別に家庭教師なんて要らない。
このままで十分に志望大学に合格できると思っているし、模試の結果でも全部判定はいい。
なのに。
兄貴が勝手に家庭教師を連れてきた。
little teacher
「アスラン、今日来るんだから…ほら、部屋は綺麗なの??」
リビングで雑誌を読んでいたら、いつの間に大学から帰ってきたのか、3つ上の兄キラがいた。
「だからさ、俺は大丈夫なんだって!!余計なことしないでくれよ」
「ていってもさ…もう来てるんだよ…イザ?」
「何、勝手に!!」
怒って、俺がソファから立ち上がると、リビング入り口のドアから知らない人が入ってきた。
「あ…こめん、まずかったか??」
「ううん、そんなこと無いよ。入って入って」
キラ兄は、そろっとドアから顔を出した女性を中に入るように促した。
見たことの無い人だ。
以前来た事のある、キラ兄の恋人・シンさんとは違う。
凄い美人。
俺としては、こっちのほうが…好みかも。
「えっと…初めまして。キラ君のサークル仲間のイザーク・ジュールです」
ソファに座って、イザークさんが挨拶をした。
「ほら、アスランも挨拶!」
隣に座ったキラ兄に小突かれて、俺もイザークさんにきちんと挨拶をした。
「さっきは見苦しいところを…初めましてアスランです…高三です」
「彼女は、アスランの行きたい学部の主席なんだよ。だからさ、勉強見てもらったらいいと思って。
うちの大学、今年から入試傾向変わるって話しだし」
そんな話聞いてないぞ。
キラ兄は肝心なことはいつも近づいてからじゃないといわないんだ。
「その顔は知らなかったでしょ?」
ニヤニヤして横を向くキラ兄は、憎いけど憎めない。
「難度が変わるわけではないけど、ちょっと趣向が違うらしい…」
イザークさんがそういうなら、本当なんだろう。
「だからね、ちょっと見てもらったら??イザークだってすべてわかるわけじゃないだろうけど、僕よりはわかるし…」
「まぁ…そういうことなら」
俺は塾にも通ってないし、そういう情報にははっきり言って疎い。
だったら、従うしかないではないか。
受かりたいし、浪人するお金はこの家はないし、私立大学は学費も高いし、できればキラ兄と同じ国立に行きたい。
「お願いします」
俺は、目の前に座っているイザークさんに頭を下げた。
それは今から一週間前のことだった。
同じサークル(天文部)のキラ・ヤマトからいきなり弟の家庭教師をして欲しいと頼まれた。
何でもこの大学の、私の学部に入りたいらしい。
ちなみに私は教育学部の数学科だ。
数学の教師資格が取れると同時に理科の教師の資格ももれなくついてくるという、結構お得な学部なので、
毎年人気がある。
そして、今回の入試はなにやら入試の形態が変わるという話まで出ている。
教授によると、英語はもちろん数学においても出題傾向が変わるらしい。
難易度は変わらないが、傾向が変わるということを知らなければ、不利になるだろう。
キラの弟は塾には通っていないらしい。
「だめ??イザークお願いだよ!可愛い弟のためなんだ」
誰もいなくなった部室でキラに頭を下げられた。
「んー…」
悩む。
私は年下が苦手だ。
どうもうるさいイメージしかなく、あまりかかわりたくない。
まして、高校生だ。
3つも年下で、自分自身こういった受験勉強のレベルが落ちていると思うのに、大丈夫なのだろうか。
「週1でも2でもいいんだ。僕はバイトが忙しくて見て上げられないし…イザは今バイトしてないんだろ??
