white
白い雪のような肌。
美しい容姿。
きれいな声。
誰からも、可愛がられ、慈しまれる存在。
しかし…。
彼女は怯えていた。
継母?からの、執拗な虐め(セクハラ)に。
「もう耐えられない!!」
国民は、彼女を白雪姫と呼ぶが、本名はイザーク・ジュール。
この国の王女である。
彼女は、継母からの執拗ない虐めに悩まされ、ついに城を出る決心をしていた。
いくら、継母でも、許せない。
てゆうか、殺したい。
「本当に、このままじゃ、貞操の危機だ」
イザークは、深夜になって、城中の者が寝静まったころを見計い、
簡素なドレスに着替えて、部屋の窓からロープをたらした。
城の倉庫からくすねて来たものである。
絶対に動きそうもない大きな箪笥の足にそれをなんとか引っ掛けて、城の壁を伝い降り、
彼女は暗い夜の森の中へ駆けていった。
逃げ切れる自身はない。
継母は、なにやら怪しい鏡に話かけたり、良くわからない言葉をつぶやいては一人笑っているのだ。
最初はそれでも、自分に害がなかったので、良かったが。
最近、妙に継母からの視線を感じ、気がつくといつも背後にいる。
そして、髪を触られたり、肩に手を置いたり…それはまだ許されたが、
ついに抱きつかれ、足を触られた。
継母の目つきや手つきが、妙にいやらしい…。
思い切り、触った手をツネってやったが、悪びれる様子もない。
行為はドンドンエスカレートして行き、また怪しげな部屋を作り、中で大なべに火をかけているのを見た。
料理をしているのなら、なんら問題は無いのだが、中身が問題だ。
爬虫類から始まり、野菜まで。
一体何を作ろうというのか、悪臭がプンプン漂う。
そして、イザークは見てしまった。
継母の手につままれた、何本かの銀色の髪の毛を。
継母の髪は紺色なので、どう考えてもあれはイザークの髪だ。
自分の髪を何に使おうというのか。
身の毛がよだつ。
なので、ここにいるぐらいだったら、森の中で野生動物と戯れている方がましだ。
豪華な食事より、そこらへんの木の実を食べている方が、気が楽だ。
いつ何時、あの良くわからないものを飲まされたり、食べさせられたりするかわからない。
自分が一番可愛いし、大切だ。
国民よ許してくれ。
人間誰でも、自分が一番なのだ。
「ラスティー…ラスティー…出て来ないと割るよ」
「す…すいません!!!!」
大きな年代物の鏡の前に、立つ男が一人。
彼が、イザークの家出の原因になった人物である。
継母は女じゃないの??
いや、物語上細かい所は突っ込まないでおこう。
彼が、イザークの継母である、アスランだ。
そして、彼が話しかける大きな鏡の中に薄らと見える影。
鏡の精霊、彼はラスティー。
「イザークの姿が今朝から見えない…どこに行ったか教えてくれ」
「お前が嫌で家出でもしたんじゃないの?」
鏡の中で、ケラケラと笑うラスティー、しかし。
「…こっぱ微塵がいいのか??」
アスランが拳を握り締める。
「わーわーわー…今調べますから!!!」
鏡の精霊の彼は、鏡がなければ生きていられない。
慌てた、ラスティーは鏡の中で、なにやら杖のようなものを振り回す。
数秒後には、アスランが持っている水晶玉に、イザークの今の状況が映し出された。
どうやら、森の中を歩いているらしい。
しかし、森の中とは厄介だ、この国を囲む森は広大で、
入ればなかなか出てくることが出来ない。
アスランが一人で中に入ったとしても、見つけられるかどうかわからないし、
見つけたとしても、帰ってくることが出来るかわからない。
アスランは仕方が無いので、狩人であるミゲルを使用人に呼びに行かせた。
「呼んだ??」
所謂、狩人の格好をして、アスランの元にやってきたのは、この国の森の入り口に住むミゲル。
