sweet
テストも終わって、後は成績表をもらうだけ。
イザークは卒業式の準備で忙しそうだし、自分も式に向けて、何かとやることがある。
彼女と同じ校舎にいられなくなるのは正直さびしい。
どうしても年の差を感じてしまう。
それを言ったら、イザークに馬鹿にされそうだけど。
やはり、離れるのはつらい。
だから、僕のお願いを聞いてほしい。
卒業式の終わったさびしい校舎。
イザークは、キラを連れて、ミゲル、ディアッカのいる屋上に来ていた。
「おー、来た来た」
「遅いぞ、お前ら〜」
後輩の女子達からの花束や贈り物に埋もれるようにして、ミゲルとディアッカが二人の訪れをまっていた。
「すまない…」
そう言う、イザークの両手にも後輩からもらったものでいっぱいになっていた。
持ちきれないので、キラの手にも紙袋が握られている。
「先輩方、卒業おめでとうございます」
にっこりと笑って、キラがそう言う。
「お前はなんかないのか?」
ミゲルが挑発的にキラに右手を差し出す。
お前も何か寄越せといっているようだ。
「あいにくですが…あなたたちにあげるものは持ち合わせてませんので」
キラの周りを黒いオーラが包み込む。
「キ…キラ?」
イザークがキラの雰囲気が変わってしまったので、怖くなって声をかける。
「…本当にいい性格ですこと。知ってんだぜ?お前、イザークに卒業祝いとか言って指輪渡しただろ〜」
「まぁまぁ、その辺にして。あ、そうだ。ほれ、キラ。これやるよ」
ミゲルとキラの子供喧嘩に終止符を打ったのは、ディアッカだった。
キラの目の前に二枚の紙切れを差し出す。
「これ、もらったんだけど、俺興味ないし…イザークと一緒に行ってくれば?」
「?」
キラが紙を受け取り、よくそれを見る。
イザークもキラの横から、その紙を見た。
『アクア・ワールド・ペア招待券』
「これ…」
どこでもらったんですか?なんて聞こうかなとキラが思った瞬間。
「っ、見せろ!!」
イザークがいきなりキラの手からチケットを奪い取る。
「イザ??」
「これ、もらっていいのか!!いいのか!!」
イザークの目が輝く。
どうやら、ものすごくそのアクア・ワールドに行きたかったようだ。
「え?あぁ…ど、どうぞ」
あっけにとられたディアッカの声が、屋上に消えた。
ひとしきり、チケットで喜んだ後、本題に入った。
ディアッカとミゲルは4人で写真が撮りたかったらしく、屋上に呼んだらしい。
いまどき珍しく、スタンドと一眼レフのカメラをディアッカがかばんから取り出して、4人で仲良く写真を撮った。
後、ミゲルがイザークと2ショットで撮りたいというと、キラがギラリと彼をにらみつけたが、
小声で、『大学で、ほかの悪い虫が付かないように見ててやんねーぞ?』と言われれば仕方がない。
キラが、カメラを持って、写真を撮った。
ディアッカが、現像できたら写真を送ってやるというので、キラは彼に自分の住所を書いたメモを渡した。
今度はイザークがほかの友人とも写真が撮りたいと言いだしたので、先にディアッカと教室へ行き、
その後校門で待ってるからといって、二人は屋上を後にした。
「僕は、感謝してます。いろいろ、協力してくれたあなた達に」
「…俺たちも。イザークの相手がお前でよかったと思ってる。1年の辛抱だ。そしたら、お前も大学生だからな。
水族館、楽しんでこいよ?」
くしゃっとミゲルがキラの頭をなでる。
「はい。それまで、イザークのことよろしくお願いします」
キラは、ミゲルに頭を下げた。
「イザーク、うれしそうだね?」
先に校門で待っていたのは、キラで、イザークがあわてて走ってやってきた。
いつものように、途中までは二人で話しながら歩き、
少し学校から遠ざかるとイザークはキラのマウンテンバイクの後ろに乗っかった。
「あぁ、行きたかったんだ。キラを誘うおうと思ってて、まさかディアッカからチケットをもらうとはな」
キラの肩に手をついて、イザークが言う。
「そこに行きたいって先輩たちに言った?」
「え、あぁ。キラと行きたいって言ったかも」
キラは、納得した。
