76:見上げる  


理想はやっぱり10センチ以上?
私と貴方の身長差は丁度10センチ。

結婚式の衣装合わせの時。
並んでみてください、と言われて二人横に並んだ。
「彼氏さん…少し高い靴履きます?」
「え??」
キラが目を見開く。
「やはり、12センチ以上は差がったほうが、綺麗に見えますので・・・」
そう言われて、キラは仕方なく底の厚い靴を履いた。

「何見てるの?」
結婚式の時の写真を見ていたイザークの後ろから、キラがひょっこりと顔を出す。
「ん?結婚式の」
「あぁ・・・綺麗に、身長差出てるよね」
僕、厚底履いたから…と、ちょっと面白くない様子のキラ。
「今まで別にそんなこと気にしたこともなかったのにな・・・」
クスッとイザークが笑う。
「ほんとだよ!イザだって、ヒールのある靴履かなかったし・・・」
「まぁ、私の場合靴なんてドレスで隠れるからな、でも、あの時意外とお前の顔が上にあって、
ちょっとびっくりした。見上げるとき、ちょっと首が痛かったぞ」

だから。
今のままでいいのかもしれない。





77:浮く  


冬だって、泳ぎたいと思わないか?
そんな、イザークの一言で、キラとイザークは先日オープンしたばかりの、健康ランドに来ていた。

温水プール完備。
その他温泉が10種類もある大きなテーマパークは、平日の夜ということもあって人は少ない。
水着で入れる手軽さも便利だ。
「キラ?」
「ごめん、こっちこっち!」
先に着替えを済ませてしまっていたキラは、先にさっさと近場の湯船(コーヒー風呂)に浸かっていた。
手招きをして、イザークを呼ぶ。
イザークもそれに気付いて、駆け足で湯船に向かう。

「すごい、コーヒーの匂い」
「でしょ?色もね、コーヒーなんだよ」
キラが嬉しそうに、お湯を掬っている。
イザークも、ゆっくりと湯船につかった。

「はぁ・・・気持ちい」
「でしょ?会社の人に聞いてきたんだけど、此処プールもあるし、イザークも気に入ると思って」
ゆっくりと足を伸ばして、コーヒー風呂を堪能する。
お湯の温度も高くなく、いくらでも入っていられる。
「コーヒーのあとは、ハーブにする?それとも、塩分濃度のすごい高い風呂?があるんだって、そこにする?」
「塩分?」
「そう。死海ぐらいの濃度らしいよ。浮くんだって、ぷか〜って」
イザークの目に好奇心の光が浮かぶ。
「じゃあ、行こう」
イザークはキラの手を取って、コーヒー風呂から出た。

浮くお風呂というものは、別に何の変哲もない色をしている。
「イザ、先にどうぞ?」
ゆっくり入るが、別に何の浮力も自分にかからない。
しかし、全身浸かって、ふと足を離した瞬間。
「わっ!!」
全身が浮いた。

母の胎内にいるような、浮遊感が物凄く心地いい。
「キラも早く!!」
このゆれを感じてほしい。





78:手作り  


チョコレート。
ゼラチン。
タルトの器。
メレンゲ。
生クリーム。

バレンタイン用のムース作り。

「えーと…これを溶かして」
イザークはキラのためにとバレンタインのプレゼントを用意していた。
去年は、トリュフ。
その前は、ガトーショコラ。
キラはお菓子なら何でも好きなので、別にこだわることは無いが、
出来れば美味しいものを食べてほしい。
食事を作るのは得意だが、イザークは意外とお菓子作りは得意分野ではない。
「ゼラチンはふやかしたから…チョコの中に」
チョコの湯銭をしながらゼラチンを加える。
ここできちんと溶かさないと、ゼラチンが上手く固まらない。

「で、この中にメレンゲと…生クリームを」
溶かしたチョコの中にゆっくりと少しずつメレンゲと生クリームを入れていく。
「・・・なんだ、この量!」
全部混ぜ合わせたら、意外にも大量のムースが出来てしまった。
ボールいっぱいのムース。
タルトの器は一個しかない。
「ど・・・どうしたら・・・コップ??それとも・・・このまま?でも、とりあえず、タルトの器に入れて」
ムースを絞り袋に入れて、綺麗に器に盛り付ける。
それにふんわりとラップをかけて、冷蔵庫に入れる。
そして、余ったものはカップに入れて、同じく冷蔵庫へ。

後は貴方が帰ってくるのを待つだけ。
イザークはふんわり微笑んだ。





79:アラビアンナイト  


空を飛んでいた。
これは夢?
いや、現実?

熱光が降り注ぎ、熱風が頬を撫でる。
誰かにしがみついて、砂漠を駆け抜ける。
誰かはわからない。
自分はその人の背中を掴んでいるから。
白い麻の洋服。
頭にはターバンが巻かれていて、映画のワンシーンのような。

でも、何にも考えられない。
浮遊感だけが、身体を襲う。
「…イ…ザ?」
遠くから声が聞える。
目の前に、自分が掴んでいる人がいるのに・・・。
もっと遠く。
砂漠の向こう、海の向こう、此処ではないどこかから声がする。

「んっ」
「…熱引かないなぁ…苦しそうだし」
キラは一所懸命イザークの額の汗を拭く。
昨日の晩から出た、イザークの熱は上がる一方で、
医者に見てもらったらインフルエンザだった。
「後…二日くらいかなぁ…薬効いてるはずなんだけど」

「早く良くなってね」
キラがイザークに言う。
聞えるように。
イザークの心に、届くように。





80:舞い降りた  


塀から降りてきた、銀髪の天使。
僕に…僕だけに舞い降りてきた。
そう思った。

「そのリボン・・・まだ持ってたのか?」
「うん。思い出だから」
イザークが、家から逃げ出そうとして、塀を登り、偶々歩いていたキラの上に落っこちてきた。
その時に、彼女の髪の毛のリボンが解けた。
イザークは逃げるのに必死で、そのリボンを気にすることなく、キラに謝って、走って逃げた。
その後、二人は大学で出合うことになる。
運命のような。
偶然のような。
でも。
きっとそれは、必然だった。

「それ・・・緑だったんだぞ?ずいぶん色あせたな」
キラの手の中にあるリボンは、色が落ちて、黄緑になってしまっている。
それでも、キラはそれを取っておいたのだ。
「イザ、おいで」
コイコイと手招きして、自分が座っているソファにイザークを呼び寄せる。
イザークを自分の足の間に座らせて、キラがイザークの髪をいじる。
肩より少し伸びた髪をまとめて、持っていたリボンで結ぶ。
「切っちゃったからね…あの頃のほうが、上手く結べたかな?」
「…前の方がよかったか?」
至近距離で、見つめられて、キラが目を開く。
でも、笑って・・・。

「今のほうがもっと好きだよ」
天使は地上に降りても、穢れることなく、生きている。



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