dear
心から愛する人。
そう呼べる人。
僕の本当の気持ちに気付いてください。
「イザーク・・・ここは?」
「ん?そのXに3を代入して・・・」
季節は12月。
ひと悶着あって、漸く付き合いだしたイザークとキラに期末試験が迫っていた。
期末試験は全教科。
イザークは、キラが勉強を見てほしいと言い出したので、自宅に呼び、苦手だという数Uを教えていた。
キラとしては、別に苦手でも何でも無く、ただイザークと一緒にいたいだけだったのだが、
鈍いイザークはそうとも知らず、一所懸命にキラに数学を教えている。
「そうか…わかった」
別に、教えてもらわなくても解ける問題。
でも、イザークと一緒にいられるのがキラは何より嬉しかった。
綺麗に整理されているイザークの部屋。
白を基調としつつも、薄いオレンジ色のカーテンなど以外と女の子らしい部屋だ。
絨毯の上に白い楕円形のテーブルを出して、その上で勉強を始めたのが午後2時過ぎ。
テスト期間中ということもあり、幾分帰宅が早い。
「イザークは自分の勉強しなくていいの?」
「あぁ…これといって、頑張ろうという気になれない」
二人が通う高校は付属なので、大層なことをしない限り、持ち上がりで大学にいける。
イザークは3年だが、すでに大学の学部まで決まってしまっているので、
1・2年生の頃ように躍起になって勉強する気にはなれないでいた。
以前なら、一生懸命勉強して、自分の好きな学部に入るという目標があったが、
それが達成されてしまった現在、普通にやればいいやという気持ちの方が大きかった。
「でも…学年トップだったんでしょ?」
「いや?そうでもないぞ、ミゲルと抜かしたり抜かされたりの競争してたな…
アイツ、ああ見えて結構賢いんだぞ」
「…へぇ」
ミゲルというのは、イザークの幼馴染でキラの先輩に当たる。
カッコイイがなんとなく掴めない人だ。
「疲れたか?今お茶入れなおしてくるな」
イザークから他の男の話を聞くのは、たとえ幼馴染で、自分達を取り持ってくれた人間だったとしても、面白いものではない。
テーブルで、グテンとしてしまったキラをみて、イザークが切り出す。
「え?あぁ…」
キラが何か言う前にイザークはさっさと自分たちがさっきまで飲んでいたカップを持って一階に下りていってしまった。
「…あ〜ぁ…」
一緒にいられるのは嬉しい。
でも。
もっと近づきたかった。
tlululu tluululu
イザークの携帯がいきなり鳴り出す。
「イザ!!!電話」
きっと初期設定から変えてない着信音。
それが、ベッドの上でなっていた。
キラは部屋から出て、下にいるイザークに大声で伝える。
「悪い!!出て」
するとそう帰ってきた。
「…え…」
仕方なく、キラは電話を取った。
開けると、画面には知らない名前と電話番号。
キラの知っている、ディアッカやミゲルではない。
『はい?』
『あれ…イザークの電話だよね?あっ…弟?』
なれなれしい声。
『弟じゃありません』
『え?』
「キラ、誰だった?」
いいタイミングでイザークが戻ってきて、お茶を勉強していたテーブルに置く。
キラはすぐに彼女に携帯を渡した。
「代わりまし・・・あぁ、ハイネか。なんだ?」
イザークに電話をかけてきた男はハイネというらしい。
聞いたことの無い名前だ。
「ん?あぁ…いいぞ。うん…え?あぁ…かっ彼氏」
彼氏という単語にキラが思わずイザークを見る。
キラの視線に気付いてイザークは真っ赤だ。
ハイネという男からの電話をイザークはさっさと切った。
「誰?」
まだ顔の赤いイザークにキラが聞く。
「あぁ・・・季節はずれの転校生」
「ふ〜ん…その人、僕のこと弟とか言ったよ」
ちょっと眉をひそめて、言ってみる。
「私も聞かれた…だから、か…彼氏だと言ったんじゃないか」
「そう・・・イザ、ちょっと?」
ベッドに腰掛けていたキラがイザークを手招きする。
イザークは携帯を今度はバイブにして、自分の学習机に置く。
それからキラの座るベッドまで行った。
「何だ?」
「ちょっと」
