revolution


別に気にはしない。
髪の毛が重そうに、長くても。
眼鏡が瓶底でも。
気にしない。
そう、言い聞かせてきた。

重度の乱視で、コンタクトはムリだといわれた。
大体からして、あんな物を目に入れるのが可笑しい。
そう思っていたので、眼鏡は直に受け入れられた。
しかし、最初は薄かったレンズも年を重ねるごとに厚みが増していった。
そして、今では一センチはあろうかという分厚さ。

眼鏡が歪曲して、本人の目が他人から見えないほど。
しかし、眼鏡を外すと何も見えない。
それしかない。
『瓶底…ブス』
思春期真っ只中の、15歳の時。
心無い同級生の男子からそう言われた。
それから、イザーク・ジュール(女)の人生はあまりいい物ではなくなっていた。

ドンッ
「す…すいません」
イザークは学校からの帰り道、決まって3人以上の人にぶつかる。
自転車は前が見えなくて、歩く以上に危ないからと、母親に禁止された。
今も、急に視界に現れた人を避けることが出来ずに、ぶつかってしまった。
謝れば何も言われないので、いつもそう切り抜けている。
「はぁ…」
人とぶつかるたびに眼鏡がずれる。
それを直して、また歩き出した。

イザークジュール。
18歳、女。
彼氏無し。
髪の毛は伸びっぱなし。
化粧はしない。
制服のスカートも、今時の女の子みたいに膝上何十センチなんてことはしない。
『ブス』
そう言われたときから、まったく自分の容姿に自身をもてなくなり、
気にしなくなった。
容姿だけがすべてではない。
イザークにとって、勉強だけがとりえだった。
運動も嫌いではないが、よく前が見えないため、あまり成績は良くない。
球技はボールが見えない。
短距離は前が見えず、すぐにコースを外れる。
長距離は得意だったが、冬しかない。
その分、勉強は嫌でも学校に通っていればある。
本を顔に近づけて読むので、目には悪循環だったが、それでも自己を保てるなら良かった。



繁華街は特に歩くのが辛い。
何時どこで、人が視界の中に入ってくるかわからないからだ。
しかし、この通りを通らないと、家へは帰れない。

「あぶない!!!」
やはり今日も急に視界に人が入ってきた。
慌ててイザークは避けようとしたが、出てきた人間が自分より大きくて、しかも運悪く、相手の肘がイザークの目元にぶつかる。
「っ!」

ガシャンという音をたてて、イザークの眼鏡が道に落ちた。
「あっ…眼鏡」
「ごめん…急いでて…平気?」
落ちた眼鏡を探そうと、しゃがみ込むが、どこにあるのかわからない。
「あ…割れてる」
「えぇ!」
声からして男。
しかも、眼鏡が割れた…。

「眼鏡無いと大変そうだな…とりあえず、うちの店にくる?このままじゃ、帰れないだろ」
「…」
男はイザークの手を取って、立たせる。
「俺の顔見える??」
「いいえ…すみません」
「じゃあ」
男がイザークの手を取って、歩き出す。
このまま此処に放置されてもどうにもなら無いので、イザークは男に引っ張られて付いていった。

「お帰りなさい…って、どしたの、その子」
男に連れられてきたのは、独特の臭いがする、美容室。
連れてこられた男より、少々高い声のこれまた男が寄ってくる。
「ぶつかって、眼鏡割っちゃって…目が悪いらしくてさ、一人で帰れそうにもないから…」
「そっか…目、怪我しなかった??」
「こら、キラ!」
キラと呼ばれた、男がいきなりイザークの前髪をあげる。
「っ…やめ」
「ご…ごめん」
いきなり、額に触れられて、イザークがビックリして一歩下がった。
「ごめんな、ちょっと向こう行って休もうか。キラも、仕事続けろよ!!」
男はイザークを連れて、美容室の置くにある従業員専用の部屋へとはいていった。



