「私は、認めません!!」
「はぁ…」
academy6
ミゲルは午後の授業が終わった後に、いきなり上司に呼び出され、応接室に連れてこられていた。
そこには、プラントの人間ならば誰でもが知っているであろう、美人で聡明な議員、エザリア・ジュールがおり、応接室のソファに座っていた。
ミゲルはなかば押し込まれるようにして、応接室に入れられ、『後は頼んだ』とささやかれるやいなや、すぐに応接室の扉を閉められ、エザリアと対峙することになってしまった。
彼女はミゲルに気がつくと、すっと立ち上がり、コツコツと靴を鳴らして、ミゲルの前に歩いてきた。
とても子供を産んだとは思えない、すらっとした体系。
イザークのほうが背は高いような気もするが、纏うオーラはイザークのよりも鋭いような気がミゲルはした。
「貴方が、ミゲル・アイマン教官?」
「はい。ジュール議員には初めてお目にかかります」
名前を呼ばれたミゲルは、敬礼をして挨拶を返した。
「イザークがいつもお世話になっています。今日伺ったのは、この書類についてのことなのだけど…」
エザリアは手に数枚の紙を持っていて、それをミゲルに手渡した。
ミゲルはそれを受け取ると、最初の文字ですぐにそれが何かわかった。
これは、保護者宛に配布される、アカデミー生の召集令状だ。
「赤を着て軍に入隊するのはわかっていました。あの子は一度言い出したら聞かないおてんばですからね。でも、どの隊に所属するかは、少しは配慮してくださると思っていましたわ。あの子は、女の子です。なのに、なぜ、あの前線へ行くことでも有名で危険任務が多いクルーゼ隊へ入隊しなければならないんですか!!」
「ジュール議員…ちょっと、落ち着いてください!」
鬼気迫る表情で、エザリアはミゲルに詰め寄った。
しかし、それも判らないでもない、なにせ軍には多くの部隊があり、それぞれに赤服がいる。前線に出る部隊、援護・補給をする部隊。沢山ある中で、なぜ自分の娘がもっとも危険だと噂されるクルーゼ隊に配属されなければならないのか。
女の子を持つ親としては当然の気持ちであろう。
「この書類を見たとき、心臓が止まりそうでした。私は元からアカデミーに入ることすら反対したのです。それなのに…これはどうにかならないのですか!!」
「はぁ…上からの通達ですので…」
エザリアからの一方的な会話の最中に、応接室を誰かがノックした。
「と…とりあえず、座って話しをしましょう。誰か来たようですし…私、見てきますから」
エザリアはしぶしぶとソファに戻り、ミゲルは応接室のドアを開けた。
すると、走ってきたのか息を切らしたイザークが、応接室のドアの前にいた。
「母が…急に来校したと聞きまして…それで…」
「いいところに来てくれた!!入ってくれ」
もうこの際、自分ひとり出なければ誰でもいい、ミゲルはイザークを部屋の中に入れた。
「あら、イザーク。よく私が来ているって判ったわね?」
ミゲルはイザークをソファまでつれて行き、エザリアの横に座らせた。
「友人が、母の秘書が運転する車が校内から出たのを見たといいまして、それで…で、急にどうされたんですか?」
「この手紙が昨日届いたので、抗議に来たのよ」
エザリアは書類をイザークに手渡した。
イザークは書類を開き、まじまじとその文面を確認した。
「これは本当ですか!」
返ってきた返事は、それはとてもうれしそうな声で、イザークの表情も笑顔だった。
わが子のあげたうれしそうな声に、エザリアは頭を抱えた。
「明日正式な辞令を出す予定だが、一応上から来た召集令状だ。お前たち特殊クラス全員がクルーゼ隊に配属になった。それでだな、イザーク…君の、お母様がな…」
「イザーク、私はこの隊に入ることは認めませんよ!!」
「えっ…でも、上からの命令事項ですよ?それに、私はエリート部隊と呼ばれるクルーゼ隊に入隊できるなんて、夢のようです・・・認めないなんて…」
「アイマン教官には言っても無理なようだから、私が直接軍部に掛け合います!」
「ちょっと、母上、そんな勝手な!!」
ミゲルの目の前で、親子喧嘩が始まった。
双子のような親子が言い合う様はこれが喧嘩でなければどんなに美しいものだろうと思うものだが、喧嘩となるとお互いに頑固なようで、一向に話が進まない。
最終的には、エザリアが母親と議員の権力を振りかざした。
「子供は親の言うことを聞いていなさい!!いいですね、私は上に掛け合います!それをおとなしく聞き入れないと…学校を辞めさせますよ!!」
