81.絡めた脚(季永)
※もしもシリーズ『もしも…季史が先生で、永泉が生徒だったら…2』
期末試験最終日。
1週間にも及ぶ一学期末の試験が漸く終わろうとしていた。
高校3年生のこの時期が高校生活の中で大切だった。
いくら永泉の通う高校がエスカーレーター式だからといっても、
ある程度良い成績を取っておかなければ好きな大学の学部にはいけない。
永泉は大好きな季史と会う時間をかなり削って(一ヶ月はプライベートでは会っていない)ひたすら勉強していた。
漸く終わった最後の数学のテスト。
季史の教えるこの教科が永泉の一番の苦手科目だった。
しかし、他の教科よりも数学を優先的に勉強したために、満足した回答が書けた。
晴れ晴れした気持ちでいると、制服のポケットに入れておいた携帯が振動した。
すでに同じクラスの友人達は教室にはおらず、各々が下校や部活動へと移動していた。
永泉が携帯を取り出すと、メールの着信を知らせる照明が点滅していた。
開くと、それは季史からのもので、一緒に帰ろうという内容だった。
近くのカフェの名前と時間が書いてあった。
永泉は意外と待ち合わせ時間まで時間がないことを悟り、急いで用意をして学校を出た。
大体待ち合わせ場所は3つぐらいあるが、今日の場所はたぶん一番季史が好きな場所だった。
カフェのドアを開ける前に、永泉が来たことに季史が気付いて、ジェスチャーでその場にとどまれと説明する。
永泉は大人しくその場で待ち、サングラスをかけた季史が出てくるのを待った。
「待たせた、すぐに行く」
「ぁ…はい」
季史は車を路上に置いておいたらしく、すぐにそれに二人で乗り込んだ。
黒い車はUVガラスになっていて、外からはよく内部が見えない。
季史はすぐに車を走らせ、自分のマンションの地下の駐車場に入れた。
終始無言で、サングラスをしているために表情の見えない季史に少し永泉は戸惑いつつも、
彼に手を引かれて、もう大分来ることになれた彼の部屋へと入る。
「深水…」
季史が部屋に入るなり、玄関の壁に永泉を押し付け、顔を彼女に近づけた。
「先生?…あのっ!!先生…んっ」
久しぶりのキス。
「二人っきりの時は…先生じゃないんだろ」
「っ…季史さん…あの…ここ…玄関です」
こんな場所で、こんなことをしている事実に赤面して、永泉の声は小さくなる。
「1ヶ月もまともに逢ってないんだ…」
「ぁっ…」
季史の足が、永泉の太腿の間に入ってくる。それと同時に彼が自分のサングラスを取る。
いつもの優しい笑顔。
「逢いたかった…深水」
優しく抱きしめてくれる季史に、永泉ももじもじしながら、右足を彼の足に絡めることで応答した。
82.蠱惑(キライザ)
※舞妓イザークシリーズ7
明日は待ちに待ったイザークとのデートの日だった。
キラは散々にプランを練り、彼女の行きたい場所ばかりをピックアップしていた。
最近段々とイザークの表情が暗くなっている。
せめて、自分のいる時だけは笑顔でいて欲しい。
キラはパソコンで時刻表などを調べ、携帯にそれを送ると、パソコンの電源を切った。
パソコンの置いてある机の上には、小さな白い箱。
それは綺麗にラッピングされて、机の上に置いてあった。
キラはそれを手にとる。
「明日これを渡して…喜んでくれるかな」
どう彼女が答えてくれるかはわからないけど。
キラは箱をカバンにしまうと、早々に寝ることにした。
当日は快晴!とまではいかなかったけれど、それなりに天気の良い日になった。
今日の行き先をイザークに告げると、彼女は満面の笑顔で喜んでくれた。
「キラとなら、どこだって楽しみだよ」
その笑顔があまりにも眩しすぎて、キラは思わずイザークを抱きしめそうになった。
しかしそれをなんとかこらえて、手を繋いで、まるで本当の恋人同士のように、二人は街に繰り出した。
ショッピングをして、昼食を食べて、映画をみて、カフェでお茶をして。
ベタ過ぎるかもしれないが、二人はそれをとても楽しんだ。
楽しい時間が過ぎるのは早いもの。
二人は公園のベンチで、今日のデートの話をした。
夕暮れの公園は、人もすくない。ゆっくりとした時間が流れていた。
「イザ…楽しかった?息抜きできたかな…」
「凄く楽しかった。最近…なんか…色々あってね。でも、キラのお陰で楽しい時間が過ごせた」
買った物を満足そうに見つめながら、イザークは笑っていた。
「よかった…後ね。これ…開けてみてよ」
キラはイザークに用意しておいた小さな箱を手渡した。
イザークが包み紙を開ける。中からはシルバーの指輪。
「ずっと一緒にいたのに…中々言えなかったけど…好きだよ」
