smile3


君がいない。

部屋に戻る気にもなれず、かといって誰かと話したいとは思わない。
キラは一人ぶらぶらと艦内をさまよい、デッキへと出た。
そこには誰もいなくて、唯目の前に広大な海が広がり、海鳥がちらほら見える。
少し離れたとことには小島が点々としていて、よく目を凝らしてみると、微かに大陸か大きな島が見える。
どこか懐かしい風景。
地球。
故郷にこんな形で帰ってくるとは思わなかったが、確かに此処には心地よい自然があった。
作り物の自分でも受け入れてくれる強さとか大きさとか。
何も否定しないものが。
「イザーク」
壊れてしまった機械のように、唯それだけをつぶやく。
片足をなくしたような、片目を失ったようなそれ以上の痛みがはっきりとした痛覚を伴わずキラの元へとやってくる。
デッキの柵にもたれかかり、此処から落ちたら死ねるかななどと考える。
すると、突如緊急アラートが艦内になり響いた。
『コンディションイエロー発令!!船員は非常用戦闘に備えよ!』
聞きなれた艦長の声が放送で聞えて、キラは仕方なく操舵室へと向かった。
格納庫に行っても、ストライクの整備は終わってないだろう。
熱にうなされて、微かに見た機体の損傷はかなりひどかったと覚えている。
最初はイザークを含めて、友達全員を守ろうと思った。
でも、イザークがいなくなって、自分が彼女一人を守るために戦っていたのだと気がついた。
いまさらもうどうでもいい…。

「キラ君!!」
「キラ!」
操舵室に行くと、すでにクルー達があわただしく動いていた。
艦長マリューが、そんな中医務室から出てきたばかりであろうキラを気遣い、声をかける。
「オーブの領域に入ってしまったらしいの。すぐにあちらから軍が来るわ、
でも後ろからどうやらザフトも来ていて…」
「八方塞ってやつだ」
フラガ少佐も気なってきているらしかった。
「艦長駄目ですオーブに通信入りません!どうやら一方通行のようです。
地球軍基地にも磁場が悪すぎて応援いまだ呼べません!」
オペレーターのミリアリアが叫ぶ。
どうやら袋のねずみのようだ。
このままでザフトと戦うのは負け試合に出るようなものだ。
かといってオーブに逃げ込めるわけでもない。
あの国は、他国を侵略せず、侵略させずが基本理念だから。
「オーブ…ミリー。通信コード001-001010で通信してみて、繋がったら、
僕にマイク頂戴。トノムラさん、映像回線も開いてください」
「キラ君?何を…」
「大丈夫です」
ミリアリアがコードを打ち込むと、すぐにオーブ内政府に連絡が繋がった。
「キラ…繋がったけど、政府って!?」
「ありがとう…。皆さん、大丈夫ですから、ちょっと静かにしていてください」
静かにそう言うキラに、クルーは不信な目を送りつつも今はもうどうにも出来ない。
藁にもすがる思いなので、キラの言うことを聞いた。
操舵室のメインモニターにオーブの人間らしい人物が映る。その人物がキラを見て驚いた。
「キラ様!」
「やぁ、キサカ…元気そうだね」
「もしや、領海を侵しそうになっているのは、貴方が乗っている艦ですか?」
「そうだよ。だから、むしろ助けて欲しいんだ。後ろからザフトが来てる」
「わかりました、すぐにそちらに向かった艦に連絡いたします!」
プツッとすぐに映像が切れた。余りに簡潔な会話過ぎて、クルー達は理解できない。
「もう大丈夫です。オーブは僕達を攻撃しては来ません。むしろ保護してくれますから」
クルーが見守る中、にっこり笑って、キラが話す。