彼は、森のことなら何でも知っている。
アスランの自室に招かれ、座るように促される。
しかし彼は座らず、入り口のドアに寄りかかったままだった。
アスランも気にはしない。
「イザークがいなくなった…」
「あぁ…昨日の夜遅くに、森に入っていく人間の音がしたけど…」
「彼女を探して欲しい」
「ただで???」
ミゲルが、嫌そうな視線をアスランに送る。
「ただでとは言わない…何が欲しい??」
「酒」
難しい顔をしていたアスランだが、返答がたいしたこと無かったので、気が楽になった。
これで、無理難題をふられたらたまったもんではなかったが、酒ならいくらでもやれる。
「何だそんな物か…いくらでもやろう、ちゃんと探して、此処まで連れて来るんだぞ」
アスランがニヤリと笑った。
「了解」
ミゲルもニッコリと笑った。
交渉成立だ。
ミゲルは自分の好きなものが手に入るということで、意気揚々と出かけていった。
「ここら辺に…」
イザークは、ただ闇雲に森の中を歩いているわけではなかった。
以前、勉学の一環でこの城の周囲の森に入ったことがあった。
その時、教師には内緒で、ある物を見つけていた。
それが、小さな小さな小屋である。
その小屋をイザークは再度探していた。
小さな池のその奥。
背丈ほどの木々に隠れるようにして、その小屋は立っていたはずだ。
イザークは、ドレスが木に引っかかるのも気にせずに、森の中を進んでいった。
「あ…あった…」
1年以上も前に見つけたものだったが、まだ残っていた。
イザークは、駆け足でその小屋へと向かった。
そして、その古びた扉を開けようとした時、なんと中から何かが出てきた。
「うわっ」
「どうかしましたか??」
小屋の中から出てきたのは、色黒で金髪の小人と緑の髪の小人だった。
その片方の黒い方が、小屋に入ってきたイザークとはちあたりして吹っ飛んだ。
「いってぇ…」
「こ…小人?」
「人間!!」
緑の小人が、吹っ飛ばされた黒い小人の方へ駆け寄る。
「す…すまない、大丈夫だったか?」
イザークも、慌てて突き飛ばしてしまった小人の所に行く。
「びっくりしましたよ」
とりあえず、大事には至らなかったようで、イザークは小さなテーブルと椅子に案内されて、小さなコップでお茶を頂いていた。
緑のニコルという小人がお茶を入れてくれた。
イザークが吹き飛ばしてしまった黒い小人はディアッカというらしく、擦りむいてしまった腕に自分で薬を塗っていた。
「まさか、小人が住んでいるとは思わなかった…」
「僕も、こんな所に人間が来るとは思いませんでした」
「俺も」
薬を塗り終えたディアッカが、イザーク達の元へやってくる。
「で、一体こんな所まで人間がどうしてやってきたんですか?」
「まぁ…話すと長くなるのだが」
そういって、イザークはあった事を切々と語り始めた。
その頃ミゲルも、刻一刻とイザーク達の下へ近づいていた。
ミゲルは森の番人でもあるので、小人の存在も知っていたし、大体イザークの行きそうな場所もわかっていた。
「さてさて…どう連れ戻すかね」
ぽりぽり頭を掻きながら、ミゲルはひたすら森の中を進んだ。
「そうですか…それはまた」
「黒魔術…だな」
「だから、かくまって欲しいんだ!!!」
切々と語ったからだろうか。
小人達になんとも哀れな目線を送られた。
「匿うのは、かまいませんよね?ディアッカ」
「そうだな…ニコル。でも…」
「「ただでは、かくまえない(ですよ?)」」
同時に手をイザークに差し出す…何かくれと言っているのだ。
「…結構、ケチなんだな」
可愛い格好をしていたって、所詮小さい人間だ。
だが、困ったことに着の身着のままで城を抜け出してきたのだ、金品はまったくと言っていいほど無い。
あるとすれば、ピアスのダイヤか真珠のネックレスだ。
