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秋深まる、10月。
ザフト学園高等学校では、午後の授業も終わり、生徒達が掃除を始めていた。
3年A組のイザーク・ジュールは今週中庭の掃除当番だった。
同じクラスのミゲル・アイマンやディアッカ・エスルマンと共に、箒を片手に、せっせと掃除をする。
イザークは、丁度中庭と教室を結ぶ、外廊下の近くを掃除していた。
緑の多い、ザフト学園では、もうそろそろ落ち葉も落ちはじめる。
ザッザッと箒を動かしながら、彼女は『これで…焼き芋を焼いたら…』などと、たいそう暢気なことを考えていた。
しかし…
バシャッ!!!!
突然イザークの頭に、大量の水がかかった。
そして、彼女の背後で、カランカランと、バケツが転がるがした。
「うわぁぁ」
けたたましい大声に、少し離れて掃除をしていた、ミゲルやディアッカ、その他一緒に掃除押していたメンバーが飛んでくる。
イザークは全身水浸しになり、プルプルと怒りで震えていた。
「おい!大丈夫か?」
「プッ…なんだなんだ?イザークの所だけ、大雨警報かよ?」
心配するのは、ディアッカ。からかうのはミゲルの仕事だ。
「そんなわけあるかーーー」
怒りに任せて、イザークはミゲルに掴みかかる。
「悪い悪い!!」
「やめろって…」
すかさずディアッカが止めに入る。
「くっそ…。オイ!誰だ、こんなところから、水放り投げるヤツは…」
上を見上げると、教室の窓が点々としているが、誰かがいる気配はない。
故意にやったのか…もしくは、偶々落ちたのか。
しかし、そんなことより、さすがにこの季節に頭から水をかぶるのは寒い。
くしゃみこそしないが、体がだんだん冷えてくるのをイザークは感じた。
ミゲルやディアッカに掃除を任せて、帰るか、着替えるかしようとしたら、
外廊下のイザークがいる側とは反対側から、ものすごい勢いで走ってくる人影があった。
「すみませーん!!!大丈夫ですか?」
茶色い髪の男がイザークの元に向かって、走ってくる。
そして、上履きのまま、庭に出て、いきなりイザークの手を引っつかみ、元来た道を彼女を引っ張って走り出した。
「なんだ、お前は!!」
「このままじゃ、風邪引きます!!!」
「何?オイ!!」
いきなりのことで、でも、手を引っ張られてつい自分も走り出してしまって、いまさら止まるわけにもいかなくなってしまった。
少年は一端自分の教室に入り(イザークも引き連れて)、ジャージが入っているのだろう袋を引っつかんで、
今度は保健室に直行した。
保健室は一階の奥にある。
一階に教室があるということはこの少年は2年生だ。
無理やり保健室に押し込まれ、ベッドがある所まで連れてこられ、ジャージの入ったカバンを
イザークに押し付けて、少年はカーテンを閉めた。
どうやら保険医はいないようだ。
「僕のジャージですけど…早く着替えてください!!あと、中にタオルも多分入ってるんで、髪の毛も拭いてください…」
カーテン越しに少年が言う。
何で、見ず知らずのヤツに服を借りなければならないのか…でも、彼は最初謝りながら自分の下へ走ってきた。
コイツが犯人か…。
しかし、一生懸命走ってきて、自分に対して着替えを提供するということは、
故意ではなく、事故だったのだろう。
幸いだったのは、水が綺麗だったことだ。
これで、もし汚い水をかぶっていたら、故意でも事故でも、イザークはキレていただろう。
押し付けられた袋を手にして、そういえば、今日は自分のジャージを持ってきていないことを思い出す。
折角だし、このままでは本当に風邪を引くのでイザークは着替えだした。
「…キラ・ヤマト?」
ジャージとタオルをだし、頭を拭いて、不意にネームプレイトに目がいく。
「はい!そうです。本当にごめんなさい。理科室の窓際の台にバケツ置いておいて…
水槽用に日光に当ててたんです。でも…うっかり落としちゃって…」
「そうか…」
張り付いて気持ち悪い、スカートやら、ブレザーを脱いで、キラという年下の少年のジャージを着る。
しかし、サイズが大きい。キラは見た目は華奢そうに見えるのに、意外に体格がしっかりしているようだ。
イザークがジャージを着ると、ズボンの裾はあまり、上着は手が隠れる。
腕まくりをして、手を出し、タオルを肩にかけて、カーテンを開ける。
「ちょっと…大きかったみたいですね。はい、これビニール袋。これに濡れた服入れてください…
本当にごめんなさい」
「…そんなに、気にするな。わざとじゃないんだ」
