smile2


「君が情報提供をしてくれるのなら…」
そんな確証はないが、ここで相手を少しでも安心させないと、取れるものも取れなくなるので、アスランは適当に答えた。
「わかった。その言葉忘れないからな!!」
一方のイザークはそれを鵜呑みにして、視界が開けるのを感じた。
だったら、洗いざらい適当に情報を吐いてしまえばいい。
実際イザークはデュエルのパイロットだが、軍人ではないので大して軍の情報は持っていない。
イザークが搭乗していた母艦のアークエンジェル(AA)は、地球軍が極秘に開発していたものだ。
たまたま、自分の通っていた大学の地下でAAが開発され、たまたま自分がロボット工学部の学生で、たまたま自分の恋人が、
AAと同時開発中の最新鋭のMSのパイロットになってしまったから、自分も彼と同じ立場に居たくて機体に乗ったのだ。
だから、情報という情報は持っていない。
AAの乗組員も大して状況を飲み込めてないようだったし。
キラのことは絶対話さない。
これ以上キラを傷つけさせない!
そう、イザークは誓った。

「じゃあ、早速場所を移そう」
「あぁ…」
「じゃあ…ちょっと頭上げてくれる?」
そういったアスランが手に持っていたのは、細いシルバーのカフスだった。
たぶん通信機やらなんやら入っている捕虜用のものだろう。
カチッっと音がして、イザークの首にそれがはめられる。
金属でできているので少し冷たい。
「君を信用していないわけじゃないけど、規定だから」
「かまわない…それより、服」
いつまでも、患者用の薄着でいるのは心もとない。
「あぁ、服ねぇ…」
アスランがあたりを見回しても、彼女の着ていたであろう服はない。
彼女の包帯を見ても、服というかパイロットスーツはかなり傷を負っているだろし、
第一パイロットスーツで船内をうろつくのはおかしい。
「寒い?」
「寒くは無いが、薄くて…心もとない」
「じゃあ…これでも着てる?」
アスランは自分の着ていた制服の上着をベルトを取って、彼女に渡した。
いきなりそんなことをしたものだから、イザークはびっくりした。
「あー…ザフトの制服は嫌?」
「…そういうわけじゃない」
制服を手にとったイザークは、袖に手を通したが、大きくて手がでなかった。
この分じゃ丈も長そうだ。
「じゃあ、移動しよう。立てる?この靴はいて」
「大丈夫だ」
イザークがベッドから立って靴を履くために屈むと、制服の裾が床に着きそうになる。
アスランの制服の丈は大分長く、患者用の服のズボンが隠れてしまった。
二人そろって医務室から出て、歩き出す。
イザークにはどこに向かっているのかなんてわからない。
途中、何度もザフト軍の兵士に遭遇し、変な目で見られるがイザークはむしろ睨み返してやった。
キラを思えば強くなれる。
キラが、イザークのすべてだ。



地球の山も川も
すべてが僕らを歓迎した
たとえ僕達が作られた存在であったとしても
僕らの故郷は地球だ
それがすべてだった

「よーアスラン!その子がデュエルの?」
廊下をずいぶん歩くと、アスランに親しそうに話しかけてくるオレンジ色の髪の男がいた。
手をひらひらさせながらこちらに近づいてくる。
「ミゲル…」
「へぇ〜こんなに美人なのに…敵なんて残念」
ミゲルはアスランの後ろにくっついていたイザークの右手を無理やり掴んで、自分のほうに引き寄せる。
「何をする!」
イザークは突然のことに驚き、かわせなかった。
ミゲルはへらへらしながらイザークに顔を近づける。
「ん〜いいねぇその強気な感じ、俺強気な美人好きよ?」
「貴様!」
「ミゲルよせ!」
アスランが静止に入いると、ミゲルはあっけなく手を離し引き下がった。
「わかってますよ。軍法第58条捕虜の扱いでしょ?じゃあ、またいつかね銀のお姫様〜」
近寄ってきた時と同じようにまたひらひらと手を振りながらミゲルはどこかに行った。