あのチケットは、ミゲルとディアッカが用意したものだ。
イザークへの卒業祝いに。
「あの二人も…甘いね」
「ん?」
「ううん、なんでもない。水族館行ったらさ、あの二人にお土産買ってこようね」
心の中で、ありがとうございますと呟いて。
キラは自転車のペダルをこぐスピードをあげた。
イザークの家の前に着いて、彼女がマウンテンバイクから飛び降りる。
「ありがとう。じゃあ、行く日は、今週の日曜日で…詳しいことは電話で」
うきうきしながら、家に入りそうになるイザークの手を引いて引き止める。
「ん?」
「あ、イザーク。じゃんけん…」
「え?」
「いいから、じゃんけん…ポン!」
「うわっ」
いきなり、キラがじゃんけんなんて言い出すものだから、わけがわからなくなりつつも、悲しいかな。
条件反射で、イザークはつい手が出てしまった。
「はい、イザの負け〜」
キラはちょき。
イザークはパーを出していた。
「ちょっと、何がなんだか…」
「え?今度の日曜日さ…イザーク、僕に甘えて?」
「はぁ?」
いきなり突拍子もないことを言い出すものだから、イザークから間抜けな声がもれる。
「もう、学校の先輩後輩じゃないし…っても、年の差は…縮まらないけど。
僕さ、イザークに甘えてほしいんだ。今回の水族館に行きたいって言うのだって…行ってくれなかったし」
「いや、言おうとは思ってたけど」
もごもごと、うつむいてしまったイザーク。
「イザさ、僕にまだ遠慮してるでしょ?今度の日曜日は遠慮なし!!何でもいいは禁句。言ったら…すごいことするよ」
にやっと笑うと、イザークはすごいことを想像したのか、青くなったり、赤くなったりしている。
「なっ…な…何?すごいことって…」
「ふふ…ヒミツ。じゃあ、約束ね」
バイバイと手を振って、自転車をこいで帰っていくキラをイザークは見えなくなるまで見守った。
水族館に行く前日の夜に電話が来て、集合場所と時間をイザークが決めた。
電話を切った後、あまり多くない衣装ケースの中から、あれこれと洋服を選んで、
漸く決めたのが、もう12時を過ぎた頃だ。
目覚ましをセットして、イザークは布団の中にもぐりこむ。
明日が楽しみでもあるし、少々不安でもあったので、彼女は中々寝付けなかった。
日曜日。
待ち合わせに指定したのは、キラの家だった。
イザークは、彼を向かえに行くと決めていたのだ。
時間を確認して、インターホンを鳴らす。
「私が出る!!」
「いいよ、カガリは!!」
玄関先で、なにやらどたばたする音と人の声が聞える。
そして、出てきたのはキラではなかった。
「はじめまして、キラの姉のカガリです」
「あ…はじめまして」
キラの双子の姉とイザークが逢うのは、初めてではなかったが、こうして会話をするのは初めてだった。
イザークは、どう対応していいのかわからず、しどろもどろになっている。
そこに、漸く靴を履いたキラが割って入った。
「ちょっと、失礼でしょ!!さ、イザ行こう」
「なんだよ、失礼って・・・。まぁ、楽しんでこいよ」
じゃあな〜と言って、カガリが手を振る。
「判ってるよ!!じゃ、行こう」
キラはイザークの手を取って、家から出た。
「あの…」
「なに?」
手を繋いだまま、イザークとキラは最寄駅へと歩いていた。
イザークは手が気になって仕方が無い。
なんだか恥ずかしいのだ。
「手…」
「あ、嫌だった?」
しゅんとしてしまったキラをイザークが見捨てることは出来ず。
思わず。
「こ…こっちのほうが…デートっぽい」
そう言って、イザーク自ら指を絡ませてみた。
「イザ?」
いつもとは、明らかに違う行動に、キラが驚く。
「あ…甘えて、いいんだろ?」
「勿論」
キラは満面の笑みをうかべて、ぎゅっと手を握り返した。
その笑顔を見て、イザークはほっとした。
それから、手を繋いでいることが気にならなくなった。
電車を乗り継いで、着いた水族館。
日曜日だけれども、それほど混んではいなかった。
受付に招待状を出して、入場のパスを貰う。
中に入ると様々な水槽に、海水魚・淡水魚・イルカ・ラッコ・ペンギンと色々な動物達が目白押しだ。
