31:砂漠  


喉が渇いて渇いて、苦しい。
一人砂地に立って、放浪しているような気分。
水が欲しくて、手を伸ばす。
そこには砂以外何もないのに。

「ひどいな…」
イザークが、タオルでアスランの顔を拭くが、拭いても拭いても汗が止まらない。
医者の診断は、インフルエンザ。
普段丈夫なくせに、一端病気にかかるとこうも弱々しくなってしまうのだから、男は情けない。
「み…水」
「はいはい…飲めるか?」
イザークは、わざわざ薬局で吸い飲みとスポーツドリンクを買ってきて、それをアスランに飲ませた。
ポカリなどの飲み物の方が、身体へ吸収されるのが早いので、熱が出ている時にはもってこいだ。
少し頭を上げて、飲み口をまず口の端につけ、唇を濡らす。
そして、飲み物だとわかったアスランは、少し口を開けたのでそれを見計って吸い飲みを入れる。
よほど喉が渇いていたのか、一気に飲み干した。
さっきまで、苦痛に歪んでいた顔が、少しだが落ち着いたように見える。
「汗かいて、早く治せよ」
イザークは、氷水でタオルを絞り、アスランの頭に乗っける。
どうせなら、氷嚢も買ってくればよかったと後悔するが、こうして献身的に介護するのもなんだか妻の特権のようで少し嬉しい。
「…イザ…ク」
「ぷっ…私の夢でも見てるのか?」
赤い頬をして、眉を寄せて。
不意にアスランが手を伸ばして、イザークの手を掴む。
熱い手。
イザークはそれを握り返した。
「ここにいるぞ…」

ついにアスランは砂漠の中でオアシスを見つけた。





32:扉  

このドアを開くのが嫌だ。
「はぁ…」
「いい加減にしろ!!早く行かないと、飛行機に間に合わなくなるだろうが!」

アスランは、部下のやらかした失敗で、取引先に出向いて謝罪をしなければならなくなってしまった。
また、その取引先が外国だったものだから、始末に置けない。
何で自分が部下の尻拭いをしなければならないのか。
これだから、中間管理職は辛い。
しかし、新婚の自分が、1週間も妻を残していくのは、それ以上に辛い。
「…」
「おい、本当に乗り遅れるぞ!!」

玄関先。
なかなか行こうとしない、アスランにイザークの方が焦る。
玄関先に置いてある時計と睨めっこしながら、何とかしてアスランを行かせようとする。
自分だって、1週間も離れるのは寂しい。
でも、仕事だから仕方ないじゃないか。
「おい!!」
「…イザークも、一緒に行こう!!」
「はぁ??」
何を言い出すのかと思えば、ついに頭がおかしくなったか?
仕事先に妻を連れて行く夫がどこにいるのか。
「馬鹿を言うんじゃない!!」
「本気だ!!服とかは向こうで買えばいい、靴履いて」
「やめろ!引っ張るな」

アスランは、玄関にイザークを引っ張って、靴を履かせる。
そして、玄関の扉を開けた。
外には、部下と思われる人間と迎えの車が待っている。
アスランは外の階段をイザークを引っ張って下りていき、その車に、着の身着のままのイザークを乗せた。
「家の鍵を閉めてくる…もう少し待って」
そう部下に言うと、また家に戻っていった。
イザークは呆然自失だ。なんなんだ、あの強引振りは。
「あの…奥様大丈夫ですか?」
車に放り込まれたイザークに、運転席の部下の声は聞えていなかった。





33:冗談  
※32:扉の続き


「冗談じゃない!!!」
「勿論、冗談なんかじゃないよ」

車の中に放り投げられて、家に戻るタイミングを失ってしまったイザーク。
その後、サッサとアスランも戻ってきてしまい、結局車は発進してしまった。
アスランの部下が、ミラー越しに二人の様子を冷や冷やしながら見ている。
「一緒に行くよ、ニューヨーク」
「ニューヨークゥ??」
イザークが素っ頓狂な声を上げる。
そういえば、どこに行くのか言っていなかった。
大方、イザークはアジア方面だと思っていたのだろう。
「…なに、やっぱり降りる?」
「いや、気が変わった。一緒に行く」
「そう。よかった」
ニューヨークと言えば、マンハッタンにブロードウェイ。
様々なファッションの最先端でもあり、イザークも何度か行った事があるが、お気に入りの都市であった。
結婚してからは、気軽に行けなくなっていたが、こんなチャンスはめったにない。
まして、アスランは、「服はあっちで用意すればいい」と言ってくれたのだ。
どうせ、宿泊費も会社持ちだろうし、食費もついてくる。
部下が邪魔だが、そこはアスランが何とかするだろうし、自分が気にすることはない。
必要なのは、飛行機代ぐらいだ。
安い…もんだろ?
「お前は、仕事に専念してくれればいい。私は、観光しているから」
「あぁ…ニューヨーク好きだもんね」

車内で喧嘩が繰り広げられるかと思ったら、あっさりイザークが引いたため、和やかに空港まで行くことができた。
そこで、早速アスランは一度自分の分のチケットを早い戻して、再度二人分のチケットを取った。
ファーストクラス。
部下に、「お前は、エコノミーだ」と告げて、アスランはイザークの元にチケットを持って軽やかに歩いていった。
「ザラ部長…ひどい」

