その柔肌を包むもの


3年間向こうにいて思ったが、今の鎌倉の夏の暑さはやはり異常なのだろう。
照りつける太陽はあの時代よりも強い光のような気がする。

何が言いたいかというと。
暑いのだ。
自分はこちらの夏も知っているので、まだ耐えられるが、
今自分の隣でぐったりしてしまっている敦盛にはこの暑さはやはり堪えるようだ。
「敦盛…敦盛」
縁側でぐったりとしている少女に将臣が声をかける。
クーラーが苦手な彼女は、縁側に扇風機を持ってきてそれに当たりながら、縁側で寝そべっているのだが、
それでもやはり暑いらしく、すでに目がヤバイ。
「…なん…ですか」
声を出すのも億劫なようで、返答が遅い。
「水…浴びるか?」
「…お願いします」
やっぱり夏はこれだろうと思い将臣が立ち上がり、太陽が輝く庭にゆっくりと出て行く。
ホースを用意して、まず自分に水をかける。
生暖かいが、それでもこの炎天下だと気持ちがいい。
「うはぁ…気持ちいいなぁ」
頭からかけると、全身濡れるが、それすらも気持ちいい。
ビシャビシャと音をたてて、浴びている将臣の様子を見て、敦盛がムクッと起きる。
裸足のまま熱い土を踏み、将臣の側まで来る。
「お、ほら」
そう言って、将臣が敦盛に水をかける。
最初に足元。
そして、一気に将臣が敦盛の頭から水をかける。
「…気持ちいい…」
水の勢いで、敦盛の髪を縛っていた飾りが取れて、長く綺麗な紫の髪が落ちる。
キラキラと水を弾きながら、髪の毛を振るい水を浴びる。
「そうだろ…って、オイ」
いきなり水をかけるのを将臣が止めてしまう。
「どうかしましたか?」
「お前…それ」
将臣が敦盛に人差し指を向ける。
「…なんですか」

「胸…丸見え」
敦盛の悲鳴が響いた。



その悲鳴に驚いて、ヒノエと弁慶が慌てて庭にやってくる。
将臣がヤバイと思い、着ていた水浸しのシャツを急いで脱いで、敦盛に渡した。
「これで、隠してろ」
「は…はい」

「どうしたんですか」
「将臣…昼間から??感心しないなぁ」
上半身裸の将臣と彼のシャツを握りしめている敦盛。
普通とは思えない雰囲気にヒノエがちゃちゃを入れる。
「水浴びしてただけだ。それより、敦盛…ちょっとこい」
「え、あ…あの」
将臣が敦盛の手をいきなり取る。
そして、彼女を引っ張って、なぜ一度自分の家を出て、春日家の中に入っていった。

「望美!いるのか?望美」
勝手知ったる隣の家。
望美の両親は今日はいないはずなので、勝手に上がるが、望美からの返事がない。
代わりに、朔が出てきた。
「あら、将臣殿、敦盛さん。どうかしたの?」
「望美は?」
びしょぬれで来た二人にびっくりしつつも、朔は優しく声をかける。
「あー望美は白龍とどこかに出かけたわね…それより、二人とも大丈夫なの?」
「あー…まぁ、そうか、いないのか。悪い、邪魔したな」
望美がいないのを確認すると、将臣はまた敦盛の手を引っ張って自宅へ戻っていった。
「あ…朔殿…失礼しました…」

「…なんなのかしら」

「しょうがない…買いに行くか」
家に戻った将臣と敦盛は着替えを済ませて、涼しいリビングにいた。
先ほどは白いTシャツだったので胸が透けてしまっていたが、将臣は今度は敦盛に黒いTシャツを着るように言った。
まさか、下着を着けていないとは思わなかったのだ。
たしかに、この時代に来て日は浅い。
だが、望美からいろいろ洋服などは支給されていると思っていたので、さらに驚きだった。
聞くと、苦しいから嫌だということだ。
多分サイズが合っていないのだろう。
しかし、このままにしておいて、何時またああいう事態になるかわからない。
いつも自分が側にいられるわけではないし、他の奴らに見せるなんて冗談じゃない。
不意に将臣がソファから立ち上がる。
「将…臣殿?」
「下着買いに行くぞ…そのままじゃ、何されても文句言えない」
「っ!!」
真っ赤になってしまった敦盛の手を引いて、二人は買い物へと出かけた。