もちろん謝礼も出すし」
「んー…わかった。いいよ。丁度バイト探してたし」
まぁ、二つ返事でOKして、早速キラの家に行くことになった。
極普通のこじんまりとした一軒屋。
先に弟を呼んで来るからといわれて、私はゆっくりと家の中に入っていった。
玄関で靴を脱いでいると、リビングでキラとその弟であろう声が聞える。
しかも、喧嘩をしている様子。
この様子だと、きちんと弟に話を通さずに勝手に決めたようだ。
一人で突き進むのはキラの悪い癖だと思う。
アスランと名乗ったキラの弟は、キラとは全然似ていなくて、むしろキラのほうが弟なんじゃないかと思うくらいに、
弟であるアスランのほうが大人っぽい印象を受けた。
むしろ自分よりもしっかりしている雰囲気がある。
まぁ、喧嘩を聞いていれば、どっちも同じような感じではあったけれど。
「よろしく」
頭を下げたアスランに大して、イザークもきちんと頭を下げた。
「よかった〜」
と間抜けな声を出すキラに、私とアスランは同時に笑った。
苦手苦手と思っていた年下だったが、アスランはとても礼儀正しい。
彼ならば大丈夫なんじゃないかと、私はこの時点で少し思った。
思い切り不本意だった家庭教師だが、イザークさんがあまりに美人だったから、家庭教師が始まって2週間。
俺はすでに家庭教師の日が楽しみになっていた。
前以上に勉強するようになったし、勉強が楽しくなった。
「この解がちょっと違う」
今も、机に椅子を2つ並べて、イザークさんに数学を教えてもらっている。
シャーペンを持つ綺麗な長い指。
几帳面な字が俺の参考書に書き足される。
「判るか?」
「えーと…あ、此処の途中式の…」
見とれていていきなり振られたので、一瞬ドキッとしたが、何とか答えられた。
「そうそう…マイナスとプラス間違えるなんて…本番でしたらかなりもったいないからな」
「はい」
完璧に答えてしまって、そのままただ○をもらうよりは、こうやってミスした方がかかわりが増える。
いや、今のは本当にただのケアレスミスだったけど。
「もう、ほとんどいいようじゃないか?」
「いえ…完璧ではないですよ」
今日分の参考書を一通りとき終わって、イザークさんがそう洩らす。
「大体センターではこのレベルが出来れば、楽に通るだろうし…今日やったところは、
例年うちの大学の入試には出てないとこだけど、これだけ出来てれば、大丈夫そうだな」
「ミスしましたけど??」
「さっきのところだけだろ」
ふむ…よしよしとブツブツ言っているイザークさんはなんだか可愛い。
美人というイメージが先行してしまっていたが、話をすると結構親しみやすい。
真剣に俺の勉強にも取り組んでくれるし、教え方もうまい。
とてもじゃないが、現役を離れれば、入試の勉強なんて出来なくなっているだろう。
しかし、俺よりも知っているし、細かい所まできちんと教えてくれる。
なんだか、学校の先生や塾の講師が隣にいるみたいだ。
さすがは、未来の先生といったところかも。
「そろそろ、休憩にするか?」
イザークさんが部屋の壁掛け時計を見て、そういう。
今日は俺が帰ってきてから、すぐに連絡があってイザークさんが来たから…。
勉強を始めたのが午後4時過ぎ。
今の時間が午後7時だから、すでに3時間はみっちりと集中してしまっていたことになる。
そういわれてみれば、腕が少し疲れた。
「結構頑張ってましたね」
「あぁ、アスランの集中力はすごいな、私は最後の方は少しばててた」
ははっと笑う姿にも少し疲れの色が見える。
大学で疲れているのに、少し自分は調子に乗りすぎていたのかもしれない。
今度からは、もう少し時間に気をつけないといけないかも。
「…じゃあ、何か持ってきます」
今日はまだ誰も帰って来てないし、何にもないと思うけれど、とりあえず何か探しに行こうと席を立った。
「私も行こう」
するとイザークさんも一緒にたってくれたので、俺達は二人で1階のキッチンに下りていった。
