少し古風な百の御題
設定
敦盛→平家の姫 将臣→平家の騎士 経正→平家の長
001. 雪の果て
「将臣殿はどこに行かれたのですか!!!」
「知らぬ…お前を手篭めにした輩などどこへでも行けばいい」
「兄上!!!」
長く降り続いた雪が漸く溶けた時。大好きなあの人も、その雪とおなじくして敦盛の前から消えた。
この国の軍事元帥であった将臣は敦盛の幼い頃からの憧れだった。
漸く思いが通じたとき、それをこの国の長である兄上に知られてしまった。
平家にとって一人娘の敦盛は、決められた結婚をして平家の繁栄に貢献しなければならなかった。
それが彼女の使命であった。
勿論敦盛もそれをわかっていたけれど、将臣に会って変わってしまった。
執務室に押しかけて、兄に問いただしても、彼は知らないの一点張り。
「お前にはもっと相応しい相手がいる。あんな奴のことなど忘れてしまいなさい…」
「っ…」
敦盛の悲痛な顔に目もくれず、兄経正はさっさと部屋に戻れとでも言うように仕事の書類を出してきた。
こうも頑なに突っぱねられれば、もう敦盛には何もいえない。
敦盛は何も言えずに経正の部屋から出て行った。
経正の執務室を出ると、目の前は縁側のようになっていて、広大な庭が広がっていた。
所処に雪が残っているものの、すでに庭にある桜の木の芽がほころび始めている。
「はぁ…」
柱に寄りかかって、庭を見つめる。そういえば、此処で将臣と雪だるまを作ったこともあった。
敦盛の目から涙があふれた。
雪の果て=雪が溶けて消えること
002. 無邪気
あの国から少しはなれた山の中には、まだ雪が残っていた。
将臣はその雪を踏み分けつつ、森の中を歩く。
春とはまだ縁遠いこの山の中。それでも、雪の少し盛り上がった所を手で探ると、かすかに感じる春の訪れ。
「タンポポか…」
まだ葉だけだが、これから春にかけてぐんぐんと成長するのだろう。
「敦盛…」
振り返っても、ただ森が続くばかり。しかし、将臣の目線の先には、もといた国が確かに見えていた。
将臣と敦盛の出会いは、5年以上も前。敦盛が12歳になるかならないかの時期だった。
当時15歳の将臣は、両親を早くに亡くしつつも、文武に豊かな才を現していた。
国の長に認められ屋敷に招かれていたところに、彼は敦盛と出会った。
広大な庭で、紫の髪を振り乱して鞠を追う姿は、無邪気そのもの。元気が良すぎて彼女は転んでしまった。
しかし、回りには誰もいない、将臣もこれから長と会うので、誰とも知らぬ子供を助けている時間は無い。
一人で起き上がるだろうと、そのまま廊下を歩くが起き上がる気配が無い。
将臣はやはり心配で、廊下を飛び越えて、庭で転んでいる少女の所へと走っていった。
「おい、大丈夫か?」
中々起き上がらない少女に声をかける。
「…お花が…綺麗です」
「はぁ?」
少女の寝転ぶ先には小さな、紫のスミレ。少女はこれを転んだ時に見つけてずっと見ていたのだ。
花から目をそらさずに、話す少女。
「小さいのに…とても綺麗…ふふっ」
「でも、いい加減起きないと、その着物泥だらけだぜ」
「えっ…あわわ」
急いで起き上がった少女と将臣は目が合った。そこに咲くスミレと同じ紫の瞳。それ以上に濃い綺麗な髪。
引き込まれた。
「っ…」
一瞬将臣の動きが止まった。
「敦盛!!」
「あっ…兄上ぇー」
その声で、将臣の止まっていた動きが動き出す。目の前を敦盛と呼ばれた少女が走っていく。
その先には、長の姿。
長、経正も廊下から降りて、走ってくる敦盛を受け止める。
