harmony
きっと世界に二人しかいなければ、気にすることはなかった。
「ナチュラルなんて、君には相応しくない」
幼馴染のキラはそう言った。
「アスラン君…貴方とイザークは、違うのよ。判って頂戴」
彼女の母も泣きながらそう言った。
「俺には何ができる?キミのために何が出来るんだ。教えてくれ…」
俺は、君に向かって呟くけれど。
「 」
君にその言葉は届かなくて。
閉じたままの瞳は僕を映してもくれない。
「イザークそろそろ、上がろうか」
誰もいない、会社のオフィス。
静かな部屋の中に、アスランの声とキーボードを打つ音だけが聞える。
「…」
「イザ?」
「…ん…もう少し…」
パソコンを前に、かなりの速さで打ち込んでいるイザーク。
アスランは、少し笑って、パソコンを打っているイザークの手の上に自分の手を乗せた。
「…まだ、終わってない…」
イザークが手を乗せてきた相手を見上げる。
「あんまり、根詰めると良くないから…はい、保存して終了」
アスランは、マウスをいじって、イザークのパソコンの電源を落とした。
まだ、仕事は終わっていない。
アスランはとっくに終わっているのに。
「だから、思い込みすぎ」
アスランが、イザークの肩をぽんっと叩いた。
コーディネーター
作られた存在・優れた人種。
そのせいで大きな大戦も起きそうだったが、何とか回避され、
友好関係を築こうとお互いが歩み始めていた。
アスラン・ザラとイザーク・ジュールは、大戦が勃発するかもしれないと言われていた時期に、
それから逃れるべく、中立国家であるオーブに身を寄せていた。
そして、お互い大学で知り合った。
趣味も合い、学科も同じだったため、就職先も同じになった。
彼らが就職する時代になると、ナチュラルとコーディネーターという壁は取り払われていた。
二人は同じ開発チームに配属され、新規のソフトウエアの開発に携わった。
その中で、さらにチームが分かれ、二人だけにまた新規の仕事が回ってきた。
アスランは、コーディネーター。
イザークは…ナチュラルである。
イザークは美しい容姿をしている、一見するとコーディネーターに見える。
だが、違う。
しかし、彼女はとても頭が良く、努力家なので、そこらのコーディネーターに引けは取らない。
それでもやはり違うのだ。
仕事の許容量や速度はやはりアスランよりも遅かった。
それが、いつも彼女の中のコンプレックスであり、悩みの種だった。
どう足掻いたって、生まれ持ったものの違いはどうすることも出来ないのに。
それでも、自分に追いつきたいと、ずっと頑張ってきたことをアスランも知っている。
だから、変に気遣ったりもしないし、まして実力を鼻に掛けるようなこともしていなかった。
「大分遅くなったから…どっかで食事でもしていく?」
午後10時過ぎ。
会社の中には、ほとんど人は残っていない。
二人とも、会社の寮に住んでいるので、帰宅時間を気にすることは無いが、
今日は疲れたので夕飯は簡単に済ませてしまいたかった。
「んー…」
「日本食の美味しい店が最近出来たんだって、そこにしようよ」
別段断る理由も無く、イザークはアスランについていった。
「どうぞ、ごゆっくり」
着物姿のウェイトレスが食事を運んできて、早速食べ始める。
「…あれの、締め切りっていつだ?」
イザークが聞く。
今、開発しているプログラムには、二人がかりでもう2ヶ月かかっている。
そろそろ、納期も来るはず。
アスラン担当の部分はもう80%以上は出来ているはず。
しかし、イザークの方は60%にやっと差しかかったところだ。
まだ、終わりが見えない。
「来月の夏休み明けだったはず。まだ、一ヶ月以上あるから…そんなに焦んなくてもいいんじゃない?」
「はぁ…」
思わず出てしまうため息。
このままのペースだと、彼に最終的には手伝ってもらうかもしれない。
それだけは避けたい。
「また…気にしてるの?」
「ん…別に」
自分の煮物を箸でつつきながら、気にしない素振りをする。
その皿の中身をいきなりアスランが横取りした。
「あ!それ取っといた」
「いつも言ってるだろ?気にするなって!!」
「でも、それとこれとは…私のサトイモが」
「俺は、君がナチュラルだろうと無かろうと、仕事仲間として軽視したりなんてしてないし、
お互い足りないところを補っていけばいいじゃないか…チームなんだし」
アスランが、サトイモをほおばりながら言う。
説得力は余り無いが。
「うん」
それでも、イザークには、十分だった。
