flower6



「エザリアのことは…本当に残念だと思っているよ。また、君のこともね。
私への連絡が遅くなったばかりに、人を君の家に向かわせた時には、もう君は追い出されてしまった後だった…」
「しかし、私が困っている所を、アスランに助けていただきましたし…最終的には此処で厄介になっておりますので…」
「君が無事でよかった…エザリアに申し訳が立たないからね。
生前、彼女には本当に世話になった…実はね、私は…エザリアの幼馴染でね。
彼女を本当の妹のように可愛がっていたのだよ」
「!?」
パトリックとエザリアが幼馴染?
イザークは初めて聞く話に、驚きを隠せない。
それはアスランも同じだった。

「お…幼馴染ですか?」
イザークが尋ねる。
「あぁ…その分では、エザリアは君に話していないようだね。まぁ、本当に仲が良かったのは、
学校に上がるまでの話だ…その次に会った時はお互い結婚していたし…君の父上は亡くなられていたがね」
「そうだったんですか…」
「で、まぁ職業も同じであるし、私のほうが先輩だ。それから、良く話たり、会ったりするようになった。
レノア…私の妻だが、エザリアも彼女になついてくれてね…」
アスランが気にしていた、父とイザークの母の関係は、恋愛でもなんでもなかった。
だって、レノアといったパトリックの表情の方は、恋をしている男性の顔だった。
エザリアに対するものは、本当に兄妹の愛情であるように思えた。
「昔は、君も良く家に来て…その、アスランと遊んでいたのだが…覚えていないかい?
本当に小さい頃だから、勿論覚えて無くてもかまわないが…」
「…すみません」
イザークはさっぱり覚えていない。
「私は、血縁関係こそないが、エザリアを妹と思っている。
彼女が死んでしまった今、私は伯父として、君を引き取りたいと思う。
彼女には身寄りもいない…どうだろう?他に君に行く当てがあるのならかまわない…
しかし、調べさせてもらったが…」
「行く当ては…ありません」
パトリックに言う前に、イザークは自分ではっきり言った。

「なら…」
「でも、私は…本当にここにいていいのでしょうか?」
イザークは問いかける。
血縁者でもない。
妹のように可愛がっていた女性の娘と言っても、自分はほとんど面識が無い。
しかも…。
借金を残して死んだ、女の子供だ。

「私は…世間知らずです。ですが…働いて、生きていく道もあると思います」
「借金のことなら…気にしなくてもいいんだ」
パトリックが優しく言う。
「ですが…気にするなと言っても、額が大きすぎます。
私は、借金をしてまで母がしたかったことを何一つ知りません…。」
「そうか…」
すると、パトリックがいきなり立ち上がる。
「イザーク…ちょっと、一緒に来てもらえるかな?アスランは、ここにいなさい」

「エザリアの夢を見せてあげよう…」

パトリックに連れられて、イザークはエレベーターに乗り、地下へと来た。
書庫がある部屋とは別の、もっと奥の部屋。
廊下の突き当たり。
パトリックが扉を開けると、暗闇が広がる。
イザークをその場において、パトリックが電気をつける。
そして目の前に広がる…花。

「…これは…」
「そう、これがエザリアの夢だ…」

一面の花畑。
今イザークがいるすぐ前に、縦横20メートルはある花壇が広がる。
暗室で育ったにもかかわらず、生き生きと育っているその花は、バラだ。
しかも、作るのが不可能とまで言われている、青。
それも、スカイブルー。
暗闇で育つ不思議なバラ。
これが…母の夢?

「…このバラが…母の?」
「そうだ…もっとこっちに来て見てみるといい…ただの青いバラではないよ」
促されて、大輪の花々に近づく。
どの花もとても綺麗だ、そして、キラキラと花びらが光る。
珍しいことはわかる。しかし、ただのバラではないとは、どういうことだろうか。
「このバラはね…難病を治すかもしれない」
「難病ですか?」
「君の父上。そして、私の妻も近年見つかった、まだ特効薬も何も無い病気で死んでしまった。
体中が、ある細菌に侵される…」
「!」
今、初めて自分の父の死の原因を知る。
パトリックは悲しげに花を見つめた。
「このバラの原種は、絶滅寸前だった。栽培が、とても難しい。しかし、
ある製薬会社が特効薬になるかもしれないと、研究を始めてね。
それを知ったエザリアは、その会社や他の製薬会社に薬を作って欲しいと融資をした」
この花が…。
「枯れた後に、どうやら実がなるらしいんだが…中々育たない。
暗闇でないといけない、そして綺麗な水。温度管理。空気。
本当によい環境じゃないと育たないんだ…さぁ。ちょっと光を当てすぎた…出ようか」
この部屋に入ったときと同じように促され、廊下に出る。
イザークはボーっとしていた。
父の病気を治したい一心で、融資をした。
それほどまで愛していたのだ…父のことを。
「結局どこの会社も成功しなくてね…融資も無駄になってしまった。
唯一、私の家のこの部屋だけが、今は無事に咲いているが…まだわからない。
この部屋を作るのと、あの花の株を買った費用が…まぁ借金と言えば借金か」
もう少し話そう。
パトリックはそう言って、今度は書庫にイザークを連れて行った。

