91:ファッションリーダー  


夕食後のリビング。
明日は休みなので、今日の片付け当番はアスランだ。
イザークは、食後の紅茶を飲みながら、ゆったりの雑誌をめくっている。
そういえば、最近良く雑誌を読んでいる姿を見るようになったとアスランは思う。
以前。
結婚前のイザークは、ファッション雑誌に興味はあまりなく、服もセンスはいいが、
どことなく同じような服が多かった。
しかし、最近はエザリアとも買い物に出かけ、服の感じが少々変わったと思う。
高級志向になった気がする。
今回読んでいる雑誌も、20代から30代までの女性に幅広く支持され、
流行の手本とされている、カリスマモデルが表紙の雑誌だ。
前の彼女は、こういう雑誌に目もくれていなかったような気がする。

アスランは、食器をすべて食器乾燥機に入れ終えると、洗剤を入れて、
台を収納に押し込みスタートボタンを押した。
ガチャッという音とともに、食器が洗われていく。
彼はミネラルウォーターをコップに注いで、イザークの元に行った。

「お疲れ・・・」
アスランが自分の横に座ったのを感じで、でも目線は雑誌を捕えたままイザークが言う。
「最近良く見てるよね、雑誌」
「ん?あぁ…そろそろ、キチンとしようと思ってな」
そういうと、また、ペラッと一枚めくる。
「きちんと??」
「…お前のパートナーとして、相応しいように」
「っ」
この人は、たまに、唐突に、嬉しいことを言ってくれる。
「この間は出張についていったし、意外と表に出ることが多いしな・・・って、何赤くなってんだ?」
「…なんでも、ない」
漸くアスランのほうに目線を移したイザークに飛び込んできたものは、
顔を片手で覆っている夫の姿。
「そうか?うーん…これも捨てがたい」

自分のために…と自惚れていいのだろうか?
でも、愛しい人。
出来ることなら、俺の前だけにしておいてくれないか。





92:ハロウィン  
83:悲鳴の続き


「お菓子をくれ!!」
「Jr…違うって、trick or treatだろ?」
「…?」

どこから、かぎつけたのか、ミゲルの子供Jrがイザーク達の家に来るなり、
『ハロウィンってなに??今日その日でしょ?』と言い出した。
子供もいないし、それをやる年でもないアスランとイザークは別に何も用意していなかったのだが、
Jrにそういわれてしまったので、ハロウィンの説明をした。
で、冒頭に戻る。
「トリック??あ、悪戯だ!じゃあもう一回。お菓子をくれないと、悪戯しちゃうぞ!!」
折角だから、本格的にやろうということになって、イザークはJrのために即席のマントを作った。
ドラキュラのようだ。
「そうそう、それでいいんだ。じゃあ、悪戯されちゃ困るので…はい。どうぞ」
イザークは、小さなバスケットをJrにさしだした。
その中には、彼の好きなキャンディーやクッキー、ケーキが入っていた。
何時でも彼が来て大丈夫なように、イザークが買い置きしておいたものだ。
「わーい!ありがとう」
「じゃあ、私からは終わり、次は、あそこで疲れてるおじさんのところへ・・・」
「おじさんじゃない!!」
折角の休みなのに、Jrに押しかけられて、アスランは少々疲れ気味。
イザークとJrが色々しているうちに、ソファでつい寝てしまっていた。
しかし、イザークの『おじさん』で覚醒する。
「…はぁ…眠い」
「おい!!アスラン。お菓子くれないと、悪戯するぞ!」
「んー…悪戯ねぇ。例えばどんな??」
「え?」
すんなりとお菓子をくれるものだとばかり思っていたJrは、どうしていいのか迷う。
「く…くすぐる??」
「ふっ…その程度では悪戯とはいえないなぁ」
そんなもの、怖くないとでも言うように、アスランは片手でJrをあしらった。
「なんだよ!!じゃあ、じゃあ…お母さんでも泣いちゃうようなことするぞ??」
「?」
「お父さんがいつもしてるんだ!!きっと痛いんだ…アスランだって泣くぞ」
「…(ミゲルのヤツ…教育に悪いなぁ)」
「今、お父さんの所に行って聞いてくる!!」
「あーまてまて(俺が、どやされる)それは困るから…ほら」
Jrの目の前に板チョコが出される。
「ほら、これで悪戯は無しだぞ」
Jrはそれを喜んで受け取ると、イザークの元に戻っていった。

ミゲルも大変だな、なんて思いつつ、アスランはまた惰眠を貪った。





93:抜け出そう  


「本日はお日柄も良く」
本当に、小説やテレビで見たとおりの台詞から、お見合いは始まった。
いや、イザークはお見合いだとは聞かされていなかった。
母のエザリアに、知り合いと会食をするからと呼ばれたのだ。
いつもよりも念入りに来いといわれたことで、気がつくべきだった。

しかし、もっと驚いたのは、目の前にいた人間が、自分の現在付き合っている人間だったことだ。
高級レストランの個室に通されると、すでにその相手は着ていた。
「「!!」」
お互いに顔を見てびっくりする。
「ほら、イザーク何してるの、挨拶して!!」
母にせかされて、慌てて「イザークジュールです」と挨拶する。
「ほら…アスラン」
初めて見る、アスランの父親。
彼も、せかされて、挨拶した。
「アスラン…ザラです」と。

