addicted


「いってくるね」
「あぁ、いってらっしゃい」

午前八時。
いつものザラ家の朝。
夫のアスランを妻のイザークが送り出す。
車に乗って出かけていく夫を見送って、イザークは家の中に戻る。
今日は、天気もいいので洗濯物がよく乾きそうだ。
そんなことを思いながら、洗濯機を回し、その間にリビング、和室、寝室、客間などに掃除機をかける。
大体掃除機をかけ終わるのが10時過ぎ。
その頃には洗濯機も終わっていて、二人分の洗濯物をもって二階へ上がり、ベランダにそれを干す。
日の光が気持ちい6月。
入梅前の晴れた日は、まだそこまで暑くなく、本当に過ごしやすい。
「ふぅ…」
一息ついて、イザークは洗濯籠を持って一階に降りた。

洗濯と掃除を終えると、今日は特にやることも無い。
後は本を読んだり、テレビを見たり。
実家に行ったりすることぐらいだ。
「まだ、11時か」
リビングのソファに座り壁の時計を確認する。
昼食の準備にはまだ早い時間だ。
「うん…今日の昼は何にするかな」
また今日の昼食のメニューを決めていなかったので、イザークは料理雑誌を持ち出してそれを眺めた。
パスタか…パンでもいいかもしれない。
そんなことを思っていたとき、電話が鳴った。

「…会社?アスランか?」
ナンバーが表示されるタイプの電話機に、アスランの会社の電話番号が表示される。
「はい、ザラですが?」
「初めまして、私は専務のデュランダルというものですが、アスラン君の奥さんはご在宅ですかな?」
「は…はい、私がアスラン・ザラの妻ですが」
会社からの電話でてっきりアスランからだと思っていたので、
いきなりの専務の登場にイザークは声が引きつった。
「これは、これは。いつも、アスラン君にはお世話になっています。
今日は折り入って、奥さんにお願いがあるのですが」
「はい、なんでしょうか…」

「実はですね、夫婦で会社のパーティーに出席していただきたいのです」


「で…引き受けたの?」
「すまなかった…」
アスランの帰宅後、専務からパーティーの出席の話が来て、引き受けてしまったと話をすると、
彼はため息を盛大についてくれた。
なんでも、専務はアスランにもしつこく出席しろと迫ってきていたらしい。
今上半期も終わりかけて忙しいときなのに、そんなものに出席している時間は無いと断り続けていたのだ。
イザークは忙しいという話を知らなかったので、うっかり引き受けてしまった。
「はぁ…まぁ、いいよ。忙しくなかったら、イザを連れて行こうと思ってたのは本当だし。
折角だから、楽しもう。服も買いに行かないとね」
夕食の準備を手伝いながら、アスランはそういう。
いまさら断るわけにもいかないし、だったら一緒に行って楽しんだ方がいい。
「そうか。よかった」
イザークは、パーティーなどの社交場は苦手だったが、アスランも一緒なので楽しめるような気がした。



パーティーの何日か前。
アスランはイザークのドレスを買うために、会社が終わった後イザークと待ち合わせをして車で買い物に出かけた。
彼女の行き着けの店にいき、事情を話すと色々とフォーマルな服を用意してくれた。
ホワイト。
パールブルー。
レッド。
ブラック。
様々な色を店員は出してきた。
「…多すぎ」
「さぁ、イザーク様。一着ずつ着ましょうね〜」
馴染みの店員に引っ張られるようにして、イザークは試着室の中に入っていた。
それをただただ、アスランは見守っていた。

「こちらは?」
「あー此方も良くお似合いで」
「此方も捨てがたいですわ」
着せ替え人形のように色々な服を着せられて、イザークは少々疲れ気味。
しかし、アスランはイザークの色々なドレス姿が見られて、案外満足げである。
「はぁ…で、どれがいいと思う?」
3着きて、現在来ているのはパールブルーのホルダーネック・マーメードスタイルのドレス。
イザークの体系をより美しく引き立てるデザインだ。
派手ではまったくないが、醸し出す雰囲気はとてもエレガントである。
「うーん…それかな?嫌味も無いし、イザに凄く合ってると思う」
「そうか?」
一度試着室から出て、イザークは広い場所でクルリと回ってみせる。
回ると、裾がひらひらと揺れた。
「うん。私も気に入った」
イザークはもう一度カーテンの開いた試着室の鏡をみる。
これが一番自分に会っていると思う。
「じゃあ、それにしようか」
「とてもお似合いですわ。じゃあ、早速御包みいたしますね」
アスランはクレジットカードを店員に渡し、イザークはもう一度試着室に入りドレスを脱いだ。