「ようこそ、僕の国へ」

とりあえず、今は生きることにするよ、イザーク。
この僕達が必死で守ったものを安全なところへ導くために。

僕らは他人だけど
兄弟よりも親子よりも強い絆で
繋がれていると
勘違いしていたのかな
絶対に離れることなんかないと



「キラ?」

イザークが発した言葉にアスランは懐かしさを感じた。
アスランがまだ、母と二人で月にいた頃。
通っていた学校で一番仲の良かった友人の名前だ。
お互い、戦争が始まってしまったせいで、離れ離れになってしまったけれど。
もう何年も前の話だ。
まぁ、人の名前なんて同じ場合もあるし…彼女が言っていた「キラ」が自分の知っている『キラ』と同じだとは限らない。
だが、アスランは、イザークがこれほど暴れて、喚いて、叫んで、
傷ついた腕で突っかかってきてまで守りたい「キラ」に少なからず興味を持っていた。
彼女にこんなに大切に思われている人間に。

睡眠剤で眠らせたイザークを、今度は別の場所へ運ぶ。
さっきの騒ぎを聞きつけた上官達から、此処に置いておくのは危険だという命令が下り、
アスランが常に監視出来るように、監視用の部屋とそれに続く捕虜用の部屋という、
特別あつらえの部屋を用意された。
アスランは担架でイザークをその捕虜用の部屋へ運び、ベッドに寝かせて監視用の部屋にあるモニターを見ていた。
再度真新しい包帯を各部に巻かれ、此処につれてこられた時と同じく、顔色を悪くして寝ている。
「はぁ…」
すぐに起きるということはなさそうだが、起きた時の対処方法をどうしようか迷っていた。
当分はここで寝起きだなと考えていた所に、同僚のニコルから通信が入った。
「アスラン!至急隊長室へ。次の作戦の話をするそうですよ」
「でも…ここは?」
「セキュリティは万全ですから、少々ほっといても大丈夫ですよ」
「了解!すぐ行くよ」
チラッとモニター越しにイザークを見て、アスランはクルーゼの元へ向かった。

「オーブ!?」
クルーゼ隊のメインメンバーが一斉に驚いた。
クルーゼは椅子に座り、メンバーにモニターの映像を見せた。
「AAはオーブの領海を侵したが、なぜかそのままオーブに入って行ってしまったらしい。
そう地球からの通信だ」
他国を侵略せず、侵略させずを理念とするオーブ首長国連が、なぜ地球軍艦であるAAを中に入れたのか。
何か裏があるのだろうか?
秘密裏に地球軍と手を取ってしまったのだろうか?
「今回我々の任務は、オーブ潜入。情報収集に努めてもらいたい。
なぜAAがオーブにいられるのか。場合によっては、オーブと敵対することになりかねんからな」
いつもの机に座り、組んだ手を顎の下において、淡々と話す。
「隊長!」
「何かね?ミゲル」
一人だけ緑で先輩のミゲルが、もっともな事を言った。
「あの大国の防衛をどうやって突破するのでしょうか?」
「それは、大丈夫だ…もうすでに進入している人間がいる。彼らの手引きで中に入るように…」
「はぁ…」
所詮オーブもそんなところか…。
金で雇えないやつなどいない。
「作戦開始は5日後。明後日までには作戦の詳細を君達の端末に送ることができると思う。
今日は以上だ…アスランだけ少々残りたまえ」
大まかな内容だけ告げられ、早々解散になった。

「はぁ…今度はオーブかよ」
「ミゲル!!聞えますよ」
外に出るなり、ミゲルが大きなため息をついた。
悪態をつくミゲルをすかさずニコルがいさめる。
「だって、あの大国に入るんだぜ」
「命令ですよミゲル!」
「わかってるけどさぁ…それより何でアスランだけ…どうしたんだ?」

「オーブにあのデュエルのパイロットを連れて行きたい。ひと悶着あったようだが、
彼女はコーディネーターだそうだな、しかもオーブのコロニーにいた。どうかね?」
「簡単に聞くような相手ではないように思いますが…」
ちょっとした情報を聞き出そうとして、あの大騒ぎだ。
大人しく従うとは思えないし、一緒にオーブに連れて行ったら逃げ出すことはないかもしれないが、
何か大騒動になる予感がアスランはしていた。
「いろいろあったそうだが、我々としては、彼女には是非ザフトに協力をして欲しいと考えている」
「えぇ?」
「デュエルをあれほどまでに操縦できるのだ。それに、コーディネーターが何故連合に
加担する必要がある?そう思わんかね?」
「…そうですが」
確かに彼女の戦闘能力は素晴らしい。



