41:カイホウ  
31:砂漠の続き


「イザーク。のど渇いた」
「はいはい」
「イザーク。りんご剥いて」
「はいはい」
「イザーク…」
「いい加減にしろよ?」
包丁が突きつけられた。

インフルエンザというものは、完治するまでに一週間はかかる。
勿論、感染症なので会社に出勤することも出来ず、熱が下がるまでアスランは布団の中でうんうん唸っていた。
しかし、現代の医学というものは発展しているもので、大体3日を過ぎると熱も下がり、大分落ち着いてくる。
アスランは、丁度4日目で熱が完全に引き、節々の痛みがひどいものの、大分回復傾向にあるといえた。
だが、彼は病人である。
やってもらうのは病人の特権である。
なので、ここぞとばかりに彼はイザークに甘えていた。

「まだ何も言ってないんだけど…」
「いま、りんごを剥いてるんだ!静かにしてろ」
別に、うさぎりんごにしなくていいと言おうとしただけなのに…。
りんご剥きに集中しているので、アスランはしばらく黙ってイザークのうさぎりんごが出来上がるのを待った。

「ほら」
皿を目の前に出される。
きれいにうさぎになっていて、わざわざ胡麻を目になるようにつけていた。
凝り症だなぁと思うが、これはこれで可愛いのでいいとする。
「…食べさせて?」
「はぁ?」
「だから、食べさせて」
「…まったく、こんな時ぐらいしかやってやらんからな!」
「わかってる」
イザークは仕方なく、りんごをフォークに突き刺してアスランの口元に運ぶ。
シャリっと新鮮な音がした。
また、冷蔵庫で冷やしていたらしく、冷たいので喉も潤う。
「うん…美味しい」
「そうか、他に桃缶とか風邪のときの定番を色々買っておいたから」
「それも、食べさせてくれるの?」

「治るまではな」
あと一ヶ月ぐらいインフルエンザでいたいと思ったアスランだった。





42:包帯  


血に染まるそれは
愛する人を守った
証なのです

「馬鹿!!!馬鹿!!!馬鹿者!!!」
「お…奥様、お静かに!!」
看護婦がアスランにつかみ掛かるイザークを止める。
アスランは、意識が回復したてで、反応はいまいちだ。
イザークの罵声が病院中に響き渡る。
キラとカガリも驚いた。
イザークが、泣いていたから。

イザークはアスランをつれて、徒歩で外出していた。
そこに、何と車が突っ込んできたのだ。
イザークが歩道側にいたため、アスランは慌ててイザークをかばい、自分が車と接触してしまった。
車にぶつかったことに対してはたいした外傷はないのだが、庇った際に、バランスを崩してしまい、頭を打った。
軽い脳震盪を起こし、倒れてしまったのだ。
イザークは慌てた。
しかし、偶然居合せた人たちが救急車を呼んでくれ、近くの総合病院まで搬送してもらった。

で…。
処置室にて目が覚めたアスランへのイザークの一言。
「ほ…他の患者様に迷惑ですから…」
「イ…イザーク落ち着いて…」
患者である、アスランに宥められる。
イザークは、恥ずかしくなって、処置室から出て行った。
その後をカガリが追う。

「…ずっとあんな調子だったの?」
騒ぎも静まり、看護婦は、「点滴が終わったら教えてください」と言って、出て行った。
キラが残り、ベッドの横に備え付けられたパイプ椅子に座る。
「あー…今にも泣きそうだったけど…安心しちゃったんだね」
「そう…イテッ」
ベッドの中でモゾッと身体を動かすと、密かに身体中に走る痛み。
「色々検査してもらったみたいだけど、脳にも影響ないし、かすり傷と…転んだ時についた右腕の傷」
「これ?」
布団を剥いで、右腕を見ると、グルグルに巻かれた包帯。
「ちょっと、傷深いみたいだから…でも、骨にも異常ないって」
グルグルに巻いた包帯に、うっすらと血が染みている。
「はぁ…良かった」
アスランがため息をつく。
「生きてて??」

「違うよ…イザークを守れて」





43:迷子  
※33:冗談の続き


コッチから来たのか??
いや、あっちだったか??
数年来なかっただけで、街はこんなにも変わるものなのだろうか??

