66.雨宿り(季永)
「深水…こんな所にいては、風邪をひくぞ」
さっと、かぶせてくれた衣からは、季史の使ってる香の香がした。
春の雨は嵐。
ちょっと神子の所までと外出し、帰る途中で雨に降られた。
一人。
仕方なく、知らない屋敷の軒先で雨をしのいだ。
豪音と共に雷が響き、明らかに雨脚が強くなる。
法衣が下のほうから濡れ、時折吹き付ける風で顔や髪も濡れた。
春とはいえ、まだ寒い。
ぶるぶると身震いがしたとき、偶然一台の牛車が目の前を通り過ぎた。
永泉の前でそれは止まり、中から見知った公達が颯爽と降りてきた。
「季史殿…」
衣をかけられて、牛車に乗せられた。
「出してくれ」
季史の声と共に、ゆっくりと牛車が動き出す。
濡れた永泉を季史が手ぬぐいで拭いた。
「なぜ、あのような所にいた?供も連れずに」
「左大臣家からの帰りだったのですが…急に降られてしまい」
「そうか…」
一通り髪を拭き終え、季史の手が法衣にかかる。
「ぁ…の」
「法衣も濡れている…脱いだほうがいい」
「でも」
此処には確かに自分たち二人しかいないが、外には牛車を引いている供がいる。
断るために永泉はそっと季史の肩を押したが、彼は離れてくれなかった。
むしろ、この狭い牛車の中でさらに永泉に寄ってくる。
「聞えない…大丈夫だ」
「っ…ですが」
抵抗空しく、永泉はこの狭い牛車の中で法衣を脱がされた。
その代わり、季史は自分の衣を脱いでそれを永泉に着せた。
「こうすれば、暖かい」
「あ…ありがとう…ございます」
その後、牛車は永泉の寺を素通りして季史の屋敷まで来てしまった。
季史は供に車を裏に寄せるように言い、付いたらそのまま下がれと命じた。
季史は誰もいなくなった牛車から永泉を抱えており、そのまま自室に連れ帰った。
結局、明け方雨が止むまで、永泉の雨宿りは続いた。
67.上着と下着(将敦)
景時と一緒に洗濯物を干したり取り込んだりするのが最近の敦盛の日課だ。
譲がいるときは、3人で。
敦盛の服は望美の家にあるが、手伝いに来ているのだ。
「はい、これは兄さんの部屋。よろしく」
譲が綺麗にたたんで、将臣のものを敦盛に渡した。
「わかった」
今日はちょっと多めの洗濯物を持って、勝手知ったる将臣の部屋に入る。
「…昨日のもしまってない…もぉ」
部屋に入ると昨日洗った物もそのままでフローリングにおいてあった。
敦盛は箪笥の前に、今日たたんだ物、そして昨日の物をもってきて中に入れた。
「あぁ…ぐちゃぐちゃ」
折角たたんだものを、将臣は綺麗に入れないので、箪笥の中は小汚い。
敦盛はため息をつきつつ、でもちょっと喜んで将臣の箪笥を片付けた。
着物しかたたんだことがなかったので、この現代の洋服をたたむことは少々難しいのだが、
なんとかたたんですべてを箪笥に入れ終えた。
「これで…いいかな…あっ」
しまい終えて、部屋を出ようとしたとき、ベッドの脇にしわしわの洋服がかけられていた。
「…洗濯…?」
手にとってみると一度着たのが判る。
いつもの将臣の匂いがその服からしたから…。
「…今日は遅くなるのだろうか」
仕事の時間はその日によって違うようで、物凄く早く帰ってきたり、深夜にならないと帰ってこなかったり。
色々なのだ。
「…将臣殿」
「何やってんだ?」
「ひぃっ」
丁度、将臣の洋服に顔を埋めようとしたところで、将臣が部屋に戻ってきた。
「俺の洋服で?」
「あっ…の…ちが…くて…その…洗濯…しようと」
ニヤニヤして聞いてくる将臣にあたふたする敦盛。
「洗濯?それにしちゃ…物欲しそうに…」
「っ!!!」
続きを言わないように、敦盛は服を放り投げて将臣の口を必死に手で塞いだ。
背伸びをして、両手で彼の口を塞ぐ。
さすがの将臣もそれには驚いて、よろめいた。
「もご…ぷは…いきなり…まったく」
「だって…恥ずかしいことを仰るから…」
真っ赤になって言う敦盛があまりにもかわいいので、将臣は自分の体のすぐ後ろにあるこの部屋の扉の鍵を後ろ手で閉めた。