食事も終わり、二人は岐路につく。
同じ建物なので、中まで一緒に入る。
「じゃあ、また明日」
アスランは3階。
イザークは1階に住んでいる。
アスランを階段で見送り、イザークも部屋に入ろうとする。
「イザ」
「ん?」
部屋に入ろうとして、急に戻ってきたアスランに腕をつかまれる。
「あのさ…」
「どうかしたのか?」
アスランが難しい顔をしている。
「…今日、俺の部屋来ないか?」
「プッ…招待してくれるのか??」
「いや、その…」
「じゃあ、招待されようかなぁ…」
たまには、恋人として夜を過ごすのもいい。
イザークは、アスランについていった。
「久しぶりかも…」
アスランの部屋に入って、イザークがつぶやく。
会社で会うので、別段気にしてもいなかったが、アスランはどうやらそうでもないらしい。
「2週間だよ」
「そうか…けっこう…ん?」
アスランがイザークを後ろから抱きしめる。
「寂しかった…かな」
「おい…此処玄関だぞ?」
「わかってる…でも、ちょっとだけ」
イザークを自分の方に向かせて、再度抱きなおす。
「ふっ…子供だな」
「…少し黙って」
「んぅ…はぁ…あふ」
からかわれて、アスランがお返しにとイザークの唇を奪う。
息継ぎの暇も与えず、アスランはイザークの唇を貪る。
舌を絡ませ、イザークの顎を片手で捉え、もう片方の手で、イザークの腰を引き寄せる。
イザークも、最初は性急さに驚いたが、拒みはしない。
ちゅっと音を立てて、二人の唇が離れた。
「はぁ…苦しい」
「ごめん…我慢できなかった」
しかし、アスランの顔は笑顔で、悪いと思っているとは感じさせない。
アスランはとりあえず、靴を脱いで、イザークの手を引き、寝室へと招く。
「…シャワー浴びてない」
「気にしないよ?」
「…私は気にする!」
「じゃあ、一緒に入る?」
そんな甘いやり取りも久しぶりだ。
「言ったでしょ、我慢できないって」
再び、顎を捕えられて、キスが振ってくる。
もう、此処まで着たら拒めないし、こんなに強引なアスランもめったにないので、イザークはなされるがままになった。
唇を離し、さりげなく裾を引っ張りながら、イザークがベッドに腰掛ける。
それは合図。
アスランは、着ていたジャケットを脱ぎ捨てた。
翌朝。
アスランはイザークの携帯の目覚ましで目が覚めた。
ベッドの中。
アスランが目を開けると、きれいなイザークの顔が入ってくる。
肩までしっかりと、掛け布団をかけているが、ちらっと覗く胸元。
白くて、細い首筋が、いやに艶かしい。
イザークは、自分の目覚まし音に気付いたのか、ごぞごぞと起きはじめる。
携帯の入っているカバンは、ベッドの下に置いてあるので、一端起き上がって、ベッドの下に下りなくてはならない。
イザークは、アスランがいることをすっかり忘れて、そのまま立ち上がろうとした。
アスランとしては、それは嬉しい出来事なのだが。
布団を剥いで、彼女が上半身を起き上がらせる。
一気に露わになる、美しい裸体。
しかし、どうも身体がすうすうするのが気になったようで、イザークは気がついた。
自分が何も着ていないことに。
「うわ!」
慌てて、再度布団にもぐりこむ。
そして、アスランと目が合った。
「み…見たな」
「いや?」
「いや、絶対見た!!」
恋人であり、昨日の夜は共にベッドで一夜を過ごした仲であるのに、何を恥ずかしがることがあるのか。
アスランにはいまいちそれば判らない。
いつの間にか、携帯のアラームは止まっていた。
一度イザークは自分の部屋に戻ってシャワーを浴び、着替えを済ませた。
その後またアスランの部屋にやってきて、二人で朝食をとった。
イザークが着替えに行っている間に、アスランがパンや紅茶を用意しておいてくれる。
イザークはアスランからエプロンを借りて、目玉焼きとベーコンを焼く。
狭いダイニングに二人がけ用のテーブル。
その椅子に対面でかけて、アスランがテレビをつけて、今日のニュースを確認する。
「じゃあ、食べようか」
「うん」
アスランの合図で、食べ始める。
「ねぇ…そろそろ、さぁ」
「ん?」
食べながら、アスランが話し出す。
「親に…イザのこと紹介したいんだけど」
「…ぁ…あぁ」
イザークが言葉を濁すのは、自分がアスランに相応しくは無いと思っているから。
「心配してるんだったら、平気だから。そろそろ、一緒に暮らしたい」
「アス…」
「考えといて?」
アスランは笑ってそういうが、実はこれが初めてではない。
