awake


自分がこんな顔をしてたなんて知らなかった。
朝顔を洗って、コンタクトをつける。
世界はこんなに美しいんだと、私は数年ぶりに再確認した。

「行ってきます」
朝早い母はもういないので、誰もいないけど、なんだが毎日そう言いたくなった。
今までだったら、誰もいない家に向かってそんなこと言ってなかった。
あぁ…また、誰かにぶつかるのか。
出かけるという行為は辛くて嫌な気持ちしか生まなかったけど。
こんなちょっとのきっかけで、本当に人は生まれ変われるんだ。

コンタクトにも慣れた頃、私は自転車を買った。
今ではこの自転車でどこにでもいける。
ほんとうに、ザラさんに感謝だ。

高校生活も変わった。
本当に友達が少なくて、数えられるほどしかいなかった友人が、コンタクトにしてから増えた。
同じクラスの子からもよく声をかけられるようになったし、違うクラスの子からも挨拶される。
それが凄く新鮮で、最初はびっくりしたけど、1週間ぐらいで慣れた。
今では、学校帰りに新しい友達も交えて買い物をしたり、喫茶店でおしゃべりしたり。
これが高校生ってことを当たり前のようにしている。
ほんと…信じられない。

予鈴が鳴る10分前に高校について、教室に入る。
まだ誰も来てない…みんなギリギリに来るのだ。
私は、宿題と授業の確認をして、買ったばかりの新しい小説を取り出して読み出す。
そうそう。姿勢も良くなった。
コンタクトのお陰で、本にへばりつかなくても見えるから。
ペラペラとめくって、大体10ページ目ぐらいになると、ガタガタとクラスメイトが教室に入ってくる。

「イザーク、おはようございます」
「ラクス。おはよう」
ピンクの髪をふわふわさせて、眼鏡時代からの友人が話しかけてくる。
それに混じって、何人かの友人が私の机を囲んだ。
他愛のないおしゃべり。


「このクラスだよな、イザーク・ジュールって」

突然、知らない男子生徒が教室に入ってきた。
ファッション雑誌のようなものを持って、教室を見渡している。
そこに、その男子を知るクラスメイトが駆け寄り、なにやら話を始めた。
「どうしたんだろ…」
「私、見てきてあげるね!」
私が不安そうな顔をすると、新しく友人になった、フレイ・アルスターがその男子の元へと歩いていった。

「なによ、どうしたの??」
雑誌を見始めていたところをフレイが覗き込む。
「これ…あの子だろ?」
「ほんと、これ、イザークじゃない?!」
遠くから見守っていたが、フレイも雑誌を見てなにやら言っている。
彼女は男子からその雑誌を借りると、私のところに持ってきてくれた。

「これ、イザークでしょ?」
雑誌の右ページの中央。
有名美容院の特集という記事の中で、一際大きく私とその髪をいじっているザラさんの写真が載っていた。

「なにこれ…」
「まぁ、イザークじゃありませんか…もしかして、これがきっかけで」
「すごいじゃない、此処ってザフトでしょ!!この美容院って凄く有名なのよ〜美容師みんなカッコいいし美人だし・・・。
予約も中々取れないって…イザーク凄いのね。この人の知り合いなの?」
フレイが早口で聞いてくる。
「えっ…あぁ…その」

「席に着けよ!」

弁解というか、こうなった経緯を話そうとしたら、担任が教室に入って来てしまい、
フレイもそして周りにいた友人も自分の席に着いた。
今日は移動教室も多く、結局多くを語る機会もなく。
下校の時刻になってしまった。

先に校門で待っているといったラクスの後を追いかけて昇降口を出ると、私はいきなり知らない人に声をかけられた。
「見たよ〜この雑誌」
なれなれしく話しかけてきた男は、今朝知らない男子生徒が持ってきていた雑誌と同じものを私に見せた。
「君、この美容院の人の知り合い?それともカットモデル?君の事何にも書いてないんだもんこの雑誌。
私、こういうもので…よかったら、話だけでもさせてほしいんだけど」
はいっと男が私に紙切れを渡した。
「…プロダクション?」
「そうそう、君凄く美人で…背も高いし、ねぇよかったらモデルとかになってみたくない?」
これが所謂スカウトマンというやつか・・・。
「いえ…興味ないですから」
「そんなこといわずにさ、ちょっとでいいから」
しつこい男を振り払おうと、私はとりあえず歩いた。
自転車がおきっぱなしだが、仕方がないので、私は校門へ向かって歩いた。
その方向でラクスと待ち合わせしていたからだ。
二人になって、友人と待ち合わせをしていることをつげ、きちんと断れば相手もわかってくれると思った。
しかし、なれなれしい男はいきなり私の手を掴んできた。
「ほんと、話だけだからさ」
「ちょっと…いいかげんに…だいたい、学校の中まで入って来て不法侵入ですよ!!!」
私がイライラして怒っても、相手はへらへらして聞く耳持たないって顔をしている。
私がいよいよ、大声でも出してやろうかと思ったとき、校門で車のクラクションが鳴った。