現在のザフトのパイロットでもあれほど機体を自由に操れる人間は限られている。
MSを動かせる人間はザフトにとって貴重な資源だし、まして彼女がコーディネーターならばなおさらだろう。
我々の一般常識から考えれば、彼女が連合にいることはおかしい。
AAはオーブに入港したが、元は連合の母艦だし、オーブが中立でも、
連合の船を入港させてしまった今、ザフトにとって、オーブは干渉するに値する。
「アスラン、君に彼女の説得をしてもらいたい」
「ですが…捕虜ですよ、彼女は」
「そんなことはこちらでどうにでもできる。上からの命令でもあるし、私も同意見だ」
「…」

クルーゼの部屋から出てきたアスランを、待っていたミゲルとニコルが囲む。
ディアッカとラスティーは先に戻ったらしい。
「此処じゃ…どこか話の出来るところに行きましょう」
ニコルにしたがって、3人は談話室へ向かった。
幸いそこには誰もいなく、ニコルは3人分の飲み物を用意して、先に席に付いていた二人に渡した。
「隊長なんだって?」
早速ミゲルが話を切り出す。
「イザークを…ザフトに入れろって」
「はぁ?あの銀色のお姫さんを?何でまた」
「デュエルのパイロットだから…」
「ですが、仮にも捕虜ですよ!敵の人間を軍に入れようなんて…軍規違反になりかねません」
ミゲルに加えてニコルも疑念の声を上げる。
「だが…隊長はそんなことはどうにでもなるのだとおっしゃった…
俺達の詮索することじゃない。上官の命令は絶対だ。俺達は従うだけだろ?」
「アスランはそれでいいんですか!!」

しょうがないじゃないか。

彼女が可哀相だと、あの二人は思っているのだろうか。
いや、敵に情けをかけるようでは軍人は務まらない。
じゃあ、この俺のイライラした気持ちはなんだ?
ザフトには女性も沢山いるし、一人増えたところでどうにかなるものでもない。
でも、彼女は。
イザークは…軍人になるには優しすぎる…。
愛する人のために、自分を犠牲にしてしまうような女性なのだから。
人を殺すことだって…本当は。
アスランはニコル達とこれ以上はなしたくなかったので、さっさとイザークの下に戻った。

シュンと音がして、イザークが眠っている部屋の監視室に入る。
モニターとガラス越しに寝ているイザークを確認して、アスランはガシガシと頭を掻く。
時計を見るともう8時だった。
時間を確認すると、朝から何も食べていないことに気が付く。
何か食べに出ようかと思ったら、モニターのステレオからガザッということが聞えた。
部屋を見ると、イザークが起き出した。
もう薬が切れたのか・・・。
コーディネーター用に配合された薬のはずなのに、もう効き目が切れてしまった。
彼女はコーディネーターの中でも、かなり身体構造的に優秀に出来ているのだろうか。
さっき、殴りかかられたのも気にせずに、アスランはイザークの部屋に入っていった。
イザークはまだぼんやりするのか、起きようとしても体がふらつき、上手く体を起こせないでいた。
「イザーク?」
アスランが声をかけ、体を支えた。
ベッドに座り、まだうつろな彼女の方を抱いて、自分に寄りかからせる。
はっきりと覚醒したわけではなく、彼女の目は薄っすらをひらいていたが、
焦点は合っていなかった。
しかし、人肌を感じて、イザークが思わぬ行動に出た。
アスランに抱きついたのだ。
「ちょっと…」
「…キラ…」
「…また、キラか…」
アスランは自分の中に何か黒いものが渦巻くのを感じた。