ドレスを買った後は、久しぶりにドライブをして、レストランで夕食をとった。
車なので、酒は飲めないが、お酒がなくても十分美味しい食事にイザークは大変満足だった。



パーティー当日。
アスランは車にイザークを乗せて会場であるホテルに来た。
ホテル入り口でボーイに車の鍵を渡し、イザークを連れて中に入る。
受付では、部下が数人待機していた。
「ザラさん…うわぁ…奥様ですか!!」
「凄い…美人ですね」
ドレス姿のイザークに皆が目を奪われた。
口々に妻の賛辞を貰い、アスランは嫌な気はまったくしなかった。
「あぁ、イザークだ。ほら」
アスランがイザークの肩をポンと叩く。
「え、あっ、夫がお世話になっております」
愛想笑いに近いが、それでも部下達はイザークの美しさに骨抜きになっていた。
「じゃあ、仕事だから気を抜かないように」
そういってアスランがイザークとともに立ち去ろうとした時、アスランの携帯が鳴った。
「ごめん、イザ。ちょっと待ってて」
「うん」

アスランは携帯で話をするために、人の多い入り口を避けて、静かな場所に移動した。
イザークも、入り口の前に立っているわけにも行かないので、少し離れたアスランの見える場所で、
彼が戻ってくるのを待った。


「ギル…彼女だ」
「あ…あぁ、わかったわかった。それでは行こうか、レイ、フレイ嬢?」
「判ってるわ、幼馴染のためだもの。癪に触るけど…」
アスランとイザークが見える場所にたたずむ3人の人影。
それぞれは、自分の目的のために動き出した。

「貴女が、ザラ君の奥様ですかな?」
「はい?」
イザークはいきなり見知らぬ人間から声をかけられて戸惑った。
黒く長い髪、しかしどこか気品のある雰囲気を纏っている。
「私はこういうものです」
男はイザークに名刺を渡した。
「専務…あ、先日お電話を下さった」
「えぇ。デュランダルと申します。今日は来ていただけて光栄です、良かったらもう始まっていますので中に入りませんか?
ザラ君は今仕事の電話でしょうか…まだかかりそうですから」
「えっ…でも」
「大丈夫です、すぐ帰ってきますから。レイ!」
デュランダルが後ろを振り返り、一人の男を呼ぶ。
まだ、若い。もしかしたら10代かもしれない少年。
「私の息子でして…案内させますから」
「どうぞ、行きましょう」
「あ…ちょっと」
イザークはレイという、金髪の美少年に引きずられるようにして会場に入っていった。

「あぁ…じゃあ、先方にそう伝えて。わかった、じゃあまた明日」
電話は、会社にいる部下からで、今朝がた決まったはずの納期をもう少し早めてほしいというものだった。
アスランは、他の会社にも連絡を取るように指示し、また折り返し他の部署に電話をかけたりと、
長い間電話をしてしまった。
その間に、知らぬ間にイザークは中に入ってしまったのだった。



「あれ?」
電話から戻ったアスランは、いたはずのイザークがいなくなってるので辺りを見渡した。
「…トイレか?」
だが、知らぬ場所であったら、彼女は何か一言いってから離れていくはずだ。
「中に入ったのか?」
「あのぉ?」
「ん?」
アスランの後ろに見知らぬ少女。
赤い髪で少し勝気な感じが漂う。
「なにか?」
「もしかして、アスランさんですか??いつも父がお世話になっております」
「…?」
いきなり名前を呼ばれて、アスランは驚いた。
この少女のことは見たことが一度も無い。
「え…っと…」
「あ、すみません。私、フレイ・アルスターと申します」
アルスターはアスランの会社が取引をしている会社で、かなり大手の会社である。
彼女はその会社の社長の娘だった。
「アル…あぁ、初めまして。此方こそ、いつもお父上にはお世話になっております」
「今日は、父の代わりに来ましたの、アスランさん、案内していただけますか?」
「え…」
アスランは、イザークと来ている。
そのイザークがいない今、彼女を探さないといけない。
しかし、この少女をほおっておくことは、会社のために良くない。
「あー…あの、実はですね…」
「あっ、奥様なら、先ほどデュランダル小父様と息子のレイと中に入っていかれましたけど…」
「えっ?」
「だから、大丈夫ですよ」
そして、アスランはフレイに引きずられるままに会場に入っていった。

イザークはというと、専務の息子というレイにエスコートされて会場の中にいた。
「父から話は良く聞いていました。アスランさんはとても優秀で、そして奥様はとても美しい方だと」
「あ…いや」
「今日はこうして会うことが出来てよかったです」
「それは…ありがとう…ございます」
イザークは一応相打をうちながらも、視線はアスランを探した。
そして、少女と会場の中に入ってくるアスランを見つけた。