イザークの差し出した手を、キラが勢い良く引っ張る。
重心が移動してしまい、イザークは勢い良くベッドに倒れこんだ。
「な…なに」
「悪い虫が付かないようにね」
倒れたイザークの負担にならないように、キラがイザークの上に乗る。
不安そうな顔のイザーク。
キラはそれを和らげるように、まずは頬にキスをする。
「キラ…?」
「僕の彼女だっていう印」
イザークの、今は勉強するために結ばれた髪の右耳の下あたり。
キラは唇を寄せる。
「いっ」
密かな痛みがイザークを襲う。
「はい。出来たv」
キラは嬉しそうに体をイザークの上から移動させた。
「キラ!!」
何をされたか、わかる。
キスマークだ。
それも、制服からでも見える位置。
髪の毛を下ろさないと隠れないような所。
「体育で着替える時とか…気をつけてね?」
ニヤリと笑うその顔は、いつもの可愛い小動物のそれとは全然違う。
イザークも自分がキラのことが好きだと知ってから、気がついた、意外なキラの性格。
小悪魔的な。
でも、怒れない。
「…まったく」
こういうことをされても、許せてしまうのは、やっぱり惚れた弱みか。
「へへ…さて、もうそろそろ帰ろうかな」
急に時計を見て、キラが切り出す。
「え?もう」
まだ、3時過ぎだ。
折角きたのだから、夕飯でも食べていけばいい。
イザークの母親の帰宅は夜遅い。
一人で食事するのは、味気ない。
「うん…これ以上いたら、僕、イザークにさっき以上のことしちゃいそうだし」
ボソッと呟いたキラに、一瞬なんのことだかわからずクビをかしげるイザーク。
だが、良くその意味を考えて。
茹蛸のように真っ赤になった。
「き…キラ!」
「う〜ん、厳しい反応。大丈夫だって。さぁ、折角入れてもらったお茶を飲んで退散しましょう」
キラは何事も無かったように、イザークが入れなおしてくれた紅茶を啜った。
イザークと付き合いだして、ほぼ一ヶ月。
そろそろ、キス以上の関係になりたいと思っていても。
相手は自分より年上のくせに、自分より子供っぽい。
でも、彼女が年上なことは事実。
キラは、一緒にいられて嬉しく感じる反面、少々焦りを感じていた。
「悪いキラ…今日は一緒に帰れない」
放課後いつものようにイザークの教室まで彼女を迎えに行ったキラに、帰ってきた言葉。
いつも一緒に帰っていたし、付き合いだしてからは彼女が委員会の時や、
キラが委員会の時もお互いに待っていたのに、今日にかぎってそんな台詞。
「え?待ってるよ」
「いや…ほら、転校生の話しただろ?担任から、面倒見るのを任されて…」
イザークはクラス委員だった。
クラスの友人からも信頼厚く、先生うけもとてもいい。
そんな彼女に回ってきた仕事。
「そう…」
キラは入り口越しに、教室の中を覗く。
ほとんどの生徒は帰ってしまったようで、残っているのは一人の男。
ミゲルより、もっと濃いオレンジ色の髪。
背も、自分より高そうだが、こちら側に背を向けて携帯をいじっているようで、肝心の顔が見えない。
「悪い…ホント、勉強大丈夫か?」
イザークが不安そうな顔をするが、ここでは何も言えない。
「あ…うん…じゃあ、先帰る」
「よ…夜、電話するから!!」
「え?」
「夜…私から電話する…から」
普段、イザークから電話がかかってくることはめったに無い。
キラからかけるばかりだ。
一応、気にしてくれているらしいことをキラも悟る。
「うん。待ってる」
「イザーク…まだぁ?」
折角のいいところを、ハイネが邪魔をする。
「あーこの子が彼氏?へぇー年下なんだ」
ハイネは座っていた椅子から立ち上がって、キラとイザークが話していた教室の入り口までやったきた。
やはり背が高い。
下手したら頭半分は彼のほうが大きい。
そして、顔もいい。
「俺、ハイネ。親の都合でさ、参るよ。悪いけど…イザーク少々お借りします」
ニッコリ笑うその顔は笑顔だが。
目が笑っていない。
キラを威嚇するような、そんな感じ。
「じゃあ、キラ。また夜」
手を振られ、そう言われては、何時までもその場にいるわけにはいかない。