「あの花たちを、是非今度は君に守ってもらいたい。
勿論、今の君に知識はないと思うが…ゆくゆくは勉強して、エザリアの夢を実現させて欲しい。
そのために、君を養子として迎え入れたいと思っている」
書庫のソファに座って、パトリックはイザークに言い聞かせるよう話した。
あの花を見て、この話を聞いて、嫌だとは言いたくない。
でも、イザークには引っかかっていた。
アスランのことが。



「エザリアの夢は私の夢でもあった。同じ病気で、愛する人を亡くしてしまったのだからね…」
昨日キラに案内された書庫。
ソファに座って、パトリックと話をする。
「養子の話は…嫌かね?本心を話してくれてかまわないよ」
「母が何をしたかったのかを、知ることが出来てよかったと思います。私も…あの花を育てて、
母の夢を継ぎたいと思いました…ですが」

「アスランのことは…どうお考えなのですか?」
地雷を踏んでも…言っておきたかった。
パトリックの顔色がかわった。
「アスラン?」
「…子供がいない家庭に、養子としていくのはよくあることだと思います…。ですが、小父様には息子がいらっしゃいます」
「アスランが…嫌なのかね?」
「あっ…決してそんなことはありません!!」
イザークはかぶりを振る。
最初のアスランは怖かったが、その理由を知った今、そんなことはない。
「ただ…彼は、言っていました。自分は、父親から愛されていないのだと…」
「…」
「私を気にする前に…ご自分の子のことを、気にするべきだと、私は思います」

言った…言ってしまった。

他人の家族の事情に口を挟むことが、どれだけお節介かなんて判っているが、
アスランも自分からは絶対に言わない。
でも、パトリックには理解して欲しかった。
「アスランが…そう、君に言ったのかね?」
「はい…そうです」
「そうか…どうやら君はとても信用されているようだね」
「?」
「あの子が自分の思っていること、感じていることを人に言うのは、今まではキラ君以外にはいなかった。
私は…あれを見るのがいつも辛かった…レノアにとても良く似ているから」
愛した妻と自分の子。
でも、もう妻はいないのだ。
わかってはいるのに…認められない。
アスランを見るたびに、その後ろにある妻の影が消えないのだ。
「あれが、辛い思いをしていたのを私は知っていた」
パトリックが、手を組み、膝に乗せて苦悩の表情をする。
「だったら!」
なぜ…一言声をかけてあげないのか。
思いを伝える手段は何も、言葉だけではない。
手紙だって、何だってあるではないか。
「…今からでも、遅くはないと思います…アスランは、今でも待っていると思います。父としての愛情を…」
「そうだろうか…」
「きっと…待っています。すべて、話してくれることを」
彼は、ずっと待っていたんだと思う。

その後、パトリックとイザークは、アスランを残してきた部屋に戻った。
「おかえりなさい…父上」
アスランが、ソファから立ち上がる。
「あぁ…」

ぎこちない会話。
でも、それもきっと今日までだ。
「小父様…私は、客間に戻っております…」
イザークは、すぐに部屋を出た。
アスランが、訝しげに目線を遣したが、後は親子の問題だ。







夢を見た。
広い花畑にポツンといる自分。
遠くに見える二人の人影。
だんだんと近づいてきて、見えてきたのは、まだ若い頃の母とそして、きっと父。
そして、父の腕に抱かれているのは、きっと自分。
幸せそうな家族。
覚えてはいないが、事実としてあった出来事だろう。
懐かしい、暖かいものが身体に流れ込む。
不意に、ポンッと方を叩かれて、振り向くと、アスランがいた。
彼が、自分の父母とは反対側を指差す。
そこにも人影、おそらく、アスランの母と父。
そして、幼いアスランが両親に手を繋がれて、楽しそうに笑っている。
アスランはイザークに微笑んだ。
そして。
「ありがとう…もう大丈夫」
そう言って、彼は消えて、風景も幼い自分も皆すべて消えた。
夢は、夢なのだ。

「イザーク?」
「ん…」
どうやら、イザークはソファで寝てしまっていたらしい。
アスランを待っていたのだが、なかなか帰ってこないので、うとうとしていたら、そのまま眠ってしまったようだ。
アスランが、イザークを揺すって起こした。

「イザーク…ありがとう」

満面の笑み。
想いが通じたようだ。
もう、彼は一人ではない。
「よかった…」
「うん。それとね…」
アスランが、イザークと額をくっつける。

「あの花を、君と育てたいんだ」

自分も一人ではないのだ。
イザークは頷いた。
想いは、途切れることはない。
残された種が、また花を咲かせるから。




  END