一方的にそういわれてしまえば、イザークも応戦できない。
イザークは、エザリアのお金でアカデミーに通っているし、彼女が議員をしているおかげで、今の生活を営めるのだ。
「…わ…判りました」
イザークはしぶしぶうなずき、三者面談は終わった。
「秘書が門の前に車をつけているそうだから、イザーク?門まで案内してね」
「はい」
携帯端末を確認したエザリアは、イザークにそう言い、二人は正門までの道を無言で歩く。
正門は開いており、黒い車が待っていた。
秘書がエザリアに気が付き、ドアを開けた。
「母上伏せてください!!」
イザークはトリガーを引くようなかすかな音を聞いて、母親を地面に押し倒した。
ガンッという音が辺りに響き、エザリアのすぐ後ろの地面に銃弾が当たった。
「っ!」
イザークは所持していた銃を構え、銃弾が来た方向に向けて一発発射する。しかし、ほかの角度からも音が聞こえてくる。
正門の前は森の茂る公園のようになっており、2メートルの壁とうっそうと茂る木々が並んでいる。
「母上、頭を低くして、車にゆっくりと近づきますよ!」
「わ…判ったわ!」
車は防弾ガラスになっているが、ドアを開ければどこから銃弾が飛んでくるか判らないので、秘書もうかつに出てはいけない。
エザリアを守りながらイザークは目を凝らして、銃を撃った。
騒ぎに気が付いたのか、ミゲルやアスランも出てきて応戦する。
彼らが撃った銃弾はどうやら敵に当たったようで、ドサッと3人の人間が木の上から落ちてきた。
急所は上手く外れており、ミゲルが3人を捕まえて、すぐに警備に連絡を取った。
幸いエザリアに怪我はなかった。
「驚いたわ…」
腰が抜けたのだろうか、エザリアはその場に座り込んでしまっていた。
イザークが母を支え、立たせる。
「母上が無事でよかった…。母上、私はいつまでも子供ではありません。今日のように、母上を守ることが出来るようになった。私は、貴女のためにもこのプラントを守りたい…前線に出ることも、危険な任務に付くことも、きっとすべては母上のためになります…だから」
イザークはエザリアの手をぎゅっと握り締めた。
「仕方ないわね…」
エザリアはイザークの手を離させると、イザークの背中に両手を回して、わが子の背中をぽんぽんと叩いた。
「怪我でもしたら、すぐに移動させますからね!」
「…母上?じゃあ…」
「先ほどは、助けていただいてありがとうございました。確か、ザラ議長の息子さんよね?」
ずっと二人を見守っていたアスランに、エザリアが声をかけた。
「はい、お久しぶりです。いつも父がお世話になっています。」
エザリアはイザークから体を離すと、ずっと二人を見守っていたアスランに向き直って手を差し出した。
「イザークからいつも話しは聞いています。貴方もクルーゼ隊に入隊するのね…どうか、この子を頼みます」
「わ…わかりました」
アスランはいきなりのことに戸惑ったが、エザリアの手を取り、握手をした。
「ちょ…母上?」
「私はもう帰ります。たまには手紙のひとつでも送りなさいよ…じゃあ、帰宅日を楽しみにしているわ」
アスランとのやり取りにあたふたしていたイザークを尻目に、エザリアはさっさと新たに来た迎えの車に乗り込み、出発してしまった。
二人はしまりの無い顔でエザリアの車を見送った。
「…お義母様からのお言葉もいただけてよかったね」
「誰のお義母だ!!…しかし、まぁお前のおかげで助かった。礼を言わないとな。しかし、よく駆けつけられたな」
エザリアが来ているとイザークに教えてくれたのはディアッカだった。
「あぁ、俺もディアッカから聞いてさ。なんか心配になって応接室に行ったら喧嘩の声が聞こえるし」
「…あれ、聞いてたのか」
恥ずかしくなって、イザークの顔が赤くなる。
「で、出てきた時はイザークがしょんぼりしてたし、エザリア女史が帰ったら慰めようと思って後を追ってたんだよ」
「そうだったのか…、来てくれた助かった。ありがとう」
「ま、イザークを任せると言われたことだしね…クルーゼ隊に入隊決定ってのは驚いたけど、君と一緒っていうのはうれしいな」
「…っ恥ずかしいヤツ」
イザークはその場から逃げさるようにアスランを置いて、校舎に向かって走った。
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