素直にキラから、ビニール袋を受け取り、服を入れる。
「でも、ジュール先輩に水掛けちゃうなんて…」
「私を知ってるのか?」
イザークにとって今日が彼を初めて見た日だ。
ザフト学園は生徒数が多いため。学年が違うと、部活動意外ではほとんど接点がない。
「もちろんです。先輩は、憧れの存在ですから…」
「はぁ…そう。じゃあ、ヤマト君、服も借りたし…明日洗って返すから、今日はもう帰るな?」
別に自分が尊敬の眼差しで見られることに、大して興味も関心もないので、イザークは帰ろうとする。
「あ!」
帰ろうとしたイザークの袖をキラは思わず掴む。
「ん?まだなんかあるのか?」
「いや、あの…先輩今日何で学校来ました?」
「え、歩きで…」
「今日のお詫びに送ります!!一緒に帰りませんか!!!!」
茶色い髪の紫の瞳の少年は、女である自分が言うのもへんだが、ちょっと可愛いタイプだ。
大きな瞳の無言の訴えを、イザークは断れなかった。
どうも、イザークは小動物系に弱く、必死に繋ぎとめようとするキラに折れた。
「…かまわないけど…カバンもって来てないから、じゃあ、正門で」
「はい!!待ってます」
じゃあ、と言って教室に戻っていくイザークを見て、キラはニッコリ笑った。
イザークが教室に戻ると、掃除を終わらせて、ミゲルとディアッカが彼女の帰りを待っていた。
「おかえり〜あの子のジャージ借りたの?」
ミゲルが手をひらひらさせて、イザークを迎える。
「あぁ、自分のジャージが今日ないことをすっかり忘れていた・・・あのまま帰ったら、
本当に風邪引くからな」
イザークは自分の席に戻り、帰り支度を始める。
待っていた二人は、すでに仕度は整っているようだ。
これで本当ならいつも3人で帰るのだが、今日はキラと帰る。
「悪いが、今日はさっきの2年と帰るから・・・」
「え??」
ディアッカが驚く。イザークは意外と人見知りなので、はじめてあった人間に対して、そう簡単にうちとけることはない。
「へぇ〜・・・」
「なんだ、ミゲル?」
「いやいや…じゃあ、ディアッカ俺らも帰るか」
イザークは頭を拭いたタオルを肩からはずし、カバンに入れる。
ミゲル達より、先に教室を出て、正門へ向かうと、正門ではすでにキラが自転車で待っていた。
マウンテンバイクなので、後ろに座席がない。
勿論二人乗りは禁止だが、イザークは送ると言ったのに、まさか歩いて帰るんじゃないだろうな…
とチラッとキラを見た。
「あ、…立ち乗り出来ます??」
良く見ると後輪の中心から両サイドに棒が出ていて、どうやらそこに乗るらしい。
別に、歩いて帰るのでなければ、何でもいい。
イザークは手に持っていたカバンを肩にかけ、キラが先に自転車に乗るのを待って、
彼が乗ったのを確認して棒に足をかけた。
「私の家は、この大通りをとりあえずまっすぐだ」
「わかりました。じゃあ、行きますよ」
イザークから道を聞いて、キラは自転車をこぎだした。
イザークの家は、学校からさほど遠くない。
自転車で10分。
歩いても20分のところにある。
今日は、朝早く起きたので、歩いて学校にきていた。
帰りは面倒なので、ディアッカの自転車の後ろに乗せてもらおうと思っていたが、どっちにしろ、足があってよかった。
「この通りだと…先輩もマティウス市なんですか?」
「そうだ」
「僕もなんです」
表情は見えないが、キラは嬉しそうだ。
道の途中で何度かイザークが自分の家までの道をキラに教え、そして、無事に彼女の家にたどり着いた。
白くて大きい。
イザークの家らしいすっきりとしたたたずまいだった。
「此処だ…わざわざすまなかったな」
イザークは、ひょいっと自転車から降りる。
「いえ、僕の方こそ、先輩に迷惑かけて…」
しゅんとなるキラがイザークには、やっぱり小動物のウサギに見える。
「…気にするな。それと…先輩はやめろ。私にはイザークと言う名前がある。
呼び捨てでいいから、そっちで呼べ」
「!?」
「じゃあな、キラ。また学校で」
薄く笑って、イザークは自分の家に入っていた。
それを見送り、またキラはニッコリ笑った。
キラは家に帰ると、早速同じクラスで幼馴染のアスランに電話をかけた。
ずっとコールを鳴らし続け、ようやっとアスランが出ると、キラは嬉しくてまくし立てるように話し出した。
「やったよ!アスラン。聞いて聞いて!!今日、漸くイザークと話せたんだよ!」
「はぁ…三度目のなんとかてやつだな。で、本当に水かけたのか??」
「うん!もうばっちり、クリティカルヒットってくらいに、で、ちゃんとジャージも貸したんだよ!!