「??」
カチャという音と同時に。
「敦盛、万歳して」
はいっと言われて、素直に敦盛は手を上げる。
将臣は素直すぎるな…と呆れながらも、敦盛の着ていた長袖のTシャツをガバッ脱がせた。
「ちょ…なにを!!」
ブラを敦盛は慌てて隠す。
「まぁまぁ…じゃあ、これ着て?」
脱がされて、すぐにさっき放り投げた自分のYシャツを将臣は手にとってすばやく着せた。
敦盛は一体将臣が何をしたいのかわからない。
「将臣殿??」
「さて…じゃあ、今度は」
今度は将臣が敦盛の肩をぽんと押して、すぐ後ろにあるベッドに座られた。
「はい、じゃあズボンを…」
「ちょっと、将臣殿!!嫌です〜〜!!」
その後強引に将臣にズボンを脱がされ…。
「うん…この格好は結構来るなぁ」
満面の笑顔で将臣は敦盛に唇を寄せてきた。
68.所詮ひとり(キライザ)
※舞妓イザークシリーズ4
呼ばれた気がした。
勉強をしていて、ふいにイザークの声が聞えた気がして。
キラは部屋の窓から見える宇天楼の離れを見た。
でも、外観は見えても…中まで見えるわけではない。
もしかしたら…と思ったけれど、今の自分ではどうにもならない。
勉強を再開しようとしても結局身に入らずにキラはそのままベッドに沈んだ。
ビール瓶を取り落とした後も、なんとかイザークは仕事を続けたが、同僚に言われて早めに切り上げることになった。
イザークは下がる際に、ビール瓶を落とすきっかけになった男から名刺を渡された。
アスラン・ザラ。
なんと、今日来たIT会社の若き専務だった。
「また…会おう」
何事も無かったように、そう告げられる。
それに対して、イザークはかんばって作り笑顔で答えたけれど、男が彼女から背を向けたら顔が歪んだ。
沈んだ気持ちで、イザークは部屋に下がった。
着物を脱いで、部屋着に着替えて、風呂場に行った。
服を脱いで熱いシャワーを頭から浴びて、顔を洗う。
鏡には不細工な自分の顔が映っていて、今にも崩れそうな顔をしていた。
「これは…仕事…仕事だから…」
鏡の自分に言い聞かせる。
何度も何度も言い聞かせないと、イザークは崩れてしまいそうだった。
風呂から出て、部屋に戻り窓を開ける。
イザークの部屋は宇天楼の3階にある。
窓からはキラの家が見える。
「こんなに近いのに…」
窓に手を当てて、外を見る。キラの家との距離は、直線にして、5m程度。
でも、その5mはイザークにとって無限の長さに感じられた。
店に出ているときは、働いているのでまだ気がまぎれる。
しかし、この時間は否応なく感じさせられる。
『一人』だと。
イザークは携帯を入れっぱなしだったカバンから取り出して、いつものアドレスを引き出す。
『もう寝た?』
そう打って、時計を確認すると午前1時を回っていた。
さすがにこんな時間にキラに迷惑はかけられない。
心配性で優しい彼は、きっと自分に付き合ってくれる。
イザークは、打ったメールを消すためにoffボタンを押して、携帯を充電器にセットした。
「…もう、寝よう」
髪もろくに乾かさずに、イザークはベッドの中にもぐりこんだ。
「夢でもいいから…逢いたい」
69.痙攣(アク永)
※65.強制の続き
アクラムとの悪夢のような夜の後。
永泉は高熱に悩まされた。
熱を出している間、何度もあかねや他の八葉が見舞いに来てくれたのだが、
風をうつしてはいけないという理由で、すべての面会を拒否した。
永泉は上掛けを多めにかけて、体全部を覆い隠すようにして縮こまっていた。
何かを纏っていないと、とてつもない恐怖に押しつぶされそうであったからだ。
いつ、又アクラムが来るか判らない恐怖。
いつ、このことが他の仲間にばれてしまうかという恐怖。
恐ろしくて、恐ろしくて、カタカタと震えながら一日一日を過ごしていた。
結局熱が完全に下がるまでに1週間かかり、その間水しかとっていなかった永泉はすっかりやせ細ってしまっていた。
