flower5
4人は一緒に客間を出て、イザークとアスランは食堂のある1階へ、
キラ達は自分達の部屋があるだろう方向へそれぞれ向かった。
「夕飯はなんだろうね…イザーク?」
「…」
一緒に3階のエレベーターホールに向かいながらアスランがイザークに話しかけると、
ぼーっとしているのかイザークからの反応がない。
「イザーク?」
かなりダボッとした上着を羽織って長い廊下をとぼとぼ歩くイザークの顔の前で、アスランはぶんぶん手を振る。
「え?…何か言った?」
「あの…どうかした?」
「…キラって恋人なんかいたんだ…」
ポツリとつぶやくイザークに、アスランはなんだか、もやもやするものを感じた。
「気になるの?」
「…別に」
「そう」
「…アスランは…いるのか?」
イザークはあえて、『恋人』という言葉を使わず、濁らす形でアスランのほうを向き問いかけた。
一体彼女はどういう答えを望んでいるのか。
「いないよ…。いない」
「そうか…」
イザークはアスランに恋人がいないと知って、少しほっとした気持ちになった。
なぜだろうか。
イザークも胸が書庫から帰って来て以来もやもやしていた。
二人が1階の食堂に付くと、すでに給仕たちがテーブルに前菜を用意していた。
アスランに促されるままにイザークは大きく長いテーブルの一角に腰を下ろす。
アスランもその横に腰掛ける。
しばらくしてキラ達も合流し、4人での食事が始まった。
料理はイザークの口にどれも合って、彼女は満足だった。
だが、これからの自分を考えると、今日のような料理も二度と味わえないのではないかとも考えていた。
他愛もない話を交えつつ、夕食は和やかに進んでいった。
シン以外の3人はもう成人しているので、ワインも飲んでいた。
しかも、執事が気を利かせてかなりいい物を用意したらしく、かなり美味しい物だった。
3人は、特にイザークは大してお酒に強いわけでもないのに、飲み終わると、
気を利かせた給仕たちがすぐにワインをグラスに注ぎに来た。彼女も断れずに、
そして美味しかったので勧められるがままに飲んでいた。
デザートが出てきて、食事も終盤に差し掛かった頃。
「ちょっと…イザークさん大丈夫ですか?」
イザークの対面に座っていたシンが、余りにも顔が赤くなっている彼女を心配して声をかける。
「ん…だ…だいじょうぶ」
イザークの飲みっぷりを余り気にしていなかったキラとアスランも彼女を見るが、
イザークの眼は焦点が合っておらず、呂律もよく回らないまでに酔っていた。
デザートを食べるためのスプーンを持っている手も止まっている。
「イ、イザーク!」
「ん…あぁ」
アスランの呼ぶ声にビクッと反応して、テーブルの上に持っていたスプーンをカチャッと落とす。
「す…まない…」
「アスラン、もう部屋に戻ったほうが…」
普段白い肌がアルコールのせいでかなり赤くなっている。
この分だと、ちゃんと立って歩けるかどうかも怪しい。
アスランはイザークに部屋に帰るように促した。
「イザーク、部屋戻ろう?」
「ん」
なんだかよくわからないまま、イザークは返事をして立ち上がろうとするが、ふらついて、アスランのほうに倒れ掛かる。
慌てて、アスランが支え、そうしてやっとイザークは立っていられる状態だ。
赤く上気した肌と少し潤んだ瞳。そして多少荒い息使いにアスランは心臓が波打つのを感じた。
「キラ達はゆっくりしてて…」
イザークは全体重をアスランにかけるような姿勢で、二人はゆっくりと食堂を出て行った。
ふらふらのイザークをアスランは後ろから優しく支えたが、足取りが本当に危なくなってきた。
赤かった顔も悪酔いしてしまったのだろうか、青っぽくなってきてしまった。
このままエレベーターに乗せて大丈夫だろうか。
3階まで上がるより、階段で地下の部屋に行ったほうが早い。
アスランはイザークを抱きかかえた。
「なに…?」
「このままエレベーター乗ったら、イザークやばそうだから…下に行こう?」
「う…ぅん」
意識を保っていられないのか、イザークはうっつらしながらアスランに同意した。
軽いな…。
結構身長高いのに、腰なんか折れそうだし…。
エレベーターホールを通り抜け、廊下の端にある階段をアスランは降りる。
地下について、自室に入り、天蓋付きのベッドにイザークを横たわらせた。
イザークを上から見て、酔って、暑そうだなと思い、自分の上着の前を開く。
すると、真っ白い首と胸元が露わになり、そして、自分が思わずつけてしまったキスマークが目に入り、慌てて上着を元に戻す。
「…参ったな」
アスランは、髪を掻き揚げて、ベッドを離れる。
無意識…だったのだろうか。
彼女の唇を奪ったことは。
自分の口に指を持って行き、触れる。
イザークの柔らかい感触を思い出す。
あの時の感情は…覚えてない。
本当に、自然に体が動いて、彼女を抱きしめた。
恋なのか?
