51.震える朝(知敦)


すっと通る隙間風が全身を包んで身震いした。

目を覚ましいたときには、隣で眠っていたはずの貴方はすでにいなかった。
貴方がいた部分の布団はすでに冷たくなっていて、自分の手をそこに伸ばしてもぬくもりは無い。
冷たい感触だけが肌に伝わった。

私は、長襦袢だけでは寒くて、横に寄せられてしまった掛け布団を引き寄せて再度そこにもぐりこんだ。
いなくなるならせめて布団くらいかけて出て行ってくれてもいいものだと心の中で愚痴を言う。
もしかして…帰ってくるかも。
布団からかすかに顔を出してみて、あたりを伺う。
しんとした静けさと薄明かりだけが、平家の屋敷を包んでいた。
部屋の隅のほうでは、パチッという火鉢の音もする。
「…まだ…起きるには早いのに」
いなくなってしまった人を気にしつつも、重い瞼をあけているのが辛い。
私は再度瞳を閉じて、まだある眠りの時間に付いた。

次に起きた時は、寒さではなく、苦しさで目が覚めた。
いつの間にか戻って、貴方は私を抱きしめながら眠っていた。
「いつも…こんな顔して…?」
少しだけ顔を動かしてみると、無防備な貴方の寝顔。
いつもは絶対に見られない。
「…くすっ」
起きている時は、あんなに不遜な態度で、まるでどこかの殿様のような振る舞いなのに。
寝ているときはこんなに穏やか。
新たな一面が見れたことが嬉しくて、私はつい小さく声を出して笑ってしまった。
「……趣味が…悪い」
「!!」
ぼそっと呟くように頭の上から声がして、私は悪戯が見つかった子供のようにビクッと震えてしまった。
「お…起きて?」
「あぁ…」
寝起きの不機嫌そうな声。
「う…腕が痺れますでしょう…私は、もう…」
そう言って逃げ出したいのに、貴方は全然腕の力を弱めてくれない。
逆にもっと引き寄せて、自分の足の間に私の身体を入れてしまう。
「ちょっ…知盛殿!!」
「うるさい…震えていた…寒いのだったら大人しくしていろ」

震える朝は今日は来ない。





52.サボタージュ(アスイザ)


平和ボケ。
今のザラ隊にはこの言葉が一番相応しいかもしれない。

最近めっきりならなくなったシグナル。
監視だけは怠らないようにと部下には言いつつも、半年以上何も無いとだんだんとだらけてくる。
隊長のアスランでさえ、何も無くて退屈していた。

戦争が終わり、ラクスやカガリが国の最高責任の地位についてからというもの、めっきり争いごとも無くなった。
だんだんと軍備も縮小されていった。
アスランは監視室でモニターと睨めっこしながら、宇宙を見ていた。
しかし、ずっと見ていても飽きてくるだけなので、好きな本を持ち込んだりと勝手気まま。
まさしく平和ボケの最中だった。

「隊長自らがこんな間抜けでどうする!!」
「だって、何も無いんだもの」
そんな言い争いを聞くのは、ここ最近しょっちゅうである。
見かねたイザークが別部隊にも関わらず指揮を高めようと喝を入れるのだが、アスランは聞く耳持たない。
今日だって、工学系の雑誌を読みながら、モニターをそっちのけで活字に没頭している。
「平和なんだ。いいだろ?」
「だが、何時なにがあるかわからないんだぞ!」
バッと雑誌をイザークに取られる。
「…返してよ、なにもサボってるわけじゃないんだよ?きちんと耳はスピーカーに向けてるし、意識だってしてる」
「全身で意識しろ!!」
イザークは、これは没収だ!!と言って、アスランの雑誌を持ってそのまま監視室を出て行った。
「…まったく」
イザークはえらいねと重いながらも、机の引き出しからイザークに取られることを想定して他の雑誌を取り出した。
「大丈夫だって」

その数分後にイザークが故意に鳴らしたシグナルによって、アスランは大慌てをする。





53.欲しい(ヒノ敦)


『あーあー…あんなに美味しそうに食べちゃって』
リビングでヒノエは敦盛を見ていた。
反対側に座って、好物のイチゴを美味しそうに食べている。
最近の敦盛は本当にイチゴが好きなようだ。
なにから何までイチゴ。
鎌倉というか、あの時代にはイチゴは…野イチゴぐらいしかなかった。
すっぱくて、自分としてはあのすっぱさで顎が痛くなるのがなんとも嫌だ。
その点この時代のイチゴは種類も豊富で甘くて自分自身も好きだ。

一つ、又一つと口に運んでは嬉しそうにイチゴをほおばる敦盛。
「…ヒノエ?」
「ん…あぁ…なに?」
「いや…見られてたから…何なのかと」
そんなに凝視してたのか。
怪訝そうな顔で敦盛が俺を見る。
「いや、イチゴ美味しい?」
「あぁ、これはなかなか甘くて美味しい」
「ふーん」
あーあんなに笑って。
イチゴのヤツ…。

