96.例えば君が知らないあんな事(将敦)
男は色々考えてる。
彼女の考えもしないことを。
「お風呂頂きました…」
ポカポカとまだ湯気が立つ紫の髪。
きっちりと望美のパジャマを着込んだ敦盛が脱衣所から出てきた。
「大丈夫だった?先輩の家とは勝手が違うから…」
リビングでまだ片付けをしている譲が心配そうに話しかける。
「いや、大丈夫。しかし、すまなかった…突然神子の家の湯殿が壊れるなんて…」
「災難だったな」
神子が入り、朔が入り…朔が出ようとしてシャワーを使ったらお湯が出なくなった。
つまり、敦盛の番には水しか出てくなってしまったのだ。
夏ならまだしも、真冬に水は辛い。
望美が有川家に電話をしてくれて、風呂を使わせてもらうことになったのだ。
荷物を持って隣の家に行くと、丁度夕飯が終わったあたりだった。
譲が洗い物をしていて、それを弁慶やヒノエが手伝ってる。
「将臣殿は?」
「あー兄さんなら、またどっかふらふらしてんじゃないのかな…って、そんな心配そうな顔しなくても」
「っ…いぁ…そんな」
いつもの見慣れた姿が見えないので、つい敦盛は口に出してしまう。
譲も判っていて、ちょっとからかうように言った。
敦盛は、カッと顔を赤くして、そのまま風呂場に駆け込むように入っていった。
「あれ?敦盛どうした?」
リビングに聞きなれた声の持ち主が入ってきた。
「兄さん…遅いじゃないか、飯は?」
「んーまだ。俺の分あるか?」
どかっと椅子に座る長男は、そこに敦盛も呼んだ。
「…今出すよ。まったく、連絡の一つぐらい寄越せよ。敦盛もよかったらジュース飲んでけば?」
「あぁ…自分でやるが?」
そこまで迷惑かけられないとでも言うよう敦盛が動くが、それを譲が制止する。
「一人も二人も同じだから、座ってて」
その後、譲にジュースとアイスを出してもらい、将臣が食べ終わるまで敦盛はリビングにいた。
譲はさすがに「自分で片付けろよ」と言って、自室へと戻っていった。
敦盛は将臣にお茶を入れてあげて、彼がそれを飲んでいる間にさっさと食器を片付けた。
「まったく、敦盛には甘いんだぜあいつ」
とか、文句を言いながらも、お腹がいっぱいで満足そうだ。
「作り置きしてくれているんですから…」
「まぁな。んじゃ、俺は部屋戻るけど…来るか?」
「え?」
「なんだよ…その顔」
一瞬敦盛はわけがわからないという顔をした。
「もう戻るのか?…まだいいだろ?」
将臣が彼女の元にまで行って、そっと耳元で囁く。
「っ!!…ま…将臣殿!!」
「何真っ赤になってんだよ…何想像した?」
いやらしいねぇなんていいながら、将臣も敦盛をからかう。
「わ…私は!!別に…そんな意地悪言う将臣殿なんて…知りません!!」
脱兎のごとく逃げようとした敦盛を…でも、将臣はひょいっと捕まえて。
「嘘だよ。からかって悪かった」
「…」
「でも…俺だって…ごにょごにょ」
抱えた敦盛の耳にそっと耳打ち。
「ま…ま…将臣殿のバカ!!!!!」
バチンという音とバタバタという足音。
「…本音はまずかったか」
廊下には頬を赤く腫らした将臣だけがいた。
※何を言ったかは…御想像にお任せ
97.溺れる(キライザ)
※キリリク部屋にある、「trust」という小説の続編です。
そちらを読まないと話しがさっぱりです…きっと。
溺れそうだ。この渇きに。
いつか、理性をなくすその日までに。
もう一度でいいから、キミに逢いたい。
暗い暗い森の中にある小さな小屋の中の片隅で、僕はじっと耐えている。
僕ら狼にとっては、ヤギの血肉こそが命の源。
もちろん、他の動物の肉でも食べられるけれど、ヤギを喰わない狼はいづれ衰える。
彼らの味を知っていしまった本能が理性を凌駕して、結局はヤギを喰らわずにはいられなくなる。