イザークは、一つ一つの説明書きを読んでは、感想をキラに言った。
一番面白かったのが、たかあし蟹を見て、『アレは、美味しいのか??』と言ったことだ。
さすがに、食べたことが無いので、キラは返答に困った。
後、ちょっとしたサプライズがあった。
イルカショーを見たときに、観客ゲストとして、イザークが選ばれたのだ。
恥ずかしがりながらも、司会のお姉さんについていき、調教師の真似事をした。
キラは、持ってきていたデジカメでその様子を撮り、後でディアッカやミゲルに見せようと思った。
イザークは記念品としてイルカのピンズを貰い、嬉しそうにキラの元に帰ってきた。
「さて、全部回ったし…お土産でも買う?」
「そうだな。ミゲルとディアッカにも買ってかなきゃいけないし・・・あと、イルカのぬいぐるみと・・・」
全部見終わった後、出口手前にお土産コーナーがある。
そこで、お土産を買っていくことになった。
「これ、いいかも」
イザークが指差したのは、自分の半身もの大きさのイルカのぬいぐるみ。
かなりの大きさだ。
「イザ…それは、ちょっと大きすぎ」
「…そうだな、値段も手ごろじゃない」
プライスカードをぺろっと捲れば、2万円の文字。
さすがに買うことは出来ないが、一応、抱き心地を確かめたくて、イザークはぬいぐるみを抱きしめる。
「うん、ふかふかだ」
にっこり笑うイザークはかなり可愛い。
出来ることなら、買ってあげたいが、さすがに高くて高校生の自分には買えない。
なので、キラは違うものを勧めてみた。
「じゃあさ、こっちの小さいのにすれば?」
同じ種類の、小さいバージョンをイザークに見せる。
「あ、それも可愛い」
イザークは、大きいぬいぐるみを元の場所に置いて、キラの勧めるぬいぐるみを手に取る。
キーホルダーにもなるようで、青とピンクの二種類があった。
「青とピンク両方買おう」
イザークはよほど気に入ったのか、そのぬいぐるみを2つ手に取った。
キラはカガリにせがまれていたクッキーを買い、イザークと先輩二人のお土産を選んだ。
散々迷ったあげく、キラはお菓子。
イザークは、あの二人にラッコのぬいぐるみキーホルダーを買っていた。
かなりファンシーな色のラッコだったので、キラはそれを渡されて、
でも拒めずにどこかにつけている二人を想像して、心の中で笑った。
「お腹すかない?」
水族館を出て、キラがそういう。
「そういえば…もう、2時か」
イザークが腕時計を眺める。
結構時間をかけて水族館を満喫して、二人はお腹がすいた。
「なにか食べようか…何がいい?」
「ん、クレープ」
主食の名前が出ずに、先にデザートが出るのがなんともイザークらしいが、それではお昼ご飯にはならない。
「イザ…それ、デザート」
「えっ?…あぁ…じゃあ、じゃあ…」
彼女は本気でそれをお昼ご飯にするつもりだったようで、却下され本気で悩んだ。
仕方がないので、キラが助け舟を出す。
「じゃあさ、そこのファーストフード店で軽く食べて、この間テレビに出てたクレープ屋さんに行くのはどう?」
「もしかして、あの?」
「そうそう、イザが言ってたじゃない?」
「そうする!」
以前イザークが、テレビですごくおいしそうなクレープ屋があったといったので、密かにキラは調べていた。
幸い、この水族館から歩いてもいける距離にあり、好都合だ。
「じゃあ、決まり。さて、何のハンバーガーにしようかなぁ」
キラは、再びイザークと手を繋いで、水族館から目と鼻の先にあるファーストフード店に入った。
イザークに席を取ってもらって、キラはハンバーガーを買いに行った。
イザークは、『これ以上食べると、クレープが美味しく食べられない』といって、飲み物とハンバーガーのみ。
キラは、それじゃちっともお腹の足しにならいので、セットの上にサイドメニューも頼んだ。
「おまたせ〜」
さっそく、買ったお土産が気になったようで、イザークは色々物色していた。
テーブルにハンバーガーたちを置いて、キラがイザークの向かいに座る。
お昼時も過ぎた店内に、人はあまりいない。