アスランの集中力はかなり目を見張るものがある。
私も、一度集中しだすと、回りが目に入らないことがあるが、それも1時間程度のこと。
彼は、私の言うこと、教えることをきちんと理解しつつ、3時間休まず勉強してみせた。
この調子なら、あと3ヶ月後のセンター入試やその後に控えている本番も楽にこなせるだろう。
今の段階でも、数学は細かい所まで把握出来ている。
理数系に行きたいとあって、さすが得意科目には別段不安な所はない。
しかし、国語は少し苦手なようなのは、見せてもらった模試の結果や実際に解いてもらった問題集からも判る。
今度からは、すこしこちらにも重点を置いて勉強してみるといいかもしれない。
国立の前期日程を受ける予定ならば、5科目必須だ。
しかし、彼の集中についていこうとしていたら、私のほうがばててしまった。
腕や目が疲れる。
3時間もやったのだから、少しくらい休憩してもいいだろう。
そう私が切り出すと、何か持ってくるとアスランが言うので、一人じゃ悪いと思い二人で1階に下りていった。
もう7時だというのに、誰もいない。
一般家庭であったら、夕飯の時間だろう。
初めて4時からきたので、よく判らないが、食事は何時取るのだろうか。
9時までの約束だが、食べ盛りの高校生。
お腹がすいているはずだ。
そう言えば、キラはバイトが忙しいらしい。
両親も話によると共働きで、帰りが遅いようだ。
「夕飯は?いつもどうしてるんだ」
カチャカチャとティーセットを用意しているアスランに聞く。
「え?ご飯ですか、母親がいる時は作ってくれますけど…あと、キラ兄もいる時は作ってくれます。
でも、今日は誰もいないから…勉強終わったら、コンビニにでも行きますよ」
「コンビニ?食べ盛りなんだから、きちんとしたものを取らないといけないだろ?」
座って待っててくださいといわれたので、私ははリビングのソファに座っていた。
コンビニの夕飯と聞いて、思わず立ち上がってしまった。
「今時珍しくもないでしょ?俺…料理できないし」
「はぁ…ちょっと冷蔵庫見てもいいか?」
「はい?かまいませんけど」
システムキッチン入り口の端にある大きな冷蔵庫の中を私は空けた。
あまり入っていないが、かびないように食パンが入っていたり、卵や牛乳などどこの家にでもある食材はある。
冷凍庫にもご飯が冷凍されていたり、野菜室にも野菜はある。
これなら…。
「アスラン、勉強はちょっと休んで、夕飯にしよう。私が何か作る」
「えぇ?いいですよ…10時になれば母親も帰ってくるし…」
「でも、お腹がすいただろ?な?」
私は、戸惑うアスランを端に押しのけて、キッチンを借りた。
ずうずうしいとは思ったが、きちんとした食事を取らないと脳も働かない。
「じゃあ、俺ソファにいてもいいですか?いても何にも出来ないと思うし…」
「あぁ、勝手にあけてもいいのか?」
「大丈夫ですよ、皆あんまり使っていないし」
たしかし、綺麗なキッチンだ。
ますます、きちんとした食事を取ってほしいと思ってしまう。
私は腕まくりをして、再度冷蔵庫の中を覗き込んだ。
料理を作ってくれるなんて予想外だ。
というか、イザークさんが料理が出来るのが意外だった。
こんなに美人で、物腰も柔らかく、どこぞのお嬢様なかんじなので、料理なんてやったこと無いと思った。
この座っているソファからは見えないが、トントンと軽快な包丁の音が聞える。
うちの母親は料理が苦手なひとだから、もしかしたら久しぶりの家庭の味かもしれない。
いいなぁ。
そう思いながらも、ふかふかなソファにうずもれて、うっつらとしてしまった。
「アスラン?アスラン??」
ゆさゆさと肩を揺らされて、俺はハッとしてしまう。
思わず寝ていたらしい。
「すみません!!俺…」
「出来たぞ?疲れたか?」
いいにおいが立ち込めている。
イザークさんに起こされて、俺はソファから立ち上がりテーブルについてびっくりした。
時計を見ると、まだ40分ぐらいしか経っていない。