こんなものでいいのなら、別に出してもいいが…。
「これぐらいしかないぞ?」
そう言って、イザークは自分のつけていた金品を差し出した。
「まぁ…いいでしょうかね?」
「なかなか…。いていいぜ」
彼女の差し出した、ネックレス等の貴金属を見た瞬間、小人はニッコリ笑った。
なんて現金な小人達なんだと、呆れてしまったが、野宿をするは無理だし、ココなら食料にもあり付けるかもしれない。
「よろしく頼むぞ」
漸く、イザークは落ち着くことが出来た。
小人は今夜の食料を調達しに行くと、二人で出かけてしまった。
残されたイザークは、かなり疲れ果てていたので、ベッドを借りて休むことにした。
しかし、小人用のベッド。
背丈がイザークの半分しかない彼らのベッドはやはり小さい。
少し考えて、二つあるベッドをくっつけてみた。
「これなら寝られる…」
イザークはしばしの安息を得ることが出来た。
「これ…いくらで売れると思います?」
「かなりの額だよな」
小人のディアッカとニコルは、夕飯の食料である、きのこや果物をめい一杯籠に入れ、小屋に戻っていた。
そして、ニコルがさっきイザークから貰ったダイヤをポケットから出して見る。
3カラットはあるだろうか?
「どうせ、誰かが連れ戻しに来るでしょうし、それまで面倒見てあげましょう」
「んー…そうだな」
「それどうしたの??」
「「ミゲル!!」」
いきなり頭の上から声がして、小人はびっくりしたが、それは見知った人間の声だった。
「驚かさないでくれます??」
「はぁ…お前かよ」
「すまんすまん。で、そのダイヤ…もしかして、イザーク来てる?」
ひょいっとニコルからダイヤのピアスを取り上げる。
「えぇ…いまっ…すよっ!!」
思わず取られてしまい、ニコルはジャンプして取り返そうとするが、届かない。
「そうか…ほら、悪かったな」
ジャンプして取り返そうとするニコルは可愛いが、こいつは怒らすと後が怖いから、すぐに返してやる。
「ミゲルは、イザークを探しに来たのか?」
ディアッカが尋ねる。
「そう」
「アスラン様からの命令でね」
「寝てますね…」
「可愛い顔しちゃって」
ミゲル・ニコル・ディアッカが戻ると、ベッドをくっつけてすやすや眠っているイザークが目に入る。
あの城からココまでは結構距離がある。
疲れたのだろう。
ミゲルとしては、このまま寝かせておいてやりたいのだが、アスランからの命令は断れないし、
自分の酒が懸かっているので、ココは一つ心を鬼にして。
「おい!イザーク起きろ」
耳元で叫んでやった。
「うわぁ!!」
イザークはその大声で慌てて飛び起きる。
そして、彼女の視界に入ったのは、森の番人ミゲルであった。
「貴様…ミゲル!!何故此処にお前が」
イザークは、ミゲルに向かって指をさす。
「こらこら、人様に指向けちゃだめでしょ〜」
「うるさい!!!さては…アスランの命令できたな」
「正解」
「くそぉぉ…エイッ!!」
イザークは怒りに任せて、枕を投げつけるが、あっさりキャッチされる。
「ちょっと、イザーク。人の物を投げないで下さい!!」
見守っていたニコルに叱咤されるが、イザークはそんなこと気にしていられなかった。
こうも早く追っ手が来るとは思わず、彼女は焦る。
だが、もうどこにも逃げ場はない。
いや、森を抜けて隣の国に行けば、友人がいる。
しかし、女一人の足でこの深い森を抜けるのは不可能だし、馬でもあれば別だがそれもない。
ミゲルがこの森を熟知しているのは、誰でも知っているが彼は気難しくて有名でもある。
たとえアスランの命令でも、動かないはずなのに…。
「貴様!!何で買収された」
「酒」
やはり、取引材料があった。
「…さ…酒…。私は、たかが酒ごときに負けたのか」
