71.テーブルの下(ヒノ敦)


昼下がりの午後。
穏やかな日の光が暖かく有川家のリビングに差し込んでいる。

休みの日。
各自好きなように過ごし、有川家のリビングでは敦盛、ヒノエそして隣から来た望美がお茶をしていた。

「これね、私が作ってみたんだけど」

テーブルに置かれた綺麗な桜色の菓子。
望美は朝からクッキーを焼き、沢山作って有川家に持ってきたのだ。
しかし、あいにく皆で払っていてこの三人しかいない。
でも、折角なので三人で食べようということになった。

敦盛がお茶を淹れ、望美がクッキーをお皿に入れる。
「なかなか、旨そうなんじゃない?」
ヒノエが綺麗に模られた菓子を手に取り眺める。
花形にくりぬかれたクッキーはとても可愛らしい。
「食べるのが勿体無いネェ」
「でも、何時までも眺めてたってしょうがないでしょ?さっ食べましょ」

望美が敦盛のお茶入れを手伝い、ヒノエの前にもお茶を置く。
「敦盛さんも食べて!譲君に教えてもらったから美味しく出来たと思うの」
「とても綺麗で、この季節にとてもあってる」
敦盛もヒノエの隣に腰掛けて、望美が作ってきたクッキーを左手で一つ取る。
綺麗な桜の形。
「ささ、食べて!」
「あぁ…じゃあ」
ヒノエはその様子をじっと見ていた。
敦盛の桜色の唇に同じような色のクッキーが吸い込まれていく。
小さくて可愛らしい手に持たれたクッキー。
その美しい光景にヒノエは心を奪われ…と同時に思わず隣にあった右手をヒノエは静かに掴んだ。
「!?」
いきなり優しく触れてきたヒノエに、声を上げようにも目の前には望美がいる。
「どう…口にあわないかなぁ」
味が気になり聞いてくる望美に敦盛は少々ぎこちなく返答する。
「いや、とても美味しい」
「そう良かった!!」

目の前には嬉しそうにする望美。
ヒノエも楽しそうに食べており、でも、望美から見えない左手はテーブルの下で敦盛の手を掴んでいた。
ゆっくりと敦盛の手を取り、そして絡める。
敦盛は右手を望美に気付かれないように離そうとして動かしても、ヒノエの左手はそれを逃がそうとはしなかった。

「あっ!!もうこんな時間」
いきなりの望美の大声にヒノエと敦盛もビックリした。
「私もこれから出かけるの!!敦盛さん片付けお願いしていいかな」
「ぁ…あぁ、勿論だ」
バタバタ走って、望美は家から出て行った。

「ヒノエ…離してくれ」
望美がいなくなったのに、こそこそと手を繋いでいる必要は無い。
「え?いいじゃないか、まだ繋いでたって…俺達こんなことで恥ずかしがるような関係じゃないだろ?もっと色々」
「それ以上言わなくていい!!」
敦盛がつながれていたヒノエの左手を抓った。





72.色情狂(知敦)


血を見ると欲しくなる。
赤いものを見ると心が渇く。
無性に誰かを…傷つけたくなる。
誰かを求めたくなる。

「何か言ってください!!!」

真夜中。
門番さえも寝静まった平家の屋敷。
奥のまたさらに奥に作られた敦盛の部屋。
怨霊となり、黄泉の国から舞い戻った彼女の部屋には誰も好き好んで近寄らない。
彼女の兄と…知盛を除いて。

静かに開けられる襖の音に敦盛は気付いた。
怨霊となった今、上手く寝ることが出来ないからだ。
ギシッと鳴る畳に、布団の中にいた敦盛は身体を起こした。
「一体…ムグゥ」
ぬっと現れた黒い大きな人影は敦盛の口をその大きな手でいきなり塞いだ。
かすかに漂う香の匂いが知盛が愛用しているものだとわかり、いつもと大分違う彼の行動に戸惑った。
知盛からは香の匂いとともに、かすかな血臭がしていた。
「んーんぅ…」
「うるさい…静かにしていろ」