もう、何回もアスランはイザークを両親に紹介したいと言っているが、イザークはなかなか首を縦に振ろうとはしない。
イザークには負い目がある。
自分がナチュラルだということに。
朝食を終えて、二人は会社に出向いた。
何事なかったかのように、二人は仕事に戻った。
午前九時から朝のミーティングがあり、九時半からアスランは他の同僚に頼まれた外回りを行うために出ていった。
その間に、イザークは専務であるデュランダルに呼び出された。
「どうかしましたか?」
普段、彼から呼び出されることは無いに等しい。
大体呼び出されるのは、アスランの役目なのだ。
今日は彼がいないから、たぶん自分が呼び出されたのだろう。
「やぁ、忙しいのに悪いね」
専務室で椅子に座っているデュランダルが立ってイザークを出迎える。
「いえ、とんでもありません」
「アスランがいないと聞いてね、パートナーの君に来てもらった。
今回、プラントの方から新しい技術者を招いたんだが…ヤマト君だ」
「どうも」
専務に呼ばれて専務室に続いている部屋から出てきたのは、茶色の髪に紫の瞳。
スーツ姿の男。
見るからに判るのは、コーディネーターだということ。
「プラントに本社があることは知ってるね、そこの研究所長のキラ・ヤマト君だ。
今日から、支店の見学と新しいプログラム研究のためにオーブに来た」
「キラ・ヤマトです。どうぞ、よろしく」
「はい」
キラが差し出した手をイザークは取った。
「君がアスランのパートナー?優秀なんだね」
「?」
「僕ね、彼の幼馴染なんだ。だから、今回のオーブでのプロジェクト参加をすごく楽しみにしてたんだ」
すごく嬉しいよ。
そうキラは笑って言った。
「アスランとイザークにはまだ依頼されているソフトがあるが、それは他のチームに任せて、
君とアスランにはキラ君の研究に参加してもらう」
「はぁ…」
「アスランが帰ったら、キラ君。君が伝えてくれ。後はすべて君に任せるから…イザーク。
キラ君にこの会社を案内してくれ。あと、君達用に部屋を一室用意したから。
詳しいことはすでに君達の開発室宛に書類を出している」
「判りました」
「じゃあ、イザーク。よろしくね」
イザークはキラに会社を案内することになった。
「此処が、私たちの開発室です」
イザークは自分とアスランが仕事に使っている部屋へと案内した。
人が入っても、5人が精一杯の小さな部屋。
今はこの小さな部屋に4台のパソコンを導入して、二人で仕事をしている。
「へぇ…」
「でも、ヤマト所長が来たので、他に部屋が宛がわれたようです…書類が…」
イザークは部屋のドアに備え付けてあるポストから専務が言っていた書類を取り出した。
「此処は、4階ですが…どうやら新しい開発室は20階のようですね、ご案内します」
イザークは自分用にノートにメモを取って、書類はアスランが帰ってきた用に判りやすい場所に置いておく。
二人は、最寄のエレベーターに乗り込み、20階へと移動した。
「今回は、なんのプログラムを作るんですか?」
エレベーターの中で、イザークが質問する。
「発電所のネットワークプログラムだよ。新しいものをプラントが作るんだけど、それが僕に回ってきたんだ。
いま、プラントはどこも大忙しでね。アスランもいるし、連絡とってみたんだ」
「そうだったんですか…」
チンという音がして、エレベーターは目的の場へと到着した。
二人が到着した場所は、重役達が使う部屋が多くある階だった。
イザークは降りて、目的の部屋を探す。
「ここですね」
廊下を歩いて、突き当りの部屋がイザーク達に宛がわれた部屋のようで、
真新しいネームプレートがつるされてある。
イザークはドアを開けて、キラとともに中に入った。
かなり広い部屋で、すでにパソコンが導入されており、それはイザーク達が今まで使っていたものよりも、
性能が上のものだった。
「凄い…」
イザークがパソコンに近づく。
「良いの入れてくれたんだね、6台か…僕が自分のを2台入れるから、一人3台。
仕事が速く進むね」
その後、アスランも合流して、今まで作成していたソフトの引継ぎを行い、
早速新しい、制御システムのプログラミングに取り掛かった。
すでに構図はキラが構成していたので、打ち込み作業からの仕事になった。
「キラ。ここは?」
「さすがだね、もうそこまで行ったの??此処は…」
やはりアスランの進みは速く、第一段階をすでに終えていた。
イザークは、与えられた仕事の30%も終わってはいない。