大地を踏みしめて
土を感じ、大気を感じる
本物の作られた物ではない自然を
もう一度君と見るとこが出来たならば
そのまま
世界が二人だけになっても
いいと思う

「ようこそ…僕の国へ」

「アークエンジェルはそのまま、5番格納庫に入港してください!アークエンジェルは…」
オーブの空母格納庫内に大きなサイレンと共に、AAが入港する。
その様子を一人の少女がこれからAAへと繋がるであろう、橋の反対側で待機していた。
オーブの首長議会員のみが着ること許される服を着て。

一方AA内部では、あわただしく船を下りる準備がなされていた。
キラもAAから降りる準備をしていた。
入港が終わり、サイレンが消えると、橋が動き、AAへと接続される。
接続が完了し、重たいドアが開くと、最初に艦長マリューが出てきた。
そして、それに続いてぞろぞろと乗組員達が橋を渡って、格納庫内へと出てくる。
橋で待っていた少女は、自分も橋を渡りAAへと近づいていった。
そして、漸く待ち望んでいた人物が顔を出した。

「キラ!!!」
少女は嬉しくて駆け出す。
「カガリ」
カガリはキラに向かって突進し、抱きついた。
「心配したんだぞ…キサカから連絡を受けて、すぐにこっちの飛んできた」
「うん…」
「どうした?」
肩をバンバン叩いて、再会を喜ぶ。
しかし、キラはそれに反応を示さない。
元気のないキラをカガリは心配する。
それに、キラがもう最後だったのだろうか、AAから乗組員が出てくる気配がない。
しかし、キラとそして彼といつも一緒にいるはずの人間とはすれ違わなかった。
キラの後ろを見ても、いない。
「キラ、イザは?」
カガリが笑顔で聞いてくるので、キラはどうしようもなくなって、その場で泣き崩れた…。

真実はいつも自分を無条件で傷つける

泣き崩れたキラにカガリは慌てた。
いつも穏やかで、優しい彼が、こんなにも乱れるとは。
聞かなくてもわかる。
そして、キラの思い人が、絶対にこのAAからは出てこないということも。
イザークは…死んだのか。
出迎えに行って、帰ってこないカガリを焦れたキサカが迎えにやってきた。
彼女にはこれからやらなくてはいけないことが沢山あるのだから。
「カガリ!!いい加減…キラ様?」
嗚咽をかみ殺そうとしても、殺せない。
肩を震わせ、座り込むキラを見て、キサカは何事かと思う。
「…キサカ…此処を…頼む」
カガリも目にいっぱいの涙を溜めて、どうにかして泣くのをこらえようとしているようだった。
「…」
キサカは無言でうなずき、カガリはAAの乗組員達が集まった軍の会議室へと向かった。

「私は、オーブ首長国連邦代表、カガリ・ユラ・アスハ。
今回は、私の弟、キラ・ヤマトを助けていただいて、AAのクルーには心から感謝をする」
キラがオーブの代表の弟だという事実にクルーがざわめく。
広い会議室に一番前にカガリがクルーの方を向いて座り、対面にマリューやフラガが座った。
「やっぱりキラ君が…オーブの」
マリューも、オーブに入港したときから、薄々感づいてはいた。
オーブの回線へと連絡を繋げたこと。
中立を保つ国に、連合の母艦が入れるわけが無い。
キラがいたから、自分達は助かったのだ。
「弟のために、貴船を我々の国に入れてしまったことは、本当は外交関係上良くない。
私は正直、このことを他国に事実として言うことが怖い。国の理念に反するからな。」
「そうですわね。私達は、連合軍として今までザフトと戦って来た訳ですから…」
他国を侵略せず、侵略させず。
その理念を守り、いままでオーブは中立を保ってきた。
しかし、今回、連合の母艦を入れてしまったことで、その理念が揺らいだ。
ザフトからの風当たりは厳しくなるだろう。
また、連合は、共謀しようと話を持ちかけてくるかもしれない。
「そこで、AAの諸君らに考えてもらいことがある」

「オーブの…いや、中立の立場にたたないか?」



  
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