painful


平和の鐘がなって。
俺は、漸く幸せを掴んだと思った。

コーディネータとナチュラルが二度目の平和友好条約を結んでから2ヶ月。
プラントの代表として、ラクスが。
そして、地球代表として、オーブのカガリが。
前回の大戦で、力を合わせ、平和を勝ち取った二人の女神が、今回プラントで初めての会議を開くことになった。
この会議は極秘ということはなく、プラントにも地球にも大々的に好評された。
しかし、今後の世界平和のために重要な位置にいる二人を快く思わない人間はまだ沢山いる。

今回、テロがある可能性が強いかもしれないということで、ザフト軍も彼女達の護衛に回ることになった。
「イザークは今回は待機だ」
「はぁ?なぜ、オマエにそんなことを言われなきゃいけない!」
一艦隊を率いる隊長のみが持つことを許される、隊長室。
白服を身に纏ったイザークと、今回の大戦も最後は中立軍として戦い、
そして再びザフトに戻り、フェイスとして任についたアスラン。
この、ザフトでも重要な位置にいる二人が、イザークの執務室で話をしていた。

「イザークには、上から他の任務に当たるように指示が来ているだろ?」
執務室の来客用ソファに足を組んで座り、赤服の襟にはフェイスのバッチ。
アスランは、ラクスから任命されフェイスとして個別の任務に当たっている。
しかし、イザークは一個艦隊を率いているので、部下やそのもっと下の者達の管理もある。
今回の会議で、イザークはラクス、カガリの護衛をすることを上層部に申し出ていた。
会いたかったというのが本音。
そして、話しがしたかった。
これからの未来について。
そして、自分もその未来を作る手伝いがしたいと。
イザークはザフトを抜けなかったことが自分の弱さだとは思っていない。
抜けずに、いかにして世界平和を樹立するか。
それが、彼女の夢だった。

「私は、上層部にちゃんと打診したし、一度は了承を得た。確かに、変更の情報は来たが…
なんで、いまさら変更させられなければならない!!カガリの到着は明日だし、会議はもう明後日から始まるんだぞ!!」
バンッと音を立てて、執務室の机をたたき、イザークが立ち上がった。
「上からの命令に…従わないつもりか?」
「…っ」
そう言われると、もうどうしようもない。
イザークは、イライラした顔で、再び椅子に逆戻りした。
「会議後のパーティーには、出席できる手はずになってるだろ?
そこで話せばいいじゃないか…」
「私は、あーゆー場所は苦手なんだ!もういい、帰れよ」
「まったく」
自分の言うとおりにならないと、すぐにへそを曲げる。
何時までたってもその性格は変わらない。
自分が二度も抜け、ミゲルやラスティーが生死の境を彷徨う重症をおい、一時はディアッカまでも
彼女の前から姿を消した。
その時の彼女は相当精神的に参っていたという話を聞いたが、真意を疑う。



「もういいって?…久しぶりなのに、結構ひどいこと言うんだな」
アスランは、ソファからゆっくりと立ち上がって、イザークの方へ向かう。
「あ?何が久しぶ…ア…アスラン!!」
机に頬杖を付いていたイザークの椅子がいきなり回転する。
イザークの前にはアスラン。
「こうやって、一緒の空間にいることが、久しぶりだろ?」
「ッ!」
アスランはイザークの顎に手を添えて、上を向かす。
「公私混同はしないと、約束したはずだ!」
「誰もいないんだから…イザ」
「ちょっ」
ゆっくりとアスランの顔が近づいてくる。
整った顔。
イザークの恋人。
「アス…」
そのまま、目を閉じて、彼に流されそうになった時。

「イザーク〜今回の任務の話…っと、お邪魔様」
「うわっ!」
インターホンで連絡することもなしに、我が物顔でイザークの部屋に入ってきたのはミゲルだった。
イザークが慌てて、アスランの手を叩き落とす。
もう後数センチでイザークとキスが出来たのにと思うと、アスランはやりきれない。
ギロリとミゲルを睨む。
「ノックするか、チャイムぐらい鳴らすのが隊長への礼儀なんじゃないのか?」
「その、隊長の部屋で昼間からいかがわしいことをしてるのは、どこの誰だよ?」
何かの書類を片手に、ミゲルも一歩も引くとこなく、アスランに真っ直ぐな目を向ける。

