46:化学  


イザークに触れた瞬間。
指先から感じる、化学変化のような感覚。
今でも。
いつでも。
どきどきする。
君に触れるたびに。

「どうした??」
「イザの髪柔らかい…気持ちいね」
自分の膝の間にイザークを座らせて、キラは彼女の髪の毛に顔を埋める。
「くすぐったい…」
「いい匂い…シャンプー変えたでしょ?」
「あぁ…そろそろ、髪の毛が痛んできたからな」
「前のも良かったけど、コッチのも好き」
くんくんと犬のように、キラは顔を寄せる。

キラの指が、髪を撫でるだけで、胸が昂ぶる。
彼はわからないんだろう。
自分が、髪を触られるだけで、こんなに心臓が波打っていることを。
触れた所から、パチッと何かが弾けるような感覚。
それは、化学反応にも似たもの。

二人で同じことを思っているなんて。
知らなかった。
休日の昼下がり。





47:窓の外  
※36:絶景の続き


温泉での夜。
とても豪華な夕食を頂いて、イザークもキラもとても気分がいい。
そして、今回の旅行の醍醐味でもある、温泉。
内湯も外湯も大人二人が入っても、まだスペースが余る広さ。
しかし、その中にも昔ながらの家庭的な雰囲気が残されていて、自分達の家も檜だが、やはりこちらの方が風情がある。

キラ的には一緒に入りたい。
いや、家でも一緒に入ろうと思えば入れるのだが、思い出を作りたいのもあるし、まあ、多少の下心もある。
二人で、露天風呂から、さりげなくライトアップされた庭を二人占めしたい。
夫婦水入らずで、ゆっくりつかりたい。

「イザ?」
「一緒に…入らないからな!!!」
ちょっと甘えた声で呼んでみる。
でも、その真相を見抜かれてしまい、見事に拒絶の返事が返ってきた。
「折角来たんだし…」
「恥ずかしいから嫌だ」
なんだ…そんなことか。
キラは、畳の上にごろんと横になった。
「いつもしてるじゃないか…それぐらい」
ボソッと呟いたのだが、イザークにはばっちり聞えていたらしく、座布団が飛んできた。
「ブッ」
クリティカルヒット★
キラの頭に勢い良くそれが当たった。
「う…うるさい!!!此処は家じゃないから、落ち着かないんだ!」
「誰もいないんだよ、何で気にするのさ。それに、僕は君と来るのをすごく楽しみにしてたのに…」
「うっ!」
イザークは、キラのしょんぼり顔に弱い。
あのでかい目にウルウルされると、自分が悪くないのに、なぜか自分が悪者になったような気分になる。
「いいよ…じゃあ、一人で入って来る」
キラが、起き上がり、イザークの目の前と通る。
イザークは、はぁ…とため息をついて仕方なくキラのズボンの裾を掴んだ。

「なにもしないなら…一緒に入ってもいい」
「夜はまだ長いからね…大丈夫だよ」
これ見よがしにニッコリ笑われて、イザークは自分の身の危険を感じたが、こんな機会もめったにないので、
いい旅の思い出と思うことにした。

内湯につかり、仲良く窓の外を見る二人の姿があった。





48:トロトロ  


大好きな甘いものを
独り占めする
喜び

「頂きます」
丁寧にお辞儀をして、買ってきたばかりのシュークリームに手を伸ばす。
一日限定300個のシュークリームは、巷でも評判のケーキ屋のものだ。
雑誌で知って、まして自宅のすぐ近くにあるとなったら行かないわけにはいかない。
午前9時の開店まえから、いそいそとイザークはそのお店に行った。
しかし、目の前には開店前だというのに、長蛇の列。
買えるか?
買えないか?の瀬戸際だったが、整理券がイザークの所まで回ってきた。
一人、3つまでしか買えないらしい。
でも、どうやら買えるようなので、イザークはご満悦だ。

