86:田舎
「おじゃまします…」
「ただいま、母さん」
春休みが取れたので、キラとイザークは二人でキラの実家に帰って来ていた。
以前のキラの実家は自宅から近い場所にあったのだが、キラの両親が田舎の方が
過ごしやすいということで、引っ込んだのが、最近。
キラも引っ越すと聞いていなかったらしく、引っ越してから母親から連絡が来た。
カガリも数ヶ月前に家を出ていたので、本当に誰にも知らせずに、両親は引っ越したらしい。
それまで、近かった実家が一気に遠くなってしまったので、
キラとしても寂しく、イザークとしても引越しの手伝いも何もしなかったので、
この機会にと、旅行もかねて遊びに来たのだった。
自然の残る土地に、どうやら一軒家を買ってしまったらしく、だが、生物学者のキラの父には、
このような環境は研究の上でももってこいなのだろう。
母も元々植物を育てたりするのが好きな人なので、今ではガーデニングに凝っているらしい。
「良く来てくれたわ…でも、お父さん仕事でね。こめんなさいね、イザークさん」
「いえ、お忙しい時期でしょうから…」
「しかし、広い家だね…どの部屋使えばいい?」
玄関も以前の実家の2倍はある。
とりあえず、荷物を置きたいので、母親に案内してもらうことになった。
「この部屋でいいかしら?」
2階に案内されると、この階はすべて客間に使う予定らしい。
その中でも、角部屋で南向きのとても日当たりのよさそうな部屋に案内された。
「じゃあ、荷物片付けたら降りてらっしゃいね、お茶用意しておくから」
イザークは、義母に軽く会釈をして、部屋の中に入った。
中は、ダブルベッドが一つ。
そして、出窓。
バスルームやテラスも付いていて、まるでホテルの一室のようだ。
「ツインじゃないんだな…」
さりげなくイザークがそう言うと。
「早く孫の顔が見たいんじゃない?」
と返ってきたので、イザークは思いっきりベッドにあった枕をキラの背中に投げつけた。
「ちょっと…でも、口では言わないけどさ」
「…そう…かな…」
結婚して、そろそろ半年は立つ。
「なに?考えてくれるの?家族計画」
「こんな素敵な田舎があるなら、子供を連れてきたいと思っただけだ」
赤くなりながら、そういうイザークにキラは微笑んで。
この自然の中で、子どもと遊ぶことを想像した。
87:つながってる
※微裏的表現有
人と繋がることで、こんなに満ち足りた気持ちになれるとは思わなかった。
大学時代。
好きだとイザークに告白して、数ヶ月。
元々、自分はそういった行為に対して、執着があったわけでもなく、
でもイザークなら抱きたいと思った。
彼女はとても綺麗で、優しくて、人気があって。
見た目とは反対に、とても無垢で純粋で、穢れを知らない。
だから、自分が触れたりしたら、白銀の世界に足跡をつけるような行為に思えて。
でも、他の大勢に好かれるからこそ、誰にも渡したくない。
なんとなくそういう雰囲気になって、本当は拒まれるんじゃないかと思った。
キスをしただけで震えて、首筋に手を置いたら、弱々しく自分の肩を押し返してきた。
『ごめん』
あまりに震えるものだから、可哀相になってイザークから離れたら、
彼女は掴んだ自分の袖を離さなかった。
『いやじゃないから』
真っ赤な顔で、クビを横に振って、必死で訴える様に理性が切れそうになった。
優しく、静かに彼女の身体を開いて、ゆっくりと繋がった。
涙をこぼす彼女の瞼に、そっと唇をおとして、その雫を掬う。
痛みをこらえ、でも笑おうとするイザークをとてもいとおしく思った。
体で繋がって、心も繋がった気がした。
本当に一つになって、溶けてしまうんじゃないかという、錯覚に陥った瞬間だった。
まだ、起きる時間には早い。
ベッドの中では、まだ寝息を立てている愛しい人。
ふと昔のことを思い出した、春のある日。
88:儲け
「やった!上がった。やっぱり、買いだったね」
最近キラは、ネット株というものに嵌っているらしく、良く家でもパソコンを開いている。
イザークにはさっぱり判らないが、たいした資金を投入していないのに、結構な儲けが出ているらしい。
「なにが?」
「昨日買った、IT株」
「おまえ…一体いくらから始めたんだ?」
「この本見て始めたから、三万円」
キラの手には、『3万円から始めるネット株』という本が握られていた。
「本当か?損しないだろうな…だいたい、楽して儲けようというのは…」
「大丈夫だって!!まだ一円だって損して無いんだから」
イザークはかなりの節約家なので、株いう目にはっきりと見えないものの存在が、
疑わしくてしょうがないようだ。
「…」
イザークは、疑わしくキラを見る。
「見てみれば?これが、僕が持ってる株式で…このグラフが…」
イザークをパソコンの前に呼んで、キラが説明を始める。
グラフには、此処一ヶ月の株価の変動が映し出されているが、さっぱりわからない。
「株って、色々な優待券とかが来るもんなんじゃないのか?さっぱりそういうものが来ないが」
「まだ、始めたばっかりだし…なに?なんか欲しいの」
イザークとしたら、株=お金じゃなく、優待券だったり、お試し商品だったりするようだ。
「洗剤とか、割引券とか・・・」
「じゃあ、そういうの探してみようか」
この後イザークも、株に目覚めるのでした。
89:ドンチャン騒ぎ!