プップーとけたたましく鳴って、中から…。
ザラさんが出てきた。
駆け足で私の元まで来て、つかまれていた手を剥がしてくれた。
「しつこいですよ?彼女はなんでもないんですから、嫌がってるし、辞めてください」
「ザフトの…アスラン・ザラ!!」
「イザーク、行こう」
男がザラさんに驚いている間に、彼は私の手をとって歩き出した。

「ちょ…ちょっと、ザラさん?私…」
話も聞かずにザラさんは私を自分の車に乗せて、動かしてしまった。
ラクスが心配して車に近寄って来てくれたが、それを無視する形になって私は彼女の前からいなくなってしまった。
あぁ…後でメールしなければ・・・。


「ごめん、いきなり」
ちょっと走らせたところで、赤信号で掴まる。
「いえ、助けていただいてありがとうございます。でも…いきなりどうしたんですか?」
最後に髪を切ってもらって、すでに1ヶ月。
会うことも無かった。
「雑誌のこと今朝知ってさ…うちの美容室にあの子は誰だって問い合わせが凄くて。
で、もしかしたらなんか厄介なことになってるんじゃないかと思ったら…案の定」
「はぁ…でも、一体なんで雑誌に私が?」
「それが…」

ザラさんが事の発端を話し始めた。
私が美容院で髪を切ってもらったとき、ザラさんの友人キラ・ヤマトさんが写真を取っていたらしい。
その写真を、ザラさんに相談せずに美容院のPR写真として出版会社に提出したらしいのだ。
それが大々的に載ってしまい、私の元まで変な人がきたらしい。
「モデルというか…イザークのことは知らないってかかってきた電話には言ったらしいんだけど。
一応何かあったらと思ってきて見て正解だった、今の世の中は怖いからな。」
「はぁ…そうだったんですか」
といわれても、いまさらどうしたらいいのだろう。
「ごめんな、迷惑かけて…それと、迷惑ついでなんだけど…ちょっとお願いしたいこともあって、今日は来たんだ。
君の連絡先は、学校名と家ぐらいしか知らないからさ…押しかけて悪いけどちょっと付き合ってほしいんだ」
「はぁ…」
車に乗せられてしまっては、嫌ですともいえない。
私はしかたなく、ザラさんの車に乗ってどこかにつれていかれた。



着いた場所は、ザラさんの勤めている美容院。
「中入って」
入り口から入ると、今日も大勢のお客さんがいた。
「奥で…」
ザラさんに背中を押されて、初めてきた時の部屋に通される。
「コーヒーでいいかな?」
「お構いなく…それより、話しって…」
紙コップにコーヒーを注いで、ザラさんが差し出してくれる。
彼は私の対面にあるソファに座った。
「あー…キラ!」
部屋の入り口に向かって呼ぶと、ザラさんの友人。ヤマトさんがひょこり顔を覗かせた。
「どおも。お久しぶり」
ニコニコ笑って部屋に入ってくる。
「お前・・・まず、謝るんだろ」
そうだ…この人が写真を勝手に出版会社に提出したんだ。

「ごめんね。でも…君のお陰で、アスラン、やっとやる気になったし〜」
ヤマトさんが、ザラさんの隣に座る。
「?」
「で、さっき言っていたお願いというのが…」
ザラさんがプリントを私に見せてくれた。
「……コンテスト?」
メイクアップアーティストのコンテストが行われるという内容のプリント。
でも、これが一体・・・。

「イザーク。俺と一緒にこのコンテストに出てほしい」


「はぁ??」
いきなり素っ頓狂なことを言われて、私は開いた口が塞がらなかった。
なにを。
コンテストに一緒に出ろだって?
「私…美容師でもなければ、化粧も出来ませんけど??」
真面目に言うと、ザラさんはちょっと笑った。
「違う違う。俺の、モデルとして出てほしいんだ」
「!!」

たしかに良く見ると、モデルと一組で参加と条件欄に書いてある。
「む…無理です!!!駄目です…だって…」
「勿論、都合もあるだろうし、学生だから忙しいと思う…でも、君をモデルに出たい」
真剣な表情。
あー…絶対引かないって顔。
そんな目で見られたら…断れない。
「……ぁ…ぅ…」
「時間は出来るだけ配慮する。だから…この通り…もちろん、アルバイト代も払う」
ザラさんが頭を下げた。
そこまでされたら…誰だって断れない。