「お前ら…二人とも出ていけ!!」

恥ずかしいやら、頭にくるやらで、イザークは大声でそう叫んだ。
しかし、慣れた様子の二人は、「はいはい」とか「じゃあ、また後で」と
好き勝手な台詞をはいて、出て行った。
後に残ったのは、真っ赤になったイザークと、机の上の書類だけだった。



結局イザークは、カガリ護衛の任務に赴くことは無く、代わりにミゲルとラスティーが彼女の護衛に回った。
フェイスのアスランは勿論ラクスの護衛だ。

「つまらん」
会議の映像を執務室のテレビで見ながら、イザークは悪態をついた。
イザークの艦隊に下った命令は、待機。
護衛に出られないのならば、いっそ艦をだして、宇宙に出ている方がましだと思っていたのに、そんな命令。
イザークはますますやる気がうせていた。
「くそっ!」
軍での上官命令は絶対。
それは十分判っているのだが、如何せん、やりきれない。
そのうちに会議は終わったらしく、テレビにはわらわらと何人もの護衛とともに、ラクスとカガリが出てくる映像が映し出される。
今日はこの後、ホテルでの懇親会があるので、二人はホテルに移動だろう。
そして、明日がお偉いさん方が山ほど集まってのパーティーだ。
テレビが終わって、暇度はさらに増した。

『ジュール隊長、よろしいですか?』

インターホンが鳴り、シホの声がする。
「いいぞ」
丁度いいところにきたと思い、茶でも入れてもらおうかとイザークは思う。
「隊長、失礼します」
大きな紙袋を持ったシホが、執務室に入ってきた。
「隊長、任務です」
はい。と渡された紙袋。
イザークは、別段疑うことなく、それを受け取った。
「なんだこれは…うわぁぁ!」
紙袋をごそごそと開けると、その中に入っていたものは紛れも無い人間の髪の毛の束。
あまりに驚いて、思わずそれをシホに向かって投げつけた。
「た…隊長!!」
シホもいきなり自分の元に振ってきた髪の毛に驚く。
「な…なんなんだ、一体!!」
「任務ですけど…」
「この、髪の毛がか!!」
どうやらシホも詳しくは聞いていないらしい。
「いえ、あの・・・ザラ隊長に、渡してほしいと言われましたので…」
「アイツか!!」

イザークはシホを下がらせて、アスランの携帯にメッセージを残した。



「用件をちゃんと伝えてから渡せ!!」

携帯に『時間が空いたらすぐに来い!!』と大声で入っていたので、
留守電を聴いた瞬間、あまりの声のでかさにアスランは耳が痛くなった。
「丁度、会議が始まる1時間前に上からの命令が来てさ、忙しくて、
その場に偶然いたシホに渡して、すぐ移動…で、それの話ね」
深夜近く。
アスランは、結局すぐには護衛から離れられなかったようで、イザークは勤務を終え、先に自室に戻っていた。
そこに、アスランからの連絡があり、今から行くからということだった。

「何人か、私服軍人を入れるらしい、潜入捜査だって。
それにイザークが選ばれたんだと」
部屋に来るなり、アスランは、はぁ〜とため息をついた。
そして、勝手知ったるなんとやらで、イザークの部屋のソファにすわった。
どうやら、意外と疲れているようだ。
「で…なんで、ズラが入ってるんだ?」
「あぁ…その髪じゃすぐにイザーク・ジュールだってばれるかららしいよ。
俺は反対したんだけど…どうしてもって言うからさ」
イライラした様子で、アスランが今回の任務に話をする。
「反対?」
「今回のイザークの任務は、私服でのカガリとラクスの護衛。
勿論軍人も警備に当たるけど、べったり出来ないだろ?
丸腰に近い状態で、イザークがいるなんて…危ないじゃないか」
パーティー会場のセキュリティーは万全だけれど、万が一ということもある。
会議はごく限られた関係者しか入れないが、パーティーには多くの人間が招待されている。
何も無いとは言い切れない。
そして、そのような場に軍人がうろちょろするのを好まない人も多いので、
ごく少数の警備のみの配置になっているのは仕方が無い。
「心配…してくれるのか?」
「当たり前。俺も会場にはいるし、ラスティーとミゲルもいるけど、心配なもんは心配なんだよ」
まくし立てるように言うその様子は、照れている時のものだ。
イザークは、紅茶を入れて、テーブルに置くと、アスランの横にちょこんとすわり、もたれかかった。
「私は軍人だぞ」
「わかってるけどね…」
ぎゅっとアスランはイザークを抱きしめた。

