち去り、彼女に残されたのは、まるで召使のようなぼろきれの服だけだった。
それ以上にひどい仕打ちだったのが、部屋を取り上げられたことだ。
父が取り揃えてくれた丁度品も宝石類もすべて、義母に持ち去られ、与えられた部屋は、屋敷きの隅の隅。
埃や灰の充満した、物置だった部屋だ。
イザークは、しかし反論も何も出来なかった。
父もいない。
親類もいない今、戸籍上の親類はこの義母達しかいなかった。
若い身の上で、この家を出て行くのは不可能に等しい。
イザークはこの現実を受け入れるしかなかった。
「アンタ…そんなところで休んでる暇があったら、庭の手入れでもしなさいよ!」
義母の罵声が響く。
屋敷きの掃除を終え、くたくたになったイザークは玄関の隅で腰を下ろしていた。
冬の冷たい水で手はあかぎれて、もうボロボロだった。
暖かい服もなく、寒さで凍える。
そんなイザークに、フレイは構うことなく次から次へと、仕事を押し付けていった。
「はぃ…今すぐに」
「庭の掃除が終わったら、夕食の仕度だからね、買物行ってくるのよ」
「わかりました」
家を掃除していたモップを持って、外に出る。
背筋の凍りそうな風邪が吹き抜けている庭を横切り、倉庫へ向かい、
そこにモップを置いて、庭掃除用の用具を手に取る。
「はぁ…寒い」
ぼさっとしている暇は無いのだが、寒さで体が思うように動かない。
しかし、遅いとまた罵られるので、イザークは鈍る身体に鞭を打って庭掃除を行った。
庭掃除が終わり、町へ買物に出て、夕食の支度をして、義母たちがすべて食べ終わってから、
イザークはやっと食事にありつける。
空腹を満たし、部屋に戻る頃にはすでに日付が変わっている。
かろうじて暖の取れる、小さな暖炉にマキをくべて、イザークは毛布に包まり、泥のように眠った。
「あらあら…お母様、見てくださいな」
翌朝。
イザークが朝食の準備をしている最中に郵便が届いた。
国王からの舞踏会への招待状である。
ラクスの声を聞いて、イザークが3人のいる部屋へとやってきた。
長女のラクスは4通の手紙をフレイに手渡した。
「アスラン第一王子の誕生記念らしいですわよ!」
嬉々として、喜ぶ3人。
イザークも、4通手紙が来たのだから、自分も行けるのだろうと淡い期待を抱いた。
しかし、イザーク宛の手紙は無残にもフレイによって破かれた。
「あ…っ…私の」
思わず、手が出てしまった。
「着て行く洋服も、何も無いお前が行った所で、我が家の恥になるだけよ!
巷でお前がなんて呼ばれているか知ってるの?灰かぶりって言われてるのよ。
その汚い、格好で行こうなんてずうずうしい。お前は、私たちのドレスの用意をしなさい」
「…」
あまりの仕打ちにイザークは声も出ない。
木べらを持って呆然としてしまう。
「イザーク…朝食は?」
次女のカガリがイザークがショックを受けていると知っていて、催促の言葉をかける。
「…今…すぐに」
イザークはキッチンへと戻っていった。
舞踏会の招待状が来てからは、イザークは大忙しだった。
義母や姉達が買ってきたドレスにさらに装飾品をつけ、靴を磨き、宝石を磨いた。
化粧道具もイザークが街まで買いに行き、義母達は自分達に合うものを、何度も買いに行かせた。
「これかしらね?」
鏡を前に、フレイやラクス、カガリたちは衣装合わせに余念が無い。
今日は舞踏会当日である。
「イザーク、裾を止めて!!」
「イザーク、靴はどこですの?」
「イザーク!!ちょっと」
「はい!!」
フレイ達に呼ばれるがままに従うイザーク。
やがて城からの迎えが来て、三人は慌しく屋敷から出ていった。
「はぁ…」
イザークにどっと疲れの波が押し寄せた。
遠くにいてしまった馬車を見て、イザークは悲しい気持ちになった。
物凄く行きたいわけではないが、できることなら行ってみたかった。
義母たちのドレスはどれも美しく、綺麗な彼女達にとても似合っていた。
自分も、こんな薄汚い服じゃなくて、もう少しまともな服が欲しい。
しかし、そんなことが叶うわけも無く。