僕はじっと耐えている。
ある日ふと気付いた。
なぜ、同じ人型を取るもの同士が狩るものと狩られるものに分けられるのか。
他の動物と違って、ヤギとは意志の疎通もできる、会話だってできる。
なのに。
僕ら狼は彼らを喰らわないと生きていけない。
おかしい。
僕はおかしいと思ったんだ。
僕ら狼は少人数の擬似家族の中で生活する。
その中の、一人がヤギの住む壁に上っていった。
前々から、巨木が壁を壊すように生えていた。ついにその木が壁の上まで到達した。
中が空洞になる、独特な生態を持つ巨木。
家族で一番賢いハイネが、見逃すわけはは無かった。
僕より少し年下のシホが、それを知らせてくれた。
狼は壁には上ってはいけないというわけではないが、僕たち家族は壁には上らないという誓いをたてていた。
僕たちの親が、そう決めた。
理由は聞かなかったけれど、僕たち狼にとって、親の言うことは絶対。
僕は慌てて、ハイネを追った。
そこで彼女に逢ったんだ。
白い綺麗なヤギの女の子。
ハイネから助けて、そして彼女にも助けてもらった。
その時、僕は夢物語みたいなことを言った。
『僕は信じてるよ。いつか、共存できる時が来ること。その時は、イザークともっと話が出来ればいいなぁ』
そんなことできるわけが無いのに。
だって、僕らはヤギを喰わないと死ぬ。
「キラ…少しでいいから食べて」
「ん…」
此処数ヶ月ヤギを口にしていない僕に、シホが乾燥させたヤギの肉を持ってくる。
僕は『おかしい』と思ったときから、ヤギを口にできなくなった。
それでも、騙し騙しで
他のモノと一緒に食べたりしてきた。
でも、彼女に逢って、それさえもできなくなった。
別に食べているのは彼女じゃないのに。
「キラ?このままじゃ死ぬ」
「判ってる」
そう言って、乾燥させた肉を僕は受け取って、ちょっと舐めるけど、すぐに気持ち悪くなって肉を取り落とした。
「キラ…」
「ごめん、シホ」
ガチャガチャっという音と、バンッという音がほぼ同時に聞えた。
静まり返っていた家の中にそれはとても大きく聞えた。
こうやって家に帰ってくるのは、一人しかいない。
「ハイネ!静かにして」
「悪いな…折角いい話持ってきたってのに」
ハイネが家に入ってきたと同時に薫る、独特な…ヤギのにおい。
「まさか…」
僕は立ち上がる。
「そう、やっぱ鼻いいわな、キラ。ヤギのキャラバン隊がもう後小一時間すると、此処の近くを通るぜ」
久しぶりの獲物に、ハイネの目はギラギラと輝いていた。
98.衝動(リボツナ)
※もしもシリーズ『もしも…リボーンが医者で、ツナが患者だったら…4』
「ツナさん久しぶりです。元気でしたか?」
「バジル君v」
病室に突然の来訪者。
ツナにとっては、幼馴染で大学の同級生であるバジルがお見舞いに来てくれた。
「すみませんでした、中々来れずに。今日は、お見舞いにあなたの好きなケーキを持ってきました」
可愛いピンクの包みにラッピングされた箱を、バジルがベッドに入っていたツナに手渡す。
「ありがとう。あーここの!最近食べてなかったから、うれしい」
にこにこと包みを開けるツナをバジルが優しく見守る。
「多めに買ってきましたから、そんなに慌てなくても…あぁ、ツナさんクリームが」
大好きなケーキをほおばるツナ。
その唇の端についたクリームを、バジルが取ったとき。
不運にも、病室のドアが開いた。
「…」
「っ…せ…せんせ…い」
「どうも、お邪魔してます」
リボーンとしては、知らない男がいてすこし、ムカっときていて、額がピクピク。
ツナとしては、またお菓子を食べているところを見られて、焦る。
バジルは特に無関心。
「邪魔したな…後でまた来る」
バタン!!