袋の外からでもわかる、甘い匂いのシュークリームを持って、家路に急ぐ。
まず買ってきたシュークリームを一端冷蔵庫の中へ。
そして、部屋を暖めて、紅茶の用意。
今日は、ストレートにしよう。
ポットを用意して、シュークリームを2つお皿に乗っける。
さすがに一人で3つ食べるのは気が引けるので、2つにしておく。
ソファに座り、まずシュークリームを一口。
トロトロのあま〜いクリームが口に広がる至福。
イザークはペロッと2つのシュークリームを平らげた。

「…そんなに見てると食べにくいよ??」
「いや、気にしないでくれ」
「食べたんでしょ」
食べたは食べた。それも2つ。
でも、もっと食べたい。
キラがおいしそうに、シュークリームを口に運んでいる。
しかし、生地が以外に柔らかいため、緩めのクリームは中から噛むと生地を破ってしまう。
案の定、キラも緩いクリームが外に出てきてしまい、口元についてしまった。
「キラ…口にクリームついてる」
卑しいと思われてもいい…だって、トロトロのクリームは絶品だから。

イザークは、キラの方に手をついて、彼の口元をペロッと舐めた。





49:マシンガン  


マシンガンをぶっ放して
牽制しよう

「えーっ、キラさん行かないんですかぁ?」
会社の女の子は、別に悪い子ではないのだが、時々困ったことをしてくれる。
今日は、イザークが会社のまで来て、ドライブがてらに夕食をとって、帰宅するという二人にとってお楽しみの日だ。
しかし、こういう日に限って、ややこしい事が起こる。

「ヤマトは行かないのか?」
直属の上司に飲みに誘われたが、イザークがいるので行けない。
それを断っているところを、女子社員に見られてしまった。
「皆行くんですよ??キラさんもいきましょうよーー」
僕の腕を掴み、上目使いで見てくる。
悪い子じゃ、ほんと無いんだけど。こういうのはすごく困る。
「でも…」
「残業なんですかぁ?」
「いや…そういうわけじゃ」
「なら、ヤマトも一緒に来よ!じゃあとで」
上司は行ってしまったが、女の子がなかなか離れてくれない。
いつもなら、とっくに彼女が来て、会社の近くの喫茶店で待っている。
「僕…」

「キラ!!」
ナイスタイミングなんだか、最悪なんだか。
「イ…イザ??」
キラでもめったに見ることが出来ない、極上の笑顔を振りまきながら、イザークがキラの元へ来る。
時間になっても来ない僕を、心配??それとも催促?して会社にまで来たようだ。
「キラさん…どちら様?」
腕に縋りついたまま、女子社員が尋ねる。
別に隠すつもりも無いのだが、僕は自分が結婚しているとあまりまわりの人間に言ってはいなかった。
女子社員の言葉に、イザークのこめかみがピクッっと動く。
やばい。

「どうも…夫がお世話になってます」
イザークは夫の部分を強調しすぎるほど強調して、女子社員に挨拶した。
そして、これ見よがしにキラの腕を引っ張り自分の元に引き寄せた。
あぁ…。
嫉妬してくれるのは、嬉しいが。
マシンガンをぶっ放した後片付けは。
とても大変なのだ。





50:夕焼け  


「パパ!!」
そう言われて、思わず振り返ってしまう。
でも、勿論それは自分の子供のわけは無くて、小さな女の子は自分の横を通り過ぎ、本当の父親の元へと走る。
午後の土手。
実家に帰っているイザークを迎えに行く途中の出来事。

本当ならば、車で迎えに行こうかとも思ったのだが、天気もいい。
それに、別段距離があるわけでもない。
たまには、運動がてらに歩くのもいいかもしれない。
そう思って、キラはイザークの家へと向かっていた。

土手の公園には、多くの子供達。
キラは子供が嫌いなわけではないが、近所に年下の子がいなかったので、どう扱っていいのか正直判らない。
でも、ああやって、子供が「パパ」と呼び、駆け寄ってくる様子はとてもほほえましい。
そして、羨ましくもある。

いつか、そう遠くない未来。
この手で、自分の子供を抱き上げることが出来る日が来るのだろうか。
今日のこの出来事を彼女に話してみようか。

夕焼けの見える帰り道。
自分がこんな話をしたら、彼女はどう思うのだろうか…



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