なのに、結構な品数がある。
どこからルーを見つけたのか、ホワイトシチュー、サラダ、食パンで作ったピザ、あと焼きおにぎりがお皿に綺麗の乗っていた。
「あ、このおにぎりは、夜食な」
キラと一緒にでも食べてくれと言われたが、これは俺一人で食べよう。
イザークさんによそってもらって、食事になった。
本当にこんなまともな料理は久しぶりだ。
「食べていいですか?」
「あぁ、どうぞ。召し上がれ」
湯気が立つシチューを食べる。美味しい…。
「美味しいか?」
「はい…凄く。上手いんですね…料理」
「趣味だからなぁ…まぁ、美味しかったらよかった、じゃあ私も」
俺とイザークさんは彼女の手作り料理食べながら、話に花が咲いた。
バイトもしていたことがあったり、家族の話とか色々聞いた。
俺も自然に高校の話をしたり、引退した部活の話。
どうしてこの学部に行きたいかとか、誰にもはなしたことが無いことまでペラペラと話してしまった。
イザークさんはとっても話しやすい。
年上で、頼れる。
一通り食べ終わって、一緒に片付けた。
「じゃ、俺洗いますから…」
さすがに片付けまでしてもらうのは悪いので、手伝いはしなくては。
「私は拭こうかな」
なんか、夫婦の共同作業みたいで嬉しくなる。
俺が洗ったものをイザークさんが拭く。
「お腹一杯だな、今日はあと国語をやったら終わりにしような」
「はい…っと、イザークさん!」
「あっ」
拭きながら話していたからだろうか、イザークさんの手からお皿がつるっと滑った。
俺は慌てて、それをキャッチした。
前言撤回かも。
イザークさんは、年上で頼れて美人で…でも、少し抜けてる。
あーそこがなんだかかわいいかなぁ。
お皿を落としそうになったが、なんとかアスランにキャッチしてもらってよかった。
料理が出来ないのは高校生なのでしょうがない。
でも、きちんと片付けをしてくれるし、気を使ってくれているのも判るが、きちんとしている。
私たちは片づけを終えて、紅茶を持ってアスランの部屋に戻った。
9時までの約束なので、あと30分ぐらいしかないが、とりあえず問題集を解いてもらった。
しかし、たった30分では中々進まない。
文章を読んでいるだけで、30分は過ぎてしまった。
「今日は良く頑張った、疲れただろう、終わりにしよう」
「はい…ありがとうございました。じゃあ、今度は…」
私は手帳を取り出して、予定を確認した。
今日は金曜日で、土日はやらいないから…月は私が5限まで授業がある。
「アスランは?何時がいい。私は来週は月曜日と水曜日意外なら大丈夫だ」
アスランのほうも自分の手帳を見ている。
「俺は…火曜日と木曜日がいいです。金曜日は学校で模試があるので」
「そうか…じゃあ、火曜日と木曜日、きっちり勉強して、模試に備えような」
私が帰るために玄関に行くと、急いで帰ってきたのかキラが息を切らせて入ってきた。
「ごめんねイザ。もう終わったの??」
「キラ兄お帰り…今、イザークさんが帰るところだよ」
「お帰り…バイトは??そいで帰ってきたんだろ」
「うん、ちょっと早く帰ってたよ。アスランお腹すかせてるかもって思って…」
そういうところはとっても弟思いなんだよな…。
いいなぁ、兄弟って。
「ごめん、キラ兄。イザークさんにご飯作ってもらった」
「ほんと?よかった…アスランは料理の才能だけは無いから…じゃあ、もういいのかな。イザーク、送っていこうか?」
「いいよ、まだ9時だし」
キラも疲れてるし、アスランはこれからまた勉強するだろう。
だいたい、バスに乗ればすぐに家に着くし、この家からバス停もさほど遠くない。
「俺が行くよ…キラ兄は休んでて。イザークさんが作ってくれたシチューあるし」
「えっ??」
いきなりアスランに背中を押された。
「ほら、行きましょイザークさん。じゃ、あとよろしく」
「はいはい、じゃあ、イザークありがとね」
私はアスランに押し出されるままに、靴を履き、玄関を出た。
