smile5
「キラ…、もう大丈夫なのか?」
代表官邸内に作られているキラの寝室。
泣き崩れ、どうしようもなくなったキラを一端は医務室に移していたが、その後キサカによって官邸に移された。
カガリが、仕事を終えて帰宅し、様子を見に行くと、キラはベッドヘッドに背中を預けていた。
「うん…ありがとうカガリ。明日は、僕は何をすればいい?」
「いや…まだ、身体が」
薬で眠らせなければならないほどの精神状態だったのだ。
すぐに、どうこうできる訳がないないが…やはり、コーディネーター。
薬の効きも悪い。
「何かしてないと…苦しいんだ」
歪む顔。
でも、まだ捨てきれない希望。
死んでいないと、願っている。
「じゃあ…明日、朝一番で仕事を頼みたいから…」
「うん」
「でも、明日のお前の体調見てからだからな!!」
カガリがきつく言うと、キラが苦笑した。
「わかってるよ…」
「じゃあ、明日…ちゃんと寝ろよ?」
カガリがキラ部屋を出ると、キサカが待っていた。
「どうだ?」
「起きていた…大分、良いようだでも、」
もう疲れた。
そうカガリは言った。
AAの入港から始まり、イザークの行方不明。
弟の看病に、AAクルーとの話し合い。
さすがに疲れた。
「あぁ、ゆっくり休みなさい…」
「明日、もしキラの体調が良かったら、シモンズ主任の所へ連れて行く」
切り札のあの機体。
OS書き換えは、キラにしか出来ない。
「お疲れだね…」
AAクルー用に宛がわれたラウンジ。
船員は疲れ果て、各自の部屋へと戻っている。
ザフト軍に追い詰められ、否応なしの地球降下。
MSを一つ失い、中立国家オーブの領域を審判。
一日にこれだけのことが起きるとは、艦長であるマリューも思ってはいなかった。
ボーっとしている所にカップを差し出される。
「フラガ大佐…ありがとうございます」
「いいえ、それより。どうするんだ?」
マリューの座っているテーブルの正面にムウが座る。
中立の立場。
オーブに協力するか、否か。
マリューは悩んでいた。
自分は地球軍人であるが、今回の戦争。
本当はどちらが悪いのか。
民間人のあの子たちからすれば、どっちも悪者だ。
お互いに攻撃しあうことで、知らず知らずに関係ない犠牲者を出してしまっていることを、
今回のイザークの件で身をもって知ってしまった。
確かに自分は言った。
動かせるなら、あの機体を動かして、友人を守りたいなら…この船に乗りなさい。
あのザフトの襲撃で破壊されたオーブのプラントはどっちみち、持たなかっただろう。
キラとその友人達が非難をするまでは。
それを、知っていて、彼があの機体に乗らざるをえなくなると判っていて。
自分は…。
なんて…愚かだったのか。
「私は…オーブに協力しようと思います」
マリューは、ムウの顔を見て、はっきりと言った。
「そうか…」
「私は…この戦争の意義を見出せない…今、此処にいることではっきりとわかる。私は…軍人失格ですね」
「俺も、同じ意見だ」
オーブに協力しよう。
そして、一日も早い平和を取り戻そう。
コーディネーターのあの子たちと一緒にいてわかった。
人を愛する気持ちは、ナチュラルもコーディネーターも同じだということを。
その感情が、作られたものではないことも。
わかるから。
土に足をつけるのは
いつぶりだろうか
この海も
この木々も
人気のない海岸に小船を寄せる。
一度地球のザフト軍基地に着陸し、着替えたあと、イザーク達はオーブ近くの無人島へと船で来ていた。
「これから、作戦を開始する」
今回の作戦隊長であるミゲルが、残りの5人へと指示を出す。
「アスラン、イザークは西回り」
「はい!」
アスランは返事をするが、イザークは何も言わない。
「えーと…一応返事して欲しいんだけど…」
ミゲルが複雑そうな顔をイザークに向ける。
「…はい」
「で、ディアッカ、ニコルは中央」
「「はい!」」
テキパキと指示をしていくミゲルを尻目に、イザークは少々場所を移動して、海の見える所まで移動する。
遠くに見える、懐かしい風景。
オーブに帰ってきたんだ。
キラと自分の育った故郷へ。
「行くよ」
いきなり背後で声がして、腕を引かれる。
「アスラン」
「こんな所で眺めなくても、町中に入れる」
傷ついていない、右腕を引かれたまま、小さな二人しか乗れないボートに乗せられる。
すでに、他の4人は出発していた。
「此処から、あそこ…入り江があるだろ?そこに行く」
「…」
「それから…軍事基地の視察に入る」
中立と呼ばれるこの国にも、スパイはごろごろしているのか。
入り江に入ると、二人の男が、イザーク達を待っていて、車を渡される。
アスランが運転席へ、イザークは助手席に乗り込む。
海岸線を走ると、朝日が昇るのが見える。
宇宙から見る夜明けとは違う。
水平線を登っていく朝日は、やはり美しかった。
何故、世界はこんなにも美しいのに、人は殺しあわなければいけないのか。
イザークは、ぼーっとしてただ走り去る風景を見ていた。
一方キラは、早くに目が覚めていた。
だが、まだ皆を起こすには、時間が早すぎる。
キラは、寝巻きを着替えると、外の空気を吸いに外に出た。
官邸内の庭は、キラのお気に入りの場所でもあり、イザークと初めてであった場所でも会った。
十年以上も前。
この広い芝生の端にある、大きな木。
その下で、泣いていた女の子。
それがイザークだ。
彼女の母は、オーブで政府関係の役職についていた。