将臣も長の姿を見つけて、彼らの元まで走っていった。
「お転婆が…さぁ、紹介しよう。今日からお前の家庭教師になる人だよ」
「はい!!」
「将臣君。今日から私の妹を…敦盛をよろしく頼むよ」
運命を感じた。
003. 花笑
この国の元服は16歳。国の長の妹である敦盛も、この日の誕生日を持って成人となった。
さすがに長の妹という身分。祝いも相当で、当人の衣装も実にきらびやかだった。
この日のために用意された最高の絹で織り上げられた着物。頭には金や銀、小さな宝石をちりばめた飾り。
しかし、敦盛の機嫌は斜めだった。
「重いです…」
「まぁ…そりゃあ…そんだけ乗ってりゃあ重いわなぁ」
来客が引っ切り無しに訪れては、祝いの言葉や贈り物をしていき帰る。
朝から晩まで、敦盛は接待のしすぎで疲れ果てていた。
しかし、夕食の宴まで兄である国の長が用意しているので、この重くて息苦しい着物や飾りとはおさらばできない。
家庭教師の将臣だが、今日は敦盛の世話役としてずっと彼女に付き添っていた。
将臣が部屋の窓から外を見るとまだ日が高い。まだ宴の時間までには小一時間ありそうだった。
「ちょっとじっとしてろよ」
将臣は敦盛の背後に回って、彼女の髪飾りをゆっくりと丁寧に一つ一つ取っていった。
「あ…大丈夫なんですか…取っちゃって」
「ん?まぁ、重い重い言ってるし…。配置は忘れないから大丈夫だ」
文句を言っていた割には、いざ外すとなるとちょっと気が引ける敦盛の性格。
それを判っていて、将臣は自ら勝手に飾りを取っていった。
「相当重かっただろ」
敦盛の髪型は腰まで伸びる長い髪がすべて頭の上でくくられており、そして大量の髪飾り。
将臣が外した飾りを見てため息をついた。
「ずいぶん楽になりました…将臣殿、ありがとうございます」
ゆったりと時間が流れていく。
他の使いの者は、忙しく動き回っているのか、廊下のほうにはドタドタという音が響いている。
しかし、此処はまったり空気。
「敦盛ももう大人だな…ほら…おめでとう」
ぽやーと畳に座っていた敦盛の目の前に差し出される小さな箱。
「元服のお祝いだ。気に入るかは…わかんねーけど」
「わ…私に?」
思ってもいなかった贈り物に、敦盛は目を真ん丸くして喜んだ。
「あけてもいいですか!!」
箱を覆っている紐をとくと中からは小さな耳飾。
「これ…」
敦盛が何かを気付いたように将臣の耳元を見る。いつもつけている彼の耳飾がなくなっていた。
「…いいんですか」
「あーずっと欲しがってたろ。こんなもんが贈り物で悪い気するけど…」
将臣の耳飾は彼の髪の色とよく似た青色の宝石で出来ていて、敦盛は大分前に欲しいと言ったことがあった。
しかし、親族の形見という話を聞かされて以来、強請ることはなくなっていた。
「でも…それは形見の品で…」
「まぁ、未練たらしくこんなの持ってるのもな…でも、だからってやるんじゃないぞ。
俺は、お前だからこれを譲ろうと思ったんだからな」
将臣は泣きそうな敦盛の額をコツンと指で弾く。
「はい…大切にします」
さっきまで泣きそうだった顔が、もう花がほころぶような笑顔に変わっている。
このクルクルと変わる愛らしい表情。
元服を迎えても、この先どんなことがあってもこの花の笑顔を守ろうと将臣は強く想った。
花笑(かしょう)=開花の事
004. 夢見鳥
成人した敦盛はどんどん綺麗になっていく。
それは、幼虫が蝶へと変貌するように…綺麗で儚い美しさだ。
「敦盛、今日も元気かな?」
「兄上…私ももう立派な大人なのですから、そのように甘やかしてもらっては困ります!」