しかもぉ、着替え見ちゃったvv」
「おまえ…」
「やだなぁ、誰も覗いたなんていってないでしょ?カーテン越しにね。イザークほっそいの!!でも、スタイル良かったなぁ」
「はいはい。で、次は?」
「明日ね、イザークが多分教室に今日貸したジャージ返しに来るから、その時、イザークの好きな本でも読んでようと思って!!」
「先輩達に聞いたのか?」
「うん。ヘヘ…早く明日にならないかなぁ」
「はぁ…まぁ頑張れよ」
そう。
イザークが水を被ったのは、キラがわざとやったのだ。
なぜか。
キラはイザークが好きなのである。
最初に彼女を見たのは、彼が1年の時、勿論学校でだ。
噂は聞いていた。
高校に入って、半年目で、廊下ですれ違った。
才媛と名高いイザークは、美人でもあり、きりっとしていて、誰からも注目の的だった。
キラも、そのときは美人な先輩…ぐらいにしか思っていなかった。
しかし、偶然散歩をしていた家の近くの公園で、偶々子犬が捨てられていた。
そしてそこで、捨てられた子犬をじっと見つめて、そこから離れようとしては、戻り、
拾い上げようとしては手を引っ込め、を繰り返していたイザークを見つけた。
キラは、つい気になって、その公園の彼女が見える位置にあるベンチに座って、彼女の行動をずっと見ていた。
1時間ぐらい、イザークはうろちょろして、漸く決心がついたのか、子犬を拾い上げた。
そのときの表情がキラの壺にはまった。
余りにも、かけ離れていたのだ。
一言で言ってしまえば、可愛い。
でも、可愛いだけじゃない。
彼女は物凄く純粋だった。
その笑顔が。
学校では、クールな女性なのに、子犬を抱き上げて、無邪気に笑うその姿は、
普段の彼女からは想像できないものだっだ。
それから、キラはイザークを目で追うようになった。
キラの散歩先の公園もイザークの散歩コースのようで、良く見かけた。
しっかりしているのかと思いきや、実は天然で抜けていたり、ミゲルと言う先輩によくからかわれては、
怒り、時には鉄拳制裁も行われていた。
乱暴でも、子犬の件があるので、本当は優しい。
それから、注意深くイザークを観察するようになり、ついにキラはイザークの御つき(?)の二人に接触を図ったのである。
ミゲルとディアッカはいつも昼食を屋上で食べる。
それを、クラスの女子からさりげなく聞き出し(ミゲルはカッコいいし、
ディアッカもそれなりに人気がある)それとなく、屋上に足を運んだ。
イザークがいると、接触できないと思ったら、彼女はいない。
キラは、チャンスだと思い、思い切って彼らに話しかけた。
「あの…」
「うん??」
そろりと近づきフェンスに寄りかかり座り込んで話していた、オレンジ頭と金髪頭の上級生に話しかける。
「何?どうしたの〜」
優しく返してくれたのは、オレンジ頭のミゲルだ。
「あの…僕、キラ・ヤマトって言います。ジュール先輩のことで、聞きたいことが…」
「イザーク?」
彼女の名前が出てきて、不信そうに声を出したのは、金髪のディアッカだ。
「はい…あの、僕ジュール先輩について知りたくて…で、お二人ならいつも一緒にいるし、
優しいってみんな言ってるので、きっと教えてくれるんじゃないかなぁって」
キラは可愛くそう言った。
それもまぁ、演技と言えば演技なのだが…。
「何お前、イザークのこと好きなの?」
「いや…あの、その」
ここで、即答したら可愛げが無い。
なので、ちょっと、焦らしてみる。
「へぇ…お前何年生?」
「2年です」
ミゲルが、じろじろキラを見る。どうやら値踏みしているようだ。
ちょっと、おろおろしてみて、キラも様子を窺う。
「うーん。どうよ?ディアッカ。俺はいいと思うけど?」
「確かに、見た目はイザークの好みだな。小動物っぽいし…」
「でもなぁ…」
ミゲルがスッと立ち上がり、キラを見つめる。
「お前…猫被ってるだろ?」
「!?」
「そうそう、お前、態度は可愛いけど…目。笑ってないよ?」
ディアッカも立ち上がる。
美形二人に挟まれて、でもキラは後ずさりもしなかった。
「はぁ…顔だけだと思ってたのに、意外と鋭いんですね?」
「はは、お前も意外と言うなぁ〜」
ミゲルがポンポンキラの頭を叩く。
「俺たちも捻くれてるから、同類には鼻がきくのよ…で、本気?」
「勿論!あんな可愛い人ほかにはいません」
「「可愛い???!!!」」
ミゲルとディアッカが同時に叫ぶ。
「あれの?」
「どこら辺が??」
漫才コンビのように、ミゲルとディアッカの声が続く。
「蹴ったりぶったりでしか、愛情表現できないところとか、でも、小動物好きだったりとか…
世話好きだったりとか…純粋です!彼女は」
「お!結構良く見てるねぇ?」
「何?お前もぶたれたいの?マゾかよ!?」
ディアッカに奇異の目で見られて、キラは慌てて反論する。
「違いますよ!!僕はどっちかって言と、サドですから…って何でこんな話してるんだろ。
で、協力してくれるんですか??くれないんですか??」
頭一個分は小さいキラにズイッっと寄られて、二人はニヤリと笑う。
「いいよ!お前気に入った」
「イザークもそろそろ、お年頃だしねぇ…いいんじゃね?」
「やった!!ありがとうございます。じゃあ、もう休み時間も終わりそうなんで、今度はどこに来たらいいですか?」
ミゲルが時計を確認すると、1時10分前だ。
「じゃあ、放課後また此処来いよ。俺たち、今日はイザーク待ってて遅くなるから此処にいるし…」
「わかりました!!じゃあ、また」
キラは小走りに教室へと帰っていった。
「へぇ…イザークねぇ」
