96:音楽隊
どこからともなく聞えてくる音楽。
日曜日。
キラとイザークはのんびりと散歩を楽しんでいた。
梅雨前の今の時期は、綺麗な花が咲き誇る一番いい季節。
家の近くにある植物園では、今色々な種類のバラが見ごろを迎えている。
天気もいいので、イザークは朝からお弁当を作った。
キラは、シートやデジカメを用意して、すでに準備は整いリビングのソファで弁当が出来るのを待っている。
「できたぞ」
綺麗な布に包まれた、3段のお重。
「じゃあ、行こうか」
キラはそれをシートが入れてある紙袋に入れた。
植物園までは、徒歩20分。
すがすがしい初夏の陽気は心を明るくする。
そんなときに、軽快な音楽はさらに心地よい。
「なんだろうね?」
「マーチっぽいな」
イザークが良く耳を澄ませて聞き取る。
「もしかして、近くの小学校じゃない?あそこって、今の時期に運動会やるでしょ」
キラの家の近くには、小学校・中学校・高校がある。
「そういえば、なんか案内が来ていたような」
自分達には子供がまだいないので、あまり気にしたことはなかったが、
確か先週あたりに運動会のお知らせのようなチラシが入っていたような気がするとイザークは思った。
「ちょっと見に行こうか」
少し道は外れるが、大して遠くない。
二人は小学校の運動会の様子を見に行くことになった。
「やってる、やってる」
中に入らず、キラ達は金網越しに様子を見た。
「あの音楽は、子供達の演奏だったんだな…向こうの方に、楽器を持った子がいる」
イザークが指さす方に、体操着姿の子供達が楽器を持って待機していた。
「時間からして、始まったばっかりだね、マーチは行進曲かな?」
「たのしそうだな」
ずいぶんと、懐かしい感じがする。
ひとしきり様子を見て、二人はその場を後にした。
帰る時、また違う音楽が流れ出す。
二人はその音楽を背に、当初の目的である植物園へと向かった。
97:手のひらサイズ
「っ…可愛い」
手のひらに納まってしまうほどの小さな生き物。
イザークはあまりの可愛さに、満面の笑みを浮かべて、その生き物を優しく撫でた。
「一日預かればいいんだな」
夜遅く。
いきなりの来訪者。
夫の双子の姉、カガリは小さなカゴとトモにキラの家を訪れていた。
「悪いが、明日の夜まで預かって欲しいんだ」
いきなりそう言って、イザークに手渡したカゴ。
その中には、小さな生き物。
ハムスターが入っていた。
「急に、仕事で遠出しなくちゃいけなくて、一人暮らしだし…イザークお願い!」
カガリは以前は両親と一緒に暮らしていたが、親が田舎に引っ込んだことをきっかけに、今では一人暮らしをしている。
「別にかまわないぞ、この子の名前は??」
「ゴールデンハムスターだから、コガネ」
「…安易なネーミングだね、相変わらず」
キラがキッチンから出てきて、3人分の飲み物をソファのテーブルに乗せる。
「うるさいぞ!!」
「犬なら、ポチ。猫ならタマ…進歩はしてると思うけどね」
「ほら、コガネ…おいで、おいで」
イザークはそんな二人のやり取りを聞き流し、イザークから受け取ったカゴの中から、
小さな小さなハムスターを取り出した。
「うぅ…可愛い」
優しく撫でて、くすぐると気持ちよさそうな顔をコガネがする。
「悪いイザーク。そういうことだから」
「私は全然構わないぞ!!えさは??」
「ここ」
カガリは持ってきたバックの中から、えさや水など必要なものを一式取り出した。
「イザ…もう寝ようよ」
「もう少し」
カガリが帰り、キラが風呂に入った後もイザークは一人コガネと戯れていた。
ひまわりの種を与えたり、水をスポイトのようなもので飲ませたり。
かいがいしく世話をしている。
キラも最初はそんな姿が可愛いなと思ったけれど、だんだんつまらなくなってきて。
「お仕舞い!」
「あぁー」
キラはハムスターの首根っこをひょいっと掴んでカゴの中に戻した。
「僕よりハムスターがいいの??」
キラがハムスター並みに可愛くイザークに聞いた。
98:参上!!
