76.外で(キライザ)
※舞妓イザークシリーズ6
今夜も仕事が終わった。
「銀、お疲れ。明日も早いんだから、早く寝なさいよね!」
同僚のフレイこと紅(くれない)に肩をぽんと叩かれる。
「うん、そっちこそね…っと、そういえば今日…シン…じゃなくて、黒耀(こくよう)は?」
仕事中は一応源氏名で呼び合うのが規則だ。
この紅と今はいない黒耀は幼い頃からの付き合いで、他にも多数いる舞妓の中でも特にイザークと仲が良い。
イザークと違う所は、この二人が高校を出てからは仕事に専念しているということだ。
「あっ…あー…っと」
イザークの質問に紅ことフレイが口を濁す。
「今日のお客様ってさっきお帰りになった大所帯だけだったのに…いなかったから。朝は見かけたのに…」
広間はすでに掃除をする下働きの人たちが入ってきたので、二人は邪魔になるからとさっさとその場を後にした。
廊下を歩きながら話をする。
「えっと…レイ様がね…来てて。あの子は…離れの方よ」
「っ…そ…そうなの」
イザークから聞かれたからと言っても、離れの話しが嫌いな彼女にそのことを言ってしまって、フレイはまずいといった顔をする。
「大丈夫?」
フレイがイザークの顔を覗き込む。
「ごめん、私が聞いたのに…じゃあ、先部屋戻るから」
イザークはフレイを置いて、急ぎ足で階段を駆け上った。
「どうした?」
それを支配人であるディアッカが影から見ていた。
「離れの話がイザのほうから出て、ほら…今、シンがレイ様と居るでしょ?
その話をしたらね。いつものことだけど…血相変えて部屋に戻ったところよ」
「そうか」
やれやれといった感じで、ディアッカがその場を去ろうとする。
「あの子は…無理よ!私のようには無理…割り切れないわ」
フレイがディアッカの背中に話しかける。
「それぐらい…俺だって…わかってるよ」
振り返らずに、ディアッカはその場を去っていった。
「せめて…シンのように…客としてでも…好きな人と一緒になれれば…」
フレイの祈るような声は誰にも届かなかった。
イザークは部屋に戻って、着物を脱ぎ、部屋着である浴衣を着ると勉強に置いてある携帯を手に取った。
ピカピカと着信を知らせるランプが点滅していたからだ。
「ぁ…キラ」
キラからのメールがきていて、それは明日、久しぶりのイザークの休みにどこに行こうかという内容のものだった。
大学以外の外でキラと会うのは、実に3ヶ月ぶりである。
「映画…水族館…あ、買い物もしたいなぁ…美味しいものも食べたいし…」
イザークはメイク落としのシートで顔を拭きながら、携帯をじっと握る。
「でも…キラとならどこでもいい」
たった数時間でも、外で…一人のオンナノコとして好きな人とデートできるなら。
「どこだっていいよ、キラ」
イザークはそう返事をした。
「キラとだったら…」
そう付け加えて。
77.in the bedroom(九敦)
九郎の部屋は何も無い。
将臣のそれよりも、何も無いかもしれない。
勉強する必要もないし、おしゃれなわけでもないから、服はいつもきまったもの。
なので、小さな箪笥が一つ。
そして、畳の部屋には似合わない、大きなベッドが一つ。
『ここ、元親父達の寝室。いらないものは運び出したけど、ここ押し入れもないしさ、布団しまう場所も無いから。
キングベッドで悪いけど、これで寝てくれ』
居候の身ゆえ、文句は言わない。
文句どころか、このベッドがあって今では良かったとさえ九郎は思う。
「ふぅ…」
浴衣姿の九郎がごしごしと長い髪の毛を手ぬぐいで拭きながら、部屋に戻ってきた。
「良いお湯でしたか?」
部屋の中では、風呂に入る前と同様に敦盛がベッドに腰掛けて本を読んでいた。
九郎と晴れて恋人になった敦盛は、現代に来てからは神子である望美の家に厄介になっているのだが、
時間があったり、九郎に会いたくなったりすると有川家に遊びに来る。