ミゲルが腕組をして、キラが去っていった方を見る。
「当たって砕けてるやつは多いけど…間接攻撃ねぇ。アイツやるなぁ」
ディアッカも髪を掻き揚げて同じ方向を見る。
「でも、面白そうじゃないの!当分の間退屈しないな」
「しっかし…アイツ」
「「腹黒そぉ〜」」
ハモった言葉が、屋上に吹く風に消えた。
それからというもの、キラはミゲル達と、ものすごく親しくなり、イザークのことを色々聞き出した。
彼女の趣味が民俗学といういまいち良くわからないものであること。
とにかく本が好きなこと。
得意科目は国語で、意外と美術系の科目が苦手であること。
動物が好きで、その中でも特にウサギが好きなこと。
そして、人見知りな所など。
色々聞いて、3人はイザークとどうやって接触するかを綿密に打ち合わせしていった。
最初の作戦は、『イザークが図書館にいるときに、彼女の近くで、
彼女の興味のありそうな本を落とす』というものだった。
しかし、よほど集中していたのか、近くで、ドサッという音がしたにもかかわらず、全然気がついてくれなかった。
逆に他の図書室を使っている人間に睨まれ、キラはそそくさと退散した。
二度目はイザークにぶつかるという作戦だ。
しかし、意外にイザークの身のこなしがすばやく、ぶつかる前に彼女の方から避けられてしまう。
何度かやったが、結局結果は同じだった。
そして、ついに、バケツの水をかける!!という、なんとも大胆な作戦に移行したのだ。
で、成功した。
アスランが言ったように、本当に3度目の正直だった。
しかし、念願かなってイザークと接触できたので、キラにとってはもうイザークとの関われる方法がどんなものでもかまわなかった。
翌日、イザークはご丁寧に、キラから借りたジャージにアイロンをかけて、キラの教室まで持ってきた。
時間は昼休みを半分過ぎたころ。
教室は、ジャージに組が書いてあったので、すぐわかった。
自分が上級生なので、キラの教室に入ることが憚られる、しかも、なぜか周りの視線がいたい。
キラを教室に発見するも、窓際なので、遠い。
大声で名前を呼ぶのもどうかと思う。
なので、イザークは近くにいた、紺色の髪の少年に話しかけた。
その少年の袖を掴む。
「ヤマト君を…呼んで欲しいんだが」
引き止められた少年=アスランは、昨日電話で話していたことが本当になっていて、ちょっとびっくりした。
「あーはい。ちょっと待っててください」
アスランは、小走りでキラの所に行き、耳打ちする。
「先輩来てるぞ。ホントにやったんだな…」
「へへ…」
キラは笑うと、すぐにイザークの方を向き、手を振る。
そして、彼女がいる教室のドアへと、読んでいた本を持って駆けつけた。
「すいません、わざわざ」
「いや、これ、助かった」
イザークがジャージの入った袋を渡すとき、キラはわざと本の表紙が見えるように手を出した。
「ん?その…」
キラの計算どおり、イザークがキラの持っていた本に興味を示す。
今日持ってきたのは、イザークが最近はまっているとミゲル達から聞いた作家の最新小説だ。
「あ、本ですか?この作家面白いですよね?もしかして、イザークも好きですか」
そして、さりげなく、昨日言われたように呼び捨てにする。
「あぁ…でも、その本はまだ買っていない」
興味深そうに、イザークが本を眺めているので、キラはまた此処で恩を売っておこうと考えた。
「良かったら、読みます??」
「いや…出たばかりだし、悪いだろう?」
でも、顔が読みたそうにしてるけど??なんてキラは思いながら、もう一声かける。
「もう、読んじゃったし、じゃあ、この人の初期の作品とか、イザーク持ってます?」
「あぁ…」
「なら、それ貸してください。だったら、いいでしょ??」
キラは、持っていた本を渡して、イザークに明日にでも自分に貸す本を持ってきてくれればいいから、
と言って、今日は別れた。
「ちゃっかり、次に会う約束取りつけるの忘れないんだな…」
イザークが去ったのを見計って、アスランはキラの元へ来る。
「勿論。こうやって少しずつ仲良くなってけばいいんだ。でも、イザーク、鈍いって聞いたから、
アタックはするつもりだよ?」
「まーお前の性格がばれない程度に頑張れよ?」
「アスラン、君失礼だよ?僕はこんなに純粋で、イザーク好みの小動物なのに…」
「見た目だけだろ!!」
という会話がイザークのあずかり知らぬ所で行われていたのだった。
その後何度か、本の貸し借りというとことで、キラとイザークは会った。
そして、キラが自分と趣味が本当に良く会うと思ったイザークは、前々から行きたかった美術館へとキラを誘った。
ミゲル達を誘おうと思ったのだが、(ミゲルは車の免許を持っているので、
運転手代わりに使おうと思ったが)用事があるので断られた。
ディアッカも同じくだ。
本当は、共謀してキラとイザークでそこに行かせようという作戦だったのだ。
イザークはあっさりとその作戦に引っかかっていた。
キラを誘うと、物凄く喜んでくれたので、またその時の表情が小動物とかぶって、イザークもなんだか嬉しくなってしまった。
二人は美術館へ行き、あれこれと話しながら、夕方まで楽しんだ。
キラはそれがデートのようなものだと思っていたのだが、後でミゲルに聞くと、
別にそんなこと何にも言ってなかったと言われたので、
もうちょっとアピールが足りないかな?と考えた。
しかし、ミゲル達からすれば、キラといるときのイザークは、自分達といる時よりも、
この頃は楽しそうなので、ちょっとは脈有かな?などと考えていた。