低い低音で言われて、敦盛も押し黙る。
もう騒がないと判ると、知盛は敦盛の掛け布団を退かせた。
知盛が身体を起こした敦盛を布団に押し倒す。
口を塞いでいた彼の手はそこからはずれ、着物の腰紐を解いていた。
「と…知盛殿!!何を…」
「…」
無言の知盛、いつもはなんだかんだ言っても話してくれるし、たとえそれが意地悪でも言葉で返してくれる。
何も言わない彼は、その血臭のせいもあり鬼神のように感じられて、敦盛は何も出来なかった。

結局彼が口を開いたのは、敦盛が散々に抱かれて意識を濁した時だった。
乱れた彼女の髪を弄び、噛み付いて血の出た首筋に知盛は指を這わせ、その赤い雫を掬い取る。
「狂いそうなぐらい…欲しい」
指に付いた赤い雫を舐めとると、知盛の唇の端に敦盛の赤い血がかすかについていた。
それは怖いくらいの愛情表現。





73.公共の場(将敦)


鎌倉からちょっと離れた遊園地。
5月の連休を利用して、将臣は敦盛をデートに誘っていた。
しかし、さすがGW。
あまりの人の多さに敦盛はうろたえた。
水族館付きの遊園地は子連れ、カップル、友人同士。
様々な年代が入り乱れ遊園地内はごった返していた。
勿論水族館も。

「あー…まぁ、これが日本のゴールデンウィークってヤツだ」
「はぁ…」
圧倒されてしまっていた敦盛の肩をポンと叩いて将臣が言う。
「さて、まずは水族館だな。此処はショーもやるんだぜ」
「しょー?」
二人で並んでチケットを買い(将臣のおごり)、入り口でチケットを差し出して千切ってもらう。
「イルカとかアシカとか…なんつーんだろうな、まぁ動物がさ芸をするんだよ」
「それはすごいですね」

はぐれないように手を繋いで、将臣は水族館の中を敦盛を連れて歩いた。
敦盛は行く先々で、初めて見る光景に感動し、終始笑顔だった。
ショーでは、イルカがジャンプするたびに敦盛は歓喜し、その様子をみて将臣も満足だった。
「すごいんですね、あのイルカたちはとても頭がいい、とても楽しかったです」
「そりゃ良かった。さー飯食って、今度は遊園地の方だ」

ファーストフード店に入り、軽い昼食を済ませて(あまり食べると乗り物に乗れなくなる)
店の中で将臣は敦盛に遊園地のパンフレットを見せた。
「さて、どれから乗る?あーお前、絶叫マシーンとか平気なタイプかなぁ」
「急降下とかするやつですか?…どうでしょうか…馬に乗って崖を駆け下りたことは」
「…あぁ…じゃあ、行ってみるか?」
店を出て、チケットを買い、この遊園地でたぶん一番人気のジェットコースターへと向かった。
混んでいたが、色々話をしていたらすぐに順番になった。
平気そうな顔をしていた敦盛だったが、実際に乗ると少々顔色が変わってきていた。
「平気か?」
「あの…その…」
「やばかったら、目瞑って、俺に掴まってろ」

ガタガタと動き出し、頂上にコースターが来たときには敦盛の恐怖も頂点に達していて、
怖さのあまりぎゅっと将臣の腕にしがみついた。
「ひぃーーー!!」
落ちてゆくとき、将臣もびっくりの悲鳴が横から聞えた。
意外と長い稼動時間。
着いた時には敦盛は叫びつかれたばてばてだった。
よろよろの敦盛を支えながら、将臣が次に来たのは観覧車。
これならゆっくりできるだろうとの配慮だ。
対面で座って、ゆっくりと動くのだが、敦盛は外を見る元気もなく窓にぐったりと肩をあずけていた。
「ほら…水」
「ぁ…ありがとうございます」
敦盛はそういうけれど、伸ばした手は将臣には届かない。
仕方なく、将臣はゴンドラを揺らして敦盛の隣に座った。
「ほら…顔こっち」
ぐいっと将臣が敦盛の顔を自分の方へと向ける。
生気のないぐったりとした表情。やっぱりまずかったか…と、はしゃぎ過ぎた自分に反省した。
「水飲んで…」
蓋を開けて、ペットボトルの口を敦盛の唇に押し付けても、彼女はなんの反応も示さない。
「…てっぺんだし…いいか」