簡単に挨拶を済ませて、なぜか二人だけにされてしまった。
「後はお二人でごゆっくり」というヤツだ。
「…お前、知ってたか??」
「いや・・・」
お互いに、今日のことは何も知らなかった。
二人とも、用事があるからと言っていたのだが、用事がこれだったとは。
「言ってなかったんだね」
「それを言うなら、お前もだろうが!!・・・恥ずかしくて言えるか」
イザークは付き合っている人がいることを、母親には言っていなかった。
しかし、それはアスランも同じことで。
「まさか、学生の娘に見合いを勧めてくるなんて思わなかったし」
「それは、俺も」
いくら来年卒業だといっても、少々早すぎやしないか。

「どうする??1時間したら、戻ってくるんだろ?面倒なことにならなければいいけど」
イザークが腕時計を見る。
「いいんじゃない?どうせ、結婚するんだし?」
「な・・・なっ…何!!」
いきなりアスランが言い出すもので、イザークが立ち上がって、口をパクパクさせる。
「まぁ・・・それはおいといて。さてと」
アスランが持ってきたバックから紙とペンを取り出して、なにやら書き始めた。
「ん?」
「さて、抜け出しますか?」
「??ちょっと!!」
紙をテーブルに置いて、アスランはいきなりイザークの手を取った。

『僕らは、すでに付き合っているんです』そう書き残して。





94:ラビリンス  


恋という迷宮に迷い込んだのは、俺の方だ。

初めてイザークを見たのは、大学入学前。
試験会場。
一際目立つその容姿、そして何よりも印象的だったのは、
その優しさだったのかもしれない。
「消しゴムを忘れたのか?」
いつも完璧なはずなのに、試験日当日に限って、アスランはうっかり忘れ物をした。
もう試験まで時間が無い。
今から買いに行くことは出来ない。
はぁ、と大きくため息をついた。
それが聞えたのだろう、前にいたイザーク、その時は名前も知らなかった彼女が振り返った。
『どうかしたのか?』
きれいな、プラチナをなびかせて、イザークはアスランを見た。
『いや…消しゴムを忘れて…』
『そうか、2個持っているから、使うか?』
そう言って差し出してくれた、真新しい消しゴム。
アスランは、礼を言ってその消しゴムを試験中に使わせてもらった。

試験終了後、アスランはイザークに借りた消しゴムを返した。
『ありがとう。助かったよ…結構つかったから、新しいのを買って返した方がいいかな』
『いや、構わない。出来たか?受かるといいな』
じゃあ、と言ってイザークは去っていった。
アスランは、見とれるだけで、彼女の名前を聞き忘れ、後悔したが。
運よく。
同じ大学に入ることになった。

それから、彼女と付き合うまで、大層な時間を要した。
彼女は鈍い。
グルグル、何度も同じところを回って、漸く捕まえたのは出合って2年も経ってからだ。
その間、アスランは一人、彷徨った。
でも。
もう、その手の中には、彼女の姿がある。
出口を見つけたから。





95:舌  


「あつっ」
三時のおやつ。
コーヒーを飲もうとしたら、意外に熱くてイザークは舌を火傷してしまった。
別に猫舌でもない。
熱いなら、熱いなりに冷めるまで待つか、ちびちびと飲むのだが、
今日に限って、タンブラーで飲んだせいか、いきなりどばっと口の中にコーヒーが入ってきた。
ピリピリと舌が痛む。

「なに、難しい顔して」
イザークは、火傷をした後、すぐに氷を舐めたのだが、
あまり効果はなく、痛みは夜、アスランが帰って来ても続いていた。
「舌…火傷して痛い」
べぇっとイザークがアスランに向かって舌を出す。
「あぁ…赤くなってる」
「…なので、今日の夕飯は冷たいから」
そう言って、リビングのテーブルを指差すと、冷奴。
冷しゃぶ、そうめん、おひたし。
見事に涼やかな食卓になっていた。
まだ、肌寒いのに。
「…冷たいってか、寒いね」
「熱いものを食べると、舌が痛い。でも、お前用に味噌汁があるし、ご飯がよければ炊いてある。ご飯がいいか??」
イザークは、アスラン用のお茶碗を出す。
「うーん…そうめんでもいいけど?でも味噌汁は飲みたい」
「判った、じゃあ早く着替えて、降りてきて」
「はい、あ…もう一回、舌出してみて?」
アスランにそういわれて、イザークがもう一度べぇと舌を出す。
「消毒」
そういうと、アスランはいきなりイザークの腰を抱き寄せて、舌を絡ませる深いキスをした。
いきなりのことで、何がなんだかわからなくなったイザークだが、彼の舌が火傷の跡に触れるたびに、鋭い痛みが走る。
「っはぁ…いきなり何する!!」
「よくさ、小説とか、テレビとかでやるだろ?で、効果あった?」
「…さらに、痛いわ!!」
「うーん…効果なしか…でも、役得」

もう一度軽くイザークにキスをしてアスランはスーツを着替えに2階に上がっていった。



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