61.求めるもの・与えたもの(知敦)


「笛を吹け」

知盛は時折こうして、命令するように言う。
敦盛は、それにただ従って庭に下りて笛を吹く。
春前の少し肌寒い夜風に吹かれながら。
奏でる笛は、闇夜に溶けていく。
この夜の演奏会は小一時間ほど続く。
知盛が「もういい」というまで続けられるのだ。

一曲終わって、水を飲み。
もう一曲終わって、水を飲む。
さすがにずっと吹き続けるのは体力的に難しい。

「敦盛」

そろそろ吹き始めて一刻経つ。
知盛が「もういい」と言わずに敦盛を呼ぶのは珍しいことだ。
「はい?」
敦盛は駆け足で、縁側で寝そべりながら一人晩酌をしていた知盛に近寄った。
「此処に座れ」
「はぁ…」
寝そべっていた知盛は一度起きて、敦盛を縁側に座らせた。
そして、彼女の膝に頭を乗せてもう一度寝転んだ。

「あの…」
「そこで…吹けるか?」
この体制で…知盛に膝枕をした状態で笛を吹けということなのだろうか。
「う…うるさいのでは…」
「いい。吹いてくれ」
そう言われては、断れない。

敦盛はそのまま、静かでゆったりとした曲を吹き始めた。
「…知盛…殿?」
スッーという音がかすかに聞える。
「寝て?…」
寝息が聞えて、敦盛はそっと知盛に顔を近づける。

「ぁ…」
「お前といると…落ち着く」
敦盛が顔を近づけると、ぱっと知盛が目を開けた。
思いがけない言葉で、敦盛は顔を戻せなくなり、知盛の手が彼女の頭の回る。
ゆっくりと顔が近づいて。

唇から、感謝の言葉が伝わる。





62.羞恥心(キライザ)
※舞妓イザークシリーズ3


「銀(しろがね)です…今日はようこそ…。楽しんでいってくださいませ」

今日の客は、某IT会社の幹部達だった。
私は何人かの舞妓と共に、この宇天楼で一番大きな座敷に訪れた。
中年の男たちに混じって、若い者が何人か混じっていた。
私たちは酒を勧めながら、取り留めのない話に花を咲かせた。

「いえ…そんな…ふふっ」
気の効いた話をしながら、笑みを浮かべて相手の機嫌をとる。
それに向こうも気をよくして、もっと何か食べるものを持ってこいと言う。
それが、目当て。
夢を見てもらって、沢山お金を使ってもらって…。

「君は…いくつ?」
「ぁ…」
お酌をしながら回っていたら、若い男の前に来た。
紺色の髪がちょっと長めで、目はきれいな碧。
「私は…20歳です」
「そう、じゃあ俺と同い年だね?」
男がコップを出すので、私はビールを注いだ。
「お若いのに…今日は?」
「あぁ…連れてこられたんだよ、でも…まぁ、よかったかなぁ」

男は突然私の着物の袖を引っ張って、耳元に唇を寄せた。
「君は…空に上らないの?」
そして、耳朶を舐められた。

「っ…!!」
ガシャン

私は思わず、ビール瓶を取り落とした。
「銀!?大丈夫!!」
突然のことで、仲間が私に駆け寄る。
「だ…大丈夫です…お客様…申し訳ありませんでした」
私は顔を赤くして、頭を下げた。

「いいよ。気にしないから…仕事を続けて?銀」
「は……ぃ…」
私はプルプルと身震いがとまらなくなった。
しかし、何とかして身体を動かし、私は次の客の前に行った。

『空へ上る』
あの紺色の人は知っている。
この店の裏の顔を…。
空…それは届かない場所で…逃げられない場所。
真夜中にしか開かない、ヒミツの場所。

キラ…助けて。





63.フェティシズム(ヒノ敦)


クルクル

「敦盛…いい加減に」
「んー」
さっきから、敦盛はずーっと俺の髪の毛をいじっている。
癖の強い髪。
巻き毛は確かに指に絡みやすい。

将臣の家のソファに二人で座りながら午後のひと時を過ごしていた。
確かに俺の髪は柔らかいしさわり心地はいいと思うけど。
「敦盛〜」
「んー…だって」
いい加減にしてほしくて、俺は敦盛の手を取った。
そしてそのままソファに敦盛をゆっくりと沈めた。

「指なんかで触るより、この方が直接感じるんじゃない?」
「っと…ヒノエ!なにを…」
押し倒した敦盛の首元に顔を埋め、俺は敦盛をくすぐるように頭を動かした。
「ほら?どう?」
「そんな…くすぐった…ぃ」
さわさわと顔や首に当たって、笑い声を上げる。
でも、体の動きが…ちょっと怪しくて。
俺は…なんか…。

「ぁっ…ちょっと」
思わず、敦盛の鎖骨に吸い付いて、きつく吸い上げた。
「なんか…したくなった」
「なに…を…」
「無粋だなぁ…」
俺はそっと敦盛の胸元に手をおいた。
それで漸く判ったのか、敦盛の体が一瞬身体を硬くした。
「いまさら緊張?俺の髪の毛を触って…誘ったくせに?」
「さ…誘う!?」
俺の肩を押して返していた敦盛が声を上げる。
だって、あんなにくっついて髪の毛触られたら、そう思うだろ?