キラは笑って手を振っていた。
「アスラン…寒くないのか?」
10月も中旬になれば寒い。
着の身着のままで出てきたアスランは寒そうだ。
「いえ、大丈夫です。あー今日はご馳走様でした」
こうやってきちんとお礼が入れるのは、アスランの褒められるところだ。
「どういたしまして、それより、悪かったな。送ってもらったりして。勉強あるのに」
「気分転換でいいんですよ、外の空気を吸うのは」
「そうだな」
家の中ばかりにいては、気も滅入るだろう。
私自身も受験の時は、家での勉強に飽きたら、外の喫茶店等でよく勉強したものだった。
そうだ、今度アスランに時間があったら、外での勉強も進めてみよう。
そんな感じで話をしていたら、バス停に着いた。
時間を調べると、すぐ来るようだったのでよかった。
この時期にアスランに風邪をひかれたら、大変だ。
飲み込みも早いし、本当に将来期待ができそうなきがする。
教えがいもあるし、うちの大学に入ってくるのが楽しみだ。
バスがすぐ来るのが残念だ。
もっと話をしていたい。
しかし、楽しい時間はすぐに終わるもの。
バスのランプが通りの向こうに見えた。
イザークさんが財布をだして、乗る準備をする。
「じゃあ、また火曜日に。時間は…今日と同じでいいか?」
「はい…あっ」
「ん??」
丁度いいところで、バスが来てドアが開いてしまった。
「気をつけてください」
「ん。じゃあ、またな」
走り去るバスを見送って、俺は家路に付いた。
楽しみにしてますから。
その一言が言いたかったんだけど、タイミングが悪かった。
でも、今日は本当にいろんなイザークさんの面が見れてよかった。
料理上手なところ。
ちょっとおっちょこちょいな所。
もっといろんなイザークさんが知りたい。
あー…これって、恋なのかなぁ。
なんて。
でも、俺は家庭教師と生徒の関係だけで、終わらせたくないと思ってしまっている。
しかし。
3つもイザークさんのほうが年上だ。
やっぱり、年下って…どうなんだろうか。頼れない?子供?
うーん。
俺はひとしきり悩みながら、家に帰った。
「おかえり。さっき母さんから電話あって、今日は二人して会社に泊まりこみらしいよ」
「ふーん…」
せめて、同い年だったらよかった。
キラ兄がうらやましい。「
「なに?僕の顔に何か付いてる」
「なんでもない」
「じゃあ、一人の夕飯は寂しいから、ちょっと付き合ってよ」
飯ぐらい一人で食べろ!と言いたいが。
俺も、一人の夕飯は寂しいと思うので、しかたなくキラ兄に付き合うことにした。
自分の分のコーヒーとキラ兄の分の紅茶を入れる。
キラ兄はすでに自分で用意した、イザークさんが作ったシチューとかサラダを食べていた。
俺はキラ兄に紅茶を差し出して、目の前に座った。
「イザって料理上手いんだよね…良くサークルに手作りのお菓子とか持ってきてくれるんだよ」
「へえ」
ますます意外だ。
甘いものとかすきそうじゃないのに。
「あれで、彼氏がいないなんて…ますます意外なんだよね」
「なに!!!」
俺がいきなり大声を出したので、キラ兄はびっくりしている。
「いないの??イザークさん…彼氏」
「ん、あぁ…いないって言ってたけど?どしたの」
「いや…」
冷静になってみて、自分の恥ずかしい行動に気がついた。
「なになに??アスラン、イザークの事…」
「なんでもない!!じゃあ、俺、勉強するから…片付けといて」
俺はダッシュで自分の部屋に駆け込んだ。
その時俺は、キラ兄の不敵な笑いに気がつかなかった。
月曜日は授業が多い。
そして、サークルもあるので、何かと忙しい。
「はぁ…なんか、疲れた」
サークルが始まるまで時間があったので、私は友人と別れた後大学のラウンジで一人ジュースを飲んでいた。
家庭教師を始めてから、自分の時間は土日しかなく、他の曜日は出来るだけ、アスランの問題集を見ている。
最初は面倒だったが、彼の飲み込みの速さに今では面白さも感じていた。