イザークは、三人が散らかして行った化粧道具を片付け始めた。
すべて片付け終わって、時計を見ると、時計は午後6時を指している。
後一時間で舞踏会は始まる。
あの3人がいない日はめったにない。
イザークは少し早いが、簡単に夕食を済ませようと思い、キッチンに向かった。
「…薪が…ない?」
お湯を沸かす分の薪が無いことに気がつき、イザークは庭に出た。
外は粉雪が舞い始め、寒い。
駆け足で庭の倉庫へ行き、薪を数本とって、家に戻る。
その途中、小石につまずいてしまい、イザークは薪を庭にばらまいてしまった。
「あっ…」
薪の表面のがさつきで、指に血がにじむ。
痛みをこらえて拾うと、一番遠くに転がっていった薪を誰かが拾ってくれた。
イザークがしゃがんで取ろうとすると、目の前にいきなり誰かの足があったのだ。
びっくりして、イザークはしりもちをついた。
「ここは…人の家ですけど…」
薪を抱えて、上を見上げると、黒いフードを被った人。
「ごめんね…でも、君すごい疲れてるでしょ?大変かなって思って」
座り込んだイザークにその人は手を差し伸べるが、イザークは戸惑う。
見かねたその人が、イザークの手を取り引っ張りあげた。
「いっ…痛い」
手を掴まれて、思わずイザークが苦痛を叫ぶ。
痛みで手を離した反動で、イザークは再び庭に座り込んだ。
赤く、ささくれた手は、強く掴まれると、それだけで血がにじむ。
「ご…ごめんなさい。あっと…エイッ!」
目の前の人は、声からして男。
彼はいきなりフードから棒切れを取り出すと、イザークの手に当てる。
すると、棒の先端から暖かい光が降り注ぎ、イザークの両手を包み込んだ。
「もう…大丈夫かな?」
光の閃光が眩しくて、目を閉じていたが、やがてその光が止むと、
あかぎれも何もない、白くて美しい指が彼女の目に飛び込んできた。
「す…すごい」
「もう、痛くないでしょ?それより、こんな所でどうしたの?今日は舞踏会の日でしょ?
国中の女性に招待状が回ったって聞いたけど」
今度は優しくイザークの手を掴んで、立たせた。
「…しょ…招待状は…その…無くして。それに、着て行く服が無いし」
惨めで、イザークは涙が出そうだった。
「そうか…行きたい?舞踏会」
「そりゃ…行ってみたいけど。私なんかが行ったって、髪だってグシャグシャだし、時間も…ないし」
「僕が何とかしてあげるよ」
「?」
「今から言うものを用意できる??」
「かぼちゃとねずみと…こんなもの一体」
「いいから見てて」
男はイザークに持ってくるように指示したものを庭に並べた。
そして、さっきと同じように棒を振るうと、ボンッという音と共に、馬車が現れ、そして初老の従者も現れる。
「ま…魔法?」
興味深げにイザークが聞く。
「ま、そんな所かな。最後は、ドレスと…」
「わっ」
今度はイザークに向かって棒を振った。
白い煙がイザークを取り囲み、その煙が消えた頃には、イザークは自分でも信じられないほど綺麗な格好になっていた。
白いシルクのドレスに、パールの飾り。
自分では見えないが、髪の毛はアップにされて、少々重いので、きっとなにか飾りが付いているのだと思う。
靴も、ガラスかクリスタルかで出来ていてとても綺麗だ。
「こ…これ…」
「うん。いい感じだよ。さ、馬車に乗って…急がないと。あ…招待状ね」
男は手紙を取り出すと、イザークにわたし、彼女を馬車に乗せる。
そして馬車の窓を開けて、イザークに忠告した。
「イザーク…覚えておいて。僕の魔法は不完全だから12時には解けてしまう。
馬車はかぼちゃに。君の服も…元に戻ってしまう。それまでに…」
「わかった。それまでには家に帰る…あと」
「?」
「な…名前を、教えて」
「え?僕の?僕は、キラだよ」
男はフードを取って、イザークに顔を見せて名前を言った。
茶色い髪。
そして、紫の瞳が印象的だった。
「私は、イザーク。キラ…ありがとう」
「気をつけてね」
キラは、馬に向かって魔法をかけて、馬車を走り出させた。
「どうか…僕を見つけて」
