(渡海×田口♀ 原作設定)
「ま…迷った?」
田口のベッドサイドラーニング(現場実習)も今日が最終日。
担当の教員が休んでしまったり、手術見学中に田口が卒倒したりと、色々な問題もあったが、何とか今日を持って終了となりそうだった。
そんな中、田口は手術部ユニット内で迷子になっていた。
今日は手術見学無かったのだが、手洗いの最終確認とレポートの提出があった。
そして、手術部ユニット内の最後の見学。
自分にとっては、きっと、本当に最後の手術室になるのだろう。
その最中。世良の後を付いて歩いていたはずなのに、いつの間にか一人で廊下に取り残されていた。
右を見ても左を見ても人がいない。
長い廊下と部屋がポツンポツンとあるだけ。
「確か…向こうから来て?」
振り返ってみても、同じ廊下があるだけ。
世良の後を速水や島津と一緒に付いて歩いていて、持っていたペンを取り落として、それを取るためにしゃがみこんで取って、前を見たら、誰もいなかった。
とりえあえず、立ち止まっていても仕方が無い。
前に進んで誰か人を見つけようと思い、田口は歩き出した。
数メートル歩くと、ある部屋から誰かが出てくるところを見つけた。
田口は少し駆け足で近寄る。
「あのーす…すみませ…ぁ」
「ん?」
振り返った男は、田口に苦い記憶を呼び起こす人物だった。
声をかけて、一瞬しまったと彼女は思い、最後は声が小さくなってしまった。
田口の目の前には、手術室の悪魔と呼ばれ、田口が卒倒した手術の術者である渡海がいた。
「よお、卒倒少女。こんなところでどうした?」
「あ…」
田口を強い目線が捉える。
田口は一瞬足がすくむ感じを覚えたが、ここには渡海以外の人間がいない。
恥を忍んで、今の状況を説明した。
「ふーん。じゃあ、医局に連絡とってやるから、部屋入れば?」
「でも、どこかに行くところじゃ…」
渡海の格好は、白衣を脱いでいて、見るからにこれから帰るような様子だった。
そこを呼び止めてしまって、田口はばつが悪そうな顔をした。
「これが男ならほっとくところだが、可愛い女子だからな」
渡海はにやりと笑って、出て行った部屋に戻った。
「おい、部屋の中入って待ってろ」
一度部屋に入っていた渡海は田口が部屋に入ってこないので、もう一度外に出てきて、呼び込んだ。
田口はたじろいだが、言われた通りに中に入った。
部屋に入ると、タバコの匂い鼻をつく。
部屋の一面には、本。
そして、ソファと洗面台。電話もある。
部屋の隅には、小さな棚があり、その上にはCDラジカセ。棚の中には沢山のCD。
ソファの上には、脱ぎ散らかした白衣。
この部屋は、渡海の部屋なのだろうか。田口は、きょろきょろしつつ、部屋の中にはいった。
渡海は電話で、医局に連絡を取っており、二言三言話して、すぐに電話を切った。
「すぐに世良ちゃんが来るとよ。ほら、突っ立ってないで、座れ」
「あ…はい」
術着を着ていない、渡海をまじまじと見るのは初めてだった。
背は高い。
速水と同じぐらいだろうか。
しかし、どこと無くとらえどころがなくて、何を考えているのか読めない雰囲気がある。
電話を終えた渡海は、田口の座っているソファの反対側に腰掛けている。
渡海は、ジャケットの胸ポケットからタバコを取り出すと、一本口にくわえた。
火はつけなかった。
「田口って言ったっけ?」
タバコをくわえたまま、渡海が尋ねる。
「はい。そうです」
いきなり声をかけられて、びっくりしたが、沈黙も苦しいので、田口はすぐに答えた。
「彼氏いんの?」
「はい?」
ぶしつけな質問に、田口の口から間抜けな返答が出る。
「あの二人とは結構仲いいだろ?見てっと判る。島津…は、ありゃ保護者だな。すると…速水か?」
「彼氏なんて…あの二人は、友達ですし」
「ふーん…じゃあ」
「お兄さんが口説いても問題ないわけだ」
渡海は口からタバコをはずすと、立ち上がる。
何を言われているのか判らない田口は、ソファに座ったまま、渡海の動きを見ていた。
彼は、田口の前まで来ると、右ひざを田口の座っている場所のすぐ左に乗せた。
ギシっとスプリングが鳴る。
渡海はそのまま、田口を挟むようにしてソファの背もたれに手を着き、上から彼女に圧し掛かるような体制を取った。
「あ…あの」
「よく見ると、美和ちゃんよりも可愛い顔してんだな」
「いや…ちょっと」
渡海の手が、田口の顎をつかんだ。
そのとき、バタバタと廊下を駆けてくる音が聞こえ、渡海はすぐにソファから離れた。
ノックも無く、ドアが開かれる。
入ってきたのは、世良だった。
「田口さん!大丈夫かい!!」
「失礼なヤツだな…」
世良が来ると、渡海は何も無かったように、部屋を出ようとした。
「世良ちゃん、電気消しといてくれ。じゃあな、小鳥ちゃん」
渡海が、田口に笑いかけて、同時に田口にしかわからないように、自分の胸ポケットをトントンと2回叩いた。
「何も無かったかい?」
「いえ、大丈夫です。私のほうこそ、ま…迷ってしまって、すみません」
「すぐに気づかなくてごめんよ。じゃあ、医局に戻ろう」
世良が部屋の電気を消してくれ、二人は部屋を出た。
医局に戻ると、速水と島津がいて、手を振ってくれた。
田口は、すぐにレポートの記入を行うため、実習生に与えられたテーブルで記入を始める。
白衣の胸ポケットに入っていたボールペンを取り出すと、一緒に紙切れが出てきた。
3×3cmの小さな紙切れは、さらに小さく折りたたまれていた。
そっと開くと、電話番号が書かれており、その下には小さく『渡海』と書かれていた。
『口説いても問題ないわけだ』
渡海の言った台詞を思い出して、田口は赤面する。
電話番号を渡されて、ようやく言っている意味がわかった。
「おい、どうした?」
隣で同じくレポートを書いていた速水が、いきなり田口の顔が赤くなったので、気になり声をかける。
「な…なんでもない!」
判らないように、紙切れを白衣のポケットに突っ込んで、田口はレポート作成にとりかかった。
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