キラも家に帰ることにした。
面白くない。
何で、ハイネにあんな目で見られなければならないのか。
「なんなのさ」
ぶつぶつ不満を言っていると、後ろからキラを呼ぶ声がした。
「オマエ、今日イザークと一緒じゃないの?」
「よぉ、久しぶり」
キラを見つけるなり、走りより、頭をグジャグジャにしたのは、ミゲル。
後ろから、ゆっくりと片手を持ちあげて近づいてくるのは、ディアッカ。
二人とも、キラの先輩であり、イザークの幼馴染だ。
「…暇そうですね、相変わらず」
キラは二人に自分の黒い性格を見破られて以来、
彼らの前では素を通している。
「お、手厳しいじゃん?さしずめ、ハイネにイザークを取られてご機嫌斜めなのかな?」
軽く嫌味を言っただけなのに、ミゲルからは今一番聞きたくない名前が出てきた。
目には目をというヤツだろう。
「…ミゲル止めとけ」
キラがイザークには見せられないような目で睨んだので、すぐにディアッカが止めに入る。
「悪かったな…。ほら、謝れミゲル」
頭をディアッカに小突かれて、渋々ミゲルが謝罪した。
「いいですべつに…それより、ハイネってどんな人間?」
「さぁな…俺はまだ一回もはなしたこと無いぜ?ミゲルは?」
「俺?」
ミゲルが顎に手を当てて、ハイネと行った会話を思い出す。
「んー。俺と似てるタイプかも」
「え?」
「あーなんていうの、二面性ありそうな感じ?つかみどころが無いっていうか」
確かに、あの意味深な笑い。
目つき。
納得できる。
「なるほど…」
「って、納得すんなよ!!まぁ、イザークにオマエっていう彼氏がいることはハイネは知ってんだろ?」
「それは、イザークが言った」
「なら、そんなに気にすること無いんじゃないか?」
フォローを入れるのはいつもディアッカの役目だ。
彼にそういわれると、なんとなく安心できる部分もある。
確かに腑に落ちないこともあるが、イザークも教師から言われたことを断れる性格ではないし、元々面倒見がいい。
それは、彼女のいいところでもある。
「まぁ、今日だけだろうし…そう気落ちするなよ」
なんだかんだで心配してくれているミゲルとディアッカと別れ、キラは帰路に着いた。
冬の冷たい風のせいで、思考がドンドン悪い方向へと向かっていく。
ミゲルが言った「一日だけ」ということが現実になることは無かった。
「夜電話する」
といったイザークから、9時を過ぎたころにキラに電話がかかった。
まず、彼女の謝罪から入り、キラが帰ってから何をしていたか。
そして、勉強でわからないところは無いかと色々気にして聞いてくれた。
それはキラも嬉しくて、話に花が咲いたのだが、最後の最後。
話し出して40分ぐらい経過した時。
『それが…明日からハイネの勉強を放課後見ることになって…。」
『え?』
『今回の期末に、前の学校で習ってない所が出るらしくて、教えてくれって』
『そんな…』
『テスト終わるまでだから…ごめん、キラ』
『うん…』
折角楽しかった電話タイムが、最悪なものと化す。
キラは、イザークの電話が切れると、携帯をベッドの上に投げ捨てた。
「くそっ!」
邪魔をしているようにしか思えない。
しかし、こんな子供じみたことで、彼女を煩わせたくはない。
我慢しなくてはいけない。
すぐ終わる。
何事も無く、終わる。
また、自分は、このテストで頑張って良い点を取らなくてはいけない。
彼女と同じ学部に行くために。
でも、気になって何にも手に付きそうに無い…。
何で、もう一年早く生まれなかったのか。
結局、イザークから連絡も無く、試験前日になってしまった。
廊下ですれ違うことも、学年が違うと無く、会うこともままならない。
それでも、諦めなられなくて、何度かイザークの様子を放課後に見に行った。
しかし、いつも空振りで彼女の姿を見ることが出来ない。
そして、試験前日。
今日はどうやら教室にいるらしい。
イザークのクラスから話声が聞える。
『……は…で、こ……だ』
『ん……こ…』
声からして、イザークとハイネだ。