魔法使いキラのポツッと囁いた言葉は、けしてイザークに届くことはなかった。
城まであと少し。
真っ白くそびえたつが、イザークの乗る馬車からも見える頃。
舞踏会の開始を伝える鐘が鳴り響いた。
「急がないと…」
馬車が城の入り口に着くと自然に泊まり、従者が扉を開けてくれる。
「ありがとう」
城の入り口では、何人かの門番や案内係が立っており、イザークは招待状を見せ彼らに城の中まで案内してもらった。
彼らはイザークを見るなり、目を見開いたが、すぐに優しくエスコートしてくれる。
中まで案内され、その後はイザーク一人で入っていく。
「き…緊張する」
イザークは不安げな表情で、ゆっくりと舞踏会の会場へと入っていった。
会場にこそっと入り、イザークはあまり目立たないように端を歩いた。
優雅な音楽が鳴り響き、ホールでは何人かの男女がダンスを楽しんでいる。
そのあまりの優雅さとホールの豪華さにイザークは圧倒され、ついキョロキョロとあたりを見渡してしまう。
「はぁ…すごい」
その時、イザークは自分が注目されているとは微塵も思っていなかった。
イザークがホールに入ったとき、彼女が最後の招待客だった。
すでに舞踏会は始まっており、会場の入り口が開くので、招待客たちは遅れてくる礼儀知らずな客に視線を集めていた。
しかし、入ってきたのは、思わず目を奪わせてしまうような美女。
「遅れてきておいて…なんなの、あの女!」
フレイが愚痴を叩く。
「でも、お母様…とても、美しい方ですわ」
一緒にいたラクス、カガリも思わずそう言ってしまう。
だが、自分の家のあのイザークだとは誰も気付かない。
周りからも、どこの令嬢だとヒソヒソ話が始まった。
イザークは何とか目だたなそうな場所に落ち着くと、ホール全体を見渡した。
ホール中央の階段上には、この国の国王と王妃が座っている。
一つあいている席には、今回の主役である第一王子が座るはずだが、
どうやらまだ来ていないらしい。
イザークはホールの給仕から飲み物を勧められ、手にとって口に付ける。
まだ、王子は来ないのか?と思っていると、クラシックが鳴り止んで階段上から、
本日の主役である第一王子、アスランが降りてきた。
招待客からの感嘆の声が漏れる。
紺色の髪がイザークのいる場所から、その姿はかすかに見える程度だった。
「私のためにお集まりいただき、ありがとうございます。どうぞごゆっくり、楽しんでいってください」
王子がそう述べると、ホールから再度ため息のような声が漏れた。
また、クラシックの音楽が始まり、ホールで踊る人たち。
談笑に弾む人たち。
思い思いにこの舞踏会を楽しんでいる。
しかし、イザークはあまりこの場の雰囲気になじむことが出来なかった。
どうしてか、視線が痛いのである。
目立たないように、端に静かにいるのに、周りからじろじろ見られる。
イザークをちらっと見てはヒソヒソと話を始める女性達。
それに耐えかねて、イザークはその場を後にして、一度ホールから繋がるテラスに出た。
その時何人かの人間に肩があたったり、腕が触れたり、また知らない男から話しかけられたり。
イザークはそれを振り切って、自分がいたところから反対側にしかないテラスへと小走りに向かっていった。
「なんなんだ…」
町に買物に行っても好んでイザークに話しかける人間だといない。
嫌味を言われるこそすれ、一緒に踊ってくださいなんて生まれて一度だって言われたことが無い。
やはりこんな所に来たのは場違いだったのか。
寂しくなって、イザークはテラスの端っこで時が過ぎるのを待った。
「いやに、ホールがざわめいていますが」
王子アスランが、父に話しかける。
「そうだな…どれ」
ポンポンと手を叩くと、何人かの従者が国王の元へ来る。
「何かあったのか?」
従者達は、国王の前にひれ伏した。
「どこのご令嬢かはわかりませんが、とてもお美しい女性が一人」
「それで、ざわめいておるのか」
「えぇ…ですが、噂されて居心地がわるいのでしょうか…テラスへ」
「私が行きましょう」
アスランはそういうと、自らテラスへ赴く。
