peace2


微熱が続いていたイザークを心配して、キラはついに彼女を病院に連れてきていた。
オーブの市街地にある、大きな総合病院。
そこに二人は来ていた。

風邪だと判断じたキラは内科を受診させた。
「症状は?」
診察室には女医が待機していた。
中にはイザークだけが入る。
カバンを置いて、女医と対面するように椅子に腰掛ける。
「最近微熱が続いていて…」
「そうですか…じゃあ、一応喉と胸の音聞きましょうか」

「じゃあ、服あげてくださいね」
控えていたナースが、イザークを手伝う。
女医が聴診器で胸と背中の音を聞く。
そして、イザークの喉を調べた。
「はい、いいですよ。じゃあ、最後の生理は何時でした?今月の初め?それとも先月下旬?」
「あっと…」
そういわれて何時だったか思い出す。
「に…二ヶ月くらい前?だったような…いろいろ合って…」
「そうですか…」
女医はなにやら、カルテ以外の紙にも筆を走らせている。

そして、一枚の紙をイザークに渡した。
「これは、産婦人科の地図です。ちょっとね、気になるから…見てもらってください。此方から連絡しておきますから」
お大事に。
そう言われて、イザークは診察室から出た。

「どうだった?」
待合室で待っていたキラが、イザークが出てきたので声をかける。
「あ…婦人科行ってこいって言われて…」
「そっか…」
キラが何考えるような仕草をする。
「キラ?」
「ん??なんでもないよ、行こう」
キラに地図を渡して、一緒に産婦人科に行く。

待合室では、妊婦さんが何人か座っていた。
イザークは産婦人科に来るのが初めてで、しかもまだ18だったので、なんだか妙に緊張した。
呼ばれるまで、二人は端のほうで待った。
キラはイザークの手をぎゅっと握った。
そして、名前が呼ばれ、イザークが中に入った。

キラはそれを優しい眼差しで見送った。



中に入って、数十分。
診察室に入ったイザークは中々出てこなかった。
漸く開いたと思ったら、中からナースが出てきた。
「ジュールさんの家族の方、いらっしゃいますか??」
そう待合室で言われて、思わずキラが立ち上がる。
「あっ、旦那様ですか?」
立ち上がったキラにナースが気付き、近寄ってくる。
「あ…その」
「中で先生がお待ちです、どうぞ入ってくださいな」
ナースに促されて、診察室にキラが入る。

中では、女医とイザークが話をしていた。
イザークはなんだか、落ち込んでいて、キラが入ってくるのを確認すると、
どうしていいのか判らないといった表情をしていた。
「旦那様?それとも…」
「あ、彼氏です。彼女の症状はどうだったんですか?」
キラのためにナースが椅子を出してくれる。
それに座って、キラが女医に話しかけた。

「おめでとうございます。妊娠3ヶ月ですよ」

「そう…でしたか、やっぱり」
「キラ?」
確信したようなキラの発言に、イザークが不思議そうな声を上げる。
「味覚が変わったりしていたので、そうではないかと…」
「そうですか…まだ安定期には入りませんので…産むか産まないか、色々あると思います。
結婚もなされていないようですし。お互いに話し合ってください。そして、来週また、来てくださいね。そこで色々決めましょう」
「あっ…はい」
女医に優しく言われて、イザークは頷いた。
そして、ふわふわした足取りでイザークは診察室からでる。
キラに支払いを頼んでいる間も、心此処にあらずといったふうで上の空。
「イザ?行くよ」
「あ…ぅん」
伸びてきた手を掴んで、ゆっくりと駐車場に向かう。
車に乗り込んだ後も、イザークの思考はどこかに飛んでいた。



官邸から程近い総合病院を出たというのに、車はまだつかない。
しかし、そのことにも気付かないイザーク。
キラは心配しつつも、車をある場所へと走らせていた。

季節は移ろい始め、夕方近くなると寒くなる。
キラは、オーブの森林地帯まで車を走らせた。
此処は、キラの別荘がある場所だ。
「イザ…ついたよ?」
「ん……此処」
「そう。海」
そう言って、キラは先に車を降りて、砂浜へと向かった。
それに続いてイザークも車を降りて、キラの後ろにくっついていく。

懐かしい場所。
たった3・4年前の出来事なのに、それが10年以上前に感じられる。
それほど色々合った。
砂浜の後ろに、別荘が見える。
此処で、約束したのだ。
離れないと。
いつか…一緒になろうと。

「イザ、覚えてる?」
砂浜は歩きづらいので、キラがそっとイザークを支える。
「あぁ…この指輪を貰った場所」
イザークがそっと左手に輝くサファイアのリングをキラに見せる。
「…離れないって、一緒になろうって…覚えてる?」
「うん」
ゆっくりと歩いていた歩調を停めて、キラがイザークに向き合う。
漣だけが、聞える。

「結婚しよう。僕たち…家族になろう」
キラがポケットから何かを取り出す。
イザークの左手をそっと持ち上げて、その薬指には待っているサファイアの指輪の上から、
新たにダイヤモンドの指輪をはめた。
「誓うよ…君に。もう離れないって。そして、君とこれから生まれてくる命のために、僕が平和を守り続けるって…」
「キラ…」
「僕たちの子供…産んでくれますか?結婚してくれますか?」
優しい微笑み。
イザークはキラに抱きついて、静かに泣いた。
早く答えたい、言いたいけど、涙が止まらない。
キラは優しくイザークの頭を撫でた。

誰よりも、辛いものを背負った経験があるからこそ。
キラの言う『平和』という言葉には重みがある。
そして、彼が言うからこそ、イザークは信じられる。
きっと、これからもずっと。
この世界は平和であると。



  
END