こんなことしたくは無いが、教室のドアを少し開けて、中を覗く。
外から見たら、へんなヤツだ。
『物理は…こんな感じでいいか?』
『あぁ…これはやってなかった、よかったよ。…ぁ』
イザークとハイネが机を合わせて、教科書を見て話をしている。
話の内容からして、今日は物理のようだ。
『イザーク』
ハイネの手が不意にイザークのクビに伸びた。
キラがそれに驚いて、カタッと音を立てる。
イザークはそれに気付かなかったが、ハイネは気付いていた。
キラがいるということに。
『クビ…キスマーク見えるよ?』
『!!』
イザークが慌てて、クビ筋に手をやる。
しかし、その手の上からハイネが手を合わせようとしたのを見て、キラの中のなにかが切れた。
キラは、思わず教室の扉を開けてしまった。
「キラ!!」
大きな音を立てて開いた扉に驚いて、二人の動きが止まる。
「イザ…」
「キラ君…覗き見はいけないんじゃない?」
ハイネがすかした顔でキラを見る。
キラは彼を思いっきり睨むと、イザークの所まで行き、彼女の手を思いっきり掴んだ。
「イタッ」
「来て」
低い声でそういうと、彼女を強引に立たせて、引っ張り、教室を去った。
「…男の嫉妬は醜いね」
ハイネがボソと呟いた。
「キラ…どうした?何かあった??」
ずんずんと進んでいくキラにイザークが必死についていく。
どこに行くのかさっぱり検討も付かない。
階段を上り、廊下を歩き。
漸く着いた場所は学校の屋上だった。
「キラ?」
イザークの手を離して、キラは彼女に背を向ける。
「キラ?あの…」
「ハイネが何で君に触るの?僕以外の男が何で君に触るの!!」
心配になって、イザークがキラの肩に触れたとき、キラが振り返る。
そして、必死な表情で叫んだ。
「あ…見てたのか?」
「嫌なんだよ、君が僕以外の男と一緒にいるのも、話をするのも、触るのも、何もかも!!」
うつむいて、まくし立てるように言ったキラ。
今にも泣きそうな声と、悲壮感がキラにまとわり付く。
「…嫉妬?」
イザークの口から漏れた言葉に、キラが反射的に顔をあげた。
その言葉に、キラの顔が真っ赤になる。
「あっ…僕」
思わず、キラが後ずさる。
「キラ…嬉しい」
イザークは、キラが可愛くて思わず抱きついた。
自分のことを心配して、ハイネに嫉妬したキラ。
いつもは、こんなこと言わない。
束縛するようなことは絶対に。
いきなりのことで、上手く受け止めきれず、キラが後ろにしりもちを付く。
「イザ…ク?」
「嬉しい…」
「僕…年下だってこと、すごい気にしてる。ミゲルもディアッカも1歳しか違わないけど、
すごい大人だから…僕も、君に釣り合いたいって思って。強引なこととか出来ないし」
抱きついてきたイザークを、キラが抱きしめかえす。
「うん」
「君に近づく男が全員敵に見えて、でも何にも言えなくて…子供っぽいでしょ。こんなこと考えてるなんて思ってなかったでしょ?」
醜い嫉妬心。
それをむき出しにしてしまった。
すまなそうな顔をイザークに向ける。
「言ってくれて嬉しい」
自分の額をキラのものにくっつけて、イザークは静かに笑った。
君を束縛したい。
独り占めしたい。
好きだから。
親愛なる君だから。
欲深くなってしまう。
「今度からは、一人で考え込まないこと!」
屋上から帰る途中、イザークから出た言葉。
「え…」
「いいたいことがあったら、はっきり言うこと!わがままも言うこと。全部は聞けないけど…なるべく、努力するから」
握られた手をイザークはぎゅっと握り締める。
「うん。ありがとう」
「判ればよろしい。じゃ、今日はもう帰ろうな」
さっさと歩き出すイザークの手を思わず引く。
「ハイネ…さんは?」
一応、勉強していた所を邪魔してしまったので、気にかかる。
「あぁ…帰ったんじゃないのか?いても、もう帰る」
アイツより、今はオマエ。
そう言ったイザーク。
キラは嬉しすぎて、顔がにやけそうだった。
もっと近づきたい。
もっと知りたい。
親愛なる人。
これからは、もっとわがままを言うけれど。
僕を嫌わないで。
END