イザークは、窓際の奥まった席を取っていた。
「あ、ありがとう。いくらだった?」
彼女が財布を出そうとしたので、キラがとめる。
「え、いいよ…たいしたもんじゃないし」
「でも…じゃあ、はい。これ」
代わりに。とイザークが差し出したものは、さっき水族館で買ったイルカのぬいぐるみキーホルダーの青。
「おそろい」
ふふっとわらって、差し出すのでキラも嬉しくなってそれをもらった。
「どこにつけようかな?」
「わたしは、携帯!!」
もう付けた。と、携帯をキラに見せる。
大きなストラップと化していたぬいぐるみは、少し邪魔そう。
「ぼくは…カバンかなぁ」
その後、キラのポテトをイザークが欲しがったり。
イザークはキラのハンバーガーと自分のを交換してみたりと、傍から見てあきれるほど二人はいちゃついた。
ファーストフード店で軽い食事を終えて、二人はクレープ屋へと向かう。
現在いる場所から、徒歩約20分。
寄り道をしたりすれば、30分ぐらい所。
歩きながら、露店を見たり、気になった雑貨を見たり。
クレープ屋に着いたのは、ファーストフード店を出て40分以上経ってからだった。
イザーク的には、お腹も丁度よい具合に空いている。
「さて、どれにするの?」
公園の入り口に、露店で出ているクレープ屋。
店の横に、見本がいくつもある。
イザークは、ひとしきり悩んだ後、ある商品を指差した。
「贅沢フルーツとホイップカスタードのアイスとチョコレートソース、カラースプレーがけ」
「はい?」
あまりの長い名前で、キラがびっくりする。
「だから、これ。あ、アイスはストロベリー」
ケースの中身をキラが見ると、なんだかクレープがとてつもないことになっている。
見るからに甘そう。
いや、名前を聞いただけでも甘そう…それだけで、十分な気がする。
「わかった…じゃあ、あそこのベンチ座って待ってて」
「わかった」
イザークは嬉しそうに、うんうん頷くと、お店から少し離れたベンチへと小走りに走っていた。
相当このクレープを食べるのを楽しみにしていたようだ。
前に何人か並んでいたので、キラもその列に並ぶ。
やはり有名なようで、掲載された雑誌やテレビのこともお店の看板に貼ってある。
キラは、再度あの呪文のように長いメニューの名前を暗唱して、自分の番が来るのを待った。
イザークはベンチに座り、キラが来るのを待つ。
すると、すぐ隣のベンチに座っていた女の子二人の声が聞えた。
自分に関係の無い話なら、ぜんぜん耳に入っていなかっただろう。
だが、女の子達が話しの話題にしていたのは、キラだった。
「ねーねー、あの茶色の…ほら、黒いジャケット着てる。かっこよくない?」
「えー、可愛い系だとおもうけど〜」
「一人かなぁ…話しかけてみる?私、すごいタイプかも!」
「えー?」
そんな会話。
別に気にすることはない。
キラは自分の元に来るのだから。
でも、なぜか不安で、いてもたってもいられなくて、イザークは丁度注文し終わって、
商品が出来るのを待っているキラの元へ駆け足で戻った。
「どうしたの??」
急に駆け寄ってきたと思ったら、自分の袖を掴んだイザーク。
「ううん…まだかと思って」
あまり元気が無い様子。
何かあったな?と思ったけれど、此処で深く追求すると折角のデートがつまらなくなる。
「そう。もうできるよ」
「お待たせしました」
元気な店員の声と共に、キラはイザークのクレープと自分用の飲み物を受け取る。
「キラのクレープは?」
「うーん…なんか、イザークの見てるだけでお腹一杯」
かなりのボリュームで来たイザークのクレープを見てキラが苦笑する。
「じゃあ、一口あげる」
お先にどうぞと、イザークが差し出したので、断るわけにもいかずキラはそれにかぶりついた。
案の定甘くて、お茶を買っておいてよかったと安心する。
「甘いね」
「そうか?いただきます」
さっきの不安そうな顔から一転して、クレープを食べる顔はいかにも幸せそう。
とりあえず、大丈夫そうだ。
理由は後で聞こう。
「満足ですか?」
「うん」
手を繋いだまま、食べながら、もと来た道を帰る。
