rainy
日々生かされているということを感じなさい。
罪深き子よ。
誰かが、いつも囁いていた。
「イザーク??イザーク??」
ディアッカが窓辺に座るイザークに声をかける。
今日は晴天だ、なのでイザークの調子もいいだろう。
「?」
少し痩せた頬、さらに色が白くなったような気がする肌。
乏しい感情の表現であるが、彼女なりの精一杯の笑顔をディアッカに向ける。
「今日は…元気そうだな」
ポンポンとイザークの頭を叩く。
「…」
彼女は何も言わない。
でも、幾分顔色はいいので、安心する。
イザークは先の大戦後ついに退役を覚悟し、そして退役した。
もう信じるものが何もなかった。
唯一の上司と仰いだ、クルーゼは前々回の戦争で。
そして、その戦争で裁かれる立場であった自分達を救ってくれたデュランダル議長も、自らの思想を貫き死んだ。
結局どちらが正しかったのか。
何が正しかったのか。
この手で、罪の無い人を数え切れないほど殺して、同胞さえ手にかけようとした。
議長の死によって、あっけなく下りた幕。
イザークは、何も判らなくなっていた。
いっそ死んでしまおうかと思い。
一度は手首を切ったのだ。
「俺…買出ししてくるから。シホ、後頼んだ」
「判りました」
長い髪の美しいイザークの元部下に、彼女を任せてディアッカが外出する。
木の扉の玄関を閉めて、外に出る。
目の前は森が広がり、遠くに海が見える。
山の中に家を借りて、イザークは幼馴染のディアッカ、下部下のシホと共に、地球に降りていた。
寒い日だ。
太陽は降り注ぐが、空気は冷たい。
ディアッカは小走りで、少し山を降りた所にある駐車場へ向かった。
車を走らせて、ディアッカはある場所へと向かう。
山道を走りおり、海沿いの公道へと出る。
まぶしい太陽も光に、胸ポケットに入れておいたサングラスをかける。
「そろそろ…だよな」
地球に下りて、2ヶ月。
そろそろ、自分も限界だった。
「IDナンバーは?」
「あ…そうか」
とある屋敷にディアッカハは入りたかったのだが、いきなり検問に引っかかる。
そういえば、此処はそういうところだったと思いなおした。
「あー…忘れ物したから、また来るわ」
ひらひらと検問に手を振って、一回車をバックさせて、屋敷への道から外れる。
そして携帯を取り出し、電話をかける。
通じるだろうか…2ヶ月は連絡を取っていないけれど。
呼び出し音が続き、10コール目で漸く繋がる。
『ディアッカ!』
耳に大音量で飛び込んでくる、聞きなれた友人の声。
「おひさし?」
『なんで!どうした!イザークは?』
いきなり質問をぶつけてくるのは、以前はディアッカたちの同僚で現在はオーブの代表補佐を勤める。
アスラン・ザラ。
「とりあえず…今、官邸の前にいるんだ。開けてくれ、IDなんて持ってない」
「わかった!!!」
切れるというより、床に落としたような音がする。
「はぁ…あいつに頼るとは…俺も不甲斐ない」
ボソッと呟き、ディアッカも電話を切った。
少しすると、なんとアスラン自ら、屋敷の外に出てきてディアッカを迎える。
ディアッカはアスランを車に乗せて、屋敷=オーブ首相官邸へと入っていった。
自分はもう限界だ。
彼女をこの手で守るには、この手に持つものが少なすぎた。
「いつコッチに…」
官営内の応接間にディアッカは案内された。
代表であるカガリは多忙のようで、此処にはいないらしい。
アスランと、そしてキラ・ヤマトが応接間にやって来た。
「2ヶ月前かな…イザがさ…退役して」
「!?」
彼女が退役…。