「私で…本当にいいなら」
そこまで、私が良いといってくれるなら。
ザラさんは、私の頷きに見たことのない笑顔で笑ってくれた。

我ながら、厄介なことに足を突っ込んでしまったと思う。
偶然、ぶつかって。
その相手が美容師で、重苦しい髪を綺麗に切ってくれた。
知らない他人が自分のコンプレックスをぶち壊してくれた。
でも…それで終わりの関係だと思ってた。
もう二度と、この人には会わないんだろうなって漠然と思ってた。

きっと、何かの導きなのかも。
もっと…目覚めなさい。
もっと…視野を広げなさい。
狭い世界の中だけで生きないように。
これはチャンスなのかもしれない。


コンテストの準備は着々と進んでいった。
私は放課後、ザラさんの元に寄って色々なカットのパターンを試された。
勿論、切らないで形だけそれっぽくする。
ザラさんはなるべく髪を傷めないように、綺麗に扱ってくれた。
終わる時は必ずトリートメントをしてくれた。
ヤマトさんや他のスタッフも混じって、絵コンテと私を見合わせて大論争になるときもあった。
あーでもない。こーでもない。
私は、人を綺麗にしたり、生まれ変わらせたりするこの美容師の仕事が素晴らしいものだとわかった。

コンテストまで1週間を切った時、今度は服選びになった。
モデル全体のイメージで甲乙がつけられるらしい。
髪のイメージは決まったので、今度は服選びになった。
テーブルに雑誌を所狭しと敷き詰めて、服・靴・アクセサリー一式を探し始めた。
結局それが終わったのは、コンテスト前日。
さすがにその日は私自身も終わるまで付き合った。

いよいよ、明日。
私も切られるだけなのに…ドキドキする。
「明日、10時頃迎えに行く…今日は風呂に入ってゆっくり休んで」
車でザラさんに送ってもらって、家に入る前にそう言われる。
「はい。明日…よろしくお願いします」
「明日は…審査員を驚かせよう」

会場は思った以上に大きいものだった。
10人のグループに分けられて、審査員の前でモデルをカットする。
すばやさ。
綺麗さ。
テクニック。
振る舞い。
持っているあらゆる能力を駆使して、美容師達が技を競い合った。

私とザラさんは3組目の30番。
私は美容院にもある大きな椅子に座って、控え室から汚れないようにカバーを巻かれていた。
下にはすでに今日のための洋服を着ているから、秘密にしておくという役目もカバーは担っている。
スタートの合図と共に、ザラさんのはさみが動き始めた。
私は、出来るだけ動かないようにと目を瞑ったままひたすら時間が過ぎるのを待った。
髪の毛が終わったら、次はメイク。
下地を塗られ、ファンデーションを塗られる。
「イザーク、ちょっと横向いて…あと、唇薄く開けて」
これがはじめての会話。
そして…最後の会話。
仕上げに口紅を塗って。
終わり。
私はそこで漸く目を開けた。
横を見ると、ザラさんが審査員に向けて手を上げる。
ザラさんは彼らに終わりを告げる合図をしたのだ。

規定時間が終了し、端からモデルが立ち上がりの、カバーを取って審査員が審査をする。
私たちはこの組の一番最後。
私の横にいるモデルさんたちは、皆綺麗で、大人っぽくて。
なんだか、ザラさんにはすまない気持ちでいっぱいになった。

『30番!』
ザラさんの名前がコールされて、彼が私を立たせカバーを取った。
その瞬間。
会場から、ざわめき。
審査員席からはため息が聞えた。
私はわけが判らなくて、うつむいてしまったけど。
「イザーク…胸張って…大丈夫だから」
背中をポンと叩かれて、私は真っ直ぐに前を向いた。

服は、桜色をした胸元で切り返しのついた七部袖のワンピース。
サテンで出来ていて、上品に発光する。
髪はふわっと緩くカールをつけて。
顔も出来るだけナチュラルで、優しく、可愛らしく、を基本に。

コンテスト前に言っていたザラさんの今回のテーマは、『awake』。
春からの目覚め。
そして、少女から大人への目覚め。

すべての審査が終了するまで、私たちは控え室でそのまま待機になった。
控え室は組ごとに分かれていて、20人が多少広めの部屋に入る。
緊張感から解放されたモデルや美容師達は、各々話し親睦を深めていた。
ザラさんはやはり人気があるらしく、モデルさんたちからも声をかけられていた。
私も美容師さんから話しかけられて、恥ずかしながらも一生懸命それに応対した。