ビルの隙間に、夕日が沈んでいくのが正面から見える。
自分達の家の最寄り駅に着いたことには、すっかり暗くなっていた。
キラが腕時計を見ると、6時を回っている。
「今日は、おばさんいるの?」
イザークの母は帰ってくるのがかなり遅い。
父親は長期の海外出張のようだ。
なので、一人で家にいる時間が多い。
「え?あー多分遅い」
「じゃあさ、僕の家で夕飯食べてかない?カガリとさ、母さんがイザのこと紹介しろってうるさくて」
頬をポリポリと掻いて、ちょっと照れた様子でキラが言う。
「勿論、嫌でなければ…だけど」
「お邪魔で…無ければ」
二人は、キラの家へと歩き出した。
イザークはかなり緊張していた。
家に入る前に、キラに思わず、どこかおかしい所は無いかと聞いてしまったぐらいだ。
そんなイザークをみて、大丈夫だよとキラは優しい声をかけた。
キラが玄関を開けると、早速カガリが出てきた。
「おかえり…あ、イザークさん、母さん!!母さん!!」
カガリは、イザークを見るなり、母を呼びに行った。
「ごめんね、うるさくて。はい、上がって」
「お…お邪魔します」
カガリのあまりの元気のよさに少々驚きつつ、イザークは家に上がった。
「あら、まぁ、いらっしゃい。イザークさん?私キラの母です、お会いしたかったわ」
カガリに呼ばれて、エプロン姿でキラの母がキッチンから出てきた。
「はじめまして、イザーク・ジュールです」
イザークは深々と頭を下げた。
「今日、イザーク、うちで夕飯食べるから、出来たら呼んで、じゃ」
キラは、イザークの肩をおして、さっさと二階に上がろうとする。
「もーキラってば、母さんイザークさんともっとお話したいのに〜」
「夕飯のときすればいいでしょ、じゃよろしく」
「え、あの…」
キラの母親の残念そうな声を背に、二人はキラの自室がある2階へとさっさと上がっていった。
「ごめんね、うちの母親…話好きで。後で、付き合ってあげて」
「若くて、元気なお母さんなんだな…家庭的だし。うらやましい」
イザークの母親はバリバリのキャリアウーマンなので、家事もそんなに上手くは無い。
むしろ、イザークの方が上手いぐらいだ。
そう考えると、あれが専業主婦なのかとイザークは思う。
「そう言ってもらえるとうれしいかな。はい、此処僕の部屋。どうぞ」
案内されたのは、階段を上って、廊下の突き当たりの角部屋。
「まぁ、絨毯なくて、寒いけど適当に、座って」
広い部屋だが、イザークと同じであまり物が無い。
イザークは床に座るのもなんなので、ベッドに腰掛けた。
キラは、机の椅子を引っ張ってきて、ベッドのそばに置き、それに座る。
「今日は楽しかったね…でも、クレープ屋さんでさ。イザーク何かあった?」
「あ…いや、その」
キラに見つめられて、仕方なくイザークはさっきの出来事を話し始めた。
「なんだ、そんなこと」
「…そんなことじゃない」
クレープ屋での女の子たちの話をキラにすると、そっけない返答。
自分があんなに不安で、グルグルしていたのに、なんだか冷たいじゃないかとイザークは思う。
「だって、僕はイザの彼氏なんだから、他になびくわけ無いよ。でも、うれしいなぁ…この間は僕が嫉妬したけど」
「…もう…」
以前、同じような事件で、キラはイザークのクラスの転校生に盛大な嫉妬心を抱いたことがあった。
自分ばかりと思っていたのに、今日意外な展開でイザークが嫉妬してくれたのが、とても嬉しい。
「へへっ」
よほど嬉しいのか、キラが笑いながら、今度はイザークの隣に座った。
スプリングが二人分の重みで軋む。
「今日は、甘えさせてくれて…ありがと。わ…わがまま、言った気がするけど」
クレープとか、水族館の中でとか…と、ポツリとイザークが呟く。
イザークは結構、言いたいことがいえた気がする。
「どういたしまして。全然な気もするけど…じゃあ、今度は僕ね」
そういうとキラは、イザークを抱きしめて、ベッドに転がった。
「ちょっと…キラ?」
「うーん、やっぱり僕も甘えたいかも。イザークに」
いつもより大胆に、キラはイザークの胸元に顔を寄せる。