今日も夕食を終えてから、こちらに来ていた。
何をするともなしに、今日あった話をしたり本を読んだりして過ごしていた。
将臣が九郎に風呂を使うように言いに来て、彼は湯を使いに行き、いましがた帰ってきたのだ。
「将臣も自分の部屋に戻ったのか?」
「えぇ、もうすぐ九郎殿がお帰りになるだろうといって、その…邪魔になるから帰ると」
敦盛は読んでいた本から、赤くなった顔を少し上げて九郎に言った。
「…まぁ、そうだろうな」
「九…九郎殿っ!」
最近の九郎は、勿論お堅い所もあるが、とても積極的になった。
昔…と言っても、鎌倉に居た頃。
数ヶ月前はよく将臣や弁慶、ヒノエにまでからかわれていたものだが、
最近ではそれもスルリとかわせるようになったし、敦盛と居る時も不自然さがなくなった。
「お前…風呂は?」
ギシっと音をたてて、九郎が敦盛の横に座った。
「私は、こちらに来る前に済ませてきました」
「あぁ…そういえば、いいにおいがする」
九郎はそう言うと敦盛の髪に顔を埋めた。
「くすぐったいです」
九郎のまだ濡れた髪が、二人の距離が縮まることで、敦盛の首筋などに触れる。
ふふっと笑いながらも、敦盛は読んでいる本を閉じようとはしない。
「…お前は、本が本当に好きだな」
「あっ…」
ひょいと横から、読んでいた本をとられて、思わず敦盛の手はその本を追った。
九郎は一応彼女の読んでいたところに栞を挟んだが、自分の横、敦盛とは反対側の布団の上にポイっと放り投げた。
「此処に本を読みに来たのか?」
本を追った手が、九郎に掴まる。
「ぁ…違います。九郎殿と…その…一緒に…」
「だったら、アレは必要ないし、俺に集中して欲しいものだが…」
敦盛の手を掴んだまま、九郎はその手を押して、敦盛をベッドに沈めた。
「すみません…」
「そんな顔するな、俺が虐めているようじゃないか」
シュンとしてしまった敦盛に、九郎は精一杯の優しい笑顔を返して。
夜はこれから。大きいベッドは二人で寝るには丁度いい。
78.血みどろ(アスイザ)
※双子島シリーズ3
イザークがうまれた日と同じ日。
黒の島でも、腕に幾何学模様の痣を持った男の赤ん坊が生まれた。
母親の命を奪って生まれた子供。
血みどろのまま、民衆の前に医者によって姿を晒された。
島では男の子の誕生に歓喜した。
救世主は圧倒的に男であるほうが生き残る確立が高いのだ。
男の赤子の方が生命力は弱いが、その分成長した時の力は女よりも圧倒的に上だ。
この黒の島の化学力や医療技術をもってすれば、この生まれたばかりの子供を生かすことなど何の困難も無い。
白の島と黒の島。
この島の形は、陰陽の印に似ている。
しかし、その印のようにバランスの取れるようなものではなかった。
数百年に一度起きるとされる地殻変動は黒の島の科学力をもってしても解明することも止めることも出来ない。
この変動が起こる際、なぜかきまって両島の中間地点に渦潮が出来る。
そこに、どちらかの島の救世主と呼ばれる幾何学模様の痣を持った人間が入ることで、地殻変動は治まる。
しかし、その渦潮に入った救世主の島は地殻変動が治まらず沈む。
史実には前回の地殻変動では白の島が沈んでいるとの記述がある。
生き残った人間は、島の一番高い山の頂にいたらしい。
島は丸々海に沈み、そして数日後再度浮上するのだ。
すべてを洗い流され、残るのは多少の緑。
白の島の人間は、飢えに耐えながら、再生の日々を送ったという。
沈まない分、黒の島は繁栄を続けていた。
機械の開発、科学力の進歩。
農業中心の白の島と比べ、黒の島はすべてを科学力に頼っていた。
白の島から見る黒の島はいつも紫の煙が島全体を覆っていて、それは不気味に見えた。
一体どんな奴らが住んでいるのだろうと、畏怖の感情のほうが強く出ていた。
「アスラン起きてるか?クロウが戻った…っと、悪い」