「眼鏡割っちゃって、ほんとに悪かったよ。あ、その前に。俺はアスラン・ザラ。この美容室の美容師だ」
椅子に座るように促されて、イザークが座る。
アスランと名乗った男は、コポコポと何か液体を入れている。
匂いから、それがコーヒーだとわかる。
「はい、ここね」
アスランがイザークの手を取って、コーヒーのカップまで手を持って行ってくれる。
「私は、イザーク・ジュール。助けていただいて…ありがとうございます」
「いや…ホント、悪かったよ。俺はもう仕事終わりだから、家まで送るよ」
「あっ…出来れば、その…迷惑でなければ、眼鏡屋に…」
眼鏡は元々一つしか持っていない。
それが割れてしまった今、本当に何も見えない。
幸い明日は土曜日。
2日あれば眼鏡も出来るだろう。
「そうだな。行き着けの店とかあるの?あーでも、あの眼鏡でも見えてなさそうだったけど」
「近視と乱視が凄くて…合う眼鏡が中々」
「眼科行った方がいいんじゃないか?…知り合いに、眼科医がいるんだ、見てもらって合うのを作ってもらおう。
割ったのは俺が悪いし…弁償させてほしいから。そうと決まれば、電話」
アスランがさっさと自分のズボンのポケットから携帯を取り出して、電話をかけようとする。
「いや・・・それは」
イザークがそれは悪いと止めようとするが、それを聞かずに、アスランは電話をかけた。
イザークは仕方なく、電話が終わるのを待った。

「あ、ザラです…院長は?あ、はいはい。…俺です。ご無沙汰しています。今から一人見てもらいたい人が。
えぇ、じゃあよろしくお願いします。大丈夫だ、行こうか」
少々強引にアスランはイザークを眼科に連れて行くことにした。
よく目の見えない彼女の手を引き、美容院の中を通って、専用の駐車場に止めてある車にイザークを乗せた。
「ちょっとアスラン!」
イザークを車に乗せて、自分も乗りこもうとしたとき、キラがアスランを呼び止める。
「ちょっと、待ってて」
アスランは、ドアを開けた運転席のドアを閉めて、追ってきたキラの元へ行く。
「なに?」
「あのさ…あの子、めちゃくちゃ美人だよ」
「はぁ?」
「さっきさ、前髪上げたときに顔見たんだけど…顔凄い整ってる。もったいないよ、あのボーボー髪の毛」
「何を走って言いに来たのかと思えば…」
くだらないといった表情でアスランがキラを見る。
「あー疑ってるでしょ。本当だって!!!もー」
「わかった、わかった。じゃあ、お礼ついでに、髪の毛のカットも聞いてみるよ、それより、俺はそのまま帰るけど、
きちんと片付けしておいてくれよ?」
「それは分かってる」
軽くあしらわれて、少しむくれたキラを尻目にアスランが車に戻る。
「まったく…見る目ないんだから」
そんなキラの発言はアスランには届かなかった。



「お仕事お疲れさん!その子?」
眼科に着くと、すでに診療時間は終わっていたが、アスランは裏口から堂々と入っていった。
イザークがしり込みしていると、大丈夫だからと言って手を引っ張って中に入れた。
中で待っていたのは、オレンジ色の髪の毛をしたと思われる人。
イザークは眼鏡が無いせいでよく見えてないが、声からしてもずいぶん若い医者なのだろう。
「えぇ…。こちらは眼科医のミゲル・アイマン。俺の幼馴染。で、彼女が…」
「イザーク・ジュールです」
イザークは自分で挨拶をした。
「彼女と街中でぶつかって俺が眼鏡を割っちゃったんです。でも、その眼鏡でもあんまり見えてなかったから…。
あ、これ眼鏡の残骸です」
アスランが割れた眼鏡をミゲルに渡す。
「うわ…かなり乱視と近視が進んでるなぁ…」
割れてしまった眼鏡のレンズの厚さに驚くミゲル。
「じゃあ、ちょっと見てみようか。こっち、入ろう。アスランはロビーで待ってて」
ミゲルがイザークの手を取って診察室に入っていく。
その様子を見届けて、アスランもロビー行き、ソファに座った。