元はと言えば、お前が失敗したのが悪い。
アスランの背中がそう語っていた。





34:磨く  


「お客様…どういたします?」
「私は…」
「ピカピカに磨き上げて頂戴!!」

とあるエステ。
エザリアに半ば強制連行されたイザークは、VIP対応の個室に押し込められた。
そこに、この店の店長らしき、中年の女性が分厚いパンフレットを持てやってくる。
「この、コースは…」
一生懸命に話している店長の話を、同じく一生懸命に聞いているのは、母のエザリアの方。
イザークは、何故自分がエステなんかに来なければならないのか、頭の中に疑問符が舞っていた。
大体、まだ大学も卒業したばかりだし、いくら結婚したからと言って、20代前半だ。
そこまで、肌を気にする年でもあるまい。
第一、自分はそんなに肌年齢がやばくないぞ!!と、内心怒りがこみ上げていた。
大体、アスランもアスランだ。
今朝早くに来たエザリアに、へこへこしやがって。
仕舞いには、「行ってきたほうがいいよ?」と哀れみの目まで向けやがった。
くそっ。
帰ったら、覚えてろよ!

「聞いてるの!!」
「あっ…すいません」
で、最初の場面に戻る。
結局、母にすべてを決められて、泥パックやらアロマオイルマッサージやら、ありとあらゆるものを塗りたくられた。
しかし、以外と気持ちが良いもので、最初は嫌々だったイザークも、最後はご満悦だった。
肌はさらにピカピカになったし、髪の毛の手入れもしてもらったので、絹のようにさらさらだ。

「来てよかったでしょう?」
どうやら、母も一緒にやってもらったらしく、とてもきれいになっていた。
いや、母だって、とても20代の子供がいるようには見えないのだが。
「まぁ…それは」
「女は磨いてこそ光るものですからね…というか、娘とこういうところに一緒に行ってみたかったの」
ふふっと笑う母が嬉しそうで、イザークはそれ以上何も言えなった。

今日は、母の我侭に付き合おう。
それも、精一杯の親孝行だから。
その後、エステを終えた二人は、エザリアの車で、ショッピングに向かった。





35:変身!  
※34:磨くの続き


「これなんかどう?」
「いや…派手じゃないですか?」
「あら、これくらいが丁度いいじゃないの」
エザリアお気に入りのブティック。
イザークも自分のお気に入りの店はあるのだが、
今日は母に連れられて、母の好きな店に来ていた。
シックな感じなのだが、少々イザークの趣味とは違っていた。
意外と、光物があしらわれている服が多いのだ。
エザリアのような、大人の女性にはぴったりのような代物だが、
まだ20代のイザークには少しばかり、大人すぎたデザインだ。

今も、胸元にスパンコールをあしらった服を鏡に向かって合わされて、イザークは眉を曲げた。
自分的には、もう少しシンプルな方がいい。
「母上のほうが、似合うと思いますよ?」
「そう?」
「えぇ、このパンツとあわせると…」
なんだかんだで、ちゃんと付き合ってしまう。
やはり、自分の母は自慢だし、きれいでいて欲しい。
子供心にそう思ってしまう。
「じゃあ、着てみるわね」
一端イザークは、母と別れ、自分好みの服を探した。
しかし、やはりなかなか無い。
だが、折角母と来たのだから、一着ぐらいは買いたい。

「お客様?どういったものをお求めですか?」
きちんと教育された店員がイザークに話しかける。
「えぇ…普段着なんですが…その」
「もう少し、シンプルなものをお求めでしたら、こちらに…」
言いたいことが通じたのか、店員にもう少し店の奥へと連れて行かれる。
すると、店舗は同じだが、まったく雰囲気の違った服が現れた。

「此処は、もう少し若い方向けなんですよ」
さっきまで母と見ていたものとは違い、シンプルながら清楚感漂う、そして若者向けの服が並んでいる。
「奥様には、言付けしておきますので、こちらでゆっくり見てください」
「はい…ありがとうございます」

これもいい、あれもいい。目移りしてしまうくらい、自分の好みに合うデザイン。
ちょっと民族衣装のような風合いも、とても気に入った。
その中でも、とりわけ気に入ったスカートをイザークは選んで、着てみた。
試着室を出て、靴を履いて鏡で見ていると、母もどうやら試着し終わったようで、こちらに向かってきた。
「あら、外国の人かと思ったわよ」
「そうですか?」
「えぇ、こういったのイザークは、似合うわね。見違えたわ…アスラン君もびっくりするんじゃない?」
いや、あいつは私が何を着ようと、あまり関心は無いと思う…。
センスないからな。
「なら、これを買ってきます…」
「どうせなら上着も買いなさい、今日は付き合ってもらったから、その上下私が買ってあげるわ」
「いや…それは」
一着だけならと思い、意外に高いものを選んでしまったのだ…その上、上着までは買わせられない。
「たまには、甘えなさい?」
母が笑った。



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