っと、いつもよりもかなり大きな音を立てて、しまるドアにツナはびっくっとして、
思わずつかんでいたケーキを取り落とした。
「主治医さんですか??」
「うん…いつもあんなで…」
困ってるんだよ〜と、ツナは取り落としたケーキを箱の中から拾ってまた食べだす。
「…なんか、怖そうですね。ぁ…そうそう、実はツナさんに渡そうと思っていたものがあって…」
ごそごそと、バジルが自分のカバンから何かを取り出した。
『皆でもう一度計画を立て直してみたんです』
バジルから手渡された紙。
夏の思い出にと、京子たちが企画した旅行の案内だった。
運が悪く、退院予定の5日前。
どうだろう…あのリボーンが外泊届けを受理してくれるだろうか。
本当なら、夏休み中に行く予定だった旅行が自分の怪我のせいでキャンセルになってしまった。
たぶん、皆が自分のことを思ってもう一度計画を立て直してくれたのだろう。
この頃なら、外に出ていいかも知れないと。
「うーー。聞くのか…やだなぁ…あ…ディーノ先生に聞いて…」
自分にはあまり関係ないけれど、人当たりがよくて、一応リボーンの同僚のディーノの顔を思い出す。
「も…もしかしたら、いいって言ってくれるかも、ディーノ先生な…」
「ディーノがどうしたって?」
「ひぃ!」
音もたてずに、突然現れたリボーンにツナが悲鳴を上げる。
「どうした、言ってみろ」
「な…な…んでも…」
「…旅行?」
リボーンが手に持っていた紙を覗き込む。
「ぁ…な…なんでもないんです。ホント、ちがくって…」
「貸せ」
隠そうとした紙をひょいっとリボーンに取られる。
「ちょっと、センセッ」
静かに読んでいるが、段々とリボーンの表情が険しくなる。
「さっきの男も行くのか?」
ぼそっと呟かれる。
「ぇ…あぁ、他にも何人か…で…その…がっ…外泊…を」
「あぁ?」
あからさまに声が不機嫌になっている。
「いっ…いぇ…な…なんで…も」
大きな声にびっくりして、ツナが萎縮する。
別に怖がらせたいわけではない。
リボーンは、またやってしまったと内心焦る。
しかし、面白くないのだ。
今日の、クリームを取っていた男にしろ、見舞いに来るうるさい男たちにしろ。
彼女の周りを、自分以外の男がうろつくのが許せない。
「っ…おぃ」
「ェ・・・」
ツナの唇に何か柔らかいものが触れた。
それがリボーンの唇だと気がついたのは、彼が病室を去った後。
その後すぐに、看護婦さんが外泊届けをくれた。
「なんだい、その顔」
ナースステーションに戻ったリボーンにディーノが声をかける。
「うるせぇ」
「やっちまった!って顔してる」
思春期の少年のような顔をしたリボーンがそこにはいた。
99.セックス(九敦)
「最近…ますます、綺麗になったじゃん?」
皆で散歩に出かけた公園で、芝生に座っていたヒノエがポツリと呟く。
それが、すぐ隣に座っていた九郎に聞えた。
「誰がだ?」
「何いってんの、無粋だねぇ」
しかし、ヒノエの目線の先には、望美や朔、そして敦盛と三人の女性が同じように芝生に座って話しをしている。
「敦盛に決まってるだろ?」
「…」
「怒るなよ、誰も横から掻っ攫おうとは思ってないって」
自分の恋人を綺麗だといわれて、嬉しい気持ちもあるが、それを言っているのがヒノエの手前、
手放しで喜べないのが、九郎の心情で。
それが、顔に出てしまっていたらしい。
「最近さ、ホント綺麗になったよ。鎌倉にいた頃は、アイツも戦ってボロボロだったし…」
「そうだな…」
過去では、神子を守る一人の八葉だった敦盛。
本当ならば、女性としてつつましく、穏やかに過ごしてほしい日常も、その使命の前では無理に等しかった。
時には、酷い傷も負った。
「それが、今じゃ、あの二人と並んでも見劣りしない、むしろ…っと」
それ以上言うと、また機嫌を損ねると思って、ヒノエが口を濁す。
「望美たちのお陰だろう。着物等、あいつらが一式用意してくれた。落ち着いた生活も合間ってか、本当に女らしく なった」
