world1
「エザリア様此処はもう駄目です、早くあちらへ」
「イザーク様!!早く」
「ヤマト軍勢が城に入ったぞー!!」
こうなることは予想していた。
私が決断を下したその日から。
城中が喧騒に巻き込まれる。
ジュール王家の城『光白城』は隣国のヤマトから侵略を受けた。
ジュールの軍勢は、軍国主義のヤマトにほとんど抵抗出来ず、国領地のほとんどを奪われ、
残った城にも多くの兵士が侵入してきていた。
国民は速やかに降伏していた。
降伏するように、あらかじめエザリアは国民言っておいた。
ジュール国王妃エザリアは速やかに、城を明け渡すことにし、
城の裏手の海に備えておいた船へとむかった。
エザリアとその娘イザークを取り囲むようにして、ジュールの兵達が彼女達を庇う。
しかし、彼女達が船着場へ進むより早く、ヤマトの兵達が城中を彼女達を探して走り回る音が聞える。
船着き場がやっと見えて、乗り込もうとしたときに、後ろから追ってきたヤマト兵に
エザリア達を庇っていた兵が何人か銃で撃たれた。
「止まれ!!止まらんと撃つぞ!!」
「エザリア様!早く乗ってください!」
「母様早くお乗りになってください!!私も今乗りますから、船長は早く船を出せ!!」
イザークは母を船に乗せると、自分も船に乗り込もうとした。
しかし、彼女を庇っていたはずの兵たちは背後にすでになく、力なく地面に横たわっている。
ヤマトの兵が船に向かって銃をうち、矢を射る。乗り込もうとして、
船に続く大きな橋から船に乗り込もうとした時、イザークのドレスに放たれた矢が突き刺さり
そのまま橋の木にも深くめり込んで、彼女の身動きを取れなくさせる。
先に船に乗り込んでいた兵士が彼女を引っ張り上げようとしたが、
次々に打ち込まれる弾薬に船が揺れ邪魔をされる。
ジュールの船はいったん碇を上げてしまったので引き返すことが出来ない。
「イザーク様今ロープを!」
「私にかまわず行け!!」
「ですが…」
「いいから行け!!!」
イザークは叫び、自分から兵士の手を跳ね除けた。
ここで、自分のためにこれ以上犠牲を出すわけにはいかなかったからだ。
唯でさえ兵士の数が少ないうえ、これから、母が亡命するためにも、人手が必要だ。
元々自分がいけなかったのだ。
決着をつけなくてはならないのはこの自分だ。
ならば私が自分自身で償おう。
戦ってくれた兵士達。
反対しなかった国民達に。
心から感謝し、謝罪しよう。
私を少しも否定しなかった人々へ。
「イザーク!!イザーク!!誰かあの子を助けて!」
「イザーク様!!」
母とその側近の男の悲痛な叫びが聞える。
しかし、その声もだんだんと遠くなっていき、橋で動けなくなっているイザークの周りを
ヤマトの兵士が取り囲む。
何十人もの兵士に囲まれたが、その一角がなぜか開いた。
そこから普通の兵士とは違う服装の人間が出てくる。
全身黒ずくめの男はイザークにも見覚えがあった。
「お前達はもういい。城門へ行き、さっさと帰る仕度をしておけ…」
「は!!」
黒ずくめの男に従い、すべての兵がイザークの周りから去っていった。
残ったのは今もまだ動けないで橋の上でひざを付いているイザークと、
紺色の髪とエメラルドの瞳を持った男だ。
「ざまはないな、イザーク王女」
服と同様大きく黒いマントを海風にたなびかせながら、男はイザークを見下ろし笑う。
イザークを助けようともせず、ただ冷笑する。
イザークはどうにかして矢をドレスから引き抜こうとしたが、何度やっても抜けなかった。
しかし、ここで抜けたとしてもどうせ自分は彼らから逃れられるわけではない。
「鑑賞している暇があるなら、どうにかしてくれないか」
ため息をつきながらイザークは言う。
ここで感情的になるのは得策ではない。
相手の思う壺だ。
男は無言で矢を抜いた。
イザークではびくともしなかったのに、あっさりと引き抜いた。
「さぁ、どこへでも連れて行け・・・」
少し傷つき、汚れしまった、ジュール王家特有のドレスに付いた土埃を叩き、
立ち上がると、幾分自分より高い位置にある男を見据える。
「付いて来い」
それだけ言うと、男はイザークに背を向け、光白城の中へと歩いていった。
それにイザークも続いた。
C.E73
ひとつの王国が滅亡した
たった一人桟橋に残されたイザークは、多くの敵兵が見守る中、
先に歩いていってしまった、漆黒の男の後を付いていった。
城を通る時、訳もなく、もう此処に戻って来られないと思うと感傷的になる。
無残に荒らされた、世界でも5本の指に入るほどの美しさを持った『光白城』。