指輪の内側には、キラからの愛の言葉。
「…」
イザークは何も言わずに、ただ指輪を見つめていた。
そして、ポタっと指輪に雫が垂れたのをキラはみた。イザークが泣いていた。
大粒の涙を流して…肩が震えていた。
「イザ…どうして?」
「キラ…私…私も…す…好き…好きなの」
お互いの想いが通じ合った瞬間だった。
ずっと言えなかった。言っていいのか迷っていた。
彼女の存在を、自分が独り占めできないことはわかっている。
彼女は、彼女のものであり、でも店のものでもあったから。
それでも…伝えずにはいられなかった。たとえ彼女を困らせても。
二人は無言で家までの道を帰った。でも、イザークの左手薬指には光るもの。
心は確かな絆で結ばれた。
83.獣(アスイザ)
※双子島シリーズ4
突然襲い掛かってきた一羽の梟。
なんとかそれをかわして、ふと目が合った知らない男。
茂みの中から出てきた男に、イザークは嫌な予感を隠せなかった。
服を着ていないことも、自分の上半身が水の上から出ていることも忘れるくらい。
彼の発するオーラが、イザークにとって恐怖に感じられて。
男の手にキラッと輝くナイフも見えて、イザークは湖に潜った。
腕の痣が痛む。
湖に潜り、イザークしか知らない川に流れ込む空間に入り込み流れに乗った。
息苦しいよりも、ただ恐怖がイザークを支配していた。
あの男の目線は、獣そのもので、敵対する距離がなかったらもしかしたら死んでいたかもしれなかった。
手に持っていたナイフよりも、あの男の目線が恐怖だった。
「…誰か…」
水の温度や匂いが変わった。
イザークは川に出たことを察して、勢いよく川から顔を出した。
空気が肺に流れ込み、ゴホゴホと咽た。
「…服…無い」
浅い場所に移動しようと思って、ようやっと自分の今の状態に気がついた。
今いる場所からは、村まではそう遠くない。
いっそこのまま走って村まで逃げ込もうかと考えた時、また茂みから音がした。
さっきの湖からこの川まではイザークが通ってきた水脈を通れば距離は近いが、歩いたり走ったりすれば距離はかなりある。
まして、この島で見かけたこともないような人間が、そんなに早くこの場所にたどり着けるわけがない。
「っ…イザーク、こんな所でなにしてる!!」
「レイ!」
茂みから出てきたのはさっきの男ではなかった。
イザークもよく知る、幼馴染だった。
レイはすぐにイザークのおかれている状況がおかしいことに気付き、川の中まで入って、自分の上着を脱いで彼女に渡した。
「どうした…何かあったのか」
「島の人間じゃない男に会って…怖くて、腕の痣もいきなり痛み出して」
着替えて、川から上がりイザークはレイの状況を説明した。
「痣…イザーク、早く長のところへ行こう」
レイがイザークの手を引いて、走り出した。
痣の痛みに知らない男。レイは嫌な予感をヒシヒシと感じ取っていた。
この嵐のような風。生まれてから一度も感じてことのない不安。
レイはイザークの手をにぎりしめて、村への道なき道をひた走った。
84.あだ心(リボツナ)
※もしもシリーズ『もしも…リボーンが医者で、ツナが患者だったら…1』
本当についてなかった。
これほど自分の運の無さを恨んだことは無いくらいに。
大学に入って数ヶ月しかたっていないのに、ツナが今病院の真っ白いベッドの上にいた。
これでもないくらい勉強して入った大学。
待ちに待った女子大生としての新しい生活。
それを満喫していたツナに突然不幸が襲った。
元来困っている人を見ると助けずにはいられない性質のツナ。
重い荷物を持って歩いている老婆を見つけて、荷物を代わりに持ってあげて歩道を歩いていた。
老婆にあそこが家ですといわれた場所まではもう少し。
その一歩手前の十字路で、ツナは車に引かれた。
勢いよく飛び出してきた自動車と衝突。
一緒にいた老婆に怪我はなかったが、ツナも反射的に避けたのだが、運悪く足が車体に当たってしまい、
それでバランスを崩して転倒。
地面に着いた左手が鈍い音をたてた。
診断結果は上腕骨骨折で全治1ヶ月。
とりあえず1週間は入院が必要とのことだった。
「ほんと…ついてない」
ベッドの上で一人愚痴る。
沢山の友達にお見舞いに来てもらって、個室の中はこれでもかと見舞い品でいっぱいだったが気分は晴れない。
ツナは京子やハル達と再来週のテストが終わってすぐに旅行に行く約束をしていたのだ。
しかし、医者からは絶対安静との指示。
二人はしょうがないといってくれたが、今になってキャンセルさせてしまい、ツナは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「はぁ…」