「ヒノエも食べるか?」
敦盛が俺に向かってイチゴを差し出す。
真っ赤で丸くて美味しそうなイチゴ。
でも、それがなぜか憎く感じる。
俺は敦盛に差し出されたイチゴではなく、彼女の手を掴んで。
「こっちのイチゴの方が…」
「っ…んっ!」

敦盛の赤く、甘い唇に。
俺は噛み付いた。





54.こんなに近い存在(キライザ)
※舞妓イザークシリーズ1


僕の隣にある大きな屋敷。
宇天楼。
毎夜、政界の大物が訪れては、一夜の夢にふけっていく。
夜だけの天国。

「キラ!キーラ!!?聞いてるの」
「っ…ごめん」
ボーっとしていた。
此処は大学の学食。
僕は、ここで幼馴染のイザークと昼食をとっていたんだった。
目の前のイザークはすでに食べ終わっている。
「全然、話聞いてない!ご飯も残してる!!」
「す…すぐ食べるから」
ちょっとしか一緒にいられないのに、僕としたことが。
僕は急いでお皿に残っていたサンドイッチとポテトを平らげた。

「今日は?キラ、何限まで?」
「僕は、フルだよ」
食堂からの帰り。僕らは決まって大学の中庭のベンチに座る。
寒い冬だけど、人も少なくて、静かでいい場所。
「そっか…じゃあ、私先に帰るね」
「お店…か。しょうがないよ」
「ん…」
イザークがしょんぼりする。
彼女は僕の家の隣にすんでいる。
宇天楼の舞妓。
本来なら、大学になんて通えることは無い。
舞妓は朝は稽古、夜は座敷と決まっている。
しかし、宇天楼の若支配人のお陰で大学に通えている。
「明日も明後日も会えるし…休みももらえたんでしょ?休みの日はどっか遊びに行こうよ」
「うん!!うん、出かけたい!」
さっきまでの暗い表情が嘘のよう。
僕の申し出に満面の笑みでイザークが答えた。

授業が違うので、先に教室の方へかけっていくイザークを見送って。
僕は又考える。
宇天楼。
表向きは華やかな夜の店で、酒を振舞う場所。
でも、屋敷のはすれと接している僕の部屋にはかすかに聞えてくる。
隣の屋敷から、女の喘ぎ声が。

「イザークも…そうなの?」
彼女も夜の天国に舞う、蝶なのだろうか。





55.じゃあ嫉妬して(将敦)


将臣殿ははっきりいって凛々しい。
過去にいたときもそうだった。
一人で畑を耕し、平家のために作物を植えてくださった。
立派な方。
たとえ本当の還り内府ではなくても。
彼がいたから最後まで平家は…立派に…滅びることが出来たのだと思う。
彼は自分の憧れであり、慕うべき人であり…愛しい人。
なのに。

「久しぶりに出かけようぜ!」
そう言ってくださった彼との約束の場所。
人の多い場所は得意でないが、この鎌倉の駅の前にある公園はよい待ち合わせ場所だ。
私でも迷わないし。
そして、背の高い将臣殿はとても目立つので、すぐに。
すぐに…

「えー待ち合わせ?誰と?」
「誰だっていいだろ!」
将臣殿の周りには、どうしてか綺麗な方ばかりが集まる。
今日だって。
すぐに見つけられたのに…また。
「暇だったら〜お茶でもしようよ!」
「良いじゃん!ねー」
袖を引かれている。
困っている?でも…どうしてきちんと断ってくれないの。
人を待ってるって…私を…。
こんな自分…凄く嫌だ。

「敦盛!!」
「あん!もー酷い」
突然呼ばれて、将臣殿が私のほうへ走ってくる。
周りの女性を引き離したのだろう。
自分を見つけてくれたことは嬉しい。
でも…でも…
「どうした?」
「何でもありません!!」
私は、なんだかもやもやした気分になって、その場を逃げ出した。

走って走って。
気がついたら、知らない場所で、周りを見てもどこか判らない。
「ここ…どこ??」
番地を見ても、知らない場所で。
「……あ…兄上」
…もういない。もういない…。
私を支えてくれるのは…兄上じゃなくて。
「ま…将臣…殿…ぅ…ふっぅ…将臣…殿ぉ」
悲しくて、涙がボロボロ出てくる。
自分から、逃げ出したのに。
嫌で、あの方に知らない人がまとわり付くのが嫌で…。
こんな醜い自分が嫌いで。
「っ…ま…さ………どの」

「何泣いてんだよ」

後ろから、呼ばれた。
「いきなり走り出すからびっくりしたぜ」
「っ…ご…ごめんなさい…ごめんなさい…ぅ…っ」
私は、探してくれて、追いかけてきてくれたのが嬉しくて、将臣殿に抱きついた。
「あーあー…よしよし…」
気持ちが治まるまで、抱きしめて、撫でてくれて。
話を聞いてくれた。
そうしたら。

「嫉妬してくれて嬉しい」
そう言ってくれた。



  
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