ocean days


ダンスパーティーも終わり。
いよいよアカデミーも短い夏休みに入った。

全寮制のアカデミーだが、この期間だけは帰宅が許される。
イザークも早々に自宅に戻っていた。
母親のエザリアは仕事で忙しいので、家族で長期間どこかに出かけるということはない。
たまに買い物に二人で出る程度だ。
イザークは広い屋敷のなかで、本を読んだり、運動したりと日々を過ごしていた。

ある日、イザークの携帯が鳴った。
相手はラスティーだった。
だいたい、何時の間に自分の携帯のアドレスが出回ったのか…。
「はい?」
折角の母親との団欒の時間だったのだが、仕方ないので電話に出る。
『あ、イザーク元気にしてる??』
相変わらず、能天気そうな声が携帯から聞えてきた。
「あぁ…普通だ」
『あのさ、出かけない??皆で』

『俺の家のホテルで〜みんなでバカンスしよ!』

有無を言わさずの強制参加。
エザリアにそのことを告げると、イザークが友人と出かけることにとても嬉しそうで、その笑顔を壊したくないイザークは渋々承諾。
行き先と待ち合わせ場所、日時を早口で告げられて、ラスティーは電話を切った。
「…んな!!ったく」
ガチャと切られて、耳が痛い。
「まぁ、いいじゃないの!ラスティー君のホテルといえばとても有名よ。スパとか…色々あるし、たまには息抜きしてらっしゃい!」

しかし、よく考えてみれば自分ひとりでは出かけることは絶対ない。
イザークの外出と言っても、本屋に行くとか、ジムに行くとか…その程度。
ラスティーを含め、ディアッカ・ニコル…そして、アスラン。
少し緊張するが、折角の夏休みだ。
生き抜きも必要。


待ち合わせは、アカデミーの前。
皆自宅がばらばらなので、待ち合わせとしてはここが一番いい。
二泊三日の短い旅行だが、天気もいいし(旅行期間中に降雨システムは作動しないようだ)
イザークは少々早めについてしまって、誰もいない。
ボストンバックを道に置いて、ちらっとアカデミーの中を見ると、やはり誰もいない。
「あたりまえか…」
「早いんだね」
「ぁ…アス…ラン」
イザークはアカデミーを見ていて気付かなかったが、アスランがすぐ後ろにいた。
思わず、声が上ずる。
イザークは気恥ずかしくて、彼の顔が見られない。
「皆まだなのか…っと、来たみたいだ」
アカデミーの前の通りから、大型の車が来た。
「さっき、ラスティーから連絡があってさ。今回ホテルから車出してくれるだって」
「はぁ…」
大型リムジンが静かにイザークとアスランの前で停まった。

「お待たせ!!ささっ、乗って〜」
あいも変わらず元気なラスティーが出迎えてくれる。
よく見ると、中にはちゃっかりディアッカやニコルが乗っている。どうやら来る途中の彼らを先に乗せてきたようだ。
「さ〜行こうねー」
荷物をトランクに入れてもらい、向き合う形になっているシートに乗って車が動き出した。

車の中では、休み中何をしていたとかそんな他愛も無い話をしてから、この旅行中にどこに行って何をしようかという話になった。
ラスティーの家が所有するホテルはかなり有名なもので、イザークや他のメンバーも一度は目にしたことのあるホテルだった。
プライベートビーチに温水プール。
近くには水族館やショッピングモールと映画館。
観光スポットが沢山あって、行きたい所をお互いに言い、車の中で何箇所か決めた。

ホテルに着くと、荷物を預けて早速近くの水族館まで歩いた。
最近出来たばかりのアミューズメントスポットである水族館は大型の水槽がメインとなり、巨大な魚たちが悠々と動いている。
ここが宇宙の上であるということを忘れるくらいのスケール。
「すごい…」
イザークは立ち止まって上を見上げた。
通路以外、ほぼ360度水槽というトンネルの中。
それはまるで自分が海と一体化した感覚。
「上ばっかり向いてると、危ないよ」
ぼーっとして上を見上げていたイザークの手をアスランが引いた。
「ぁ…悪い」
通路の邪魔になっていて、イザークはだまってアスランに引かれた。

