snow3



12月23日。
明日は、再度祖父母を訪ねる日であり、もしかしたらこの家に居る最後の日になるかもしれなかった。
イザークは意を決して部屋から出る。
イザークはこの家にはじめてきた時の洋服である白いワンピースを着て、
彼女はアスランの元へ向かう。
気持ちを伝えるために。

途中、執事が心配して駆けつけてくれ、体の調子を聞かれたが、
特にどこも悪くは無いので大丈夫だと告げた。
なかなか出てこなかったイザークが漸く部屋から出てきたので、
執事もどうやら安心したようだ。
「お食事は?」
「アスランに会った後…頂きます」
「かしこましました、お電話で結構ですので、いらっしゃる前に連絡を入れてください」
「ありがとう」
イザークは笑い、アスランの元へと急ぐ。
午後1時。
もう大学へは行っていないはずだし、ここ二日間バラの手入れもしていないので、
きっと彼が世話をしてくれているはずだ。
階段を下りて、地下へ向かう。
アスランの部屋のドアを静かに開くと、人の気配がしない。
「…いない…?」
ゆっくりと扉を閉めて、中に入る。
天蓋つきのベッドのカーテンがしまっているので、どうやらアスランは寝ているらしい。
置くにある机には、大量の本や書類、パソコンがつけっ放しになっていて、
どうやら遅くまで研究をしていたことが伺える。

カーテンを開けて上から寝ている彼を見る。
少し隈の出来た目元。
額に皺が寄ってる。
「ふっ…お疲れ様…アスラン」
アスランの柔らかい紺の髪に触れて、イザークはそれを優しく梳く。
起こさないように、でも、気付いて欲しい。
自分がここにいることを。
あなたを見ていることを。

アスランは起きなかった。
このまま寝かせておいた方がいいだろうと思い、イザークは部屋を出る。
そして、一度バラを見に行き手入れをする。
別に変化した様子は無く、浄水機能も正常に働いているので、水質に変化も見られない。
暗黒の中にライトを照らして、一つ一つの機材を確認して、バラにもライトを少々当てて、花の様子を見るが綺麗に咲いたままだ。
自分がこの家から出て行ったら…このバラの世話はいったい誰がするのだろうか。
「…」
アスランか…パトリックか。
今までだって、パトリックが世話をしてきたのだ、だが多忙な彼は、イザークのように勉強をする時間は無いだろう。
イザークは、一通り点検を終えて、温室を後にした。
そして、書庫へ向かう。
二日間使わなかった書庫は、暖房も消されていて、少し肌寒い。
換気機能の停止していたらしく、現在はイザークが下に行くと執事に行ったので、
きっと彼が暖房も換気扇もつけてくれたのだろう、ほんのりと暖かくなってはきていた。
イザークはソファに座り、高い天井を見上げる。
「ここに…いたい」
呟く言葉は、誰にも聞かれること無く消えていくはずだった。



「此処に…ずっといなよ」
ずっと聞きたかった言葉。
でも、聞きたくない言葉。
決心が鈍ってしまう。

「アスラン」
いつの間に此処に。
さっきまで寝ていたのに。
アスランがイザークの座るソファの前まで来て、彼女のひざに置いている手を取る。
イザークはされるがままになり、アスランは拒まない彼女の手を引き、立たせた。
「君とあのバラを育てたいって言った…此処で、二人で」
「…でも…」
立たされてイザークはうつむく。
祖父母の申し出を断ることが出来ない。
いい言葉が見つからないのだ。
だって、この家を離れたからといって、二度とアスランと会えなくなるわけではないのだから。
「家族が大切なのは、俺もわかる。それを教えてくれたのは君だから…
だからあの時何も言えなかった。でも」
アスランはイザークを渾身の力で抱きしめた。
「でも…好きな人が離れていくのはもう…嫌だよイザーク」
心なしかアスランの声が掠れている。
「…私も…離れたくない…本当は…此処にいたい」
イザークもアスランの背中に手を回す。
こぼれる涙をイザークは止められなかった。
漸く打ち明けられた本音。
思っていることがお互いあふれるように言葉になる。
「俺も明日一緒に行くよ」
「うん」
「で…言ってもいい?」

「イザークを下さいって」

抱きしめていた腕を解いて、アスランが両手でイザークの頬を包む。
驚いた表情のイザーク。
「イザークが好きだって…おじいさんに言ってもいい?」
「ありがとう…」
自分も好きだという代わりに、イザークは目を閉じて、やがて降りてくる彼の唇を受け止めた。