毎日のように経正は敦盛の部屋に来て、この質問をする。
いつものやり取り。
妹が可愛くて仕方が無い経正はついついと敦盛を過保護に扱ってしまう。
敦盛とて邪険にはできないので、口では文句を言いつつも、結局は許してしまうのだ。
そんな兄と妹の談笑をいつも将臣は近くで聞いていた。
時には中に入り、喧嘩の仲裁をしたり。
それはとても楽しいひと時でもあった。
ある日の夕暮れ。
将臣はどうしてもという知人からの頼みで、道場の出稽古に出ていた。
彼ほどの剣の使い手はそうはおらず、将臣はよく声をかけられていた。
しかし、敦盛の警護や長との関係上、なかなか勝手に外に出向く機会がなかった。
そんな彼に、たまには暇をと経正も思ったのだろう。
数日の休暇を将臣に与えた。
将臣がいなくなると、敦盛も最初は自由に一日を過ごしていたが、段々とつまらなくなる。
結局、彼が休みを取って3日で音を上げた。
普段から、これといった仕事も無く、やらなければならないことも敦盛には少ない。
しかし、将臣と過ごす日々はとても充実していて、時の流れるのを忘れるほどだ。
「一日って…こんなに長いのですね・・・」
部屋から出て、大きな庭の見える縁側に座る。
日が沈み始めて、遠くの池の水が真っ赤でキラキラしていた。
「…寂しい」
ポツポツと独り言を呟いて、敦盛は庭へ続く階段から、降りた。
女官の靴だろうか。少し、質素な下駄を履いて、庭にでる。
庭はこんなに美しく、綺麗なのに。
敦盛は全然感動しない。
クルクルとその場で着物の袖を広げて回ってみても、つまらない。
敦盛はしょんぼりと肩を落として、また呟いた。
「将臣殿…」
「どうした?」
敦盛の背中から、すっと手が伸びて、後ろから抱きしめられた。
それは、ずっと待っていて、知っている声と香。
後2日は道場にいるつもりだった。
しかし、何かやるせなさや不安を感じて、結局将臣は3日で戻ってきた。
経正に戻ったと挨拶をしにいくと、らしいな…と苦笑された。
その後、敦盛の部屋に行ったが、誰もいない。
おかしいと思って、部屋から出ると、真っ赤な夕焼けが見えて、目線を落とすと、見慣れた姿。
一人庭にたたずんで、クルっと回ったその姿は、まるで飛べない蝶のよう。
着物の金糸が夕焼けを反射し、光るが、段々と暗くなる空に吸われてしまう。
それが物悲しくて、とても儚くて。
将臣は目を離さず、敦盛のところまで歩いた。
そして、聞いてしまった。自分の名を呟く彼女の悲しい声を。
「ま…将臣殿?」
「ただいま…冷えるぞ?」
敦盛は、クルッ正面を向いて、顔を確認した。
ニカッと笑う顔は、敦盛が誰よりも待ち望んでいた相手だ。
「おかえりなさい…」
一番の笑顔で、そう言う。
「っ…」
将臣は笑顔の敦盛の顔を大きな手で包むと。
そのまま顔を近づけて。
「敦盛…」
「ぇ…」
柔らかい唇が、敦盛の唇に触れた。
将臣は捕まえてはいけないものを捕えてしまった。
夢見鳥(=蝶)
005. 意地悪
敦盛の唇に触れた暖かいもの。
将臣の唇。
それは口付け
敦盛は、もう何も知らない子供ではなかった。元服もすんでいるし、それなりの知識も持っている。
意味を知っているだけに、彼女は眠れぬ夜が続いていた。
あの口付けの後、将臣はすぐにその場を立ち去ってしまった。
その後も、いつもと変わらぬ態度をとり続け、敦盛も『忘れよう。実は何もなかったのだ…』と、思うように努力していた。
しかし、将臣は彼女の家庭教師。
一緒に過ごす時間は長く、敦盛は息が詰まりそうになる。