イザークとディアッカ・ミゲルは幼馴染で、本当に小さい頃から一緒にいた。
幼い頃のイザークは本当にお人形のように可愛らしく、 女の子らしかったが、
大きくなるに連れて、なんだか変な方向に成長してしまった。
男と長く一緒にいて、成長してしまったからだろうか、また彼女の母親も少々男勝りな部分があるので、
イザークは、顔は美人だが、性格は思いっきりたくましく成長してしまった。
そんな中でも、動物好きだとか、可愛いものが好きという部分は女の子らしかったので、
ミゲル達も安心してはいたが、18になったというのに、
恋愛沙汰にはまったくと言っていいほどイザークは興味がなかった。
小説が好きだといっても、いつも読んでいるのは、推理物か歴史・文化等のお堅いものばかり。
容貌で、寄ってくる男は多いが、天然も入っているので、それをかわし、以外と腕っ節もいいので、変なヤツには容赦が無い。
ミゲル達はそんなイザークを少々心配していたのだ。
自分達は、イザークに愛情こそ持っていたが、それは恋愛感情ではない。
親が子を見守るような感じだ。
なので、早くそっちにも目覚めてもらいたかった。
なぜなら、自分達の恋愛が、イザークがいる為中々出来ないのだ。
そろそろ、イザークのお守りを誰かと代わりたいと思っていた。
そこでキラの出現だ。
見た目の可愛さと、中身のギャップ。
意外に計算高く、賢そうなので、そういったところでは正反対のイザークとはもしかしたら合うのではないかと思った。
そして、イザークを「可愛い」といった。
美人だという話は聞いたことがあるけれど、可愛いという男は初めて見た。
コイツなら、大丈夫かな?と二人は思った。
11月に入って、本当なら文化祭シーズンなのだが、ザフト学園は6月に体育祭と一緒に済ませてしまう。
(入学又はクラス替えで新しく出会った友人との絆をこの行事で深めるためらしい)
なので、11月は他の学校と違いそんなに忙しくない。
キラはすっかり親しくなったイザークを、今度は自分からデートに誘った。
勿論イザークとしては、年下の友人とお出かけ程度でしかなかったが、
彼女に少しでも恋愛対象としてみてもらうために、映画の試写会のチケットを手に入れていた。
しかも、内容が今の自分達と同じような、年下の男が、年上の女性に恋をして…という、結構ベタな恋愛ものだ。
キラは放課後イザークの教室まで行き、ミゲルにイザークを呼んで貰って、廊下でチケットを見せた。
「恋愛物?」
「はい、たまたまもらったんで、もしよかったら、行かないかなぁ?って。どうですか?」
「いや…」
イザークは恋愛物が苦手だった。
なんか、こうむず痒いような、じれったいような流れが、あまり好きではなかった。
「もしかして、嫌いですか?」
ちょっと可愛く、聞いてみると、イザークが「うっ!」とした表情をする。
小動物アタックが効いている様だ。
「嫌いなら…いいんです」
「いや、行ってもいいぞ?チケット無駄にしたら、もったいないし」
キラは、心の中で「よっしゃー」とガッツポーズをして、
時間と日時を教えて自分の教室へと戻っていった。
「キラ、何だって??」
今日は、ディアッカが委員会で遅くなるので、
ミゲルと二人でディアッカが帰ってくるのを待っていた。
廊下から戻ってきたイザークを机に座ったミゲルが呼ぶ。
「映画に行こうって」
イザークがチケットを見せる。
「ん?それ恋愛物じゃん。イザーク好きだっけ?」
ミゲルは予め、キラからイザークを恋愛映画に誘うということを聞いていた。
でも、今回、イザークは断るだろうなと思っていたのに、彼女は誘いに乗っていた。
「イザーク見たかったの?」
「いや、なんか断れなくて…」
勿論、小動物がうるうるしてこっちを見ていたなんて事はイザークは言わない。
「そっか…」
「あら?その映画…イザークさん見に行きますの?」
教室に、クラスメイトのラクス・クラインが入ってきた。
彼女はディアッカと同じ委員会で、どうやら彼より先に戻ってきたようだ。
「え?あぁ…」
ラクスはピンク色の柔らかい髪をなびかせて、イザークの所まで来る。
性格は正反対だが、別にこのクラスメイトとイザークは仲が悪いというわけではなかった。
「その映画、主人公の男性が年上の女性に恋をしてしまう話ですわ」
ラクスはふんわり微笑んで、「わたくしもみたいとおもってますの〜」と言った。
「年下…」
そう言われて、なぜかイザークはすぐにキラの顔が浮かんだ。
休日の繁華街はやはり混んでいる。
しかも、夕方となればなおさらだろう。
家族連れやカップルなど、大勢の人間が歩行者天国と化した大通りを横切っている。
映画の時間は午後6時から。
映画館の最寄り駅での待ち合わせ時間は5時半。
イザークは律儀に10分前には到着していた。
恋愛映画を見に行くのも、それを年下といえ、男と見に行くのも、イザークにとっては初めての体験で、
いつもなら気にもしないのに、ラクスから映画の内容を聞いてしまったため、なんだか落ち着かない。
『年下の男が…年上の女と…』
思わず、変なことを想像しそうになって、イザークはプルプル頭を振った。
駅の改札のすぐ横の壁に寄りかかり、イザークはキラの到着を待った。
程なくして、キラも着き、二人で映画館までの道のりを歩く。
キラはいつもと同じだが、イザークはやっぱり様子が変で、キラをまともに見ることが出来ない。
ポツリポツリと会話をして、映画館に入った。
中はもうすでに人が沢山いた。
チケットに席番が書いてあったので、座れないということはなかったが、