怖いものはもう無いと思った。
でも、思い知らされるのは。
ふと、こういうことが起こったとき。
艦に彼女が乗るならば、自分もその艦に乗ることはフェイスなので出来る。
しかし、彼女が一人の任務の時。
不意に、痛みが自分を襲う。



「明日に備えてもう寝よう…」
「うん」
この腕に抱きしめられると、イザークは安心する。
「一緒に寝ようか」
耳元で囁かれる。
「それは、嫌だ」
断るところは、きちんとしておかないと、アスランは図に乗るから。

「…何もしないよ。一緒に寝たいだけ」
君を今この瞬間だけでも、腕の中にしまいこんでおきたい。

朝。
アスランに抱きしめられて、起きた。
挨拶を交わして、二人で朝食をとりに行く。
パーティーは夜から。
それまでは、イザークもアスランもお互いの仕事をこなす。

そして夜。
イザークは着替えて、パーティー会場に向かった。
ドレスは、イザークの細い体をさらに強調するような体にフィットしたもの。
色は、今回のウィッグに合わせた、黒。
グラデーションのかかる生地は光の加減で、シルバーにも見える、ラメが特徴。
深く入ったスリットが目を引く。
靴もかなりヒールの高いもの。
足首に紐を巻くタイプのもので、細い足首を強調している。
この靴の色は白だ。

「イザーク、準備できたか?」
今日のエスコート役は部下で、幼馴染でもあるディアッカだ。
ノックをして、執務室に入ってくる。
「別人じゃん」
黒いストレートヘアのウィッグは白いイザークの肌をさらに強調するようで、
しかし、瞳はブルーなので、ちょっとなぞめいた印象を受ける。
普段はノーメイクな彼女だが、とても化粧栄えをする顔をしている。
シホにしてもらったメイクは、とてもナチュラルなものだが、彼女の美しさを
とても際立たせる。
「あー服は…アスランの好みらしいな」
顎に手を当てて、イザークを上から下に眺めてディアッカは感想をもらした。
「?」
今日のいでたちを見て、ディアッカがそういう。
「この衣装、アイツが選んだんだと」
シンプルだが、イザークのことを良くわかってコーディネートしたようだ。
自分の服にはまったくの無頓着なヤツなのに。
そして、とても目立つ配色は、会場のどこにいても彼女がわかるようにしている。
「!?」
「さて、行くか。お嬢様?」

部下兼幼馴染として、俺もイザークを守りましょう。



「ようこそ」

ディアッカの運転する車で着いた先は、プラントでも一流の高級ホテル。
今日のパーティーの会場は此処の大広間だ。
係員に車のドアを開けてもらい、イザークが降り立つ。
彼女が降りた瞬間に、その場の空気が変わった。
まだ、数十人しか入り口にはいないというのに、誰もが彼女に釘付けだった。
「いきましょう?」
ディアッカは自分の車のキーをボーイに渡しで、駐車場まで入れてもらう。
さすがのディアッカはこういう雰囲気に慣れており、
ぶしつけな視線を感じ不愉快は目にあっていたイザークの片手をとって、さっさと中にはいった。