そこへたどり着く前に、何人もの女性に詰め寄られたが、丁寧にお断りする。
ちょっとの距離を移動するのに、それでもアスランは大分かかってしまった。
「12時…さっさと帰った方がいいのか?」
テラスにいてみもわかるほど大きなホールの時計は8時を指しており、魔法使いキラと
約束した時間までは程遠い。
かといって、このままテラスで一人というのも寂しいし。
こんなドレスを着ることが出来て、豪華な馬車や従者を連れて城まで着くることが出来た。
それだけで、十分じゃないか。
所詮は一夜限りの夢物語。
灰かぶりと呼ばれる自分には、過ぎた褒美だった。
テラスからは、城の庭へと続く小さな階段があり、イザークはそこを降りた。
「ちょっと…ちょっと、待ってください!」
階段を中ほどまで下りた頃。
イザークは誰かに呼び止められた。
後ろを振り向くと、紺色の髪の男性。
第一王子のアスランだ。
「帰ってしまうのですか?」
小走りでイザークに近づくアスランは、招待された女性達がため息をつくほどの美形だ。
イザークも、ちょっとカッコイイと思ってしまう。
「え…あの」
「こんな美しい女性を今まで俺は見たことがありません。どうか、もう少し」
「いや…あの」
「静かな所で…話でも…ね?」
イザークは、きっぱり断ることも出来ず、アスランに手を引かれて、庭へと連れ出された。
「お名前は?」
「ご出身は?」
色々質問攻めにイザークはあった。
そして、再度ホールまで連れて行かれ、アスランと一緒にダンスを踊ることになった。
噂の美女が王子と踊るということで、ダンスホールには王子とイザークを残し、
後の人間はみなそこから離れた。
「わ…私、踊りは」
「大丈夫、俺がリードします」
「でも…ちょっと」
強引にイザークを引っ張るアスランだが、イザークも相手が王子だということで強く
拒否が出来ない。
手を惹かれるがままに、ホールに出て、音楽が流れてアスランがイザークを引き寄せる。
その後も、いきなり国王に紹介されたり、他の王族に紹介されたりで、
いつの間にか時間が過ぎていた。
「今日はとても楽しかった…その、また」
アスランは結局イザークを離さず、他の女性からのダンスの申し込みもすべて断り、
ずっと彼女をそばに置いていた。
そして、そろそろお開きの時間となる。
12時を回る鐘が鳴り響きだしたのだ。
城のてっぺんの金がガーンッと鳴り響く音で、再度テラスへとアスランに誘われていた
イザークは慌てて、時計を見る。
「12時!」
「あぁ…もうこんな時間ですね」
「私…帰らないと…」
「あっ…イザーク!?まだ、話しが」
アスランに連れまわされて、すっかり時間を気にすることを忘れてしまっていた。
イザークは慌てて、アスランから逃げ出し、テラスのから庭の階段を駆け下りた。
中間で、ガラスの靴が脱げてしまったがそんなことに構っていられない。
庭に逃げ込み、気の茂みに隠れて、どうにかやり過ごす。
五回、六回と鐘が鳴り響き、12回目でついにイザークの魔法は解けた。
元の、みすぼらしい格好に戻ったのだ。
「はぁ…」
庭で一人。
惨めな格好で、イザークは座り込んだ。
どうやって帰ろう。
「誰かいるの?」
真っ暗な城の庭の中で、誰かの声がする。
こんな格好で、見つかってはまずいとイザークは息を潜めた。
「あれ…おかしいなぁ」
どこかで聞いたことのある声。
アスランじゃない、姉達でもない。
「…キ…ラ」
イザークはじゃがんだまま、小声で自分を此処に連れてきてくれた人の名前を呼んだ。
「此処に誰か…あぁ…イザークだったんだね」
「キラ…」
「あー元に戻っちゃったね」
「ごめん」
木の茂みから、イザークがひょっこりと顔を出す。
それにキラが気付く。
「それよりキラ…どうして此処に?」
「え?あーその」
難しい顔をしてしまい、イザークはそれ以上聞けなくなった。
そこに、イザークを探していたアスランが通りかかる。
「キラ!!お前やっと出てきたのか?」
「…兄さん」