「黙って…」
「っ…」
動く俺に、敦盛は観念したのか腕を俺の背中に回してくれる。
細い腕が回るのは…嬉しい。

「でも…此処は公共の場だということを…忘れないでくださいね?」
俺の好きな敦盛の胸を見る前に、大嫌いな叔父のヤツがのそっと現れた。





64.殺す(アスイザ)
※双子島シリーズ2


風がこんなに強く吹くなんて珍しい。
イザークは仕事帰りに、一人で森の中にいた。
畑での草取りの後、イザークは野菜に水をやり、それを終えて珍しく薄暗い森の中を歩いていた。
風が強いせいで、服がすっかり土埃で汚れている。
帽子を被っていてもなんだか中が砂っぽいし、顔もざらざらしている。
「あぁ…口の中までざらざら…うぇ」
パタパタとはたいても、中々ざらつきは消えない。

「…ちょっと、浴びてくか」
風は強いが、日差しはまだ強い。
夕暮れには早いし、そんなに急がなくても大丈夫な時間帯だ。
タオルもある。
イザークは帰り道をちょっと外れて、もう少し森の奥まで歩いた。

この島は海底火山の影響で、海底が隆起したために出来たといわれている。
なので、この島はちょっと地面を掘ればすぐに海水の温泉が湧いて出てくるのだ。
森の中で湯気が出てくる。
湖からうっすらと湯気が立ち上っているのが見えてくる。
誰もいないことを確認して、イザークは畔で服を全部脱いで、ゆっくりと湖の中に入った。
生ぬるいが、冷たくはない。
イザークはプカーっと浮いて身体に付いた砂を落とした。
浮いた後は、大して深く無い湖の中に潜った。
森の植物はこの湖の中では塩分が濃いために育たない。
何も無い蒼い水の中を普段は帽子を被っていて表面に出ていない長い髪がゆらゆらと浮かぶ。
銀色の髪が光を反射してイザーク自身の目を細めさせる。

バシャンと勢いよく水面に現れて、一息つく。
「あー…生き返る」
大きく深呼吸をする。
男として生活しているので、イザークの胸はいつも押しつぶされている。
息苦しいが、これが掟なのでしょうがない。
この島のため、そしてイザーク自身のためにはこれが一番の方法なのだ。

数十分泳いで、そろそろ湖の中から出ようというとき。
森がざわめいた。
黒い…そうイメージするのが似合うだろうか。
なにかがイザークに迫っていた。
それは、心地よいものではなく、殺気をはらんだもの。
イザークは不安になり、急いで岸に上がろうとしたが、その彼女目掛けて真っ黒な鳥が飛び掛った。
「うわっ!!」
イザークは運よくそれを避けた。
しかし、ガサガサっという音と共に、森の茂みから人が現れた。

「クロウ…殺せ」
再びの鳥の羽音と共に、残酷な声がイザークの耳に聞えた。





65.強制(アク永)


こんなことがあったと…誰にも言えない。
神子に…仲間に。

私は…裏切り者です。

寺の奥の奥の部屋。
皇族が出家したときにだけに使われる奥の間。
永泉はそこで生活をしていた。
決まった時間に世話役が来る以外はいつも一人でそこにいた。
広い部屋には永泉用に作られた仏壇があり、そこで仏に祈りを捧げていた。

神聖な場所。
そして、安全な場所だと思っていた。

夜。
カタカタという風に吹かれる戸の音以外は何も聞えない。
静まり返った寺の中。
のはずだった。

永泉は、組み伏せられていた。
彼女の顔の周りには金色の檻が出来ている。
声は、相手の手によって口をふさがれているので出したくても出せない。
「無用心な…寺だな」
「んーーーっ」
バタバタともがいても、相手との体格差がありすぎてびくともしない。

「天の玄武…お前は今宵、私の物となれ」
アクラムの声が永泉の耳の中でグワンッと響いた。
そこから、永泉の思考は停止した。

永泉の着ていた薄い肌襦袢をアクラムはゆっくりと脱がせた。
真っ白い、まだ少女の体が蝋燭の炎に浮かび上がる。
アクラムは、白い雪に跡をつけるように、自分の印を残した。
首、鎖骨、胸元、わき腹、足の付け根。
いたるところに吸い付いて、自分の跡をつけた。
その間も、永泉は抵抗を示さず、人形のようにされるがままだった。

さすがにそれではつまらないと思ったアクラムは。
自身が永泉の中に侵入するとき。
彼女の暗示をといた。

「ぃ…ひっ…んぅ」
叫び声は、あげられる前にアクラムの口腔の中に消えた。
身を裂かれる痛み。
あまりの痛さに永泉はボロボロと涙を流す。
初めての交わりの相手は、自分が倒さなければならない鬼。
手を動かして、相手を引き剥がそうとひっかいてもアクラムは微動だにしなかった。



やっと、アクラムが永泉の上からどいて、その時にふさがれていた唇も離れた。
酸欠状態の永泉は息も絶え絶えで、その場から動けない。

「今宵のことを…忘れるな。また…来る」

どうして自分が。
八葉である自分が…簡単に鬼の侵入を許し。
あまつさえ身体まで…。
「っ…み…神子ぉ…」

私は…裏切りもの…です…



  
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