気がつくとその場にはイザークとアスランしかおらず、他の3人はすでにこのフロアから出てしまったらしい。
「皆さきに歩いていったから、俺達も急ごう」
「あぁ」
イザークはまだぎこちなさが取れず、ガチガチのままアスランの後ろを付いていった。

トンネルのフロアからでると、小さな水槽が並び、そしてショーのスペースとなっていた。
ラスティーがショーの時間を確認していた。
今終わったばかりで次が1時間後らしい。
ディアッカやニコルの提案でさきに昼食を取ることにした。
イザークはあまり食べなれていないファーストフードにてこずりながらも、なんとか注文して皆の元に戻った。
食べながら、皆で水族館の案内図を見て、帰りにはお土産を買いたいとか、明日はどうするとか。
他愛も無いおしゃべりをしつつも、イザークとアスランの間にはやはり間があった。

イルカとアシカのショーを見終わると時間はすでに夕方。
そろそろホテルに戻ろうとラスティーが提案すると、珍しくアスランだけがもうちょっとお土産を見たいと言い出した。
「道はわかる。部屋の番号は携帯に入れておいて」
そういうと、またお店の中に戻っていった。
「イザ、行くよ」
ラスティーが呼ぶので、イザークは気になりつつもそちらに向かった。
アスランを一人だけおいていくのも気が引けるのだが、此処で一人で残るのもイザーク的には気まずい。
彼から貰った右手の指輪とネックレスが少し揺れた。

お土産屋に残してきたアスランを除く4名はVIPルームに通されていた。
「アスランにはフロントに行くようにメールしておいたから。彼が来たら、通しておいて」
荷物を運んでくれたボーイに対してラスティーがそういうと、「了解いたしました」と会釈をして出て行った。
最上階に近いこのフロアは部屋が6つ。
そして部屋を囲むように大きなリビングと外を一望できるベランダ。
今日と明日は此処で夕食を食べ、朝食も持ってきてくれる。
なんとも贅沢な2泊3日だ。
「そうそう、スパもあるから…アスランが帰ってきてから皆で行こうか」
ラスティーがそう提案して、アスランが戻ってくるまでのちょっとの間、イザークが紅茶を入れこの高い場所からの景色を皆で楽しんだ。

「ごめん遅くなった」
そう言ってここに入ってきたアスランの手には、別に大きな荷物は無かった。
「これからスパに行くんだ」
「わかった、今用意するよ」
ラスティーからの提案に乗り、アスランも自分の部屋に荷物を置いて、リビングへ戻ってきた。

スパは水着着用なので、一応女性のイザークは皆と別れて女性用の更衣室に入っていった。
ラスティーに言われて、持ってきた水着は学校で使っているものとはべつに買ったものだ。
母親とこの旅行用に買いに行って、自分で選んだものとは最終的に別のもが入っていて、驚いたのだが…。
親払いのため、結局文句は言えなかった。
ビキニじゃなかっただけ、良かったとイザークは思った。

更衣室にはグループで来ているらしい大人の女性達や年配の方。
子供連れのお母さんなど大勢人がいた。
「さて…着替えるか」
広い更衣室の端っこの方へ行って、イザークは着替えた。

広いスパは屋内、屋外ともに色々な種類のジャグジーや風呂があってとても楽しそうだ。
おずおずと出て行くと、すでにラスティー達が待っていた。
「イザーク遅い!!」
結構待ちくたびれたようで、早く遊びたくて彼はうずうずしているようだった。
「ごめん…」
「はい、これ」
ディアッカから大きな浮き輪を渡される。
「ん?」
「流れるプールとかもあるらしいぜ、これ掴まって浮いてれば?」

子供扱いされて、浮き輪でディアッカを殴るイザークをアスランは見ていた。
イザークの水着は白のセパレートタイプ。
下は短パンで上はキャミソールタイプだが、背中が大きく開いていた。
アスランは、話に加わらなく、外ではじめてみる彼女の水着姿に釘付けになっていた。
右手と首には自分がプレゼントしたジュエリー。
ちょっと優越感に浸りそうな気分だった。