一日早い、クリスマスプレゼントのような。
幸福を、イザークは貰った気がした。



24日は朝から雪の降る日になった。
ミゲルが迎えに来て、一瞬驚く。
待っていたのは、イザークとその手をしっかりと掴んだアスラン・ザラだった。
「俺も一緒に行きます…構いませんよね」
「あ…あぁ」
「じゃあ…キラ、シン…行って来る」
イザークがそう告げて、二人はミゲルが用意した車に乗りこんだ。

車中も二人は手を繋いだままだった。
けして離れない磁石のように。
ミゲルは「はぁ…」とため息をついて、イザークの祖父母の家へ向かった。

「良く来たな、ザラの息子…」
「はい…初めまして。昨日は電話で失礼しました…」
「電話?」
屋敷きに通されて、前回来た応接間に二人で入る。
ミゲルは、今日は運転手なので、彼らを置いて自分の仕事へ戻っていった。
「昨日、夜電話したんだ…全部話した」
「まぁ、座りなさい二人とも」
「そうよ、さぁ外は寒かったでしょう?温かい飲み物が入りましたよ」
祖父と祖母に促され、二人でソファに座る。

「イザークは…彼と一緒で後悔しないのか?」
もう。
迷いは無い。
「はい…肉親がいると言われて、正直と惑いました。でも、嬉しくもありました。
孤独だと…母が死んだ時思いましたから。でも、今は彼が傍にいてくれて、自分の役割があって…幸せです」
「バラのことは聞いた」
「はい。私は、どうしてもあの花を育てたいと思っています。
アスランと一緒に…彼が好きですから」
ぎゅっとイザークがアスランの手を握る手に力をこめる。
「彼女を絶対幸せにします…どうか、彼女を僕の家に…お願いします」
アスランが深々と頭を上げる。
勿論イザークも一緒に。

「頭を上げなさい…アスラン君、イザーク。私は息子が死んで、エザリアさんが死んで…
本当に後悔した。だから、イザーク。お前には、幸せであってほしい。私が与えるのではない、
お前が望む幸せを手に入れて欲しい。それが、アスラン君と一緒にいることであるならば…私は反対しない。だが」
「「はい」」
「月に何度かは…顔を見せに来てはくれないかな」
照れてそういう車椅子の祖父に、イザークは思わず駆け寄り、抱きついた。
「こらこら…驚かせないでくれ」
「ありがとう…ございます、おじい様」
「さぁ、しんみりしてしまったわね。今日はクリスマスイブですもの…ご馳走を用意したのよ…
ミゲルさんにアスランさんのお友達とパトリックさんを呼んでくるように頼んだから。
今日は皆でお祝いしましょう」
祖母が手を叩いて、そう告げる。
「イザーク、私と一緒にお手伝いしてくれるかしら?」
「はい、おばあ様」
「アスラン君は、私の相手でもしてもらおうかね、チェスは出来るかな」
祖父がアスランと…と思うとイザークは少々心配になったが、アスランが目で大丈夫と語る。
祖母とイザークが出て行ったのを見計って、祖父が一言。
「まだ、嫁にはやらんからな!」
まだ、前途は多難らしい。



雪がちらつく。
キラやシン、パトリックまでもが到着して、楽しいパーティーになった。
イザークの祖父とパトリックはどうやら知り合いらしく、話に花が咲いている。
話を聞くと、祖父は大学の教授をしていたことがあったらしく、パトリックはその時の教え子だったようだ。

「アスラン…良かったね」
イザークはシンと祖母と話をしている。
キラがアスランに駆け寄り、肩を叩く。
「あぁ…ホント。俺、結構殴られる覚悟とかしてたんだけど…」
「ぷっ…でも…よかった」
「あぁ…でも、まだまだこれからだ」
「?」

「お前の息子は良いな」
「そうですか?まだまだでしょう」
キラと話をする息子を見て、パトリックが苦笑する。
「筋が通った男だ。電話だったが、私にすべてを話してくれた。
あのまっすぐな目は…死んだ息子が出て行った時と同じだった…」
「先生」
「だが…まだ、嫁には出さんぞ!!」
「はい。その辺はアスランにきちんと言っておきますから」

「イザークさん!!見てみて、外綺麗ですよ」
「あぁ…ホントだ」
パーティーをしている部屋から見えるのは湖。
そこに雪が降っては、溶けて、家を照らす外のライトに雪と湖面が反射してなんともいえない
幻想的な光景を醸し出している。
「アスラン」
イザークが彼を呼び寄せる。
「あぁ…ホントだ。綺麗だね…クリスマスに雪なんて、はじめて見たよ」
雪の結晶が天使のように舞い降りる。
どちらからとも無く、引き合い、手が繋がる。
この繋いだ手は、もうけして離さないと、聖なる夜に誓おう。

メリークリスマス☆




END