イザークはうなだれる。
だがしかし。
「城の酒蔵の鍵の在り処を教えてやるから…手を引け」
「?」
ミゲルが首をかしげる。
イザークの住む城はとても古い歴史がある。
そこには、開かずの部屋が山ほどあり、中には高価な財宝やワインなどの酒が眠っている部屋もある。
「誰も知らない、酒蔵の部屋を私は知っている…鍵もある。年代物だぞ!!」
「で??」
「その部屋の酒、全部勝手に持って行っていい!!」
イザークは力強く叫んだ。助かりたいのだ、あのセクハラ継母から。
「うーん…俺としては、酒が貰えればどっちに付いてもいいんだけど」
「ならば!!」
どうせアスランは、たいした本数はくれないだろう。
イザークの話だと、一部屋丸ごと酒蔵のような話だし。
「まぁ…鍵くれるなら」
「よし!!場所を教えてやろう」
イザークは上手く、追っ手をこちらに引き込むことが出来た。
イザークがいなくなって3日。
ミゲルが出て行って、丸2日が経ったが、さっぱり連絡がない。
「ミゲルはまだか?」
アスランは執務室に控えていた使用人に尋ねる。
「さぁ…」
「あの男でも、見つからない所があるのか?」
書類を広げ、羽ペンでサインをするが、イザークのことが気になってなかなか進まない。
トントンッ
ノックと共に、別の使用人が入ってくる。
「どうかしたのか?」
「確認の書類を持ってまいりました…あ、先ほど珍しくミゲル様をお見かけいたしましたよ?
アスラン様がお呼びしたのですか??」
多くの書類を抱え、それをアスランの机に置く。
そして、タイミングよくミゲルの話を振った。
「見たのか??」
アスランが立ち上がり、書類を持ってきた使用人が驚く。
「えぇ…お呼びしたのではないのですか?」
「呼んでない!!」
アスランは、そのまま自室へと走った。
「ア・・・アスラン様!!」
もはや彼に使用人の声は聞えない。
「ラスティー!!ラスティー出て来い!」
部屋の中の鏡の前。
鏡を揺らして、精霊を呼びだす。
「割れる!!」
「ミゲルの様子が怪しい…奴の今までの行動をさらえ!!!」
「えぇ…めんどくさい」
「何か…言った??」
「い…いえ…なんでも」
右手にハンマーを持った、アスランを目の前にしたら、さすがにラスティーも黙った。
イザークを探した時のように杖を振り、何か呪文を唱える。
アスランは右手に水晶を用意し、その中に映像が映し出されるのを待った。
鏡の中のラスイティーが杖を水晶に向かって振ると、ミゲルが映し出される。
イザークを探して森を歩いている所、小人と出会う所、イザークを起こす所…。
そして、今はいないイザークの自室から何かの鍵を持ち、城の地下の酒蔵へ行き、
酒を持っていく場面。
「ミゲル…裏切ったな」
アスランは、ミゲルが、自分ではなく、イザーク側についたことを悟った。
しかし、賢いミゲルのこと。
自分が何らかの対策をとても、彼は逃げ切るだろう。
もう、誰も当てにはできない。
自分で…どうにかしよう。
アスランは、もう一つの自室でもある大なべがある部屋へ向かった。
その部屋は、城の地下の地下。
鍋の火は一生消えることなく燃え続ける。
アスランは、燃え滾る鍋の中に、赤い木の実、黒いトカゲ、そして自分の髪の毛をナイフで少々切り、入れた。
イザークの髪の毛はすでに入っている。
薬は完成した。
この液体に、彼女の好物であるりんごを浸し、彼女がこれを口にすればいい。
ボチャっと音がして、りんごが鍋に浮かんだ。
「そろそろ…隣の国に行こうと思うのだが」
小屋で暮らし始め1週間。
そろそろ、イザークは、親友のいる隣の国に行きたいと思っていた。
出来れば、ここで悠々と暮らして生きたいのだが、
如何せん此処にすむ小人達は人使いが荒い。