「なっ!」
「どうかしましたか?」
「い…いえ」
アスランはなんと、少女と腕を組んで中に入ってきた。
自分をほっといて、何で他の女(たとえ少女でも)と入ってくるのか。
イザークはイライラしながら、シャンパンを煽った。

しかし、それはアスランも一緒だった。
会場に入ってすぐにイザークのことは見つけた。
彼女はとても目立つが、彼女と一緒にいた少年もとても目立っていた。
長い金髪の少年がイザークのすぐ側にいる。

お互いがお互いに近づきたくても近づけない状況になってしまった。



結局近づけないまま、結構な時間が過ぎた。
その間に、重役達の挨拶は済み、今は談笑の時間となった。
アスランは、フレイが離れないので仕方なく、彼女を連れたまま他の取引先の会社の重役達と話をした。
イザークは、レイと二人さして面白くも無い会話をしつつ、お酒をかなりのペースで飲んでいった。

「イザークさん、飲み物も良いですけど、食事はいかがです?」
「あぁ…」
「あの…顔色が悪いですけど…」
イザークは、酒には強い。
しかし、イライラにまかせて、かなりの量を飲んでしまったらしい。
ふらふらである。
「ちょっと大丈夫ですか」
レイが慌てて、イザークの肩を掴み、そして腰を支えた。

それをアスランが見逃すわけは無かった。
他の来客と話ながらもアスランはイザークをずっと見ていた。
「アルスター嬢、すみません。妻が…私は、ちょっと」
フレイの何時までも掴んでいる手をアスランは少々力任せに離した。
「レイに任せておけばいいじゃないですか」
諦めず、フレイはアスランの腕を掴む。
しかし、アスランは譲らなかった。
「妻の体調が悪い時に、のうのうと談笑を楽しめるほど、私は出来た人間ではありません」
では…。
そう言って、アスランはフレイの下を去り、イザークの元へと向かった。

「医務室にいかれますか?それとも…」
「俺が後は見るから、いいですよ」
イザークを奪い返すようにして、アスランはイザークをレイから離した。
「アス…」
「ごめんね、レイ君だったね。ありがとう妻の面倒を見てくれて」
「あっ…」
支えていた手から、イザークの体が離れて、レイの手が空中を彷徨った。
「じゃあ」
イザークを支えて、アスランは会場を後にした。

かなり飲んでいるので、このまま車に乗せるのは危険だ。
なので、アスランはホテルのフロントに行き部屋を取った。
二人とも無言でエレベーターに乗り込む。
「こんなになるまで飲んで」
最初に口を開いたのはアスランだった。
「…ごめんね、早くいければよかった」
「そうだ!おまえ、若い女と一緒で…」
拳を振り上げてアスランの腕を叩くが、酔っているため威力は無い。
「それをいうなら、イザだって男と一緒だったろ?まったく、あのガキ…」
イザークの腰に手なんか回しやがって。
と心の中で毒つく。

「もう、離れないようにするから。皆に綺麗な奥さんだって言われるのは凄く嬉しいけどね」
「あ?」
「皆が君におぼれていくのは嫌だから」
チンと音がなって、エレベーターが目的の階まで着く。

「君み溺れるのは俺一人でいいってこと」
わかる?そう瞳で訴えて。
アスランはイザークをホテルの部屋に入れた。





「なんだ、奪い去られてしまったのかい?」
一人になってしまったレイのところにデュランダルがやってきた。
「えぇ…さすがに何も言えませんでした」
「まったく、折角頑張ったのに…でも、私も一喝?されちゃったし」
フレイもつまらなさそうにレイの元に戻ってきた。

今回のことは、レイが会社に偶々来ていたイザークに一目ぼれしたところから始まる。
普段言わなくてはいけないことさえ言わないレイが、デュランダルにイザークのことをしつこく聞いたのだ。
勿論、写真など無いので、誰のことだかデュランダルはわからなかったが、容姿の話を詳しく聞くと、
どうやらアスランの妻のことを言っているのだと判ってきた。
そこで、可愛い息子のために一肌脱ごうとパーティーに呼び、取引先に自ら変更の電話をかけ、
それをアスランの部下に流し、彼に電話をさせたのだった。
ある意味、巧妙に作られた作戦である。
しかし、それはアスランを怒らせる結果に終わり、レイのためにはあまりならなかったのだが。
「アスランさん、物凄く怒ってたのよ」
「おやおや、からかいすぎてしまったかな」
しかし、デュランダルは悪びれた様子もなく、また可愛い息子のために頑張ろうと誓うのだった。



  
END