「イザークは?どう??」
キラが気にして、イザークの仕事状況を見に来る。
アスランとキラは隣り合わせのデスクだが、イザークは彼らの対面に座っていた。
「あ…いや、まだ」
「?そう、あーそろそろ、終わろうか?初日から頑張りすぎたね。
納期は夏休み明けだから…あと、1ヶ月かな?」
キラはちらりとイザークの画面を見たが、すぐにつまらなさそうにその視線を外した。
時刻はすでに7時を回っていた。
アスランは、キラが折角此処に赴任してきたということで、イザークを連れて3人で食事に出かけた。
昨日はイザークと和食だったので、今日はイタリアンになった。
大人な雰囲気のレストランにキラの車で移動した。
アスランは個室を用意してもらい、3人でテーブルについた。
アスランがイザークの横に座り、対面でキラが座る。
3人はコースを頼んで、それまでの間談笑した。
「キラがいきなり来るって言うから…本当にびっくりしたよ」
「突然だったからね、でも、5年ぶり??同じ会社に就職したと言っても、僕はプラントだし…
凄く嬉しいよ。アスランとなら、本当にいい仕事が出来る」
キラが笑いながら、食前酒を飲む。
「俺も。…イザ?飲まないの?」
あまり、ワインが進んでいないイザークに気付いて、アスランが声をかける。
「え?あぁ…悪い。大丈夫」
「これ嫌いだった?…白のほうがいいかな?」
アスランが気遣ってメニューを見直す。
「大丈夫…考え事してた」
「思いつめないで…話してよ?」
アスランとイザークにしてみたら、別段普通の会話。
しかし、キラにとってはどこからどう見ても、彼女を気遣う彼氏の会話。
「…二人って、もしかして付き合ってるの?」
ぼそっとキラが二人に聞く。
「あぁ…あ、言ってなかったな」
アスランはあっさりとキラに、自分達のことを話した。
そして、言ってしまったのだ。
彼女がナチュラルであるということを。
「へぇ…でも、アスランと組むなんて優秀なんだね。それに美人だし…いいなぁ、アスラン」
レストランで、キラは笑ってそう言ったが、イザークは見てしまった。
酷く、冷たい、底光りするような視線をキラが自分に向けた瞬間を。
明らかに敵意と取れるその目線は、すぐに外されたけれど。
射抜かれたような、背筋の凍るような感覚はいつまでも消えず、
いつもと違うイザークを心配しつつも、アスランは別段彼女のことを深く心配することはなかった。
それから数週間、イザークは自らキラに関わろうとしなかった。
会話は必要最小限にとどめ、自らの仕事を遅いながらもくもくと進めていった。
キラも特にイザークに何か言ったりすることはなく、極自然に彼女に振舞う。
何事もなく、仕事は進んでいき、2週間の夏休みへと突入していった。
この休みが終了して一週間後が納期である。
イザークもアスランも夏休み前にほぼ自分の仕事を終わらせ、
後は本当に最終確認を残すだけになった。
二人は忙しい中ではあったけれど、旅行の計画を立て、4日間出かけることにしていた。
数週間前のキラのあの目線以来、キラといると息がつまっていたイザークも、
夏休みでそれから漸く解放されることになった。
アスランとの旅行をとても楽しみにしながら、イザークは旅行前に実家へと戻った。
アスランは、旅行日までキラと過ごすということで、プラントへと戻り、
旅行日の当日にイザークを迎えに行く手筈になった。
イザークは実家で1週間ほど悠々と過ごし、旅行日の2日前に会社の寮へと戻っていた。
旅行日の前日には、4日分の着替えや小物をトランクに詰め、
用意を終え後はアスランが迎えに来るのを待つばかりだった。
そして、明日の朝アスランが迎えに来るので早く寝ようと、夕食後テレビを消し、
風呂にでも入ろうと思ったときに家のチャイムが鳴った。
イザークの来訪があるのは少し珍しい。
「こんな時間に…誰が?」
イザークはクビをかしげて、ドアホンの受話器をとった。
『はい、どちら様ですか?』
「僕、キラ。キラ・ヤマト。遅くにごめんね、アスランがちょっと熱出して」
『え?今あけます…』
来訪者がキラだということに少々驚いたが、アスランが予定より早く帰ってきたことと、
熱を出したということで、黙っているわけにも行かず、イザークは玄関のドアを開けた。
「アスランは…?」
キラの顔を見るなり、イザークが聞く。
「微熱かな…電話しようかと思ったけど、僕、君の電話番号知らなかったみたいで…。
今、アスランと僕はホテルにいるんだ、良かったら一緒に来て?