金品を渡したにもかかわらず、料理の下ごしらえをしろとか、掃除をしろとか。
ずっと王城暮らしだったイザークには、そんなことはさっぱり出来ない。
包丁で食材の皮を剥くことも出来ないし、まして包丁を握ったことすらない。
掃除だって、いつも女中がやっていたので、出来ない。
それなのに、ニコルは鬼の形相で『働かざるもの食うべからず!』と言うのだ。
で、一生懸命やっているにも関わらず、出来ないと彼は怒る。
役に立たない、それでも女か!と怒るのだこの小人は。
なので、イザークとしても、小姑ニコルとそろそろおさらばしたかった。
ディアッカは、あまり小言を言わないので、マシなのだが…。
もう、ニコルの傍にはいたくない。
「隣国??」
ディアッカがおやつの時間の果物を食べながらつぶやく。
「どうしてまた?」
ニコルもびっくりしている。
「いや…長いこといたし、そろそろお暇しようかと」
「そうですか…で??馬とか?」
「あぁ…いるか??」
「いませんねぇ」
「…そうか」
ガックリだ。
1週間生活して、確かに馬などいないだろうとは思っていたが、現実を突きつけられると痛い。
しかし、徒歩ではどれくらいかかるのかわからない。
「なんなら、僕が近道を案内しますけど??」
「ほんとか!!」
イザークは、ニコルを潰さんとばかりの勢いで、彼に迫った。
「えぇ…かまいませんけど…」
「はぁ…よかった」
そろそろ、アスランも焦れていることだし、ミゲルのこともばれているかもしれない。
ニコルからの小言とアスランからの追って。
二重の脅迫じみたことがイザークを襲っていた。
もうこの際歩いてでもかまわない、近道があるならなおのこと、早くこの家を出たい。
「でも、今日は俺たち忙しいぜ」
「えぇ…夕食の食材をまだ取りに行っていませんからね」
「わかった!明日でいいから、頼む」
ニコルとディアッカが食料調達に行くのを見送って、イザークは小屋に戻った。
「明日…明日になれば」
隣の国。
キラのいる所まで行ける。
キラは隣の国の王子であり、彼女の友達でもあった。
彼なら助けてくれる…。
微かな希望を抱いて、イザークは明日が来るのを待った。
「何するんですか!!離せ」
茂みからいきなり伸びてきた人間の手に、ニコルが掴まった。
折角取ってきた木の実やキノコがバスケットから落ちて、あたりに散らばった。
ニコルを助けようと、果敢にも挑んだディアッカは転がされ、尻餅をつく。
「イザークを匿っているのは、君達??」
黒いマントを羽織った男。
しかもイザークを知っているということは、彼が彼女のその…継母??なのか。
「そ…そうですけど!!」
首根っこを掴まれて、ニコルはジタバタするがびくともしない。
「俺に従ったら、離してやるし、いい物をやろう」
「何ですって??」
「このりんごをイザークに食べさせて欲しい」
アスランは右手でニコルを掴み上げ、もう片方の左手をマントの中にいれ、中からりんごを取り出した。
見た目はとても赤く、きれいで、おいしそうなりんご。
アスランはそれをニコルの顔に近づける。
「これだ…できるか?」
「ど…毒??」
ニコルの顔がひきつる。
「痺れ薬のようなものだが…できるのか?できないのか?出来るなら、そうだな、なんでも望をかなえてやろう」
さすがのニコルでもアスランは怖い。
にこやかな笑顔の奥に、どす黒い何かを感じる。
長いものには巻かれろと昔からのことわざもあるし…。
『イザーク…相手が悪すぎます!!』
さりげなく心の中でイザークに謝り、ニコルはアスランの要求を承諾した。
「いいのかよ!!」
少々手ひどくあしらわれたディアッカが起き上がり、ニコルと共に散らばった食材を拾い集める。
「しかたないじゃないですか!!それに、良く考えてみてください??