「ため息ばっかりついてると、早死にするぞ」
「…リボーン…先生」
そして、もう一つついてない理由。
担当の医者が、なんか怖いのだ。
ノックもなく、気配もなく人の部屋にはいってくる。昨日は着替え中に入って来て、怒鳴り散らしたら、
『そんな貧相な胸見たってなんとも思わねぇよ』といわれた。
「腕見に来た…見せろ」
口調も命令形で、医者にあるまじき態度。
しかし、このリボーンと皆から呼ばれている医者が凄腕の医者だということは担当のナースや他のナース達からも聞いていた。
白衣の下に黒のスーツを着ていて、どこのマフィアだよ!という風体だが腕はぴか一で、
どんな風に折れた腕や脚でも必ずくっ付けるという。
そのため、有名なスポーツ選手からの信頼も厚く、若いのにこの病院では外科の部長を務めているらしい。
「はい…」
素直に従わないと、殺されそうで、ツナは黙って従った。
ギブスの緩みが無いかを確認し、腕だけじゃなく手のほうまで問題が無いか見る。
その姿は、真剣でドキッとするものなのだが。
「なんだ?」
ツナがじっと見ていると、その切れ長の目で睨んでくる。
「いっ…なんでも…無いです」
ツナは顔を背けた。
診察はすぐに終わったが、ツナにとってはかなりの時間リボーンがいたように感じられた。
「牛乳飲めよ、カルシウムの入ったもん食っとけ」
帰り際にそう言って、リボーンは白衣のポケットの中から何かをツナのベッドに放り投げた。
彼はその後何も言わずに出て行ったが、ツナの要るベッドの上にはカルシウムの入ったウエハース。
「…いいとこ…あるじゃん」
ああいう態度を取らなければ、結構かっこいいのにと思いつつ、彼の置いていったお菓子をツナは右手に乗って眺めた。
85.背中の真新しい傷(ヒノ敦)
私のことなんて…庇う必要ないのに。
「痛むか?」
ヒノエが怨霊から私を庇って背中に傷を受けた。
鋭く引き裂かれた三本の爪痕が肉をえぐり、生々しい。
弁慶から血止めの薬をもらい、それを塗りこんでいるが、時々震える彼の背中から相当な痛みと戦っていることが判った。
「大丈夫だよ」
ヒノエはいつものように笑ってそういうけれど、痛いに決まっている。
汗もかかない涼やかな彼が、額に汗を浮かべているのだから。
「すまなかった」
私は、最後に傷口を包帯で巻いて、彼に着物を着せた。
手当てが終わって、自分の方を向いたヒノエは明らかに無理をしていた。
「平気だってこれくらい、気にすんなよ」
無理をして言ってくれているのがよくわかる。
さっきまで手当てをしていた背中からは、かすかに熱も感じられた。
これだけの傷だから、発熱してもおかしくない。
「ヒノエ…もう寝よう。熱が…」
「いやだねぇ…気付いてた?」
笑ってごまかすヒノエ。
それが私にはとても辛いのに。
「今、手ぬぐいと桶をもってくる。そこの布団に寝ていてくれ」
「判ったよ」
私の言い方が少しきつかったのか…強引だったのか。
でも、ヒノエはすぐに布団に入ってくれた。
いや、本当は我慢していただけで、相当辛かったのかもしれない。
私は部屋を出て、瞬間的にあふれてきた涙を着物で拭った。
「私のせいだ…私が」
私が…足手まといだから。
自分が怨霊の癖に、それだけで皆の足をひっぱっているのに。
「ヒノエの様子はどうですか?」
弁慶殿にいきなり声をかけられて、驚いた。
いや、本来ならすべてを弁慶殿に任せるべきだったのに、わがままを言って私がヒノエの手当てをしたのだ。
彼もヒノエが気になっていたに違いない。
だからこうして、ヒノエの部屋の近くにいたのだ。
「熱が…出て」
「あの傷じゃあ無理はないでしょうね。この薬を…解熱剤ですので。さぁ、桶と手ぬぐいは用意しましたから、
あの子の側についていて上げてください」
ぽんぽんと弁慶殿に頭を撫でられた。
「君のせいじゃない。ヒノエにとってあの傷は勲章ですから」
「っ…弁慶殿」
「おやおや…泣かせてしまいましたか?」
そう誰かに言ってもらいたかったのかもしれない。私は認めて欲しかったのかもしれない。
私のせいじゃないと。
私は薬と桶、手ぬぐいを受け取って、ヒノエの元に戻った。
布団に入っているヒノエは、額に大粒の汗をかいていた。
私はそれを濡れ手ぬぐいでぬぐって、もらった薬を彼に飲ませた。
唇が触れ合って、ヒノエの喉が上下した。
苦い薬の味が私の口の中にも広がる。
しかし、幾分ヒノエの表情が穏やかになった気もする。
「ずっと側にいるから」
手を握って、彼の吐息が穏やかになるまで私は起きていた。