「ごめん…。不快にさせたね」
「…ここにいること自体が不快だ」
「はぁ…そうだね」
また二人はとぼとぼと歩き始めた。
医務室から大分歩いたし、階段も結構降りた。
着いたのは、簡素ないまどき自動でもない小さな扉の部屋だった。
アスランに促されて、小さな灰色の扉を開けて、イザークは少し屈んで中に入った。
中の壁も灰色で、簡素なベッドと小さなテーブルに二脚の椅子。
テーブルの上にはパソコンが無造作に置かれていた。
どうやら、一種の取調べを行うようだった。
「その椅子に座って」
パイプ椅子を指差されて、イザークは素直に座った。
そして、アスランがパソコンを起動させて、機械音が無機質な部屋に響く。
イザークはテーブルから少しはなれ、脚を組んで座りなおした。
「では、ザフト軍・軍法58条の規定により、取調べを始める。まず名前を」
さして、重々しくもない雰囲気で取り調べが始まった。
「イザーク・ジュール」
「では、イザーク。君はコーディネーターだと言う話だが?」
「そうだ。私はコーディネーターだが?」
「では、なぜデュエルに乗っていた?」
「成り行き」
淡々と話が続いて、アスランがパソコンに情報を打ち込むカチャカチャとした音だけが響く。
イザークもアスランのほうなど向かず、天井を見つめたまま話をした。
「どのような成り行きで?」
「私は貴様らが襲撃したコロニーのカレッジでロボット工学を専攻していた唯の学生だった。
たまたま学校の地下工場でガンダムが作られていた…」
「それで?どうしてデュエルに乗ることになったんだ?そして、コーディネーターなんだからなぜ地球軍なんかに」
「…を、守ろうとした」
最初のところが聞き取れず、アスランは目線をパソコンから移した。
「ごめん、聞き取れなかった」
「人を守ろうとした。だから、あれに乗った。実際乗ってみて動かせたし。AAに乗ることになったのは、
その艦長に乗るように言われたからだ。AAにはほかにあれを動かせる奴がいない」
彼女がデュエルに乗っていたなら、後地球軍にある機体はストライクだけだ。
つまり、彼女はストライクのパイロットについての情報もかなり持っている。
そう、アスランは考えた。
実際、戦場で思ったのは。
デュエルの戦闘能力もすごいと思ったが、それを上回るストライクの動きだ。
ザフトも何十機とストライクに撃たれている。
そして、ずっと引っかかったままの、光景。
アスランが撃ったミサイルから、ストライクを庇ったデュエル。
「…ストライクのパイロットは?何か知ってる?」
「…」
「どうした?一緒に戦ってただろ?あの時も庇ってたように見えたし」
「そうだ…だが、貴様には関係ない」
「ストライクのことも情報として聞いておきたい。パイロットの名前と、身体的特徴とかは?
その人間もあれに乗れるくらいだからコーディネーターなんだろ?」
アスランは興味を示して、突っ込んだ質問をしてくる。



イザークは、質問の矛先がキラに向いたことで、何かどうしようもない憤りを感じた。
「言わない」
「さっきも言ったが、君に黙秘をする権利はない」
パソコンから完全に手をどけて、少し困ったようにアスランが言う。

「貴様らなんかににあいつのことを教えない!」

イザークは突然立ち上がった。
その反動で、パイプの椅子がガチャンと大きな音を立てて床に転がる。
突然のイザークの行動に、アスランは驚く。
イザークはキラのことは絶対に何も言わないと決めていた。
「おい!」
「あいつをもう傷つけさせない!!」
アスランも立ち上がり、イザークを落ち着かせようとする。
しかし、イザークはアスランの胸元を引っつかみ、すごい形相でまくし立てるように言った。
「貴様らは、あいつを傷つけた!!特にあのイージスとかいう赤い機体!!絶対許さない!絶対!絶対!
あいつにミサイル撃った!!イージスのパイロット…殺してやる!!」
イージスという言葉を聞いて、アスランは一瞬ドキッとした。
イザークは、激しくかぶりを振ってしゃべったために傷口が開き顔に巻かれた包帯に血がにじむ。
興奮して、顔を真っ赤にしながらイザークはアスランの胸元を掴む力にさらに力を込め、手に巻かれた包帯にも血がにじんだ。
左手が痛むのなんてお構いなしだ。
それほど、あのパイロットを大切に思っているのか…。