黒の島の中央部にある、御所といわれる場所。そこに、この島の救世主は住んでいた。
何人もの人間が警護に当たり、『その日』が来るまでずっと彼はここで待っていた。
無機質な灰色の大きな部屋には、巨大なモニターがあり、それには黒の島の海岸線や白の島の映像も映っている。
部屋の中央にある天蓋付のベッドのカーテンを、右肩に灰色の梟を乗せた黒の島の救世主の側近である男が勢いよくあけた。
しかし、中には昼間から戯れている男女。
「きゃっ!」
女は慌てて、シーツで胸元を隠した。
「あぁ…お帰り。シン悪いね…また呼ぶ」
アスランそれがこの黒の島の救世主の名前。
彼はシンと呼ばれた黒髪の少女の頭を撫でて、さっさとベッドから降りた。
「はーい…もぉ、ミゲルの馬鹿!」
「はいはい、お前も早く服着ろよな」
シンは服を着ると、さっさと部屋から出て行った。
「こいつだろ」
アスランとミゲルは巨大モニターの前に立ち、ミゲルがクロウの腹にコンピューターからコードを挿す。
この梟は機械で出来ていた。
モニターに映し出されたのは、金髪と銀髪の少年。ミゲルが指差したのは、金の髪の少年だった。
映し出された二人の少年は、どちらもとても均整の取れた顔をしていた。
「いや…男じゃない。こっちの女だ」
アスランが指差したのは、銀髪の方。
「おんなぁ??いや、こいつどう見たって男…、それに今回の向こうの救世主って男だって言う話じゃないか」
「いや…これだ…この女だ。俺にはわかる。ミゲル…行くぞ」
アスランはモニターの電源を切って、部屋の入り口にいきなり歩き出した。
「おいおい、行くってどこへ!!」
「狩に行くぞ…俺が、自分で」
79.屈辱的姿勢(弁敦)
「内通者…。信じたくないですけど、君は…まだ、平家と繋がっているのですね」
「違います!!私は…」
森の中。いなくなった将臣を敦盛は追いかけていた。
「還内府殿!!」
「敦盛…追いかけてきたのか?なにしてんだ!」
お互いが知り合いだということを隠しているのに。
こうして追いかけてくるのはただでさえ平家であることが足かせになっているのに、彼女にとって危険な行為だ。
誰かに見つかれば、怪しまれる。
「その…皆が心配で。もう気にしないと、私には関係ない人達なのだと考えようと思ったのですが…。
やはり、兄上のことが…気になって」
「そうか…大丈夫だ、俺がいる…安心しろ。じゃあな」
ポンポンと敦盛の頭を撫でて、将臣はまた森の奥へと入っていった。
「はぁ…行ってしまわれましたね…」
将臣を見送って、敦盛も皆のいる所に戻ろうと振り返った時、森の木の陰から良く知る人間が出てきた。
「そうですね…どこへいったんでしょうね?彼は」
顎に手を当てて、敦盛の前に立ちはだかった。
「べ…弁慶殿」
突然の仲間の出現に、敦盛が一歩下がる。
「将臣君が…還内府だったんですね?そして君は…繋がってた?」
「弁慶殿…それは、ちがいます!」
「話を聞かないといけませんね…軍師としては」
じりじりと弁慶が敦盛に詰め寄った。
「話を聞いてください!私は…黙っていたのは…あうっ!!」
敦盛の手を力任せに引いて、弁慶は森の小屋に彼女を連れてきた。
小屋に入り、床に彼女を強引に引き倒した。
「望美さんが…貴女を連れてきた。九郎は反対しましたが、君のその熱意ある言葉に感銘し、
僕たちは君を受け入れたのに…」
「誤解です…私は、確かに還内府と…将臣殿と会いましたが、それは兄が心配で…」
敦盛は必死に弁解した。
倒され、木の板に打ち付けられた右腕がジンジンと痛む。
「兄が心配…いや?君は皆が気になると言っていましたね。そして、将臣君は大丈夫、俺がいるから安心しろと言っていましたよね…
それは、還内府がいるから平家は大丈夫だという意味に取られてもしょうがないのではないですかね?」
「っ…」
敦盛が反論できなくなる。