「それより、此処で女性を見なかったか?これを落としていった、物凄く綺麗な人だ」
ガラスの靴を見せて、アスランが問う。
「あっ…」
思わずイザークが声を発する。
「…誰だ?お前。召使はもうホールの片づけを始めているぞ、さっさと行け」
さっきまでのク筑紫医イザークに接していた態度とえらい違う高圧的な態度で、
今の冴えないイザークにアスランがそう言い放った。
「兄さん!」
さすがの言い方にキラが怒る。
「ちょっとそれかして!」
キラはアスランからガラスの靴を取り上げる。
そして、イザークの前に跪いてその靴を履かせた。
「兄さんは…見る目がないよ」
キラはイザークに再度魔法をかけた。
ドレス、アクセサリー、靴。
煙が消えた後現れたイザークは、アスランの良く知る人物だった。
「え?」
「イザーク行こう」
「ちょっとキラ!」
呆然としているアスランを横目にキラはイザークを連れてその場を後にした。
「ごめんね、黙ってて。僕、この国の第二王子なんだ」
「…」
「びっくりしたよね、魔法も…祖母が使えるんだけど、珍しいよね?」
イザークはキラの自室に案内された。
その時にはもうイザークの服装は元に戻っていた。
ソファに座るように促されたが、自分の小汚い格好でこの綺麗なソファに座るのはためらわれる。
「気にしないでいいから」
そう優しく言われると、断れないので、イザークは渋々座る。
「兄さんが酷いこと言って、ごめん。あの人、人を見た目で判断するから」
「いや…汚いのは本当だし。家では召使みたいなもんだし」
「そんなことないよ、イザークは…綺麗だよ」
「町にね、一人で何度も出たことがあるんだ。その時、偶然君の家の前を通りかかって、
一生懸命に庭仕事している君を見つけた。花に水をやる君は、とても綺麗だった。格好なんて僕は気にしないし、
いくら着飾ったって、内面が醜ければ自然とそれが表に出てくるもんだよ」
「…」
「でも、その格好じゃさすがに寒いよね。僕が姉さんから服を借りてくるよ」
ソファから立ち上がるキラの裾をイザークは思わず掴む。
「じゃあ…どうして…城に連れてきてくれた?」
「きっかけが欲しかった。イザークに会うきっかけ。君が好きだからね」
「?」
「じゃあ、行ってくるから」
今さりげなくすごいことを言われたのだが、すぐにイザークはその意味を理解
出来なかった。
キラが部屋と扉を閉めて、そのパタンという音でイザークはやっと理解する。
顔が真っ赤で燃えそうに熱い。
「///」
その後、服を借りて、着替えなおしたイザークにキラが色々話をしてくれた。
イザークを見た後で町に行き、彼女のことを色々聞いたという。
そして、義母の横暴ぶりも聞いた。
最初は可哀相ぐらいにしか思わなかったのだが、何度かイザークを見るうちに惹かれたのだという。
町中の女性に兄であるアスランの誕生日舞踏会の招待状を送ったというので何もしないでも会えると思ったのだが、
彼女の義母たちが一時間も前から会場に来ているのにイザークがいないので、キラは不安になったらしい。
案の定、イザークの家に来てみたら、庭で薪をばら撒いている彼女を見つけた。
「本当は、舞踏会の会場に出たかったんだけど。父から出てくるなって言われてね。
12時過ぎないと終わらないし…でも、会えてよかった」
ね?と笑いかけられて、イザークはどう答えていいのかわからなくなる。
「///」
「ふふっ。好きだよ、イザーク」
今はまだ言葉に出来ないが、頷くことはできる。
自分のありのままを見てくれるキラを嫌いになんてなれるわけがない。
キラに笑いかけられると、まるで魔法にかかったように固まってしまう。
アスランに笑いかけられてもそんなことは無かった。
むしろ、あの強引さに嫌気が差したのに。
キラは違う。
魔法使いの王子様。
イザークの人生がすべて魔法にかかった今日。
待っているのは、きっと素晴らしい未来。
父上、母上。
貴方達と過ごせた日々もとても幸せでしたが、もしかしたら。
キラと過ごすかもしれない未来も。
同じくらい幸せになるかもしれません。
END