将臣は自分の口に水を含むと、そのまま敦盛の唇にキスをした。





74.風俗店(キライザ)
※舞妓イザークシリーズ5


昼は大学。
夜は舞妓。
イザークはとても忙しいけど、しょうがない。
生きていくためには…彼女にはそれしかない。
まだ学生の身分の自分には…何も出来ないんだ。

「イザ…昨日の夜さ」
昨日の夜、呼ばれたような気がして…朝、一緒に大学に行く時にそう聞いてみた。
でも、彼女は夜のことを聞くといつも一瞬ビッと肩が揺れる。
それは今日もだった。
「…面白いテレビやっててさ…」
僕は慌てて、でも気付かれないように話をずらした。
イザークは安心したように、僕の他愛の無い話を聞いてくれた。

今日は偶々帰る時間も一緒で、僕はイザークの家でもある、店の前で分かれた。
すぐ隣の家なんだけど、僕はイザークが門の中に入るまで見送って、その後自分の家に…。
「あぁ…お帰り」
「ディアッカ…」
自分の家の入り口にある大きな木。その影に、イザークの働く店の若頭が立っていた。
彼は大学には通わずに、高校を出てすぐに父親の後を継ぎこの店の若頭になった。
僕とイザークの幼馴染。
「めずらしいね…どしたの?」
最近めったに会わなかった。
「いや…イザの様子がな…今日なんか変わったことあったか?」
言われた今日一日の彼女の様子を思い出す。
別段変わったことはなかった。昨日の夜に呼ばれた気がしたのは、勘違いだったのかも…。
「べつに…昨日なんかあった?」
「俺も詳しくは知らないけど…まぁ、元気ならいい。じゃな」
ふらっと帰っていくディアッカ。

「あっ!」
僕は思わず引き止めてしまう。
話すことなど特に無いのに。
「ん?」
振り向く彼。
「いや…その…さ、店って…どんな感じなのかなって…」
「…」
苦し紛れに出た言葉。
でも、ずっと聞きたいと思っていた。
僕の突然の声かけに、ディアッカが不信そうな顔をする。
「イザも働いてるし…その…」

「ここは…早い話が風俗店だぜ?それを想像すればいいさ」

そう言って、ディアッカは帰っていった。
「っ…ふう…ぞく…」
改めて突きつけられた現実に、僕はめまいがした。
到底立ち入ることの出来ない世界に彼女はいるのだ。





75.有罪(季永)


捕え続けることはできないとわかっていても。
それでも、貴方を繋ぎとめておきたかった。

気配でわかった。
触れて判った。
この人が…もうこの世のものでは無いということ。

十数年前と変わらない、美しい容姿、目の前に突如現れた、舞の名手。

「ここは…そなたは?」

左大臣家からの一人での帰り道。
道の角を曲がって…すぐに貴方がいた。
何も判らない貴方。
頼るものがいない…私以外には。
「永泉と申します…あなたは…多季史殿ですね…」
「…よかった、私のことを知っている人がいて」
向けられた笑顔に泣きそうになった。
「大丈夫ですよ…私と共に行きませんか」

彼は、勿論私のことは知らなかったけれど。
黙って頷いて、付いて来てくれた。

昔兄と来た、小さな泉のある森の中。
その横にある、小さな小さな小屋。
「此処なら安心です…雨も凌げるし…私しか知らない場所ですから」
「…私は…どうしたら」
不安そうな彼。
当たり前だ…何も言わずにここまで引っ張ってきてしまったのだから。
「此処に…いてください。後は…私がなんとかしますから」
無理やりに言い聞かせ、自分は小屋の中から出た。
だって、ここにいないと…。
他の誰かに知られたら、貴方は消されてしまう。

「私は、貴方をもう失いたくないんです」
あの恐怖を二度と見たくない。
人が目の前で血を流し…倒れて…自分の前からいなくなる。

「隠し通します」



  
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