会場手前で、招待状を渡し、二人でクロークに荷物を預けに行く。
もう後、10分もしないうちにカガリとラクスが到着する。
会場入り口にはラスティーが待機をしていた。
「お疲れさん」
イザークを連れて、ディアッカはラスティーの所まで行く。
しかし、彼は任務中なので、無駄な話は出来ない。
「ちぇっ。いいよなぁ」
「任務中だぞ!しゃきっとしろ」
「えっ?・・・もっ…もしかして、イ…イ…もが」
悪態を付いたラスティーにイザークが一喝する。
しかし、ラスティーとしては、この黒髪の女性にそんなことを言われる覚えは無い。
だが、どこかで聞いたことのある声。
理解したのは、その瞳を見たときだ。
大声で叫びそうになったところを、偶々中からでてきたミゲルに止められる。
「どうぞ、中へ?」
優雅にミゲルが言うが、ラスティーを取り押さえてる状態ではなんだか間抜けである。
「しっかり仕事しろよ」
二人にしか聞えない声で厳しくそう告げるとディアッカと二人で会場に入った。

「み…見違えたぁ」
漸くミゲルの羽交い絞めから抜け出せ、ラスティーが呟く。
「そうだな、誰があの淑女をイザーク・ジュールと思うか!って感じ」
ディアッカも背が高いが、ハイヒールを履いたイザークはそれに負けず劣らずの長身だ。
そして、細く長い足がドレスのスリットの隙間から見えるのは、
なんとも言いがたく、本当に「あの」イザークなのかと疑ってしまう。
「さて、俺は入り口の方を回るから、お前はもう少し此処で待機な」
「は〜い」

何も起こらなければいい。
イザークに。
そう、ミゲルも祈る。



一瞬、会場の照明が暗くなり、今回の主役達が登場する。
イザークは、カガリやラクスたちが最初のほうに訪れるだろうテーブルへ付いた。
ディアッカは、イザークから少し離れた位置に立つ。
主役の二人は、アスランとハイネに両側を固められながら、盛大な拍手と共に会場に現れた。

「それでは、御談笑を…」
長い司会者の挨拶の後、漸く招待客が話しを始められる時間になった。
イザークも、彼女達を見守りつつ、当たりの人間を観察した。
今回の招待状は特殊なカードを使用しているので、本当に限られた人間しか入ることは出来ない。
しかし、それを売る人間はいくらでもいる。
夫婦で来ている者。
評議会委員達。その中にはディアッカの父もいた。
後は、テレビで見る顔。
今のところ、会場に特に変わったことは無いようだ。

アルコール類は任務中なので、飲めないが、ボーイが飲み物を進めてくるのでジュースを頼む。
それを片手に、少しずつだが、カガリとラクスに近づく。
今回、イザークは私服軍人として、右中指に3連のシルバーのリングをしている。
招待客の指を見るが、中々同じ立場の人間は見つけられない。
「お一人ですか?」
後、数メートルで漸く他の招待客と話している二人に近づけそうになったとき、
知らない男に声をかけられた。
「は?」
「いえ、あまりに美しい方で…皆、貴方に注目してまして」
声をかけてきた男は、イザークの知らない人間。
その男の後ろにも何人かの男と女がいて、イザークを見ている。
「よかったら、一緒にお話しでも…カガリ様もラクス様も他の方のお相手でお忙しいようですし…ね?」
そう言って、男は強引にイザークの手を取る。
「私は…連れがいますので」
「今はいないでしょ?」
「でも」
此処で、いつものように大声で怒鳴ったり、蹴飛ばしたりすれば一瞬にして
注目の的になってしまう。
「ちょっとだけですから」
あまりにしつこいので、ヒールで足を踏んでやろうと思ったとき、会場の照明が突然落ちた。

「?」
今回のパーティーの内容に、そんなものはない。
イザークは、その男の足を思いっきり踏んで、
カガリとラクスの元へ急いだ。



「まぁ…何かしら?」
「ラクス、様子を見てきますので。ハイネ!カガリを連れて此処に」
一向に明かりがつかない。
次第に会場内が慌しくなる。
暗くなり、すぐにラクスとカガリ、それぞれの元にアスランとハイネはついた。
そして、ハイネとカガリをラクスの元に呼び寄せ、アスランは暗い中、なんとか会場の外へと出る。
しかし、出た瞬間。
電気がつき、会場内に、銃声が轟いたのだった。