パンフレットは売り切れで、イザークはそんなに有名な映画だったのか、と驚く。
そして一番驚いたのが、カップルが多いことだ。
妙なオーラにイザークはめまいがした。
何か雰囲気が違うのだ。
しかし、とりあえずキラに促されて、席に着くと、
キラは飲み物を買いに行くといって一人で出て行ってしまった。
慌てて、お金を渡そうとすると、「デートなんだから、おごらせてよ」との返事。
ますます、イザークの頭は混乱して、キラが戻ってきても、映画が始まっても、落ち着かなかった。
映画が終わったのは、夜の八時。
二人とも、別に門限があるわけでもなく、とりあえずお腹もすいたので、
一端自分達の家の最寄り駅に戻ることにして、そこで食事を取ろうという話になった。
電車の中で、ちらりとイザークを見るキラ。
彼は、気がついていた。
明らかに態度が変なイザークは、自分を意識しているのだと。
しかし、それをイザーク自身の中で消化し切れていないため、彼女は今混乱している。
それは、悪い方向にではなく、自分にとっては勿論いい方向で、
鈍い彼女が、ようやく自分を男として意識してくれているのだ。
こうなったら、押して押して!と思うが、何しろ相手はイザーク。
恋愛経験もない、そういう面で言ったら自分より奥手だ。(別に、キラもそう遊び人というわけでもないが)
その、かたくなな心をどうやって開かせてゆけばいいか。
キラは好きになってもらわなければいけないのだ、イザークに。
彼女はきっと流されるから。
汚いことを知らないから、いいかどうかわからないから、流される。
そうキラは確信していた。
現にこうやって、自分に流されているのだ。
そこから、もう一段乗り越えて欲しかった。
自分から動いて欲しい。
そのきっかけを与えるのは勿論自分だ。
なんともエゴイスチックだが。
自分が好きだと言ったら、「私も好きだ」と言って欲しいのだ。
「うん」でも「はい」でもない、その場で確かな答えが欲しい。
なあなあにしていては、彼女は捕まえられない。
駅について、夕飯を食べるべく、ファミリーレストランに入る。
4人がけのテーブルに通してもらい、対面で座る。
食べたいものを適当に注文して、来るまでの間、見た映画の話をする。
しかし、イザークはほとんど覚えていなかった。
隣のキラが気になってしょうがなかったのだ。
後は、回りのカップル。
肩を組んだり、ひそっと耳打ちしあったり、仕舞いにはキスシーンまで生で見てしまって、本当にイザークは混乱していた。
「来るんじゃなかった!」とまで思って、本気であの場から抜け出そうと思ったのだ。
でも、キラや周りの人間が気になったので、出たいなどと、言えるわけもない。
そして、映画自体も、学園がベースで、恋愛成就までの経過途中が自分達と
同じようなパターンだったのだ。
もー見るに耐えない、しかし、寝てしまうのは折角誘ってくれたキラに悪い。
息が詰まる2時間に耐えてファミレスに入り、漸くイザークは落ち着くことが出来た。
「でもさぁ、なんか途中まで僕達と同じような経過を辿ってたよね、あの映画の二人」
核心を突くように言われて、イザークは顔を真っ赤にさせる。
それを悟られたくなくて、水を飲む。
もうそれからは、食事どころじゃなくて、頼んだ料理の味も何も覚えていなかった。
「でねぇ〜もーイザークったら本当に可愛くって!!
本当にあーゆー映画見たことないんだってのが丸わかりなんだよ!!」
「…よかったな」
イザークを家まで普通に送り、キラはいつもの近状報告をアスランにしていた。
「だいぶね、いい感じだと思うんだ。あの反応。でもね、作戦はこれからだよ?」
「告白して、はい終わりじゃないのか?」
アスランの持つ受話器から、はぁ〜というため息が聞えた。
「まったく、わかってないね。僕はね、イザークと両思いになりたいんだよ?
イザークにこれから好きになってくれればいいよ。なんて言えるわけないだろ?
今告白すれば、こうならざるを得ない!僕は譲歩する気はないよ!!
彼女が僕に告白するぐらいじゃないと駄目なんだよ!!」
「…そんなに上手くいくのか?」
「任せて!もう策は練ってある。此処までが順調すぎて、ちょっと怖いけど。
もう、こうなったら行く所まで行くしかない!!今日は押して押してだったから、今度は引く!!」
「どう引くんだ?」
「カガリを使って…僕に告白してもらう!!」
「そんなんで、上手くいくのか??第一、カガリはお前の妹じゃないか」
「へーき。だって僕、妹がいるなんてイザークに話したことないもん。カガリに、
告白してもらって、それをイザークに目撃させて、その様子を見て、また考えるよ」
「はぁ…頑張れよ?」
今日の出来事を次の日学校でミゲル達に話すと、二人は目を見開いて、固まった。
「まじで!!まじで!!あの、イザークがぁ??」
ミゲルははしゃぐ。
「こうなりゃ時間の問題かぁ…」
ディアッカは結構落ち着いていたが、さりげなく寂しそうだ。
「で、さっき話したことですけど、やってくれるんですよね??」
「あぁ、目撃させればいいんだろ?」
「俺らでも、それ見たイザークの反応ちょっと想像つかないけど…まぁ」
やってみましょう…。
ということで、「引く」作戦。
他の女が自分に告白して、自分が困っているという、場面を見せる。
そして、その女との会話の中に、さりげなく、まんざらでもない台詞を入れるのだ。
悶々としてくれればよし。
そこで、ミゲルとディアッカが登場し、さりげなくイザークに諭すのだ。
「キラのこと好きなんじゃないのか?」と。