このコンテストの最後は美容師とモデルが一緒に審査会場に戻って、
そこで審査結果を受けるという仕組みになっていた。
一組ずつ、音楽の鳴る中を広い会場へと再度入っていく。
「イザーク、行こう」
私達の番になって、ザラさんが私に手を差し伸べる。
私はその手をとって、ライトの眩しいステージへと出た。

正直結果なんてわからない。
ザラさんの腕は絶対にいいと思うけど、モデルが自分じゃ…厳しいと思う。
でも、ザラさんの表情は自信に満ち溢れていた。

総合結果の前に、なんかよくわからない名前の付いた賞の授与があった。
名前を呼ばれた組が、列からはずれ中央に出て、賞状やトロフィー・商品などを受け取っていた。
私の隣の組にスポットライトが当たった時は、自分じゃないのにびっくりしてしまった。
そして。
いよいよ、上位3組が発表される。

3位の組は、女性の美容師と女性のモデルさんだ。
モデルさんは白を基調にした、ウエディングな雰囲気。
とても荘厳な感じで…とても綺麗だった。
2位の組は、男性の美容師と男性のモデルさんという、あまりいないぺアだった。
モデルの男性は凄くかっこよくて、スーツと髪型がとてもよく合っていた。

賞状を受け取る彼らを見ていて、自然とため息がこぼれていた。
あぁ…こういう人たちが入賞していくんだとしみじみと感じていた。
モデルさんたちは、皆個性的で、どこか一般人とは違うと思った。
ごめんなさい、ザラさん。
折角私がいいって言ってくれたのに…かすりもしないなんて。
審査員を驚かせようって言ってたけど、出てきたのはため息だったし。



「ボーっとしてない…行くよ」
グルグルと駄目な思考が回っていた。
なのに、私はいきなりザラさんに手を引かれていて。
二人でステージ中央に出ていた。
なにが起こったのかわからなかった。
大勢の拍手と歓声。
私とザラさんの目の前には、とても大きなトロフィーが…。

「おめでとう。ザラ君…やはり、さすがだね」
審査委員長と名札の付いた人が、ザラさんに大きなトロフィーを渡した。
「いえ…彼女との勝利ですよ」
「あぁ…そうだね、ジュール君…君は内面から光り輝いていたよ。おめでとう」
握手のために、私の前に手が差し出される。
咄嗟にその手をとって、又訳もわからず、袖に引っ込んだ。



優勝したのだ。
ザラさんと私の組が。

信じられない。
私はもう、訳がわからなくて、その日はザラさんに送ってもらって家に帰った。
なにか話しかけられたけど、全然頭に入ってこなくて。
気がついたら、月曜日で。
学校に行っていた。
すべてが夢のような時間で…。
でも、夢じゃなかった。



下校時間。
見慣れた車が校門前に止まっていた。
私は、自転車置き場に行かずに、その車に駆け寄った。
「ザラ…さん」
「イザーク。待ってたんだ、乗って」
私は助手席に乗り込んだ。

「昨日はイザーク色々混乱してたから…今日はお疲れ様パーティーするから、一緒に来て」
私はザラさんに連れられて、知らないレストランへと来た。
今日は美容院は休みらしく(臨時で早めに閉めたらしい)、レストランは貸切。
中では、すでに出来上がってしまっている人が多くいた。

ただのコンテストだと思っていたものが、実はかなりの由緒正しいものだったと知ったのは今。
あのコンテストで優勝することは世界でもトップクラスの実力者だという。
そういえば…別の組には、外国の人がいっぱいいた気がする。
そう、美容師の国際大会だったのだ。
そんなのに、ずぶの素人が出て…優勝。
いかに、ザラさんの実力が凄いかが判る。

「君のお陰だよ」
私のためにザラさんはジュースを持ってきてくれた。
「私なんて…なんにも。そこにいただけですよ?」
どんちゃん騒いでいる場所からちょっと離れて二人でテーブルに腰掛けて話した。
「いや、後で審査官から聞かれたよ?どこからあんな美女を見つけてきたのかって」
「び…大げさです」
言われなれないことを言われて、私はボッと顔が赤くなった。

「最初はやる気なかったんだ。メンドクサイし、興味もなかった。でも、イザークの髪を切って…変わった。
この子と一緒なら、もしかしたら狙えるんじゃないかと思った。君は原石だったよ」
あぁ…だから、テーマが『awake』だったのか。
出会いから、今まで。
ダサい私から今の私。すべてを見た上でテーマが『目覚め』だったのだ。
「イザークさえよければ…」

「ずっと俺の専属でいてほしいな」

あぁ…いま、他の何かも目覚めてしまった気がする。
私…この人のために…隣にいたい。



  
END