夜の帳が降りた。
午後8時過ぎ。
「あははは、キラがいっぱい〜」
「ちょっと、誰?イザークに日本酒飲ませたの!!!」
「もしかして、水と間違えた?」
今日は、カガリやアスラン。
大学時代の友人のミゲルやラスティーを呼んで、ささやかなお花見。
運よく良い場所が取れて、ライトアップされた桜の木を見ながら、カガリやイザークが作ってきたお弁当でドンチャン騒ぎ。
大体、一番お酒の弱いラスティーがミゲルの餌食になり、泥酔。
その次に弱いアスランも、かなり酔いが回っているらしく、顔が真っ赤。
ミゲルは勿論、アルコールに強いのでまだまだといった様子。
キラも顔に似合わず強い。
しかし、イザークは洋酒には強いが、日本酒にはめっぽう弱かった。
「あー…日本酒だった」
カガリが、さりげなくイザークの持っていたコップの匂いをかぐと、あの独特な臭いが漂う。
「へへへ…キラァ〜」
「ちょっと、イザ、人前で」
もうすっかり、自覚が無いのだろう。
普段なら、絶対に人前でなんて抱きつかないのに、まるで回りを気にせずにキラに抱きつく。
しかも、彼の首に腕を回して。
「まぁ、いいんじゃないの?今日は無礼講だ!!」
ミゲルが再度ビールの入ったコップを持ち上げる。
それにイザークも乗っかって、「おー」と笑いながらさらにビールを煽る。
「…片付けるのは、僕らなんだけど」
「大丈夫だ…いざとなったら、救急部隊を要請するから…」
カガリが、あきれたキラの肩に手を乗せる。
そして、真夜中にハイネとシホが呼び出された。
90:この面子で...?
「ええと…お茶菓子がないので…買いに行ってきますが…母様?」
「えぇ、キラ君がいるから大丈夫よ?」
「そ…それでは、行ってきます」
全然、家に寄り付かないイザークの母エザリアが、今日突然家にやってきた。
キラはこの、義母が苦手であった。
結婚前に散々嫌味を言われたこともあるが、イザークと顔はそっくりなのに、
とても計算ずくな所が、どうもキラには合わない。
しかし、急な訪問であったため、家にはお茶請けにするようなものが何も無い。
エザリアの好みは判らない、かといってイザークと一緒に買いに行くわけには行かない。
仕方なく、キラはエザリアの話し相手となるべく家に残った。
「最近、実家に寄り付かなくて…あの子は、元気にしている?」
紅茶を飲みながら、エザリアがキラに尋ねる。
そういえば、此処一ヶ月以上イザークは実家に帰っていなかった。
別段彼女が忙しいというわけではないが、家でガーデニングをしたり、
料理の本を読んだり、または趣味の本を読んだりしている時間の方が多いようだ。
「えぇ…元気ですよ」
「そう。きちんと妻としての役目は出来ているのかしら…料理とか、洗濯とか」
「出来すぎた、奥さんだと思ってます」
「そう」
沈黙が痛い。
でも、イザークが帰ってくるまで後30分以上は我慢しなくていけない。
「そんなに緊張しないで頂戴」
「え、いえ。そんなことは…」
慌てて、キラが首を横に振る。
「散々嫌味を言ったから、私のことなんて嫌いになってしまったかしら?」
「とんでもないです…彼女と結婚できるのなら、何を言われても構いません。
でも、皆から祝福されたいとは…思ってました。イザークのために」
イザークの気がかりは、唯一の肉親である母だった。
家を出ることもそうだが、元々あった婚約の話を蹴って、イザークはキラと結婚したのだ。
エザリアにも散々迷惑をかけたのは判っている。
「ふふっ。愛されているのね、あの子は」
「絶対に幸せにすると、自分自身に誓いました。彼女がどう思っているのかは判りませんけど」
「あの子ね、家に来ては貴方のことばかり話すのよ」
「ただいま」
イザークが帰ってきた。
玄関でがちゃがちゃやっている。
息を切らしているようで、どうやら走って買い物に行ったようだ。
「おかえり」
「キラ君…あの子をよろしくね」
「はい…勿論です。お義母さん」