あちらこちらに自分を守ってくれた兵の死体が転がる。
だが、花一本手向けてやることも出来ない。
城の中央を抜ける長い廊下を出ると、多くの戦車やトラックが城門前で待機をしていた。
その中でも、ひときわ目立つ黒塗りの車の前で、黒マントの男がこちらを見ている。
どうやらイザークを待っていたようだ。
「乗れ」
車に乗るように言われ、黙って乗り込む。
乗り込む時、周りには自分の国の国民は誰もいなかった…。
車の中は、豪華なつくりになっていて、シートもふかふかだった。
体が沈みこみ、端っこまで移動して、窓にコツンと頭の側面を預ける。
座席は対面になっていて、正面にマントの男が座る。
ヤマトは隣国なのでさほど距離はないが、付くまで一緒にいるかと思うと、息がつまる。
目を閉じて、これからの身の振り方を考えようと思っても何も思い浮かばない。
「はぁ」
どうしようもなくて、ため息がこぼれた。
しかし、それは車が走り出した音でかき消されたようだった…。
車の中からどうしても目に付いてしまう、自分の国の風景を消すために、
イザークは窓のカーテンを閉めた。
そもそも、なぜジュール王国が侵略され、滅びなければならなかったのか。
遡ること3年前。
世界の重鎮が一同を介して集まり、国際会議が開かれることになった。
そこに、多忙で出席することが出来なかったエザリア女王に代わり、
当時17歳のイザークが参列した。
美姫と呼び声も高く、しかし、なかなか表舞台に出て来なかった彼女が初めて、世界の公の場に出てきた。
噂以上の美貌、会議での発言も聡明で堂々としており、その場にいた全員が彼女に目を奪われただろう。
中でも、世界有数の軍事大国ヤマトの皇帝キラは、終始イザークに心を奪われたままだった。
幼い頃から帝王学を学び、先の皇帝であった叔父を引きずりおろすかのように15歳の若さで皇帝になった。
彼はイザークと同い年で、国際会議に出席していた。
キラは幼い頃から、自分で欲しいと思って、手に入らなかったものはなかった。
玩具も、地位も、国も…。
「イザーク・ジュールが欲しい」
ヤマトの皇帝、キラのその一言で、世界の情勢は瞬く間に変わっていた。
一言も口をきかず、小1時間ほどで車は目的地に着いた。
ドアが開けられて、出るように言われる。
マントの男が先に出て、同じく出ようとしていたイザークの手を取る。
まるで紳士のように。
「皇帝が謁見の間で待っている…行くぞ」
だが、冷たい口調でそう言うと、マントを翻しまた一人でさっさと行ってしまった。
車から外に出た瞬間、自分の国とはっきりと違う空気。
薄汚れたような、機械臭い、淀んだ空気が鼻をつく。
車から降りて、すぐ目に入ったのは、自分の国では考えられない、鉄の塊で出来たような大きな城。
城というよりは要塞に近いような、壁からはいくつも煙突が伸び、もくもくと黒い煙を吐いている。
城が高台にあるため、城下もはっきりと見渡せる。色彩のない黒い家々。
この国全体が、暗く何か黒いもので覆われた感じがした。
何人かの兵士ととてつもない大きな鉄の門をくぐりぬける。
周りには門番以外誰もいない。
自分の城は門やその奥の庭等に一般人が自由に出入りしていたため、賑やかだったが、この城は機械的で殺風景だ。
門を抜けると、城の中に入り、長く暗い廊下が続く。
いつまで続くのかと思うくらい、長い回路を抜け、大広間に出る。
多少シャンデリアなどの調度品はあれど、華やかさのない広間のさらに奥。
一段高くなった所に、座る人影とイザークから見て右側に立つ黒いマントの男。
兵士達はイザークを連れて来た後、イザークから5メートル近く離れて膝を付き、頭を垂れる。
イザークは立ったままだ。
「連れてまいりました」
「下がれ」
皇帝ではなく、マントの男がイザークに付き添っていた兵達に命令をして下がらせる。
この大きな広間にはイザークと、皇帝、マントの男の3人になってしまった。
「会いたかったよ、イザーク!」
椅子に座り、肘掛に肘をつけたまま、足を組んだ尊大な態度で、皇帝は言った。
茶色い髪、此処からははっきりとは見えないが、多分紫の目。
声はひどくやさしく感じるのに、どこか癇に障る。
「こっちに来て、ちゃんと顔を見せて?」
断るすべもなく、イザークは従う。
重い足取りで皇帝の座る椅子の元へ向かう。
近づくに連れて、はっきりと皇帝の輪郭が見えてくる。
3年前に会ったきり、イザークとしては余り顔を覚えていなかったが、
こんな顔をしていたような気がした。
元々童顔だったように思っていたが、3年経って少しは大人びたような感じがする。