「お疲れ様」
「あぁ…キラ。もう始まる??」
キラがテーブルに紅茶を持ってきて、テーブルに置き座った。
「まだだよ、今日はミゲル先輩が遅れるらしいし…先輩が鍵を持ってるからね」
「そうか…じゃあ、もうちょっとゆっくりできるな」
ふう…ともう一度息をはく。
「疲れてる??」
キラが心配してくれている。
「ん?んー…楽しいから、疲れたけど、気持ちい疲れかな。アスランは飲み込みも早いし。
教えていて面白いよ。私、年下って苦手だったけど…アスランは違うかな」
「そっか…よかった。心配だったけど、これからもよろしくね」
それから、給料の話とか、世間話をして、私たちはサークルへと向かった。
そんなこんなで、私はアスランの家庭教師を続けた。
模試も順調にこなしていき、合格率も上がっていった。
クリスマスや正月も勉強をしていたアスランが気になったので、私はアスランを初詣に誘った。
三が日は混むので、私はその日を避けてアスランの高校が始まる前の日に行くことにした。
折角なので、母親に着物を着せてもらい、来るまでアスランの家まで送ってもらった。
「アスラン、来たぞ」
チャイムをおして、返事を待つ。
ドタドタという音と共に、玄関があいた。
「っ…イザークさん!!??」
アスランは私の着物姿に驚いていた。
これは今年(あと一週間ほど)行われる成人式用に買ったものだ。
「折角だからな、さて行こう」
「ちょっと…あっと、コートとってきますから」
待っててください〜〜。
そう言って慌てて、かけっていった。
「ああいうところは、やっぱり子供なのかな」
近くの神社までバスで行って、二人でおみくじをひいたりした。
意外と人は多くて、出店も出ていた。
私は学業成就のお守りをアスランに買い、アスランは私に出店で出ていた水あめを買ってくれた。
「いいのに…」
「高いもんじゃないし…それに、俺はお守り買って貰ったのに、なにもしてない」
やはりとても律儀だ。
私のほうが年上なのだから、気にしなくてもいいのに。
「美味しいですか?」
「うん…みかん味って初めてだけど、美味しい」
水あめと言えば杏だけど、アスランはみかんの缶詰に水あめのかかったものを買ってくれた。
しかし、それは意外と美味しくて、結構はまる。
アスランはなぜか、私を見て笑っていた。
まさか着物で着てくれるんなんて思ってもいなかった。
真紅の着物はシンプルで、でも優雅。
凄く綺麗だ。
玄関で見た瞬間は思わず止まってしまった。
一緒に神社に行き、お参りやおみくじをひいた。
そして、イザークさんにお守りも買ってもらった。
俺は代わりに、出店で水あめを買った。
おいしそうに食べてくれるイザークさんに、俺は思わず笑みがこぼれた。
あー…着物姿は美人だけど、飴を食べるすがたは可愛いんだよな。
センターまで数週間を切り、勉強にも熱が入った。
センター当日は実際に調子もよくて、結構いいかんじだと思った。
このセンターである程度基準点を取らないと、国立の二次試験は受けられない。
しかし、心配無用だったようで、バッチリ一次の合格圏内に入った。
俺はすぐにイザークさんに電話をした。
『大丈夫でしたよ』
『そうか!!よかったぁ…でも、大丈夫だと思ってけどな』
嬉しそうなイザークさんの声を聞けて、俺も嬉しくなった。
『はい…あの』
『ん?』
『聞いてほしいことがあるんです…もし、俺がイザークさんの大学に受かったら…』
『何でも聞くぞ!!その前にも、私立の滑り止め試験もあるから…本番前は私も後期試験で会えないけど。
結果発表は私も行くから』
『はい。じゃあ、また…発表はメールで連絡しますから』
合格したら。
同じ学部に合格したら。
言おう。
好きです
そう、伝えよう。
その後も、何個か俺は私学を受けた。
私立の場合、早い所だと、1週間以内に合格通知が来る。
受けたところはほとんど受かり、後は国立の試験を残すことになった。