そして、自覚したイザークに、キラが告白して、お互いに好きだと言い合い、
二人はめでたく両思い!そういう、構図をキラは頭の中に描いていた。
しかし、イザークは悶々とさせられる前に、すでに悶々としていた。
キラのことが頭から離れないのだ。
勉強をしようとしても、中身が入ってこない。
その代わりに本を読もうと思っても。
今日の出来事が忘れられない。
自分は、小動物が好きだから…と言い聞かせても、明らかに、映画を見た後のキラが小動物に見えなくなっていた。
今、自分の家にいるであろう、拾ってきた子犬とキラは、今では全然違うものになっていた。
キラが、一人の男に見える。
昨日見た映画の主人公の思考が、そのまま、イザークに流れ込んでくるような感じだ。
映画のあの女の子も、今の自分と同じように、思い悩んでいた。
「恋」
自覚してしまった時、怖くなる。
イザークは、自覚しつつあったのだ。
キラが思っているより早く。
でも、確信までには至っていない。
何でキラのことばかり考えるのか。
それを「恋」だと思いたくなくて、イザークは悩んだ。
こんな気持ちになったことない。
どうしていいのか、判らない。
放課後の教室で一人、イザークは頬杖をついていた。
かなり待たされて、ミゲルが教室に戻ってきた。
そして、いまさらながら「今日は一緒に帰れない」と告げる。
ディアッカも帰れないというので、仕方なくイザークは一人で帰るとこにした。
「いい?カガリ。台詞覚えた??」
他校の妹をわざわざ引っ張り出して、キラは作戦実行の機会を窺っていた。
「あぁ、なんか、気色悪いけど、兄のために頑張ろう」
「じゃあ、もう一回確認で…」
学校の正門のわずかな木の陰。
結構目に付くが、ミゲル達に、ぎりぎりまでイザークを学校にとどめておいてもらったため、
周りに生徒の影はない。
「えっと、好きですっていって…こうだっけ??」
もう一度確認で、カガリがキラに抱きつく。
「違うって!!そこは…」
カガリがキラに抱きついた瞬間、なぜか後ろからガサッと音がする。
「あ…」
そこにいたのは、イザークで、なんともタイミングの悪い所に現れてしまった。
告白現場を見るのではなく、ただ、抱き合っている場面を見られてしまったのだ。
しかも、キラとカガリはお互いがお互いを抱きしめてしまっていたため、
どう見ても抱き合っているようにしか見えない。
キラがどうしていいか悩んでいるうちに、イザークのほうが後ずさった。
「わ、悪かった。じゃ…邪魔するつもりじゃ、なくって」
一歩一歩下がりながら、イザークは頭を振る。
そして、キラは見てしまった。
イザークの目から大粒の涙が、あふれそうになっている所を。
本当は、ちょっと遠くから、イザークに目撃される予定だった。
それで、反応を見ようと思っていたのに、まさか、後ろから、
こんな近距離で見られるとはキラも思っていなかった。
何で裏口から出てきたのか。
ここで、キラの計算が初めて狂った。
「あの…これはね」
キラがカガリから離れていいわけを言う前に、イザークは元来た道へと駆け出していた。
こんな所まで、計画に入っていない。
とにかく、泣いているイザークをほっとけるはずもなく、カガリをその場に残して、キラは彼女の後を追いかけた。
本当はそのまま帰ろうと思ったイザークだが、なぜか足がキラの教室に向いてしまった。
会いたくなったのだ。
昨日のことを謝りたかった。
折角誘ってもらった映画を全然見ずに、ほかの事を考えてしまっていたことを。
イザークは昇降口で靴に履き替えて、そこから、ぐるりと学校を一周して、キラの教室の外に来た。
キラの教室は一階なので、中が見える。
中にいるか確認して、彼がいなかったので、ちょっとがっかりした。
そして、そのまま、裏から正門に回ったら、運悪く、さっきの現場を目撃してしまったのだ。
見た瞬間、自分の中の何かが崩れた。
そして、気付く。
「恋」という気持ちに。
泣いているところを見られたくなくて、走って走って、靴を玄関に履き捨てて、イザークは自分の3階の教室まで戻っていた。
誰もいない教室の後ろの隅に座り込み、泣きじゃくる。
両手で顔を覆って、嗚咽をこらえることもせず泣く。
キラが他の知らない誰かと抱き合っていたのを見て、無性に悲しくなった。
胸が張り裂けそうだった。
『これが恋だ』
映画のヒロインが言っていた。
『好きになって傷つくのが怖い』
この気持ちがそうだ。
「キラが好き…」
泣きながらポツリとイザークがつぶやく。
デートといわれて、嫌ではなかった。
キラと一緒にいて、嫌だと思ったことはほんの一度もなかった。
恥ずかしかった事ならある。
でも、それさえも、今思えば嫌な事ではない。
「キラァ!!キラァ!!キラが好き!」
誰もいないので、恥ずかしげもなく大声でそれを口にする。
口に出して言わないと、吐き出さないと、苦しくて苦しくて、気がどうにかなってしまいそうだった。
でも、言ってもちっとも楽にならない。
苦しさが、言ったことでさらに増して、イザークの心を苛んだ。
「…イザーク??」
キラは漸く彼女を見つけた。
教室の隅で泣き、そして、自分の名前を呼び好きだという彼女を。
人の気配に気がついて、イザークが顔を入り口に向ける。
それがキラだとわかると、立ち上がって、またどこかに行こうとした。
「待ってイザーク!!」
キラが立っていた側とは反対の入り口から、廊下に出ようとしたので、
キラはイザークが廊下に出る頃を見はからって走り、丁度階段付近で彼女の腕を掴む。
「嫌だ!!離せ!!私を見ないで…」
腕を振り払いたくても、払えない。