ふらつく身体を起こして、湯浴みをする。
それだけで疲れてしまって、再度布団に倒れこむ。
「っ…はぁ」
そのまま、永泉は目を閉じてゆっくりとした眠りに付いた。
しばらくして、寺の中の空気が変わったことに気がついて目が覚めた。
神域に対して、まがまがしい雰囲気が介入しようとしている気がした。
「…まさか」
一週間前よりも濃いものがジワリと奥の間に向かっている気配を感じて、永泉は自分の数珠を手に持って、
来る相手を迎え撃った。
「荒々しいな」
「…なんの…用ですか?」
数珠を相手に向けて、よたよたしつつも相手に対峙する。
アクラムがゆっくりと御簾を上げて入ってきた。
「また来ると言ってあったはずだが…」
「…もう…やめてください…雨縛気!!!」
渾身の力を込めて、術を放つも、体力的も精神的にも弱りきっている永泉の術は、
アクラムによって簡単に破られてしまう。
「私の物になれと…言ったはずだが?」
「ひっ!」
永泉は肩を押されて、布団に逆戻りした。
「判らないなら…教えるまでだな」
今回は意識を混濁させるような術を使われることは無かった。
しかし、その分しっかりと…感じた。
「ん…くっ…っ…んぁ…ぅ」
「きついな…」
永泉よりも一回りは体格の良いアクラムを受け入れるには、彼女の身体は小さすぎる。
実際に前回は強引過ぎて、永泉の身体は傷ついた。
しかし、今回は確実にアクラムを受け入れている。
永泉は何度も身体を痙攣させ、意識を失うがそのたびにアクラムが強引に意識を戻させる。
御簾の中は薄暗いが、外はさんさんと太陽が照っている。
完全に意識を喪失させるまで、アクラムは永泉を抱き続けた。
ただ、永泉が意識を失う前に見たアクラムの顔は。
不遜で傲慢な態度とは裏腹の、苦しそうな歪んだ顔だった。
70.クスリ(弁敦)
「さぁ…飲んでください!!!」
弁慶殿は腕の良い薬師で。
皆にも信頼されていて。
でも。
でも。
私を実験台に使うのはやめてほしい!!
「ぁ…あの…この間も…飲みましたけど??」
小さな瓶を目の前に出されて、私は後ずさった。
前回は、飲んだ瞬間に眠くなり、その場でバッタリと倒れたのだ。
軽い睡眠薬のつもりだったらしいが…即効性だった。
飲んだ場所が外だったので、頭を打ちそうになったが、咄嗟のところで弁慶殿が抱えてくれたらしい。
しかし、目を覚ました時にいきなり弁慶殿顔が目の前にあったので、かなりビックリしたのだが…。
その時の弁慶殿は、ニコニコ笑いつつ、後ろに黒いものが見えた。
睡眠薬、風邪薬、塗り薬。
自分がそういった症状を出すたびに、色々持ってきてくれるのだが、そのたびに騒動が起こるので…最近は疲れてきた。
「今回は、肌荒れ用です」
「はぁ…」
そういわれて、敦盛は自分の頬を触った。
確かに、戦続きで荒れているとは思うが、こんな時にそんなことを気にしている場合ではない。
「いいですよ、今は大切な時で…自分のことに時間をかけている場合ではありません」
丁寧にそっと瓶を返す。
「…折角、敦盛君のために作ったのに…」
「うっ」
とてつもなく残念そうに肩を落とす弁慶殿。
そんな姿を見たら…さすがに言い過ぎたと思って。
「そこまで言うなら…折角ですから」
「そうですか!」
とたんに元気になった弁慶殿に多少の違和感を感じつつも、貰った小瓶の中身を飲んだ。
にやりと弁慶殿が笑ったような…そんな気がした後。
やっぱり、意識が虚ろになって、目の前が真っ暗になった。
「お人よしも…僕の前だけにしてほしいですよね」
倒れこんだ敦盛を抱えて、弁慶は屋敷の中に入っていった。
今度目が覚めたときは、なぜか二人で布団の中。
動こうにも、弁慶殿の手が私の腰に回っていて、動けない。
「…なんで?」
「僕がこうしたかったからです」
ボソッと呟いた声に返答されて、びっくりした。
顔を見合わせて。
弁慶殿は笑っている。
「このまま昼寝と行きましょう」