二人が向かった先は大きなデパート。
此処ならば、女性物の下着も売っているし、敦盛に合ったものを見繕ってくれるだろう。

「将臣殿も…入るのですか」
「ん?なんだ、嫌か?」
下着コーナーの前まで来て、敦盛が立ち止まる。
「いえ…あの…その…は…恥ずかしくないのですか?」
見ればあられもない女性の像が沢山置いてあるではないか。
敦盛はマネキンと将臣を交互に見た。
「そういうことか。別に?お前は俺と一緒だと入りたくないか?」
「う…いえ、その」
一人ではどうしたらいいのか判らないし、かといって将臣とこの場所にいるのも恥ずかしい。
わたわたしていると将臣が敦盛の手をとった。
「問題ないなら、入ろうぜ」
「ぇ?あっ…ぁ…」
ずるずると引かれるように、敦盛は下着コーナーに入っていった。

「いらっしゃいませ、ご案内いたしますが?」
上品な店員が将臣と敦盛に話しかけてきた。
「あー彼女のサイズを測ってもらって、何か見繕ってもらえます?」
将臣が自分の後ろに隠れてしまっている敦盛を店員の前に出す。
「かしこまりました、お嬢様?ささっどうぞこちらへ」
「えっ、あっ…」
今度は店員引きずられ、サイズを測るために試着室へと入っていった。
二人を見送ると、さすがに一人でこの場にいるのはいたたまれないので、
将臣は売り場から出て、しかし何時敦盛が出てきてもいいように見える場所へと移動した。

「では、上着を失礼して…」
「なっ…なにを」
試着室に入った敦盛のTシャツを店員が脱がそうとしたので、敦盛は慌てて裾を引っ張りそれを阻止した。
「脱がないと測れませんよ?きちんと測らないと体形が崩れますし…折角綺麗なんですからね?」
「あっ…え…ひぃ」
敦盛は結局強引に押し切られて、上着を脱がされメジャーで測られてしまった。
くすぐったがりやなので、冷たいメジャーが体に触れるたびに妙な奇声を上げて、
それが外に漏れて将臣にまで聞えていた。
将臣はくすくす笑いながら敦盛が出てくるのを待った。



ぐったりとして出てきた敦盛に気がついて、将臣が売り場へ戻る。
店員にお礼を言って、将臣のもとに敦盛が戻ってくる。
「お疲れ」
「将臣殿ぉ〜」
半泣きな敦盛の頭をポンと撫でる。
「測っていただきました…えーと…しーの…85でした」
「おっ…(結構あったな…いつも思うが、細いのにでかいよなぁ)」
頭の中で色々考えつつ、敦盛が下着を持っていることに気がつく。
「これか?」
「はい…おすすめだそうです」
敦盛が持っていたのは、清楚な感じの白い下着のセット。
それをおずおずと将臣に見せる。
「悪かないけど…なんか、なぁ」
純粋な敦盛には確かに似合うだろうが、将臣としてはちょっとつまらない。
「?」
「まぁ、1着じゃなんだし…あと3つぐらい買うか」

「これは?…あぁ、こっちもいいな」
将臣は熱心に下着を見ているが、敦盛は恥ずかしくて早くしてほしい気分だった。
将臣がいいと思うものを片っ端から敦盛にあててみるのだ。
よく恥ずかしくないと敦盛は思う。
「あの…あの…もお、帰りましょう」
さすがに耐え切れなくなって、敦盛が将臣のTシャツの袖を引っ張った。
「んー…お、こんな時間か」
将臣が腕時計を確認すると、すでに午後5時を過ぎている。
夕飯は皆で食べる習慣になっているので、遅れると譲にお小言を言われるし、
手伝わなくてもお小言を言われるのだ。
「じゃあ、ほら。これ買うぞ」
白・黒・ピンク・水色。
選び抜いた物レジに持っていき、そして1着はタグを切ってもらい敦盛に着て帰るように促した。