旅行の用意はもう出来てるんでしょ?明日には熱も下がると思うし…」
「え…あ、はい」
「荷物もって下に来て。車で待ってる」
キラはそう言って、下に降りていった。
イザークは急いで、荷物を持ち、鍵を閉めてキラの元へと行った。
キラの車の後部座席に乗り込んで、イザークはアスランの待つホテルへと向かった。
ホテルの入り口前に車を着け、キラはボーイにイザークの荷物と車の鍵を渡して、彼女を連れてホテルの中に入る。
「ちょっと待ってて」
キラはフロントへ行き、鍵を貰う。
「じゃあ、行こうか」
二人はエレベーターに乗り込み、アスランがいる40階へと向かう。
しかし、彼らがエレベーターに乗り込んだ後、隣のエレベーターから降りる一人の男。
熱を出し、寝込んでいるはずのアスラン・ザラが、隣のエレベーターからフロントへ降りてきていた。
40階はなんとロイヤルスイートがある階であった。
エレベーターから降りると、かなり高級感溢れる作りの廊下。
ふかふかの赤い絨毯の上を歩き、目的の部屋までたどり着くと、キラが部屋を開ける。
一足先にキラが入り、それに続いてイザークも中に入った。
「アスラン?」
部屋に入ると、廊下が続きリビングが広がる。
イザークはキラの後ろに続き、アスランの姿を探したが、リビングにはいない。
熱があるというので、きっとベッドルームにいるのだろうと思い、
イザークはかってに一つのゲストルームに入った。
しかし、彼はおらず、別の部屋にいるのだろうと思い他の部屋へ移ろうとしたとき。
扉の前にキラが立っていた。
「ヤマト所長?アスランは…」
「バカも此処まで来ると、哀れだよね」
「は?…なに」
イザークは目の前のキラにいきなり突き飛ばされ、後ろにあったベッドに倒れこんだ。
「ナチュラルの癖に…僕たちコーディネーターと関わろうって??
図々しいにもほどがある…忠告してあげるよ」
キラは倒れたイザークに馬乗りになった。
顔をイザークに近づけて、キラはさらに暴言をはき続ける。
『本当に、アスランに相応しいと思ってる?』
『仕事も遅い、容姿も能力もすべてが劣ってる。生きてる価値がある?』
『僕はね、出来損ないで、能の無いナチュラルが、死ぬほど嫌いなんだ!!』
『死ね!!!!』
イザークの耳にキラの言葉すべてが入ってくる。
いつも抱いていた劣等感。
どうしても消えない、事実。
自分が生きている以上、否定しても否定できない。
認めたくても、認めざる終えない現実。
心は許容範囲を超え、崩れ砕け散る。
「ぁ…あ…いぃ…やぁあぁぁぁ」
イザークは半狂乱に陥り、自分の頭と耳を両手で塞いだ。
そこに、出ていたアスランが帰ってくる。
「キラ?…イザーク着いて…っ!!何して」
彼女に馬乗りになるキラ。
そして、短い悲鳴をあげ、震えるイザーク。
アスランは慌てて、キラを引きはがし、イザークを抱き起こす。
「イザ?」
イザークは、抱き起こす相手がアスランだと判ると暴れた。
「いや…いやぁぁ、来ないで、来ないで。見ないで!!殺して!!私を…消して!!!!」
イザークは叫び、その声は部屋中に響き渡った。
狂ったように泣き叫び、震えるイザークに、アスランは何も出来なかった。
出来たのは、ただ疲れ果てるまで泣かせ、気を失うのを待つだけだった。
彼女が泣き叫ぶ間ずっと、アスランは背後にキラの視線を感じていた。
そして、彼女が気を失うと、キラが笑った。
「お前…」
「僕は、本当のことを言ったまでだよ。ナチュラルが嫌いだって、滅びればいいんだ。
出来損ないの、価値の無いモノなんか」
「っ…キラァァァ!!」
イザークを抱きしめているために、キラを殴り飛ばすことは叶わない。
その分、イザークを抱きしめる手に力を込めた。
「ナチュラルなんて、君には相応しくない。だって、君はコーディネーター、優れた人種だよ?