「でも!!」
「言い訳はもう結構ですよ。さて、どうしましょうか」
ゆっくりと弁慶が近づいてくる。
「皆に言いましょうか?それとも、此処で死にますか…」
弁慶が立てひざをつく。敦盛に手を伸ばし、首からぶら下がっている、鎖を掴む。
ジャラっと音を立てて、弁慶が鎖を引っ張った。二人の顔が近づく。
「でも、君は八葉だ…いなければならない存在。ならば…僕らに逆らえないように…。
ちょっと躾けておく必要がありますね?」
弁慶の顔が綺麗に笑みを作り出す。
その、凍りつくような笑顔に、敦盛の額から一筋の汗が流れ出た。
「そろそろ効いて来ましたか?即効性ですから…もう気持ちよいのでは無いですか?」
「ひっ…あぁ…だ…だめ…あぁぁっ!」
抵抗したために、敦盛の頬は弁慶によって数回叩かれ、うっすらと赤くなり、口からは血がにじんでいた。
敦盛が大人しくなった所で、弁慶が懐から薬を取り出し、いつも持ち歩いている竹の水筒の水と一緒に、
彼女の口に流し込んだ。
変化はすぐに現れた。
敦盛は全身がカッと熱くなり、息が荒くなり、手足が痺れだした。
「媚薬も効いてきたところで、さぁ、お仕置きの時間ですよ?これに懲りて、源氏に逆らうことはやめることですね」
弁慶は、敦盛の着物を脱がせ、彼女の顔を床に押し付け、腰を上げさせたまま己のモノで後ろから貫いた。
「あぁぁぁぁ!!」
抵抗無く、すべてが敦盛の中に埋まった。
「…初めてではないようですね、まぁ…これほどの容姿ならばそうでしょうとも」
「あぁぅ…やめ…やめてぇ…」
「ならば、誓いなさい。我々から離れないと。源氏に従うと!判りましたか?」
快楽に流されながら、敦盛は何度も「誓う」と口にした。
80.背徳(季永)
※もしもシリーズ『もしも…季史が先生で、永泉が生徒だったら…1』
雨の音がすべてを隠してくれる。
私の秘密の恋。
「永泉…帰らないでいいのか?」
「…永泉じゃありません!!二人でいる時は…」
数学準備室に二人きり。外は雨で、カーテンも引いてある。
「深水…送っていく、そろそろ帰らないと、お兄さんが心配するんじゃないのか?」
数学準備室の季史の机の上に永泉が座り、季史は立ったまま彼女を抱きしめている。
永泉の長い髪を片手で弄びつつ。
「酷いです…そういう時だけ先生みたい」
「私は、いつでも先生だ」
永泉は季史の背中に手を回して、胸元に顔を寄せる。
幼馴染だった。
何でも出来る、隣のお兄さん。永泉の長年の憧れだった。
しかし、彼が高校を卒業とともに、大学に行くために上京。
大好きな幼馴染がいなくなり、その時はショックで大泣きした。
そして忘れかけていた時。幼馴染は戻ってきた。
教師として…。
「家にいるときは優しいのに…こんな時だけ、聖職者なんですね」
永泉にしては珍しい物言いだった。
「やけに突っかかる…何かあったのか?」
弄んでいた永泉の髪から手を離し、季史は彼女の頭を撫でた。
「今日…女の子から手紙…もらってたでしょう」
「あぁ…アレを見ていたのか」
放課後。部活を終えて、いつものように季史の元に向かった永泉。
ノックは三回、でもその前に数学準備室の中から季史と知らない女の子の声が聞えた。
いけないと思いつつも、永泉は少し開いていた隙間から様子を覗いてしまった。
顔も名前も知らない子が季史に手紙を渡していたのだ。
それ以上見ていられなくて、永泉は隠れるようにして廊下の端に逃げた。
「読んだんですか?」
「あぁ…一応教師だからな、生徒の気持ちは踏みにじれない」
「むっ…季史さん!」
永泉は掴んでいた季史の背中から手を離して、両手で季史の顔を挟んだ。
「深水?」
「私以外を…見ないって…約束して…下さい」
永泉からの強引な口付け。
それには少々驚いて、でも季史は大人の余裕でそれを受け入れた。
永泉が学校を卒業するまで後半年。ヒミツの恋はまだ続く。