あれほど軍を、ザフトを愛していた彼女が。
ディアッカの言葉にアスランが驚く。
「ディアッカも?」
「いや…俺は…」
「そう…で、急にどうした?」
ディアッカの顔が歪んだ。
「イザークさ…ヤバイんだよ…精神的に参っちまってて」
「イザークが?」
「そう…デュランダル議長の死が報告された後ぐらいから…精神的に不安定になって」
デュランダルの死という言葉を聞いて、キラも顔が歪む。
彼を殺したのは、自分のようなものだから。
「それで…」
今度はキラが聞いてくる。
「俺は…軍を辞めてない。今、一緒にイザークを見ているアイツの元部下がいるけど、
そいつも退役してない。ただ、臨時休暇を貰って、あいつを見てる」
「…いつ、プラント戻るの?」
キラはいきなり確信を付いてくる。
「…明後日。もうこれ以上休暇を伸ばせない」
「アスラン…」
「そうだな、一度様子を見に行きたい、いいか?」
「キラ…お前も来るのか?」
ディアッカが問う。
「?」
「何か、問題でもあるのか?」
アスランが聞きかえす。
「アイツは…いや、なんでもない。大丈夫かもしれないから…」
イザークは、恐れている。
戦争の恐怖と、人を殺し続けた自分を。
そして、もしかしたら自分を傷つけたキラにも恐怖を感じているかもしれない。
今のイザークにトラウマを克服できる力があるだろうか。
それでも、乗り越えなくてはならない。
このままでいいはずは無い。
翌日、アスランはキラを車に乗せ、ディアッカから貰った地図へと車を走らせた。
オーブの北の端。
森がまだ残る地域のさらに奥。
駐車場が目に入り、そこに車をおいて、今度は徒歩で彼女の元へと向かう。
「ここだ…」
ディアッカが家の玄関を開ける。
小さな木造のログハウス。
「かえったぜ…イザーク。とりあえず上がれよ」
キラとアスランを招きいれ、部屋を案内する。
「あれ、シホは?」
リビングに入り、椅子に座り読書をしていたイザークがディアッカの声に気がつき顔を上げる。
「用事があると、出かけ…アス…ラ……」
ディアッカの背後に以前は見慣れた元同僚の顔を見つけ、驚く。
「久しぶり…元気だった」
片手を挙げて、近寄ってくる。
久しぶりに、本当に久しぶりに会うアスランに、懐かしさをイザークは感じたが、
アスランの後ろにいる人間を見た瞬間に、顔が凍りついた。
「…ぁ…ッ」
ドサッ
イザークが持っていた本を落とす。
「イザ?」
ディアッカが彼女に近づくと、思わずイザークガディアッカの腕を掴んだ。
「イザーク?僕キラ・ヤマト…一度あったことあるけど…覚えてる?」
キラが一歩近づくと、イザークが一歩後ずさる。
「ス…ストラィク…く…来るな、来るな!!!!」
いきなりの大声に3人が驚く。
そして、ストライクという言葉。
キラとアスランは、イザークがかなり精神的に参ってることを実感した。
両手を耳に当てて、しゃがみ込むイザーク。
恐怖に震える身体。
「イザ…落ち着こう…向こうの部屋行って休もうな…ちょっと待ってて」
「あ…うん」
イザークの背中を擦って、ディアッカが彼女を寝室へと連れて行く。
その様子を、アスランとキラは黙って見つめた。
「相当だな…」
「僕来ないほうがよかったね…悪いことしちゃったよ」
自分をみて、恐怖する彼女の顔はまるで死神でも見たような表情で。
あの勇ましく、戦場を戦い抜いたというイザークからは想像できない。
戦争の恐怖を引きずり、精神を壊してしまったイザーク。
恐怖の対象である自分には何も出来ないのか。
「落ち着いた…」
