smile7


「す…すごい」
キラはフリーダムに乗り込み、電力供給を始めた。
端末を配線で機体と繋げ、OSを見る。
まだ、何もいじっていない状況なのに、すぐにわかるこの機体のすごさ。
「出力が、ストライクの…3倍…いや、それ以上」
核の力とは、これほどのものなのか。
これなら、一機でもいけるかもしれない。
「イザーク…待ってて」
端末を打つ手の速度を速めながら、思うことは一つ。
イザークを助けることだった。
そして、その日の夕方に、キラはOS調整を終えた。

君の元まで、あと少し。
もう…離さないから。

「目が覚めましたか?」
無機質な天井が目に入る。
「・・・」
「着替えさせてもらいました、あのままでは風邪を引きますので」
女性の声がする。
しかし、体が思うように動かない。
「大丈夫ですか?」
「…」
まだ、頭がボーっとしているが、何とかしてイザークは声のするほうへ顔を向けた。
赤服を着た、知らない女性がタオルや着替えを用意していた。
「私は、シホと申します。まだ、辛そうですね…私は、起きたことをクルーゼ隊員の方に知らせに行ってきます」
そう言って、シホは部屋から出て行った。
此処は、知らない場所だ。
簡易ベッド以外には小さなロッカーが一つあるだけだ。

「…もしかして…宇宙に戻って、来たのか」
起き上がれそうで、でも上半身を上げた瞬間にめまいがして、ベッドに倒れこみそうになる。
それをどうにかこらえて、起き上がる。
前には無かったのに、良く見ると今度は両腕にも枷がしてある。
カチャカチャやっても、取れそうにない。
「はぁ」
思わずため息をつく。
頭の中は、地球でのことでいっぱいになっていた。
キラに逢えたこと。
嬉しくて、嬉しくて、でも、金網に阻まれて。
泣いて、叫んで、でも、キラに抱きつくことが出来なくて。
でも、助けるって言ってくれた。
絶対助けるって言ってくれた。
信じてる。



「カガリ、オーブ海域付近に潜水艦がいた痕跡がレーダーにあった。識別版号はカーペンタリアのものだ」
代表室で資料に目を通していたカガリの元に、キサカがやってきた。
カガリは、キラをシモンズ主任に任せた後、すぐにイザークの追跡を軍に命じていた。
そして、夕方近くになって、漸くその報告が来たのだった。

「カーペンタリアか」
ザフト軍の地球基地の中でも、規模が最も大きい基地だ。
オーブからも近い。
その分、フリーダムがオーブからの機体だと思われる確立も高い。
イザークを救うためとはいえ、オーブを危険に晒すわけにはいかない。
アークエンジェルを入港させていることでも、地球軍やザフト軍との折り合いが悪くなっている。
どうしたらいい・・・。
手伝いたい。
イザークを救う手伝いを自分もしたいが、一人で行かせるわけにはいかない。
アークエンジェルに行ってもらうにしても、彼らは今オーブにいて、そこからザフトの基地を攻撃し、
そして、またオーブに戻ったら、完璧にオーブは中立の立場にはいられなくなる。
「どうしたら・・・」
「カガリ…我々が…」

「一人で行くよ」

「キラ…聞いてたのか?」
「ごめんね」
かなり前からいたのだろう、キラは代表室の扉にもたれかかっていた。
「僕が一人で行く…これは、僕が…僕がやらなきゃいけないことなんだ」
自分の戦いなのだ。
彼女に守られなければならなかった、弱い自分との戦い。
「キラ…」
「カガリは、オーブのことを考えて。これからの、戦争のこと。世界平和のこと」
「キラ様・・・ですが、何か策はあるのですか??」
オーブの機体である以上、それがばれることは非常にまずい。
「いま、ムリを行ってミラージュコロイドを搭載してもらってる。それが出来たら、一度海に潜って、
大西洋へ出る。そこから一気に一度宇宙に出て、急降下してカーペンタリアへ向かう。」
「そんな。無茶な!それに、カーペンタリアはザフトの地球軍基地の中で、最大の規模なんだぞ!!」
カガリが机を叩いて反論する。
いくらなんでも、一機で向かうのはムリだ。
せめて、フリーダムと同じ性能の機体がもう一機あれば。
「大丈夫だよ…ほんと。僕は…」