そのため、イザークはたびたび、この官邸内に連れて来られていたが、
それがイザークは嫌で嫌でしょうがなかった。
いつも一人。
キラと初めて出逢った日も、本当は自分の誕生日だったのに、母は仕事で忙しく、庭で寂しく帰りを待っていた。
そこに現れた一人の男の子。
優しい紫の目をした彼は、何も言わずに手を差し伸べてくれた。
『こっちに来て、一緒に遊ぼう』
『…母上に…いなくなったら、怒られる』
『そんなことないよ、大丈夫だよ…ね?』
イザークは泣いて拒むのかと思ったら、素直に手を取ってくれた。
言葉では嫌がっても、本当は誰かと一緒にいたかったんだとキラは子供ながらにわかった。
この泣いている彼女の笑った顔が見たい。
笑って欲しい。
『僕は、キラだよ…君は?』
官邸とは別の、離れにキラはイザークを連れてきた。
離れに入る前に、彼女の名前を聞く。
『イザーク』
『そっか、じゃあ、イザーク、僕のうちに来て、一緒にあそぼ』
『…うん』
密かに、イザークが笑った。
花が咲いたように、綺麗に彼女が笑った。
それから、使用人に彼女のことを話して、一緒にお茶を飲み、
一緒に本を読んで、気がついたら、一緒に寝ていた。
気を利かせた、使用人が官邸に連絡を取り、イザークの母親に彼女がここにいることを連絡した。
夕暮れ、仕事がひと段落したイザークの母は、彼女を迎えに来た。
『ごめんね…イザーク。一人にして…今日は誕生日だったのに』
『ううん…キラが、一緒だったから、大丈夫でした』
『そう…キラ様、ありがとうございました。近々、イザークの誕生日パーティーを開きますので、是非いらしてくださいね』
そういって、イザークの母親は先に家を出て、ここまで車を回しに行った。
『今日は…ありがとう』
『ううん…今日誕生日なんだね?おめでとうイザーク…あ、そうだ』
キラは、玄関に飾ってあった、花瓶の花の中から、小さくて白い花をイザークに渡した。
『はい、おめでとう』
いきなり、花を渡されて、イザークは驚いたが、すぐにそれが誕生日のプレゼントだとわかった。
『ありがとう!』
満面の笑み。
キラが見たかった、笑顔。
『キラ…大好き』
ニッコリ笑って、そう言う彼女。
幼い、恋も愛もわからない。
でも、その気持ちは純粋で、無垢で、穢れない。
キラは、この笑顔をずっと守りたいと、泣かせたくないと。
幼いながらに、心に決めたのだ。
「なんか…懐かしいこと思い出した」
キラが、庭を歩きながら、つぶやく。
あの時から、彼女のことが大好きで、いつでも彼女と一緒にいた。
気がついたら、彼女も同じ気持ちでいてくれた。
初めて、好きになった相手。
初めてキスをして、生まれたままの姿で温もりを分かち合った相手。
『愛している』
なんて、言葉では表せない、言葉では簡潔できない。
もっと、上手く伝える方法があればいいのに。
「今日は…朝日が綺麗だ…」
キラは、庭の奥。
海岸沿いの国道と庭の境になっているフェンスへ向かって、歩いた。
やはり、地球は美しい。
懐かしい
この海辺でよく遊んだ
カガリも一緒で
花火もして
海の向こうに憧れた
「此処は…どの辺り?」
車を運転しながら、アスランがイザークに聞く。
でも、返事はない。
ミラー越しに彼女を見ると、心此処にあらずといった雰囲気で海を見ている。
「此処は、どの辺りなんだ!!」
少し大きめの声で言うと、イザークが気付いて振り向く。
アスランの少しイライラした表情に、不安になる。
「…もう少しで…代表官邸の敷地が見える」
「そう、じゃあ、一端降りて、観察しようか」
道路脇に一端ジープを置く。
早朝、此処に車が通ることはあまりない。
アスファルトに降り立つと、イザークは真っ先に、代表官邸の敷地の方へと向かった。
アスランも、それに続く。
イザークは、決して逃げられはしない。
首につけられていたカフスは一端取り外され、さらに強固なものへと変えられていた。
発信機は勿論、微弱な電流も流れるようになっており、一瞬で失神させることが出来る。
電流は、頚椎を一瞬で駆け抜けるのだ。
そのスイッチは、アスランが持っていた。
官邸と道路はフェンスで区切られている。
そのフェンスに、イザークが手をついて、遠くを見ている。
「奥のほう人がいるね…戻るか」
まだ、遠いがこちらに向かってきているようだ。
「…ぃ…ら?」
「イザーク、見つかると不審に思われる…行くぞ」
アスランが、イザークの腕を、引くが動こうとしない。
「…き…ら…」
「え?」
イザークがフェンスを思いっきり掴んで叫んだ。
「キラァァァ!!!」
声が、天高く突き抜けた。
突然、声が聞えて、キラは驚いた。
自分が歩いている方向に、人がいて自分の名前を呼ぶ。
幻聴かと思う。
だって、その声は。
愛する人の声なのだから。
宇宙に置いてきてしまった、たった一人の愛する人。
でも、フェンスの向こうの人間は、金網を掴んでなおも自分の名前を呼ぶ。
キラは走った。
「イザーク、行くぞ!!離せ」
「イヤ…キラァ…キラァァ!!」
アスランは無理やり引き離そうとするが、イザークは渾身の力をこめて金網を掴んでいる。
そして、「キラ」はやって来た。
「イザーク!!イザークなの?」
「キラァ!!助けて!」
キラが金網にたどり着く。
そして…。
「…アスラン・ザラ?」
「キラ…キラ・ヤマト」
なぜ、こんな所で、旧友に会わなければならないのか…。