頭を掻きながら、戻ってきたディアッカ。
椅子に座るように促されて、二人は座る。
ディアッカがコーヒーを用意してくれた。
「イザークに今あるのは、戦争への恐怖、人を殺してきたことへの後悔。そして、自分への罪の意識」
ゆっくりと語りだすディアッカ。
「生きてること自体に疑問を感じて、アイツは一度手首を切ってる」
「ッ!」
「イザークが…?」
キラとアスランが驚く。
軍人として、それがあるべき姿なのに。
国を守るため、軍人はそこにいるのに。
人を殺すことだって、軍人としてはしかたのないことであるのに。
「今も精神安定剤を飲んでるが…俺は何も出来ない。これ以上、
あいつの傍にいて支えてやる自信もない。俺ではアイツのトラウマを癒せない」
どうか…。
どうか、助けて欲しい。
そこまで言わなくても、キラとアスランには彼の言いたいことが判った。
「お帰りでしたか…あぁ、アスランさん…と?」
出かけていたシホが帰ってきた。
キラをみて首をかしげている彼女。
「あぁ…彼は、キラ・ヤマト」
ディアッカが紹介する。
「…なんで…なんで彼を…なんでこの人を連れてきたんですか!!!」
「オイ、シホ!!」
「なんで…ストライクのパイロットなんか!!イザーク様を、イザーク様をこれ以上傷つける気なんですか!!」
シホが銃を抜こうとするのを、ディアッカが慌てて押さえる。
彼女の行動に驚き、アスランもキラを庇って慌てて銃をかまえる。
「止めろ!!イザークが起きる…」
仲介に入ったディアッカがそういうと、シホはハッと気がつき、慌てて銃を引く。
「シホ…俺が、二人を呼んだ」
「どうしてですか…」
立ったまま、うつむいたまま、シホが尋ねる。
「イザークは、もう乗り越えてもいいはずだ…アイツは弱い。弱いけど…絶対乗り越えられる。俺は信じてる」
「っ…」
シホの目から涙が溢れる。
自分だって、そう信じてきた。
絶対に、イザークが又あの勇敢で凛々しい姿を見せてくれると。
だが、この地球に来てから二ヶ月、いや、戦争が終わってからずっと一緒にいたのに何も出来なかった。
そして、もうプラントへ戻らないといけない。
シホは床に崩れ落ちた。
「助けてください…あの人を…助けてください…おねがいだから…」
一端、キラとアスランはオーブの官邸に戻った。
アスランとしては、正直彼女を支えてやることが出来るのか不安だった。
一度目の戦争では途中で裏切る形になり、二度目でもまた…裏切った。
自分も確かに沢山殺してきたけれど。
それは自分の正義を貫いた結果であって、後悔はしていない。
「キラ…」
キラの部屋のソファに二人で座る。
「アスラン…僕、イザークの気持ちわかるよ。すごく…判る」
自分も、一度目の戦争を経験した後、彼女のような精神不安定な状況に陥った。
でも、守りたいものがあったから。
自分の心の整理が出来た。
今の自分に何が出来るのかわかったから。
きっと彼女も。
生きている方が…戦いなんだ。
自分で勝手に死ぬのは、楽だけど、それは逃げるのと同じこと。
生きている限り、罪を償えばいい。
生きている限り、死んだ人たちの分まで幸せに、生き抜かなければならないんだ。
「僕が…イザークを見るよ」
「…キラ?」
「明日…ディアッカさんとシホさんが上に上がったら…僕が、イザークの所に行く」
傷を舐めあいたいんじゃない。
分かち合いたい。
同じ痛みを知っているもの同士。
足して、割って。
「キラ…」
「大丈夫なんて言えないけど…でも」
彼女の傍にいたい。
どうしてだろう。
自分とかぶるからか?