それでも、与えられた課題をやり、この国の繁栄のため少しでも自分が役に立てれば…と勉学に勤しんだ。
「今日はこれで終わり。じゃあ、また明日」
夕方。最後の授業が終わった。
少しよそよそしい気はするが、いつもの笑顔。いつものように最後は頭をなでてくれる。
何も変わらない。
でも・・・なにかさびしい。
敦盛は、今日こそは。と思い立って、部屋を出て行った将臣の後を追いかけた。
将臣は足が速い。
敦盛は見失わないように彼の後を追った。
長い廊下を抜け、将臣が屋敷の外に出る。その前に声をかけなければ…。
「将…っ」
敦盛は外履を履くこともままならないまま、屋敷を出る。
しかし、門を出てしまう…というところで、将臣は足を止めた。
彼は、敦盛の声に気づいたわけではなかった。彼女のほうを振り向かずに、門の外を見ている。
すぐに敦盛は外から誰かが来たのだと判った。
将臣の前には、敦盛も知っている貴族の娘である女性が現れた。
将臣と同い年で、幼馴染の女性。
つややかな桃色の髪が流れるように背中で揺らめく。
手を上げて、彼女を迎え入れている将臣。
遠目からでも判る、いつも自分に向けられているのと同じ笑顔。
女性のほうも楽しそうに何かを話している。
敦盛は、その場にいられずに、屋敷の中に静かに戻り、柱の影から彼らを見ていた。
時折、お互いに手や肩に触れ合いながら、仲睦まじく話している。
其の時、感極まったのだろうか、女性が将臣に抱きついた。
そして、それを将臣も受け止めた。
「っ…!!!」
敦盛は見ていられなくて、その場を離れた。
心臓がうるさいくらいに早鐘を打つ。
普段走らないものだから、着物を踏んづけ、廊下の途中で敦盛は転んだ。
ドタンッという音で、近くにいた女中が駆け寄ってくる。
「姫様?大丈夫ですか…まぁまぁ、痛かったですね」
赤くなってしまったおでこ、女中はあまりに痛くて泣いてしまったんだろうと思ったようだ。
おでこよりも、心が痛かった。
涙は止まらなかった。もう遅いのに・・・気づいてしまった。
将臣が好きだと。
「具合が悪いようで…えぇ、誰も通すなとの話なのですが…えぇ、じゃあ」
敦盛は寝不足と過労と頭痛で次の日寝込んでしまった。
誰にも会いたくなくて、部屋の前に女中を置いて、人払いをさせていた。
誰が来ても会えないと言って欲しい…と伝えた。
敦盛は布団を被って、静かに目を閉じていた。
何人かの人が来て、女中に言われて去っていく。
遠ざかっていく足音。
しかし、同時に開く、部屋の襖。
「敦盛?」
一番聞きたくない声。
「寝てるのか…大丈夫か?」
将臣が近づいてくる。敦盛は目を閉じて、寝たふりをした。
「…敦盛」
将臣が敦盛の布団の横に座る。
彼のひんやりとした手が敦盛の額に触れる。
「ごめんな…」
頭の上で声がした…その後にまたあの感覚。
唇に吐息が触れたあと、やわらかい感触が落ちてきた。
「どうしてですか…」
将臣に寝たふりは通用しない。敦盛は口付けの後すぐに目を開けた。
「抑えられなかった…」
「あの女性がいるのに…ただ、からかっているだけなら…もう辞めてください。私は…あなたが好きなのに」
流したくないのに、涙が出てくる。
「違うよ…望美は関係ない。俺も、お前が好きだ」
「…っ…将臣殿」
「もう意地悪しないよ」
将臣はもう一度敦盛に口付けた。
その後、敦盛があの時追いかけたのを将臣は知っていて、屋敷の玄関の影から見てたこともおみとうしだったらしい。
それを知っていて、望美さんと抱き合うなんて…。
本当に意地悪だ。