キラの強いまなざしに、カガリは最後には首を縦に振らざるをえなかった。
「ありがとうカガリ。コロイドが出来次第…出ます!!」


「気がついたって…?」
シホから連絡を受けたアスランが、イザークのいる部屋までやってきた。
「…」
「俺は軍人として当然の行動をとったまでだ。誤るつもりはない」
入り口のドアに寄りかかりながら、アスランは冷たく言い放つ。
「…」
イザークは何も言わない。
それも、アスランは気に食わない。
「今、カーペンタリアだ。明日には宇宙に戻る。そのつもりで…」
そう言うだけ言って、アスランがイザークの元を出ようとしたとき、けたたましいサイレンとともに、爆音が響き渡った。



オーブの海は本当に綺麗だ。
キラはフリーダムに乗り込み、コロイドを発動させて一度海に出た。
コックピットからも感じられる、青く広い母なる海。
その後、地球軍でもザフトでも、オーブの海域でもないところから、出力を最大にまで上げて宇宙へと出た。
体にかなりのGを受け、大気圏を突き抜ける。
真っ青な地球を見ている暇は無かった。
そのまま、カーペンタリアの位置をモニターで確認して、キラはすぐに地球に舞い戻った。

地球の重力に引かれ、大気圏へ出るときよりも早いスピードで降下する。
そして、誰にも気づかれること無く。
キラはカーペンタリアの司令部を攻撃した。

爆音が響き渡り、イザークとアスランがいる部屋がゆれる。
サイレンは鳴り止まず、あけられたままの廊下には人が駆け足で行きかう。
「敵襲…でも、何か違う」
イザークは一瞬敵かと思った。
だが、この胸騒ぎは違う。
もしかしたらと、鎖でつながれた両手でイザークは部屋の閉められていたカーテンを開けた。
何も見えないはずなのに、空気のゆがみが見える。
「…ぁ」
イザークは、何とかしてベランダへ出ようとした。
しかし、それをアスランにとめられる。
「何してる」
「いる…何かが」
それを聞いて、アスランがベランダへの鍵を開けた。
空けた瞬間に爆風が吹き込み、部屋へ逆戻りになりそうになるのを、イザークは何とかこらえた。
窓の外は、一面の海。
地上50メートルはあるだろうか。
1坪はあるベランダに出て、イザークは外を目を凝らしてみる。
何も無い。
でも、何かある。

そして、イザークの待ち望んでいたものが、姿を現した。
配色は限りなく、ストライクに近い機体。
だが、その姿形は似ても似つかず、荘厳な翼をたたえ、空に静止した。
「…っキラ!!!」
イザークはベランダの柵に掴まり叫ぶが、声は風に消える。
火薬や焦げた匂いがあたりに充満し、煙がそこらじゅうから立ち込めていた。
「キラ…あいつ!!」
アスランが怒りを露にする。
そして、イザークの手をとって部屋に戻ろうとした。
だが、今回はイザークは引かない。
しっかりと柵を掴んだ。

そこに、アラームが鳴ってもこないアスランの様子をミゲルが見に来た。
「司令部が全め…って、アスラン…何して!!」
部屋におらず、ベランダで二人を見つけた。
アスランが、イザークを柵から引き離そうと、彼女の手首を必死に掴んでいた。
「ストライクだ!!ミゲル、あれを撃て!!」
「何?」
「嫌っ!キラ…キラぁぁぁ!!」
ミゲルは何がなんだかわからなかった。
しかし、イザークの泣き叫ぶ姿、アスラン怒りの形相を見て、判断した。
「アスラン、離せ!!!!」
ミゲルがイザークを掴むアスランの手を、力任せに引きはなした。