「それもあるんだけどさ…」
突然、ヒノエが少し離れていた九郎の側までやってきて、隣に腰を下ろした。
そして、耳元でボソッと囁く。
「やっぱり愛の力じゃない?セックスすると、女は綺麗になるって言うしね?」
「せっくす?」
愛の力…そういわれて、少し赤くなった九郎だが、次に出てきた耳慣れない単語に首をかしげる。
「なんだ、それは」
「プッ…本気か?九郎」
まぁ、奥手で兄上一筋だった、九郎だ。いくら、現代に来て、かなりの時間がたったとしても、
聞いたことも無い言葉がいくつかあるのはわかる。
「なぜ、笑う」
リズヴァーンや譲とはそういった話はしなくても、そのような話しが好きそうな将臣から聞いてそうだとヒノエは思っていた。
「いや…じゃあ、大人な俺が教えてあげようかな?」
「…俺よりも年下が何を言うか」
ぶすっとした九郎に、ヒノエがボソボソと意味を言うと。
「なっ…ぁ…」
見る見る間に九郎の顔が茹蛸のように真っ赤に染まっていった。
ヒノエはにしししっと笑うと、ついでとばかりに、敦盛を呼んだ。
「敦盛!九郎が大変だぞ!」
「バカやろう。何で呼ぶんだ!!」
意味を知ってしまい、顔が合わせずらいのに。
「どうかされましたか??」
ヒノエの声に気付き、敦盛が輪の中からはずれてヒノエと九郎の下に来る。
「なんか、調子悪いんだってさ、介抱よろしく」
散々吹っかけておいて、ヒノエはその場を立ち去り、敦盛の代わりに望美や朔の所に言ってしまった。
「大丈夫ですか?顔が真っ赤ですよ…熱でも」
そう言って、敦盛の手が九郎の額に伸びる。
その手が、白くて、尚且つ敦盛が上目使いで見てくるものだから…。
「な…なんでもない、大丈夫だから」
顔をそらしてみるも、顔の赤さはますます広がり、耳や首まで真っ赤になる。
そして、敦盛はさらに心配して、追い討ちをかけるように九郎に迫る。
その様子を、望美や朔と楽しく話をしながら、ヒノエが見ていた。
『よかったね九郎。これで一つまた、大人になったじゃん?』
クスっと突然笑ったヒノエを、望美が不思議そうに見たが、「何でも無いよ」と言われ、また他愛もない話に華をさ かせた。
100.愛ある世界(キライザ)
※舞妓イザークシリーズ10
ディアッカの父親。タッドは、かつてその名を知らないものは誰もいないほどの有名人だった。
それは、裏の世界にもである。
早々に引退し、息子に後を継がせた彼は、今では広い宇天楼の屋敷の奥で、悠々自適な生活を送っていた。
「珍しいな」
尋ねてきた息子をみて、タッドは嬉しそうな顔をした。
褐色の肌はディアッカと同じだが、まだ線の細いディアッカに比べて、大人の貫禄があり、着物もよく似合っている 。
畳の部屋の、肘掛に肘を着いて、パイプをふかしている。
ディアッカは少し離れて、しかし正面に正座をした。
「頼らないって決めてたんだ。でも、どうしようも無いことが出てきた。面倒な事だってのは判ってる。でも…聞い てほしい」
「・・・なんだ?」
「イザークを…身請けさせたくないんだ」
身請け話が出てから、1週間。
返事を・・・と、アスランが宇天楼に尋ねてきた。
「ついでに一杯飲んでいくよ。銀はいるかな?」
丁度その時には、ディアッカはおらず、代わりのものが対処した。
「お…おひさし・・・」
「堅苦しい挨拶はいいよ。それより、隣に来て」
イザークがガチガチに固まって、挨拶をしたが、アスランはそれには気を止めずに、
すぐにイザークを自分の横につかせた。
イザークはおいてある徳利を手にとって、アスランの杯に注いだ。
彼はぐいっと一気に飲み干すと、自分の右側にいるイザークの腰を抱いた。
そして、襟足に唇を伸ばした。
「ザ・・・ザラ様。い…いけません。此処は、」
その手から、唇から逃げるように、イザークは身を捻るが、意外に逞しく力が強い腕から逃げられない。
イザークの腰が細いせいもあり、いとも簡単に、引き戻され、イザークはアスランの胸へと抱き込められてしまう。
