world6
また来ます。
イザークがそう言った次の日。
彼女は城の人に頼んで花と花瓶を用意してもらい、それと猫を連れてキラの部屋に行った。
「花を…飾ってもいいですか」
「・・・」
ベッドにいるキラからの返事は無い。
イザークは複雑な気持ちを抱いたまま、キラのベッドの横に置いてあるテーブルに花瓶を置いた。
白い小さな花が開けられて窓から入ってくる風で揺れる。
キラは体調を考慮して一切の公務を休むことになったらしい。
今も、ベッドの中で本を読んでいる。
「ふぅ…」
キラに聞えないようにため息をついて、イザークはベッドからは見えない位置に置いてもらった椅子に座る。
何も無かった部屋だが、イザークに使えていた者が気を利かせて持ってきてくれたのだ。
「ニャア」
イザークが花を飾っている間、部屋の中をうろうろしていた猫が彼女の所に戻ってきた。
「フィリア…静かに」
イザークはしぃーと唇に人差し指を持ってき、そして猫を抱き上げた。
昨日一晩かけてイザークは猫の名前を考えた。
そして、つけた名前が『フィリア』友人愛という意味だ。
この国では、このフィリアしかイザークには友達がいない。
「ん…眠い?」
ごろごろと喉を鳴らして、猫はイザークの膝の上で欠伸をし、丸くなった。
そんな猫の背を撫でながら、イザークのうとうとしだす。
ゆっくりと流れる時間の中で、イザークも猫と一緒に眠りの世界に入っていった。
「寝たの」
猫の鳴く声もしなくなり、イザークが動く気配もなくなった。
キラはそっと寝台を抜けて、イザークの座っている椅子のところまできた。
「ニャァッ!!」
猫がキラの気配に気付き、起きてイザークの膝から降りようとする。
「主人が起きるぞ…待て、これをかけるから」
キラは手に持っていた自分の上着をイザークの肩にかけた。
「…ニャァ」
「お腹が空いた?」
キラは猫を抱えあげて、自室を後にした。
イザークは、肌寒さを感じて目を覚ました。
自分がどこで寝てしまっていたのかに気がついて、慌てて起きる。
肩にかかっていた上着がその動作で床に落ちた。
皇帝が…キラがいつも着ている服。
「…あの人が…」
イザークが周りをきょろきょろと見回しても、キラがいる気配はしない。
猫のフィリアも。
「私…」
床に落ちてしまった上着を手にとって、思わず抱きしめる。
「どうして…」
「起きたの?」
不意に後ろから声がして、イザークは慌てて椅子から立った。
どこからか戻ってきたのだろう。
キラは部屋の入り口から入ってきた。
そして。
「ぁ…ね…こを?」
彼は腕にイザークの猫を抱いていた。
「お腹が空いていたようだったから、ミルクを」
「ありがとう…ございます」
イザークはキラの意外な一面を見た。
フィリアを受け取ろうとしてイザークが手を伸ばした。猫が来る前に、キラがイザークの手を掴んだ。
キラの左手にはフィリアが、右手はイザークの手を掴んでいる。
触れている。キラの手が自分に。
イザークの脳裏には、あの悪夢のような出来事が一気に蘇った。
「ひっ…いぁ・・・」
イザークは思わず掴まれた手を振り払った。
「此処に来るってことは…そういうことなんじゃないの」
振り払われた手を眺めて、その次にイザークを見た目は恐ろしく冷ややかだった。
キラは左手の力を弱めて、フィリアを床に放した。床に下りたフィリアは心配そうに二人を見上げている。
「私は…心…配…で…」
「…」
キラは無言で、イザークの手を引いていき、イザークを自分のベッドに引き倒した。
「こういうことされても、文句は言えないんだよ?」
キラがイザークに馬乗りになって、彼女のスカートの中に手を入れる。
「っ…ぁ…」
「あの塔の中での時間を忘れたわけじゃないよね。僕が君に何をしたか…忘れてないんでしょ!!」
震えるイザークに追い討ちをかけるように少し大きめの声を出す。
もうあのときのような罵声を浴びせることも無いイザーク。ただ震えるだけのか弱い女。
「出てけよ…もう、二度と此処には来るな!!」
キラがイザークの掴んでいた手を離すと、彼女は一目散に逃げていった。
「はぁ…はぁ…あっ!」
走って走って、イザークは廊下で誰かとぶつかった。
「まぁ…申し訳ありません…あら?」
老婆とぶつかったが、イザークはちょっと頭を下げただけでまたすぐに走っていってしまった。
「まぁまぁ…あの方が坊ちゃまの…」
「キラ様?入りますわよ??」
開けっ放しのドアを軽くノックして、皇帝の部屋の中に老婆が入ってきた。
「…マーサ…。今帰ったの」
「えぇ…長い間お暇を頂いてしまって、申し訳ありませんでした」
マーサと呼ばれた老婆はキラの世話係だった。
アスランが休暇という名目で、このイザークの国を攻めるちょっと前から厄介払いをしていたのだ。
キラはマーサの言うことなら聞く。
マーサは最後までイザークの国を攻めることを反対していた。
「マーサ…」
「先ほどの方がキラ様のお相手なんですね…ジュールの」
「うん」
ベッドの中で突っ伏していた所に、マーサが近寄る。
彼女はベッドに腰掛けて、優しくキラの頭を撫でた。
「実家に帰っていたとき、私の村の前にも多くの軍車両が通りましたよ」
「僕…ほしいものは何でも手に入れてきたし、向こうから手の中に入ってきた事だってあった。
でも、あの国をイザークを手に入れたはずなのに、全然嬉しくない」
「坊ちゃま」
「僕…わからないんだよ。欲しいのに…手に入れたはずなのに。すり抜けてくんだ」
キラがマーサの手を掴んだ。かすかに震えている。
「坊ちゃま…愛は奪うものではありません。愛は与えるものですよ」
「マーサ…」
「坊ちゃまには教えてくれる人がありませんでしたものね…私も極力はあなたの好きなように生きればいいと思っておりました。
でも、それも違ったようですね」
「僕は…」
「坊ちゃま?この世界はね。愛で出来ているんですよ?だって、人が生まれることは愛が無ければ成り立ちませんもの。
勿論ちょっとは違うこともあるかもしれませんけどね」
「坊ちゃま…愛を知ってますか?」
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