「何する!!」
いきなり引き離されて、アスランがミゲルに怒鳴った。
そして、アスランは自分の制服に備え付けてある銃を取り出し、ミゲルに向けた。
「血迷ったかアスラン」
「イザークは、ザフトだ!!誰にも…誰にも渡さない!!」
カチャッとトリガーを引く音がベランダにいるイザークにも届いた。
「お前は!!好きな女を泣かせるのか?好きな女を、泣かせたいのかよ!!!」
「や…なにして」
トリガーの音、ミゲルの大声。
それを聞いて、イザークは、二人を止めようと戻ってくる。
「イザークは!!俺の…俺が…」
泣かせたくない、本当は泣かせたくはない。
笑って欲しい。
自分のためだけに、笑って欲しい。
アスランは頭の中がごちゃごちゃだった。

アスランの銃を持つ手が震えている。
ミゲルは一瞬の隙を突いて、アスランの懐にもぐりこみ、鳩尾を蹴り上げた。
「ぐぅっは」
ミゲルの蹴りはうまく入り、アスランはその場にうつ伏せで倒れこんだ。
「っ…ど…して?」
どうして、アスランは倒れているのか。
なぜ、ミゲルは自分を助けてくれたのか。
「早く行け」
ミゲルは倒れたアスランから銃を取り上げると、イザークに向かってほうり投げた。
つながれた両手で何とかそれを受け取る。
「空に何発か向けて撃て。気がつくだろうよ」
「…」
「早くしろ!!」
ミゲルにせかされて、イザークは再びベランダに戻った。
そして、空に向けて、不自由な両手で銃を持ち、数発撃ちはなった。

青い空に、フリーダムが作り上げた煙以外のものが、浮かぶ。
キラはそれに気づき、機体を建物まで移動させた。
彼の目に映るのは。
銀の髪の少女。
あいたくて、待ち焦がれた人。

「キラ」
ベランダの目の前に、コックピットをもっていき、空ける。
カーペンタリアの司令部はほぼ壊滅。
ネットワーク供給源も爆破してあるし、動くモビルスーツもキラは壊した。
後は、外からの援軍を待つしかない。
キラを阻むものはもう何も無かった。
金網も、ミサイルも。
イザークとキラの間にはもう何も無い。

キラはヘルメットを取り、イザークに向かって手を差し伸べた。
イザークは、柵を乗り越え、キラの手をとることなく。
彼に抱きついた。
イザークの体重で、キラが座席にもどる。
そして、キラは静かにコックピットを閉め、再度ミラージュコロイドを発動させ、静かにその場を去った。
フリーダムはその後、襲撃時と同じ進路はたどらず、
海の中のレーダーで追えない場所までもぐり姿を消した。



抱き合えなかった期間は経った数週間だった。
でも、それは二人にとって永遠に等しい時間だった。

「イザーク」
「キラ」
キラはイザークを壊れるぐらい強く抱きしめた。
「来てくれるって…信じてた」
「もう…離さないから。絶対、一人にしないから」
ほの暗い海底で、抱き合う。
キラは、イザークの涙をぬぐい、自分のほうへ向かせた。
狭いコックピットなので、キラの上に必然的にイザークが対面で座る。
イザークは、両腕がいまだ鎖につながれているので、キラを抱きし閉めることができない。
なので、その分キラがイザークを抱きしめた。

「イザーク…」
言葉にならない。
逢えてうれしいのに、簡単に言葉にならない感情があふれてキラはうまく思いを伝えられない。
でも、それはイザークも同じで。
けれど、抱き合って触れ合っているところから、確かに何かが伝わっていた。
「帰ろう…皆待ってる」
「うん」
イザークは笑って、頷いた。
「ねぇ…笑って…もっと。僕に…笑いかけて」
キラが両手をイザークの頬に持っていく。
「キラ」

その笑顔が見たかったんだ。
泣いてる顔じゃなくて。
苦しんでいる顔じゃなくて。
君が一番輝く瞬間。
それは、君が笑っているとき。

キラはゆっくりとイザークに顔を近づけ、その唇に優しく自分の唇を降らせた。
それは誓いにも似て。
もうきっと、二人は離れない。


キラはゆっくりとフリーダムをオーブに向けて発進させた。



  
END