「イザーク!!あれは誤解だ!」
「嘘だ!!だって、抱き合ってた!」
「だから!!」
「こんな時間まで、誰が残ってるんだ!!!」
突然の教師か管理人の声に二人で一緒に静かになった。
キラがあたりを見回しても誰もいない。
廊下から外を見れば、もう日も落ちて大分立つ。
11月なので、日が落ちるのが早い。
カツンカツンと階段を上り誰かが歩いて近づいてくる音がする。
キラは、イザークをすばやく階段横の防災扉と柱の陰に隠し、座らせて、
自分もそこに隠れて息を潜める。
此処で泣いているイザークを教師に見られるのは非常にまずい。
だんだん音が大きくなって、キラ達と教師の距離が柱を挟んだ分しかなくなった。
教師の息遣いも聞える距離。
しかし、キラとイザークは息を潜めてその場を何とかやり過ごした。
教師が去って、足音がだんだん小さくなったころ。
キラは一息つき、自分の体勢がヤバイことに気がつく。
イザークを柱に押し付けて、自分がその上に馬乗りになっている。
つまり押し倒しているような格好だった。
イザークは放心状態で、何がなんだかわからないような顔をしていた。
これ幸いと、キラはイザークを抱きしめる。
「好きだよ…イザーク。僕は、君が好きだ」
抱きしめられて、イザークも漸く状況を飲み込む。
離れたいけど、離れたくない。
この言葉を信じたい。
でも、あの場面が頭から離れない。
「でも…でも…あの子」
「…じゃあ、これなら信じてくれる?」
キラは優しくイザークの唇にキスをした。
「キスは、好き人としかしないよ?」
ほんのちょっと触れあって離れる軽いものだったが、
イザークを信じさせるのには十分な効果があったようだ。
映画の主人公の男が言っていた台詞だ。
「信じて、いいのか?」
「うん」
お互い向き合って、額をあわせる。
「僕もイザークの、教室での台詞…信じていい?」
「き、聞いてたのか!!」
「うん」
赤くなって…でも、うつむかずに、まっすぐキラを見つめて。
「信じていいぞ」
イザークが強く言う。
「じゃあ、もう一回。僕はイザークが好きです」
「…私も、キラが好きだ」
二人はクスッと笑いあい、今度はイザークからキラにキスをねだった。
「で、結局あの子は誰だったんだ?」
あの後、こそこそと玄関まで靴を二人で取りにいき、しかし、玄関が閉まっていたので、
キラの教室の窓から、二人は学校を抜け出した。
職員用の門しか、開いておらず、自転車も出せないので、仕方なく二人は歩いて帰ることにした。
「え、妹。あっ…と」
キラがついうっかり言ってしまい、ヤバイといった顔をしたのをイザークは見逃さなかった。
「…お前妹なんていたのか?じゃあ何で、抱き合ってなんか…」
「え??それはぁ〜」
キラはあくまで白を切ろうとしたが、イザークは疑いの目を向ける。
「言えないのか??」
凄まれて。
仕方なく、すべてを話すこととなった。
「お前!!!!」
「ごめん!!」
とりあえず、どこか話せる所で、ということになり、お互いの散歩コースである公園に行くことになった。
時間は夜の7時を少し過ぎた頃で、さすがに人はいない。
ベンチに座り、キラは渋々話しだす。
バケツのことから、妹をダシに使っての芝居まで、またミゲルやディアッカが共犯者であること。
赤裸々になっていくにつれて、イザークの額の筋が増えているようだった。
「でもね、イザークが好きなことに変わりはないよ。好きじゃなきゃ、さっきも言ったけど、
キスなんてしない。こんな回りくどい計画立てない!!」
キラが力説する。
それもなんだか変な話だが。
「馬鹿モノ!!だったら、そんな歪んだことしてないで、直接言えばいいだろうが!!」
「言ったって、きっと取り合ってもらえてないよ?」
「…確かに」
それは当たっている。
だが、自分の身になってくれ。
いきなり関係を持ちたいからと、バケツの水をぶっ掛けられては、たまったもんじゃない。
「どんなことしてでも、イザークとの接点が欲しかったんだ。年下っていうリスクもあるし…」
「…」
イザークが複雑な顔をする。
「だって、お前、あの日、あんなに一生懸命、走ってきてジャージ貸してくれたのに、
それも全部演技だなんて…」
「いや、だって、小動物のほうが好きって先輩から聞いてたから…」
「つまり、私を騙していたんだな?」
そう言われるとキラも辛い。
しかし、実際イザークはキラの話し方が少々変わり、地が出てきても、
そんなに違和感もなく受け入れている自分がいると感じていた。
むしろ、この方がしっくり来るようなかんじだ。
「でも…こんな僕は嫌い?」
ニヤリと笑うその顔は、もう、全然小動物なんかじゃない。
可愛げない。
でも。
「うぅ…嫌いになれるわけないだろ!!!!」
本当は、計算高くて、ちょっと狡賢くて…でも、嫌いになんてなれない。
「だよね〜」
自慢げにキラが言う。
「私のために、小説読んだり、美術館行ったり、映画のチケット取ったり…ミゲル達に相談したりして、
そんなことまでしてたって知ったら、嫌いになるよりむしろ、もっと好きになった」
「うわ!!イザークそれ直球すぎ」
素直なイザーク。
言葉を飾ることを知らない、純粋な彼女。
隣に座るイザークをぎゅっと抱きしめて。
当たりは暗くて、肌寒いけど、気にならなかった。
最初に君に罠を仕掛けたのは僕だけど、君のその純粋な素直さが僕への罠になりそうだ。
いや、もうとっくに僕のほうがかかっていたのかもしれない。
これから、君を好きになった瞬間の話をしよう。
それがすべての始まり。
END