「いかん…迷った」
アスランに連れてこられた、NY。
彼は仕事なので、イザークは一人で、この大都会の喧騒の中を歩いていた。
目的は、ショッピング。
最先端のファッションが生まれては、消えていくこの街で買物するのが、彼女が好きだった。
しかし、一度細い路地に入ってしまい、そこから抜け出せなくなった。
「えぇと…あっちから来たんだから…」
路地の真ん中できょろきょろしてみる。
誰かに聞こうにも、誰もおらずどうしようもない。

「何時だ…」
時計を見ると、午後5時。
今日は早いとか言ってたから、電話でもしてみるか…。

『イザークどうしたの??』
『道に迷った』
『えぇぇ!!大丈夫??てゆうか、GPSとか使ったら??』
あぁ…そういえば忘れていた。
携帯のそんな機能。
『…すっかり忘れていた…助かった。これで帰れる』
『あんまり、うろちょろしちゃだめだよ。変なヤツにあったらどうするのさ』
『大丈夫だ!!じゃあな』
アスランの説教は長いので、ここら辺で切っておく。
携帯をいじって、地図を出す。
意外と、奥まできてしまっていた。

迷子になったのなんか久しぶりだ。
夫だったら、GPSなんて言わないで、迎えに来い。

「だから、アイツはいつまでたっても、女心がわからないんだ」





44:おめでとう!  


買物帰り、たまたま帰り方を変えて帰ったら目に入った教会。
今日はそんなに買うものも無かったので、歩き。
運動がてらに、変わったことをするのもいい。
こんな場面に遭遇できるのだから。

イザークが、丁度教会の入り口に差し掛かった時。
リゴーンッ リゴーンッと鳴る、教会の天辺についた大きな鐘。
その音と共に、中から出てくる、純白の衣装に包まれた花嫁と花婿。
フラワーシャワーを浴びながら、表情までは見ることは叶わないが、そこに漂う雰囲気は。

「幸福」

イザークは、自分の結婚式を思い出す。
友人・同僚・両家の家族に祝福され、母に惹かれて歩いたバージンロード。
いつもよりカッコイイ、アスランは先に神父の前にいた。
指輪を交換して、誓いの口付け。
その後の彼の笑顔は、今まで見たどの笑顔より、綺麗で。
思わず、涙が出そうになった。
この人を、こんな表情にさせることが出来るのは、自分だけだと自惚れてしまう。

そんなに前でもないのに、ずいぶんと懐かしい。
ふと思い出した。
今結婚式を挙げている赤の他人を見て、幸せだと感じる。
人の幸せを、素直に嬉しいと感じることが出来るようになったのも、結婚したからだろうか。
けして声に出しては言えないけれど。

おめでとう。
イザークは、新しい人生を歩みだした二人に、密かにエールを送った。





45:蜘蛛の巣  

レディ・バタフライ?
くもの巣にかかって
君は
少女から脱皮したんだ

ひどく、残酷な気持ちになることがある。
誰の目にも触れることなく。
自分の檻の中だけで、君を生かしておこうかと。
この白い背中の、見えない羽をもぎ取って、
どこにも飛んでいけないようにしてしまおうかと。
美しい君を見るたびに。
自分の心に黒いものが渦巻くのがわかる。
君を愛したいのに、心から愛しいと思うのに。
別の自分が、囁く。

『ハナスナ』

君のすべてを手に入れるまで、もう一人の自分は囁き続けるのだろうか。
結婚という名の契約だけでは。
まだ檻は完璧でないようだ。
すべてとは、全部とは、どれだけなのだろうか。
君は一人しか、いないのに。



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