「落ち着けって!!」
アスランも抵抗するが、無理に止めようとすると、彼女を傷つけてしまいそうで怖かった。
「許さない!絶対、絶対!!コロシテヤル」
二人の間にあった、パソコンを乗せていたテーブルをイザークが脚で払いのけると、
ものすごい音とともに、パソコンの端末が壊れる鈍い音がした。
アスランを壁際にまで追い詰めて、なおもすごい形相でイザークは突っかかっていく。
アスランは、何とか緊急用のブザーを押そうとして、右手で壁を探った。
少し大きめのボタンが指に触れたので、拳で思いっきり叩くと、
すぐに部屋とその廊下に緊急用のサイレンが鳴り響いた。

わらわらと二人がいた部屋の中に人がやってきて、イザークをアスランから引き離そうとする。
そして、なおも暴れ続けるイザークに、誰かが呼んだ医療関係者が
催眠効果のある液体を含ませたタオルを彼女の顔に押し付けた。
さすがコーディネーターだけに、薬の効きは緩やかだったが、漸くイザークは深い眠りに落ちていった。
傷口も開いてしまったので、アスランはイザークを横抱きにして、もう一度医務室まで運んだ。
ぐったりと、今度は血の気の引いてしまった顔で、イザークは不意につぶやいた。

「キラ」



急激な温度上昇
このまま死ねれば
宇宙の塵になって
すぐにでも傍にいけるのに

「キラの様子は?」
「フラガ少佐…」
AAは無事、大気圏を降下し、太平洋の東南に着水した。
ストライクも降下中AAから多少離れるという事態があったものの、何とか同じ場所に着水することが出来ていた。
ストライクは燃料が切れ、機体の損傷もかなりひどかった。
そして、フェイズシフトダウンの状態で大気圏を降下したため、機体内の温度が急激に上昇し、
パイロットであるキラの生命に危機があったが、機体が回収され、無事が確認された。
コーディネーターだったことが幸いしていた。
しかし、余りの高温に長時間晒されていた為、身体への影響が大きく、今はAA内の医務室で休んでいた。
AAも船内の修理が続いているため、ゆっくりとしか動けない状態だった。
発信機を海へ浮かべ、常に周りを気にしている状態だった。
今襲われたらひとたまりもない。
早く地球軍基地に行きたいが、周りの電波も悪く、上手く通信がどれない。
また、降下の時かなり激しい戦闘があった。
ザフト軍勢は降下はしてこなかったものの、すぐに地球の基地に連絡をしているかもしれない。
いつ彼らが降下してくるかはわからないが時間の問題だろう…。

操舵室の艦長席にマリュー・ラミアスはいた。
うなだれて、ひたすら考えていた。
そこに、船内の修理を手伝っていたムウ・ラ・フラガが訪れた。
お互い少し疲れた顔をしていた。
「お疲れさん」
やさしく気にかけてくれる。でも、そのやさしさが今は痛い。
「彼女のこと…私」
追うなと言ったのは自分だが、マリューは少なからず後悔していた。
しかし、あの場ではああ言うしかなかったのだ。
艦長として、一人より、大勢の命を選んだのだ。
「君は…艦長として正しかったと俺は思うぜ」
「ふぅ…ありがとうございます。キラ君は、大気圏突入の高温で、
今は熱にうなされています。ドクターによれば、死ななかったのが不思議だと…」
「そうか、君ももう休んだほうがいい…休めるうちに」
「えぇ…」

自分だけ、生き残ってしまった。
彼女を置いて?
ひたすら熱に苦しんで、苦しんで、やっと楽になって目が覚めたら、見慣れた天井が見えた。
あぁ、自分は生き残ってしまったんだと。
わかった。
「イザ…ク…?」
「気がついたかね?」
横を見ると、初老のドクターが、外していた眼鏡をかけなおして、
キラが寝ているベッドの元によってくる。
キラの手を取り脈拍を確認し、額へと手を当てる。
「一日中うなされていたが、もう大丈夫のようだな」
「…」
「どれ、艦長に連絡しておこう。動けるようなら、もう戻っても大丈夫だ、
何も食べてないから、食堂で何か食べるといい…」

空っぽだった。



  
次へ進む