「苦しくないか?」
「はい…神子からもらった物は、圧迫されて、息苦しかったのですが今度のものは全然ないです」
試着室から出てきた敦盛に尋ねるとそう答える。
やはり望美のものがきつかったのだ。
身長も望美より5センチは高い敦盛なのでしょうがないのだが。
「じゃあ、帰るか。皆待ってるだろうし」
「はい」



「ただいま」
「ただいま帰りました」
「お帰り兄さん、敦盛」
家の門をくぐり、玄関に入るとエプロンをした譲が出迎える。
「遅かったじゃないか、今までどこ行ってたんだよ」
お玉を持って出てきたので、食事の支度の真っ最中なのだろう。
どことなく良い匂いが漂っている。
「あー敦盛の下着買いに行ってた」
ほらっといって袋を開けてみせる。
「ま…将臣殿!!!!」
さらりと凄いことを言って、敦盛が困惑した声を上げる。
譲もその答えに顔を真っ赤にした。
「に…兄さんっ」
「なんだよ、いいだろ?恋人の下着選んだって…な?」
「もう…もう……知りません!!!!」
泣きそうになりながら、下着の入った袋を将臣から奪い取り、脱兎のごとく敦盛はその場から逃げ出した。

その後の夕食の時も、敦盛は将臣と話そうとせずに食べたらさっさと自分の部屋(望美家)に戻ってしまった。
「なにしたのよ!!」
食事の後、明らかに様子のおかしい敦盛に気がついて、原因であろう将臣に望美が突っかかる。
「まぁ、ちょっと…」
事の真相を話すとあきれた顔をされた。
「はいはい…さっさと謝ってきたら」
「そうする」
ゆっくりとした足どりで将臣は敦盛の部屋へと向かった。

「敦盛?」
ノックをして様子を伺うが返事はない。
「敦盛??寝ちまったのか?」
もう一度ノックをしてみると、ガサガサ…ゴツという音がした。
「…なんだ、いるのか。入るぞ」
「ぁ…ダメ」
ドアノブをまわすと鍵がかかっていない。
将臣はドアを開けると、鍵を閉め忘れ、閉めなくては!と立ち上がった敦盛と対面した。
「いるなら、返事しろよ」
「…」
将臣はそのまま敦盛の部屋に入った。



気まずい雰囲気が流れている。
ベッドに二人で腰掛けての沈黙。
それを破ったのは将臣だ。
「そのさ…デリカシー…なんていうんだ、その、気配り?がなかったよ。悪かった」
「私も…」
「嬉しかったんだよ。その、彼氏冥利に尽きるというか」
自分だけにしか許されない、出来ない特権。
「はぁ…そうですか」
「それに」

「えっ?」

ドサッ
将臣がちょんと敦盛の肩を押して、ベッドに押し倒す。
「自分が買ってやった下着をお前がつけてると思うと…」
「っ…将臣殿…」
倒した敦盛の上に覆いかぶさり、将臣が彼女の耳元に唇を寄せる。
吐息がかかって、敦盛はぎゅっと目を瞑った。
「なんかクルだろ?」
「ひぃぁッ」
ぺろっと敦盛の耳たぶを舐めて、将臣は彼女の上からどいた。

「今日は白だろ…明日は黒な。金曜だし…夜来るから、鍵開けとけよ、
後風呂は入るなよ、お前入った後だと寝ちまうからな」
「っ…将臣殿!!!!」
耳を押さえて、真っ赤になって叫ぶ敦盛を尻目に、満面の笑みで将臣は部屋から出て行った。

恥ずかしい恥ずかしいと思っても、結局敦盛も将臣が好きなので、
明日用にと黒い下着を用意してしまうのだった。



  
END