「此処に腰下ろして、じゃあ見るから。この機械の台に顔を乗せて…」
診察が始まる。
ミゲルの指示に従い、イザークが機械に顎を乗せて視力を測られたり、視力検査をされたりした。
20分以上かけて検査が行われ、記録をミゲルがイザークに伝える。
「右の乱視が酷いけど、そこまでじゃないね。これなら、ハードのコンタクトが入ると思う」
今まで一度も言われたことの無い台詞にイザークが驚く。
「えっ…合うのが無いって言われて…」
「最近いいのが出たんだ。いまそれの在庫があると思うから、ちょっと待ってて」
ミゲルが診察用の椅子から立ち上がり、どこかへ消える。
そして、ガサゴソという音を立てた後、戻ってきた。
「これ…って言っても、見えないと思うけど。ハードなんだけど、コンタクトって入れたことある??」
箱らしき物を開けながら、ミゲルが問う。
「いえ…無いです」
「そっか…じゃあ、俺が入れるから、目開けてちょっと上向いて」
「はい」
「そうそう…そのまま」
目に冷たい物が触れて、急に右目の視界がはっきりする。
「どう、ごろごろしたりしない?」
「はい、なんかよく見えます」
「そう、じゃあ左も入れるね」
上手く左も入り、急に視界が広がって、なんか変な気分にイザークはなった。
こんなのは、小学生の時以来じゃないか。
「どう?」
箱を片付けながら、ミゲルが聞く。
ミゲルの顔もはっきり見える。
やはり若い。
「はい、すごくよく見えます。信じられない…」
「それは良かった。じゃあ、今日はこれで終わり。ずっとコンタクトするわけにも行かないから、
眼鏡も作っておいたほうがいい。いいところ紹介するから、今診断書くね」
「ありがとうございます」



診断書を書いてもらうために、イザークはロビーに出てきた。
アスランは、置いてあった雑誌を読んでいた。
「終わったの?」
ドアから出てきたイザークに、アスランが声をかける。
「はい。コンタクト入れてもらって…とてもよく見えます」
「良かった…。ねぇ、眼鏡なくなって、その前髪…邪魔じゃない?」
アスランが伸びっぱなしの前髪を指差す。
「えぇ…まぁ」
眼鏡のときは、あの分厚い眼鏡を隠すのにこの前髪は丁度いい役割をしてくれていたので良かったのだが、
今となっては視界を邪魔するものにしかならない。
「お礼も兼ねてさ、明日、美容室おいで。俺が切ってあげるよ」
「いえ…そこまでしてもらっては…」
イザークがとんでもないといった風に首を振る。
「いいんだって!なぁ」
診断書を持ったミゲルが診察室から出てきた。
「コイツ腕はかなりいいよ。それに、その前髪だと、綺麗な顔が台無しだよ」
「…でも」
イザークはと惑ってしまった。
ほんとうに成り行きでぶつかってしまった相手で、自分にも非があるのに、ここまでしてもらってよいのだろうかと。
「眼鏡も買わなくちゃいけないし。俺は明日オフだから、美容室で切った後、眼鏡屋行こう。はい、決まり」
強引に言われて、イザークは何も言えなくなってしまった。
「じゃあ、ミゲル兄さん、ありがとうございました。その診断書と…ケア用品も下さい」
「あぁ、これね。寝る前に外して、よく洗って、この液に漬けとけばいいから。
外しかたのコツとか説明書も一緒に入れとくね」
「あ…はい…ホントにすみません」

結局今日はお金は要らないということになり、(コンタクト代はアスランが払った)。
その後、アスランはイザークを再度車に乗せて、彼女の家まで送り届けた。

「じゃあ、明日また迎えに来るから」
「え!そんな…自分で行きます」
「いいから、いいから」
結局また強引に迎えに来る時間を告げられて、アスランは去っていった。
車を見送って、イザークは家の中に入った。

荷物をリビングに置いて、もう一度洗面台にいく。
長い前髪を上げて、顔を鏡に近づける。
「うわ…こんな近づかなくても見える」
視界が開けると、心まで躍るもの。
その後母が帰ってきたら、いつもと違うイザークの驚きつつも、喜んでくれた。
いつもと違う表情の娘。
以前も明るくはあったが、どこか影のあったイザーク。
しかし、今目の前にいる娘は何かが吹っ切れた感じがする。
喜びながら、コンタクトの話をするイザークを母エザリアは優しく見つめていた。



チャイムが鳴って、イザークが出ると、そこには昨日の話通りにアスランが車で迎えに来た。
「早かった?」
「いえ…今行きます」
イザークは一度家の中に戻り、バックを持って戻ってきた。
髪は相変わらずに重くるしいが、制服を着ていないイザークはとても大人っぽい。
白いトップに濃いデニムのジーンズ。
身長が高いのでそこらへんのモデルよりも、スタイルがよく見える。
「じゃあ、行こうか」
「お願いします」
イザークが車の助手席に乗り込むと、アスランも運転席に乗り込んで車を発進させた。