最初から違う生き物だ…おかしいよ、アスラン」
「それ以上言ったら…いくらお前でも、黙ってないぞ」
アスランが、物凄い形相と低い声でキラを威嚇する。
「忠告してるだけだよ。君の父上は嘆いていた…ナチュラルなんかと付き合っていると知ってね」
「…父上には関係ない…これは、俺達二人の問題だ」
「さぁ…そう思っているのは、君だけかもしれないよ。じゃあね、良い休暇を。
それと、もう会うことも無いだろうね…君が望まない限り。仕事は僕がすべてプラントに持って帰る」
キラは言うだけ言うと、部屋から消えた。
「イザーク…」
血の気の引いた顔で眠るイザークの肩にアスランは顔を埋めた。
キラのこの言動にアスランはまったく気付かなかった。
アスランから見たら、別にイザークとキラは何もなかった。
ただ、ちょっとイザークが彼に対して引いている感じは、あった。
でも、仕事では上手くやっていたように思っていた。
完全に自分が気付けなかったのが悪い。
アスランはイザークを一度実家に帰すことにした。
彼は、フロントにタクシーを呼んでもらい、そのまま彼女の実家へと移動した。
「イザーク!?イザークどうしたの!!」
突然の来訪者に、イザークの母エザリアが驚いた。
なにせ、娘は気を失い、青ざめた顔でアスランに抱きかかえられて家に戻ってきたのだ。
3日前まで、とても嬉しそうに実家で過ごしていたのに。
その変わりように、エザリアは自分まで気を失いそうだった。
アスランはエザリアに案内され、何度か来た事のあるイザークの部屋へ彼女を運び、
ベッドに寝かせた。
そして、わかる範囲で何があったのかをエザリアに説明した。
「そう…。あの子はね、いつも気にしてたのよ。ナチュラルだっていうことを」
応接間に案内され、アスランはエザリアと対面する形でソファに座った。
「…うすうす、気付いてはいました。俺…あ、私が、両親にイザークを紹介したいと言っても、
中々首を縦に振らないので…あと、仕事でも。彼女は悩んでました」
「先週イザークが実家に帰ってきたでしょ?あの子、嬉しそうに…でも、寂しそうに貴方の話をするの。
苦しそうだった…でも、あの子は、貴方を愛してるわ」
「私も、イザークを、一人の命ある人として愛しています。気にしないで欲しいと何度か言いました」
アスランは真剣に、エザリアにそう告げた。
「でもね…アスラン君。やっぱり、貴方とイザークは、違うのよ」
エザリアは、涙をこぼしながらそう言った。
「判って頂戴」
アスランは何もいえなかった。
この血をすべて抜いて、入れ替えたとしても自分がコーディネーターである事実は変わらない。
それはどうやっても、覆らない事実。
一緒に調和の取れる未来を。
そう、ナチュラルとコーディネーターは誓い合ったはずだった。
しかし、今でなら良くわかる。
それは、ただの紙の上での出来事に過ぎなかったのだと。
全人類が調和の取れた平和を望んでいないのだと。
どうしたら、差別はなくなるのか。
どうしたら、認め合えるのか。
人間は、自分より劣っているものを見ると、優越感を感じずにはいられない、低レベルな醜い生き物だ。
アスランは、エザリアの許しを得てイザークの部屋に戻り、ベッドの横に椅子を持ってきて彼女の寝顔を眺めた。
「…愛してる。俺は、イザーク・ジュールという一人の女性を愛しているんだ」
ナチュラルとかコーディネーターとか関係ない。
君という魂を愛している。
どうすれば、伝わるのか。
どうすれば、君の不安を取り除けるのか。
何度身体を重ねても、言葉を囁いても。
君は、もろく。
傷ついていく。
薄いガラスのように。
アスランは細いイザークの手を握り閉めた。
「俺には何ができる?キミのために何が出来るんだ。教えてくれ…」
今の彼女にはこの言葉は消して届かない。
心を閉ざしてしまった彼女。
抜け出すのに必要なのは、アスランの言葉や力ではなく、イザーク自身の思いの力。
いくらアスランが言っても、イザーク自身が乗り越え泣ければいけないこと。
「二人だけの、世界なら」
こんな思いを抱くことは決してなかったのに。
神様。
アスランは、イザークの手を握りながらそっと目を閉じて、祈りを捧げた。
END