「ならさ、離れに行こう。もう、身請けは決まったも同然だ…君に拒む権利は無いんじゃないのか?」
「っ…」
生まれたときからここにいて、何も不自由なしに暮らしてきた。
お世話になった恩もあるから、身請けを拒む理由は無い。
でも。
でも、キラを思うと。
彼を…裏切りたくない。
「申し訳ありませんが…」
「此処は、楼主自らが無粋な真似をするのか?」
広間に何の合図も無く、ディアッカが入ってくる。
それに、アスランが怒りを込めた声で対応した。
「お酒を楽しむのは大変結構ですが、それ以上のことはご遠慮ください。銀、こちらへ・・・」
一瞬力が緩んで、その隙にイザークは逃げ出し、ディアッカの後ろに隠れるように滑り込んだ。
「身請けの話しは、拒む理由がないんじゃないか?一般的な価格の倍以上出すと俺は言っているんだ」
「もちろん、ありがたいことですが…銀は、もう此処の舞妓ではありませんので」
ディアッカが懐から、紙を取り出し、それをアスランに見せた。
「本日より、銀はここ、宇天楼楼主、私ディアッカの妹になりましたので…舞妓ではございません。
このとこは、すでにザラ様の父上にも、私の父から報告済みゆえ…なにとぞ、ご了承いただければと思います」
アスランが受け取った、戸籍には、養子の欄にイザークの名前があった。
「こんなことが…」
呆然としているアスランに拍車をかけるように、彼の携帯が鳴った。
それはメールだったようで、アスランは読むなり、ドカドカと足音を立てて宇天楼を出て行った。
「ディ…?」
まだ、何が起きているのか判らないイザークが、ディアッカの着物の裾をひっぱった。
「お前は、今日から俺の妹。…辛い思いさせて…悪かった」
「っ・・・うわあぁぁぁん」
イザークは思いっきり泣いた。化粧が落ちて、目がはれても。
それでも、泣いた。
我慢していたことが、関を切ったようにあふれてきて、それが言葉にならずに、涙になってあふれてきた。
ディアッカは何も言わずに、ただ彼女の背中を撫でて、落ち着くまでずっと側にいた。
タッドにとっても、イザークは可愛い娘のような存在だった。
イザークの母は、宇天楼で、同じく舞妓をしていた。
しかし、彼女は借金を抱えていて、それを返すために離れでの仕事もしていた。
元来からだが弱かったのに、運悪くイザークを身ごもってしまい、生んだ時に亡くなった。
可憐で、気立てが良くて、穏やかな女性だった。
妻子がある身のタッドだったが、なぜかイザークの母親をほおって置くことができず、彼女が亡くなり、
そして自分の妻も病気で死んだ時、イザークの母親の借金を全て肩代わりした。
それは本来ならば、イザーク自身に降りかかるものだったけれど、タッドが代わりに支払ったのだ。
それからも、ディアッカとイザークを一緒に育て、いずれはイザークを自分の養子にと思っていた。
もしくは、ディアッカの嫁にと。
しかし、イザークには好きな男がいて、ディアッカは彼女を妹にしかみていないようだ。
嫁にならなかったのは、少し残念だが、家族になったことには変わりない。
パイプをふかしながら、今頃きっとイザークが泣いているだろうと思いつつ、
タッドは部屋の窓から見える外の庭を見つめた。
イザークの養子の話しは、すぐに宇天楼の中を駆け巡り、話しを知ったフレイもイザークと同じように大泣きした。
「早く、行きなさいよ!!行って、安心させて上げてよ!!」
フレイが、涙でくしゃくしゃになった顔で言う。声も、上ずって、上手く出ていない。
「一番言いたいのは、私たちじゃないでしょ!!ほら」
「うん。うん…ありがとう」
背中を押されて、門を出る。
夜も遅いから、今から家にいっても迷惑かも…と思っていたのに、
出てすぐに見慣れた顔を見つけて、化粧が崩れた舞妓の衣装のままで、イザークはキラに抱きついた。
「イザ!?」
出てくるとは思わなかったのだろう。キラはかなり驚いた声をだした。
「キラ…愛してる」
門の外には愛ある世界が待っていた。
END