この1週間彼女は僕らの家で何をしましたか??」
料理は出来ず、鍋を焦がす。
皿は洗えず割る。
掃除をすれば、何か壊す。
ニコルは、イザークの所業を指折数えた。
ディアッカも、確かに…と頷くが、どうも後味が悪い。
だが、仕方がない。
自分達の命もなんだか懸かってきそうなので、此処はイザークに諦めてもらうしかない。
「ただいま」
「おかえり」
帰ってきた小人を、イザークが出迎える。
バスケットの中を見ると、色々入っている。
今日は大収穫だったようだ。
「お疲れだったな」
「えぇ…ほら見てください。りんごもあったんですよ」
白々しくはあるが、ニコルがりんごを差し出す。
何も知らないイザークは、好物なのだろう、喜んでいる様子だ。
「おいしそうだな…食べてもいいか?」
「えぇ…どうぞ?」
ニコルがニッコリ笑って、食べるよう促す。
横で見ているディアッカは唾をゴクリと飲み込んだ。
白く美しい手が、真っ赤なりんごを掴み、口元に持っていかれる。
シャリッ
赤いりんごの実が、イザークに齧られた。
白い喉が上下し、体内に滑り落ちる赤い果実の破片。
イザークの体を急な刺激が襲う。
「何だ」
「ごめんなさい…イザーク」
ニコルがすまなそうな顔をしつつ、黒く微笑む。
イザークの頭から、つま先までを今まで一度も感じたことがない痺れが駆け抜ける。
その場に立っていられなくて、彼女は床に膝を付いた。
その崩れ落ちる瞬間に、窓の外に見える黒いマント。
「アス…ラン!!」
痺れが全身に回り、目を閉じずにはいられない。
でも、最後に見たのは、黒いフードをかぶり、密かに笑う、自分が逃げてきた相手の顔。
白い少女は、その場に崩れた。
「楽しい鬼ごっこだったよ」
アスランは小屋の中に入って、イザークを抱えあげる。
その際に、黒い巾着を小人に向かって放り投げた。
ジャラッと音がする。
察するに、金貨のようだ。
「恩に着るぞ」
そう言って、アスランは城に帰っていった。
「はぁ…これで落ち着いて生活できるぜ」
「そうですね…一生困らなさそうですし…引越しでもしますか」
もう二度と、彼らと関わりたくないと思う、ニコルとディアッカだった。
イザークは城に連れて帰られ、しばらくして気がついた。
気がついていたが、起きる気になれなかった。
ずっと継母であるアスランの気配を感じていたからだ。
冷や汗がだらだら出てくる。
「寝た振り…ばれてるけど」
「それを早く言え!!」
イザークは飛び起きる。
どうやら、自分の部屋のようだ。
そして、ベッドの横の椅子に腰掛けているアスランを精一杯睨んだ。
「何を考えてるんですか!!!義理とはいえ、娘に一服盛るなんて!」
「君が逃げるからいけないんだろ??」
「母上が、わ…私の髪の毛を鍋に入れたり、足を触ったりするからいけないんです!!!」
「好きな女性を思って何が悪いんだ」
さらっと言った。
普通に考えれば、カッコイイのかもしれないが、イザークは鳥肌が立った。
もはや母なんかではない、コイツは変態だ!!
「ひぃ!」
気持ち悪いアスランの発言に、イザークは慌ててアスランの反対側から逃げた。
すごい勢いで、部屋から逃げる彼女が、ドアに手をかけた瞬間、
クッルッと反転してもとの位置に戻ってきた。
「な…な…何で!!!体が勝手に」
意志とは関係なく体が動く。
アスランから離れたいのに、ドンドン彼に近づいていく。
恐ろしい。
「結構、効いてるね」
「あの薬か!!」
ただしびれるだけじゃなかったのか??
「俺と、イザークの髪の毛が入っているから。磁石みたいに引き合うよ」
「ぎゃぁぁ!!」
イザークは顔面蒼白。
アスランは、黒々しいオーラを放ちながらも、上機嫌だった。
イザークの運命やいかに。
END