茹るぐらいにスパで遊んだ後は、お楽しみの夕食。
部屋のリビングに豪華な食事を用意してもらい、皆でわいわいと食べた。
そして、食後。
ディアッカがどこからとも無く持ち出したのが、ワインだった。
一本ならまだ判る。
しかし、次々と色々な種類が出てくる。
「お前!!未成年の分際で…」
そうイザークが怒ったのだが、自分達コーディネーターにとって、ぶっちゃけ酒なんて対して効かない。
「はいはい、判ったって。じゃあ、イザは飲まなきゃいいだろ?勿体無いぜ、
これなんて超有名でもうコロニー内に数百本しかないのに…これは、ロゼのいいやつでさ〜」
イザークの話を聞かずに、ディアッカはワインの説明をしだす。
実際にイザーク以外。男たちはかなり飲む気でいるらしい。
ニコルなんて、楽しそうにディアッカの話を聞いている。
ラスティーもさっさとワイングラスを取りに行った。

イザークはテーブルの隅で、ディアッカたちがワインを開ける様子を見ていた。
キュポンと良い音がしてコルクが抜け、磨かれたグラスに赤い液体がゆっくりと注がれていく。
「いい匂いじゃないか」
アスランがワイングラスをクルクル回して匂いを嗅ぐ。
「だろ?それはさ、赤の中でもかなりいいほうだとおもうんだよね」
「俺にも注いで!」
ラスティーがアスランとディアッカの間に入り、ワインをねだった。

それから、イザークを除く4人は、ワインを飲みさっきあれほど夕食を食べたのにチーズやつまみを食べた。
イザークはその様子をただ見ていた。
日付が変わる頃に、ニコルが「飲みすぎました」と自分の部屋に戻り。
その次がラスティー。
ディアッカはかなり飲んでも大して酔っていないようで、ただ眠くて部屋に戻った。
広いリビングにはイザークとアスランだけがいた。
その状況がなんだか不自然で、イザークもさっさと自分の部屋に引き上げようと思い席を立つ。
「ちょっと…待って。外出よう?」
VIPルームには大きなバルコニーがあって、コロニーの夜景と海が綺麗に見える。
夏だが、夜はすごしやすい気温設定になっているようで、アスランの言葉にあがらえず、イザークは一緒に外に出た。

緩い風が吹き、イザークとアスランの髪が揺れる。
遠くからは波音。
ベンチに二人並んで座って。
アスランがおもむろにイザークの右手をとって、指輪を触った。
「これ…気に入ってくれた?」
「…気に入らなきゃ、しないだろ」
どこかそっけない返答になってしまう。
「ありがと…本当は、二人っきりでどこか行こうかって誘いたかったんだけどね。ラスティーに負けた」
アスランがイザークの肩に頭をあずける。
彼の少し眺めの髪がイザークの頬をくすぐった。
「後…1週間は休みがある」
「うん。じゃあ、二人でどっか行こうか…どこがいいかな。あーでも、イザークとだったらどこでもいいな」
普段より話をする速度がゆっくりなのは、アスランがちょっと酔っている証拠。
「好きな人とだったら、どこいったって楽しいよな」
「アス…ラン」

「好きだよ」

不意にもたれていた頭が浮いて、アスランの手がイザークの頬に触れた。
ゆっくりと自分のほうにイザークを向かせて。
羽が触れるような、優しいキス。

一連の流れるような動作にイザークは全然動けなくて、アスランはまたイザークの肩に頭をあずけた。
しかし、今度は寝息が聞えてしまい。
イザークはその場から動けなくなった。

「なに…寝てんの?」
「ディ」
ガラッとバルコニーのドアがタイミングよく開いて、寝たはずのディアッカが顔を出した。
「あー気を利かせて、席をはずしてやったのに…しっかりしろよな、アスラン。イザも、早く寝ろよ。明日だって、出かけるんだからな!」
すっかり寝てしまったアスランは、ディアッカに運ばれて自分の部屋に戻っていった。

潮騒が胸に響く。
アスランにしか感じない、不安感や戸惑い。
でもそれは嫌なものではなくて、ただそれに対して自分がどうしていいのかわからないだけ。
「これって…そう…なのか」
バスコニーに一人取り残されたイザークが自分の胸に手を当てて呟く。


嫌いだったはずなのに。
好きになってる。



  
END