※90:この面子で...?の続き
「お邪魔するわよ!」
この間の一件以来、キラの家にはエザリアが良く来るようになった。
キラとしては、結婚に反対されていたとずっと思っていたので、とても嬉しい。
イザークとしても、認められていると判るので、嬉しかった。
がしかし…。
「見てみて、キラ君。こんなの可愛いんじゃない?」
「はぁ…そうですね」
毎回毎回、エザリアが持ってくるもの。
それは、子供用品のカタログ雑誌だった。
「母上…いい加減にしてください」
「あら、いいじゃないの。私は、若いうちに孫の顔が見たいんです」
遠まわしに、孫が欲しいというのなら、まだ可愛げがあるが。
この母親は娘に対してはっきり言う。
エザリアとしては、自分がまだ若い(今でも十分若く綺麗なのだが)うちに、孫の顔が見たいのだ。
イザークは一人子であるし、親戚に子供もいない。
キラの方もカガリは結婚していない。
早く可愛い孫を手に抱いて、可愛がりたいのだ。
「ね、キラ君。この服なんか…」
ピンクのひらひらした産着を見せて、エザリアはウキウキとしている。
こんなに楽しそうな母を見るのは久しぶりなので、いつもしょうがなくキラもイザークも話に付き合ってしまっているのだ。
「そうですね…」
「まったく」
そうやって小一時間話をして、お茶を飲んで帰るのがパーターンである。
そして、帰るときの毎回のお約束。
「じゃあ、キラ君!頑張るのよ」
それには毎度キラも赤面で、イザークも真っ赤になって怒る。
「母上!!」
「ホホホッ、じゃあまたね」
そうやって来た時と同じように元気に、台風は去っていくのだった。
「本当に頑張っちゃおうかな…」
キラがイザークに聞えないようにポツリと呟いた。
99:誰もいない
キラの家のベランダは一角が広くなっていて、そこには大人二人が余裕に寝そべられるスペースがある。
屋根も無いので、雨が振ればずぶぬれだが、今日は良く晴れている。
今夜二人は夕食後に、そこにシートをひいて、その上に薄手のタオルケットをひいた。
そして二人でその上に寝そべった。
「星見えるね」
「あぁ…今の時期って、何座?」
他の家が邪魔で視覚的にはそこまで広く無いが、まったく見えないわけではない。
「え…ヤギ?いやごめん、適当言った」
「私も星座は判らない」
ぽつりぽつりと会話をしつつ、空を眺める。
じっと目を凝らしていると、暗い星も見えてくるようになった。
シンとした辺りの気配が、隣に人がいるにも関わらず、自分ひとりであるように感じさせる。
急に不安になって、二人はどちらからともなく手を繋いだ。
「寒い?」
キラがイザークの手をぎゅっと握り締める。
「いや…でも」
そう言って、コロンとイザークはキラの方へと転がってきた。
それをキラが受け止め、腕の中へとイザークを招き入れる。
「ずっと上見てたら、一人になった気がした」
「僕も…でも、こんな格好じゃ星も見えないよね」
クスッとキラが笑う。
「うん…でも、いい」
イザークがさらにぎゅっとキラに擦り寄る。
こんな甘えたイザークはあまり見ることが出来ない。
「イザ?」
「もうちょっとこのまま」
イザークが眠るまで。
キラはイザークに風邪をひかせないように、抱きしめ。
そして彼女が眠ったのを確認して、彼女を寝室へと運び込んだ。
誰もいなくなったベランダに、星の光だけが降り注いだ。
100:夜
夜は嫌いじゃないとイザークは思う。
昔はどちらかというと苦手で、少し明るくないと寝られなかったり、
ふと夜が怖く感じられて、不眠になってしまったことがあったのだが、今は違う。
むしろ夜が好きなくらいだ。
それはきっと、キラがいるから。
「イザ?」
「ん…なに?」
情事の後、イザークはキラの髪を黙って弄んでいた。
「寝ないの?」
「ん…まだ、寝たくないかも。明日休みだし…もうちょっと、話しよ?」
「了解」
キラはそういうと、イザークを自分の体の上に向き合うように乗せた。
「重いぞ?」
「軽いよ。疲れてないの?」
「うーん…ふわふわしてる感じ?気持ちいい」
キラはイザークがさっきしていたように、彼女の細く絡みやすい髪を撫でる。
そうすると気持ちいいようで、さらにイザークがキラに擦り寄ってきた。
「話って?」
「あぁ…夜が。嫌いじゃないなぁ…と思って」
キラも、イザークと付き合っていた時に、何度か彼女が不眠になったり、それで体調を崩したことがあったりしたことを知っている。
「気付かなかった…そういえばそうだね。良く寝てるし…」
「うん…キラがいるから」
「僕?」
「安心できる場所があるから、暗いのなんか怖くない」
愛する人がそばにいるだけで、こうも人間は変われるのだ。
嫌いなものを、むしろ好きなものに変えてしまうほどの力。
愛はなんて不思議な力。
「イザ…」
「ね、キラ。もう一回しよ?」
ちゅっとキラの顎の辺りにイザークがキスをして、彼女はさらに素足をキラの足に絡ませた。
「よろこんで」
今度はキラがイザークの腰を持ち上げて、ずりあげ、唇にキスをする。
大好きな夜はまだ終わらない。
END