暗がりでもイザークやハイネは目が利く。
「ラクス!大丈夫か?」
ハイネに連れられてきたカガリが、ラクスの隣に来る。
「ラクス様、大丈夫でしたか?アスラン行っていいぞ」
ハイネの到着ですぐに外へ行ったアスランとタッチの差で、
イザークが彼女達の元へ合流する。
「ラクス、カガリ…平気か?」
「「?」」
声はイザークだが、慣れてきた目に映る女性の髪は黒い。
「あっ…私だ、イザークだ。私服軍人で貴方達の護衛に入った」
「まあ、そうですの」
「何があるかわからない、私とハイネの元を離れないように」
二人を自分の後ろに隠すようにして、イザークが立つ。
「イザーク、アスランが外を確認しに行った、もうすぐ電気もつくだろ?
でも…付いた瞬間に注意しろよ」
カガリとラクスの後ろにハイネ、前にイザーク。

そして、電気がついた。

「死ね!!ラクス・クライン!!」
悲劇が起こる。
男の大声と共に、銃声が轟いた。
イザークが咄嗟に声のする方向を向く。
電気が付き、見える男の方向は、自分の正面でなく、斜め。
上手くラクスを狙える位置だ。
ハイネもそれに気付き、咄嗟に銃を構えるが、間に合いそうも無い。
イザークはラクスを抱えて、横に倒れこんだ。
そして、遅れてハイネの銃が鳴った。

「だ…大丈夫か?ラクス」
「えぇ…大丈夫ですけど…」
「ごめん…ちょっと動けそうに無い」
思い切り引き倒してしまったので、ラクスもどこか打ってしまったようだ。
しかし、それ以上にイザークの方が深刻だった。
左足がまったく動きそうに無かった。

離れなければよかった。
君から。
誰よりも、君が大切なのに。



テロリストに一瞬遅れたが、ハイネの銃は犯人の右手を捕えていた。
会場は、いっそう慌しくなり、そして混乱に陥る。
多くの人間が、会場から出ようと入り口に殺到した。

「ハイネ!イザークを早く」
テロリストを気絶させ、戻ってきたハイネにカガリが叫ぶ。
ラクスの上から動けないイザークをカガリがゆっくりと動かす。
どうやら完全に左太腿を銃弾が貫通しているようだ。
鮮血が溢れ、カガリのドレス、そしてハイネの制服を汚した。
「まだ、他の警備が来ないそれからだ」
「でも!!」
「カガリ、大丈夫だ。お前達の安全が一番最優先だから」
笑って答えるが、痛のせいで冷や汗が出てきている。

アスランは、嫌な予感を胸に、急いで会場に戻った。
しかし、慌しく会場を出て行こうとする人間達のせいで、中々戻ることができない。
漸く戻ったときには、その一角だけ人だかりが出来ていた。
「イザーク!!」
人を掻き分けて行くと、ミゲル、ラスティーがイザークの傷口の応急処置をしている。
ディアッカは電話で救急隊を呼んでいるようだ。
「アスラン…後は、頼んだぞ。オラ、立て!」
ハイネはアスランの到着を受けて、確保していたテロリストをひっぱたいて起こし、輸送を行った。
ミゲルとラスティーはアスランが到着したことで、カガリとラクスを連れて、会場を後にした。
カガリが何か言いたそうだったが、これ以上問題が起きても困るので、
二人は無言で会場を後にした。
彼女達の警備として、他の私服軍人達も彼女の周りについた。
そして、会場にはイザークとディアッカ、そしてアスランが残った。

「アスラン…」
「イザ…」
イザークを支えていたミゲル達と交代して、今度はアスランが彼女を支えていた。
「アスラン…痛い」
焼け付くような痛みは治まることなく、イザークを襲う。
次第に薄れていく意識の中で、イザークはアスランの涙が自分の頬を流れていくのを感じていた。



「神経にも特に異常は見られません。骨も大丈夫です。全治1ヶ月でしょう」

その後、痛みで気を失ってしまったイザークは救急隊に運ばれて、
軍の総合病院へと運ばれた。
止血剤を打ち、麻酔をして傷口の消毒を行う。
レントゲンや血液検査を行い、結果として、命に別状は無く、
歩行に関係する器官がやられたわけではないこともわかり。
全治1ヶ月という診断をアスランが受けた。