美容室につくと、お客さんが多くいた。
土曜日なので、多い日なのだろう。
アスランが入り口から入っていくと、キャッという声が多く発せられた。
「今日はお休みじゃないんですか」
一人の客の女性がアスランに尋ねる。
「ちょっとね」
そっけない返答でも、話しかけて答えてもらった女性は嬉しそうだ。
「イザーク、奥に」
アスランには嬉しそうに話かけていたときとは裏腹に、後ろからついてきたイザークには厳しい視線を向けてた。
それにちょっと引きながらも、イザークはそそくさと奥のほうへと入っていった。

置くには新人用の練習室が設けられており、そこにイザークを入れてアスランは道具を用意しに行った。
その隙に、キラが練習室に顔を覗かせる。
「ジュール…さん?」
「はい?」
椅子に座ったイザークがキラの声を聞いて顔を向ける。
「この間はごめんね…僕、キラ・ヤマト。この美容院でアスランと一緒に働いてるんだ」
「あぁ…この間は…私もいきなりすみません」
キラと初めてであったときは、いきなり前髪を触られてびっくりしてしまったのだ。
「アスランは上手いからさ、何でも言ってみなよ。好きな髪形にしてくれるから」
「はぁ…」
人懐こい感じには安心するが、中々人と積極的に話せないイザークは上手く返答できない。
「キラ何してる?」
台を引いて戻ってきたアスランが突然のキラの出現に嫌そうな顔をしながら入ってくる。
「何でも??さーて、お仕事お仕事」
キラは飄々として練習室を出て行った。

「なんか言われた?」
「いえ…特に」
「じゃあ始めようか?そこ座ってもらって悪いけど、シャンプー台に移ってもらっていい?」
イザークを移して、髪の毛を洗う。
その後さっきまで座っていた椅子に戻ってもらい、何冊かの本をアスランが見せた。
「何かリクエストある?憧れてる女優とか…なりたい髪型とか」
そういわれて、イザークが考え込む。
いない。
思い当たる人がいなくて、イザークは沈黙した。



「いないなら、俺が考えてもいい?」
「すみません…女優とか流行とか疎くて」
「いいよ、じゃあ、切るから」
アスランがイザークの肩にカバーを巻いて、汚れないようにする。
そして、彼女の髪を手際よくブラシでといていく。
梳いていて判るのは、イザークの長い髪は細く、絡まりやすいということ。
アスランは慎重に髪を梳かし、そして切っていった。
ザクザクという音をたてて、髪の毛が切られていく。
イザークは目を閉じて終わるのを待った。

「いいよ」
ドライヤーの音が止んで、アスランのその声と共に、イザークが目を開ける。
鏡の前には、想像もしていなかった自分がいた。
「これ…私…ですか」
前髪は綺麗にそろえられていて、サイドも真っ直ぐだ。
好きで良く見ていたどこかの国の人形のように綺麗に整えられた髪。
他の人間がやったら違和感があるのだろうが、イザークにはまったくない。
むしろとてもよく似合っていた。
「いきなりショートだと抵抗あると思ったから、結構いい感じだな」
アスランが自分で切ったイザークの髪を触る。
良いトリートメントを使ったので、さわり心地もよく、つやも出ている。
「ありがとうございました」
「いや、俺も…じゃあ今度は眼鏡を買いに行こうか」

「なんだ…アスランってやっぱり上手いんだよね」
そして、相手のことをなんだかんだでよく理解しているのだ。
練習室のドアを少し開けて、その横にはカメラを持って立っているキラの姿。
勿論中に二人には気付かれてはいない。
「イザークってホント美人…」
改めて変わったイザークを遠目から見ながら、キラの持つ電源の入ったままのデジカメには、
綺麗になったイザークの姿とその髪を嬉しそうに梳くアスランの姿があった。

眼鏡が壊れて本当にどうしようかと思った。
でも、アスランのお陰で此処まで自分は変わることが出来た。
変わるって凄い。
外見が変わるだけで、心の中まで変わる。
やりたいことが増える。
自信もつく。
自分が生まれ変わる。

その後キラの撮った写真がなぜかいろんな所に出回り、アスラン、イザークともども色々大変なことになるのだが、
それは又別の話。
恋が芽生えるのも。
また、別の話。



  
END