「イザ、今日の服可愛いね、それにいい匂いするし」
「一生懸命選んだからな」
キラのために。
そういうと、さらに抱きついてくるキラの力が強くなった。
イザークとしては、こうやって抱きついてくると、嫌というより、どうしても抱きしめてあげたいとか、
かまってあげたいという気持ちの方が大きくなる。
イザークは、両腕をキラの背中に回した。
「イザーク…好きだよ」
「私も…好き」
見詰め合って、優しいキラの唇が舞い降りる。
イザークは、今日はすべて受け入れたい気分だ。
甘えるより、甘やかすほうが性に合ってるな、などと思いながら、彼の唇を受けいれた。
子猫がミルクを舐めるような、ピチャッとした音がイザークの耳に聞える。
キラが、イザークの唇を舐めた音だ。
キラは、イザークの唇を薄く開かせると、もう一度唇を舐めて、ゆっくりと舌を絡ませた。
「…ふっ…」
「イザ…もっとしていい?」
「…んっ」
答える代わりに、さらに強くキラを抱きしめる。
深くなる口付け。
キラが、イザークの着てるカーディガンに手をかけた。
しかし、その先に進むことは出来なかった。
ガンガン
「キラ!夕飯」
いきなりのノックと、カガリの声に。
二人して驚き飛び起きる。
カガリがこの部屋に入ってくることは無かったが、かなり慌てた。
「…はぁ…ご飯だって、いいところだったのに!!」
悔しがるキラ。
「も…もうちょっと待って」
真っ赤な顔のイザークが、手団扇で自分の顔を扇ぐ。
彼女の顔の赤みが引くまで、キッチンには下りていけそうも無かった。
漸く二人が降りてきて、待ってましたとばかりに夕飯が始まった。
キラの母が腕を振るった食事はとても美味しく、イザークは小食だがついつい食べ過ぎてしまった。
キラの母からの質問に、しどろもどろになりながらイザークが答えて。
イザークの話にキラが混乱し、カガリが笑った。
終始和やかで楽しく、笑いの絶えない夕食だった。
リビングで、すっかり仲良くなったイザークとカガリが談笑しているのをキラは時々話しに入ったり、
見ていたりしながら、時間は早く流れていた。
イザークが気付いた頃には、すでに時刻は午後9時を回っていた。
10時になれば、母親が帰ってくる。
連絡をしていないので、母親が帰ってくる前には帰らなければならない。
「私そろそろ…」
イザークが、そういうとカガリが残念そうな声を上げたが、仕方がない。
「キラ、送ってけよ」
「カガリに言われなくても、判ってる。イザ、忘れ物無いようにしてね」
「まぁ、もうこんな時間ね。長々と引きとめてしまって、親御さんはご心配してしまうわね」
帰るという話し声が聞えたのだろう、片付けをしていたキラの母親がキッチンから出てきた。
「いえ、今日は美味しい夕食をありがとうございました」
「じゃあ、僕送ってくるから」
イザークは、何度も挨拶をして、キラの家を後にした。
イザークを後ろに乗せて、キラは自転車をこぐ。
彼女の家には、すぐに着いてしまい、別にこれが別れではないのに、なんだか寂しくなる。
「ありがとうキラ。今日は本当に楽しかった」
「うん、僕も。でも、最後は残念だったかな?カガリに邪魔されて」
「キラ!!」
そうやってからかえば、真っ赤になるイザーク。
「でも…寂しくなる」
ふと、真面目な顔でキラがそう言う。
「ん…でも、まったく会えないわけじゃない」
大学も高校も敷地は同じだ。
共有スペースも多くある。
でも、すぐには逢いにいけない。
「イザ」
自転車を停めて、道路の真ん中。
しかも、イザークの家の前で、キラは彼女を抱きしめる。
「まったく、それにお前はまだ春休みも始まってないだろ?どこか遊びに行こう、旅行でもいいぞ!山とか…高原とか」
「旅行?二人で?」
「うん。どこかに行こう」
イザークは二人での意味なんて、きっと深く考えていない。
それでも、そう言ってくれるのがキラには嬉しかった。
結局は、自分の方が甘えているのだろ思う。
でも、いつかは。
もっといい男になってみせるよと誓いながら。
彼女を抱きしめる手に力を込めた。
END