「完全に傷が塞がるまでは、歩行は禁止ですから」
「はい…ありがとうございました」
アスランは安堵して、ゆっくりと息を吐いた。
「ジュール様は今、病床に移りましたので…8階の特別室です」
カルテを持った看護婦がそう告げた。

隊長クラスの人間が病気や怪我で入院するときは、一般兵士と違いかなりの待遇が得られる。
イザークも同じく、今回個室を与えられたようだ。
診察室を出ると、ディアッカ、ミゲル、ラスティー、そして、連絡を聞いて急いで駆けつけてきたシホの姿があった。

「大丈夫だ…全治1ヶ月だけど」
『大丈夫』と聞いて、全員はぁーとため息をついた。
「平気なら、俺達帰るわ」
ミゲルとラスティーはまだ二人の護衛から離れられない。
「私は、帰って皆に伝えます」
シホもそう言って帰っていった。彼女の目にはうっすらと涙が溜まっていた。
「俺は、ハイネからラクスの護衛につけって言われてんだ、だから
イザークのことよろしく頼む」
「ありがとう」
ハイネはアスランのことを考えて、ディアッカがアスランの代わりになるように上に取り計らったのだろう。

それぞれが自分達の持ち場に帰り、アスランはイザークのいる病床までエレベーターで上がった。
夜も遅く、面会時間も終わっているので、廊下には誰もいない。
ナースステーションの明かりのみが煌々と照っている。
イザークが運ばれた部屋はどうやら一番奥のようで、ステーション前を通った時一応礼をして、彼女の部屋に向かった。



部屋には勿論明かりは付いていない。
ゆっくり中に入ると、かすかな寝息。
大きな部屋の窓際にイザークは寝ていた。

彼女のためにコーディネートした服はすでに無く、今は処置した時の簡易服を着て、布団がかけられていた。
アスランは彼女のベッドサイドまでパイプ椅子を持ってきて座る。
「イザ…」
かすかな声で読んでみるが起きる気配は無い。
「イザ…無事で…よかった」
布団に隠れた彼女の手を取って、アスランがそれを握り締める。

血まみれな彼女を見た瞬間、血の気が引いた。
ストライクと対峙して、額を切った時もそうだったが、今回はそれ以上のものを感じた。
平和に浸りすぎていたから、反動がかなりの量で帰ってきたのだろう。
「俺が…この痛みを代われれば…いいのに」
あの時、様子を見にいかなければ。
イザークの使命感なら、絶対にカガリとラクスに近づく。
それは予想できたはずなのに。
考え込めば、考え込むほど、自分が悪いように思えて、アスランはイザークの手を握り締め、夜を明かした。

翌朝。
イザークが目を覚ますと、自分の手を握り締めたまま寝てしまった、恋人の顔がそこにあった。
「っ…そうだ…昨日」
撃たれたんだ。
左足を襲う激痛に、眉をしかめる。
それでも、時間が気になって時計を探すと、もう7時だ。
アスランも自分の仕事がある、イザークにばかり構ってはいられないだろう。
「アスラン?」
「ん…」
赤服のまま、寝てしまったアスラン。
きっと昨日のままで、自分の血が付いて汚れてしまっているだろう。
「おい…仕事に遅れるぞ」
寝たままだと力が入らないが、起こさないと本当に仕事に間に合わない。
「イザ…っ!!イザ!!大丈夫?」
漸く、起こされていることに気がついて、アスランが顔を上げた。

「よかった…」
アスランが笑うが、目の周りが少々赤い。
「アスラン…心配かけたな」
寝たまま、手を伸ばして、アスランの顔に触れる。
「…うん。ごめんね…」

アスランはイザークが伸ばした手にキスをして、もう一度握り締める。
出来ることなら、誰の目にも触れることなく、
大切に閉じこめてしまいたい。
彼女に痛みを感じさせること無く。
そして、自分も痛みを感じることが無いように。



  
END