沢山勉強したし、イザークさんにも沢山教えてもらった。
俺は彼女に貰ったお守りを持って、入試に臨んだ。
合格発表は寒い雪の日だった。
多くの学部を抱える、この国立大学はさすが発表も派手。
俺は発表日当日に、イザークさんと大学の校門で待ち合わせをした。
すでに発表は始まっており、けたたましい声が大学内から響いている。
「なんか…すごいです」
この雰囲気に圧倒されている俺に、イザークさんは優しく背中を押してくれた。
「大丈夫。さぁ、何番だっけ?見に行こう」
大学の門から大講堂まで続く長い道のり。
端から掲示板が出ており、その前で喜んでいる人、悲しんでいる人、泣いている人。
そして、胴上げされている人までいた。
「教育学部は…もっと置くだな」
俺はイザークさんに連れられて、教育学部の掲示板の前に着いた。
「100511番です」
イザークさんに番号を見せる。
俺はなんだか、微妙に緊張してしまって、そわそわしてしまい、番号が頭に入ってこない。
「えーと…511…511・・・」
「あった!!あったぞ」
イザークさんの悲鳴のような声、そして彼女が俺に抱きついた。
「やったぞ、アスラン。合格だ…よかったなぁ」
まるで自分のことのように喜んでくれた。
そして、目からは涙。
「お前頑張ったから…ほんと…頑張ったよ」
よしよしと頭を撫でてくれる。
自分でも確認したくて、掲示板を見る。
あった。
511番。
これで今年の春から、一緒に大学に通えるんだ。
「イザークさん…俺」
「なんだ?あ、キラに電話するか??」
ちがう。
ちがくて。
「俺…受かったら、言おうと思ってて…」
「あー聞いてほしいことか」
言え!俺。
「好きです。好きなんです。年下で、頼りないかもしれない。
でも、好きなんです…俺の恋人になってくれませんか?」
〜春〜
「なに、イザーク、入学式行かないの??うちのアスラン君は新入生代表なのに」
4月。
大学の入学式。
私は、大講堂の外にいた。
外の広場の椅子に座り、かすかに聞えるアスランの代表挨拶を聞いていた。
しかし、丁度終わったらしく、中から拍手が聞える。
「キラこそ…中で聞いてやらなくていいのか?」
「いま、母親がビデオカメラ回してるから…」
「…それ、ダビングしてくれ」
恥ずかしいが、やはりほしいので、キラにそういう。
すると、ニヤニヤしながら、いいよと言ってくれた。
「しかし…どうですか?うちの弟の恋人ぶりは」
「…正直、最初はどうしようかと」
だって、3つも年下で、誰もこんな20代を好んで受け入れたいとおもう高校生がいるのかと本気で思った。
「で?今は」
「自分よりしっかりしてて、どっちか年下か判らない」
はぁ、と私はため息を付いた。
アスランの告白を受け入れ、付き合い始めるとさらに彼の色々な面が見えてくる。
でも、それは嫌なことはなくて、むしろ尊敬に値するぐらいだ。
アスランは私よりも、本当に大人。
「イザの前だからじゃないの?アスランは、意外と意地っ張りだし、我侭なんだよ」
「ちょっと、キラ兄。余計なこと言わないでくれる」
アスランがいきなり、私とキラの間に入ってきた。
「終わったのか??」
「ついさっきね。さ、イザーク、俺にこの大学を案内して」
ニコニコしながら、そういうので私はは勿論断れないし、断る気も無い。
「あぁ、じゃあな、キラ」
とりあえず、キラに手を振っておく。
「はいはい…楽しんできてよ」
キラも、あきれたように手を振り替えしてくれた。
私の手を引き、アスランは意気揚々と大学の奥の方へと入っていった。
「嬉しそうだな」
普段は見せない笑顔を、アスランは前面に押し出していた。
「勿論、念願かなったし…イザークからは、タメ口OKも出たし…」
「そうだ。同じ学部だから、勉強又教えてくださいね…先生」
耳元でそう囁かれて。
くすぐったくて、でも、なんだか嬉しくて。
繋いだ手を、もう一度ぎゅっと握り締めて、私たちは桜の花散る道を二人で歩いた。
END