翌日は大雨だった。
雷が鳴り響くほどの大雨。
だが、シャトルは出航するようだ。
朝、ディアッカからアスラン宛に電話が来てそう告げた。
イザークにはただ出かけてくると言ったらしい。
すぐに戻ってくるからと…そう告げたと言った。
『キラ…頼んだ』
「うん…気をつけて」
短い会話。
でも、ディアッカの一言は物凄い重みがあった。
娘を任せると言う父親のような。
それ以上の思いが伝わる。
鳴り響く雷雨の中、キラが車を出す。
傘は役に立たないので、レインコートを着てイザークの家へ向かった。
ディアッカから貰った合鍵で中に入る。
しかし、中は真っ暗で人の気配が無い。
風と雨のせいで、窓ガラスはガタガタと音を立てる。
電気を探してつけようとしたら、付かないのでどうやらこの地域だけ停電しているようだった。
「イザーク?」
そっと呼びかけてみるが、勿論返事は無い。
玄関を抜け、キッチン。
そして、イザークの寝室へとキラは入っていった。
一際大きく雷が鳴ると、寝室から微かに声がするのが聞えた。
ゆっくりと寝室の扉を開けて、様子を伺うとシーツを被り、部屋の隅で蹲っているイザークの姿があった。
「こわ…ぃ…こ…ないで…もう…や…殺し…たくなぃ」
恐怖を紡ぐ言葉は、聞いているこちらが胸を締め付けられそうなほどの声。
キラは、ゆっくりとイザークに近づく。
この距離になると、さすがにイザークも人の気配に気がつく。
「だ…れ…ディ…アッカ?」
しかし、ピカッと光った光に映し出されたのはイザークの、恐怖の対象そのものだった。
「く…来るな!!来るな!!や…ヤダ…殺さないで…いや…いやぁぁぁ!!!」
シーツを被りなおし、さらに小さく縮こまる。
キラも、もう見てられなかった。
「イザークッ!」
「やだ…ヤダ!!怖い…怖い…怖いよぉ」
シーツの上から、キラはイザークを抱きしめた。
「怖かったよね…苦しかったよね…イザーク。よく一人で…耐えたよね」
背中を擦りながら、優しくイザークに囁く。
暴れて、拒む彼女をひたすら抱きしめて、でもけして束縛はしない。
「泣いて…泣いていいんだよ…一人で、溜め込まないで」
「うっ…怖い…怖い…」
「イザーク…イザーク…一人じゃないよ」
絶え間なく、囁いて。
落ち着くように、抱きしめて。
だんだんとイザークの拒否が薄れて来た頃。
キラは、イザークの被っているシーツを頭から外した。
暗くて、良く見えないが、たまに雷の光で見える。
隈のある目元。痩せた頬。
「何人も・・・何人も…殺して…真っ赤なんだ…全部真っ赤…消えないの」
イザークがキラの胸元を突かんで言う。
「悲鳴が聞えて…兵士じゃない、女の人、子供…戦争に関係ない人…いっぱい…」
「うん」
「怖い…ずっと…怖かった…。怖くて、怖くて…でも、誰にも言えなくて」
「うん」
「わたし…わたし…うわぁぁぁ」
キラにすがり付いて、イザークはひたすら泣いた。
誰にもいえなかった、恐怖と後悔。
誰も、こんなふうに泣いていいとはいってくれなかった。
本当に求めていたものは、人肌のぬくもりで。
自分を受け止めてくれる。
ただ、受けとめてくれる存在だったのかも知れない。
「イザーク…よく、頑張ったね」
イザークの嗚咽が聞えなくなるまで、キラは彼女の背中を擦り、頭を撫で抱きしめ続けた。
雨はまだ止まない。
サラサラと小雨は降り続く。
イザークは、泣きつかれて眠ってしまっている。
そんなイザークをキラはベッドに寝かせた。
その寝顔はどこか安らかさを感じるものだ。
あの雷雨がすべてを洗い流したとは思わない。
彼女の中ですべてが消化しきれたとも思わない。
でも、確実に何かが変わっている。
証拠は無い。
でも、変わったと言える。
罪は一生消えないし消せないものだけど。
決して忘れてはいけない。
ゆっくりでいい。
ゆっくり、現実を受け止めていけばいい。
「僕が…傍にいるよ」
寝ているイザークの手をキラがぎゅっと握り締める。
微かに反応する細く、白い手。
「起きたら…いっぱい話をしようね」
彼女が起きる頃には、きっと雨も止んで。
日が昇る。
そうしたら沢山話をしよう。
ありのままの君を。
僕は受け止めたい。
END