一目ぼれ…。
いや、いきなり養子になると話に出て、あれほど傷つけた女だ。
そんなわけはない。
でも、「恋人がいるのか」とイザークに聞かれ、「いない」とはっきり言った。
あの、真剣に聞いてきた彼女の顔が忘れられない。
どうして、自分に聞くのか…。
「はぁ…」
イザークから少し離れて、アスランはリクライニングチェアに座る。
背もたれを倒して、目を閉じる。
閉じても出てくるイザークの顔…。
今夜は眠れそうにない。
「イザーク起きて…イザーク?」
昨日の酔ったまま眠ってしまった彼女をアスランは起こす。
何度か揺すると、気が付いたのか、もぞもぞと掛け布団から、顔が出てきた。
「…もう…朝??」
「そうだよ?起きられる?」
「…ん…は!!」
イザークが慌てて起きる。どうやら、自分のうちと勘違いしてしまったらしい。
「す…すまない。アスランのベッド…使って」
あのまま酔って寝てしまったことを恥じて、イザークは赤くなる。
「気にしないで」
ベッドの上にちょこんと座ったイザークは、まだ少し寝ぼけていて、綺麗な髪もところどころ跳ねている。
服も、昨日のままだったし、アスランはイザークにシンのところに行くことを勧めた。
「此処にもシャワーあるけど…服も替えたほうがいいし、シンまだいるから」
そういって、アスランはシンの部屋にイザークを連れて行った。
「シン入るぞ」
「はーい」
ノックをして、中に入る。
シンは大学に行く前のようで、カバンにテキスト等をつめていた。
「イザークにシャワーと、服貸してあげて欲しいんだけど」
「いいですよ〜。じゃあ、イザークさんこっち」
イザークはシンに引っ張られて、まずシャワールームに案内される。
「アスラーン!!」
取り合えず、イザークを中に入れて、シャワーを浴びせる。
そして、まだ部屋にいたアスランにシンが話しかける。
「なに?」
「ここで待ってると…イザークさんが着替えられないんだけど…」
そういえばそうだ…。
「す…すまない」
出ていこうとするアスランに、シンが「どっか、隠れて覗きます??」と、にやっと笑ってからかう。
「…外で待ってる」
アスランは、外での待機になった。
「イザークさん出ました??」
「あぁ…」
上がる音がしたので、脱衣所にいるイザークにシンが話しかける。
彼女がシャワーを浴びている間に、シンは自分の持っている服を何着か出して、
色々品定めしていた。
ジーパンかスカートか…しかし、自分ので入るだろうか…。
彼女は身長が自分より10センチくらい高そうだ。
着たら、丈が短そうだし…。
だったら、無難にワンピースの方がいいだろうか…。
うんうん悩んで、結局自分が持っている中でも、シンプルなワンピースを彼女に着せてみることにした。
「下着…新しいんですけど、サイズ大丈夫ですか??」
「…ちょ…ちょっと…」
「はい?」
「胸が…苦しいかな」
「…すいません」
なんで、あんなに細いのに、胸がでかいのか…。
シンは、ちょっと悲しくなった。
「大丈夫ですか?」
「あぁ…なんとか」
「じゃあ、これ着てください」
シンは、脱衣所のドアを少し開けて、イザークに服を渡す。
イザークはそれを素直に受け取り、着た。
少し光沢のある、珍しい生地の服は、光の加減で、白や青に見える。
体のラインをくっきり出すが、嫌味はない。
イザークが出てきた瞬間、シンは見ほれてしまった。
自分が着たときは、あんな感じではなかった。
彼女が着ると、丈は膝上になり、すらっとした足が綺麗に見える。
「…似合ってますよ!!ハイこれ上着」
おそろいの上着を手渡され、まだ濡れていた髪を乾かすためにドライヤーを借りる。
すっかり綺麗になったので、シンは外で待っていたアスランを呼んだ。
「じゃーん!!アスラン、綺麗でしょ?」
シンに呼ばれて、ドアを開き、目の前に現れたイザークに驚く。
綺麗だった…。
「あ…その…」
短いスカートが恥ずかしいのか、イザークは裾を物凄く気にしている。
足もとても綺麗で、スリッパというのが非常に残念だ。
「似合うよ」
気の利いた言葉が出てこない。
しかし、イザークは微笑んでくれた。
「じゃあ、行こうか。父の所へ」
アスランはイザークに手を差し伸べた。
足が震えるのは、これから、起こる出来事への恐怖。
体の震えを何とか押さえようとしたら、アスランがぎゅっと手を握ってくれて。
なぜか、それだけで安心した。
大きな扉の前に着き、アスランがノックをする。
「父上…ジュール嬢を…」
アスランは、彼女を父の応接間へと連れて行った。
中に入ると、自然に手が離れて、ソファに座るように促される。
「体調はどうかね?」
先に座っていた、パトリックに尋ねられる。
「はい、お蔭様でもう大分…」
やはり見るからに厳しそうな方だ。
でも、連れてきてくれたアスランに礼の一つも言わないなんて。
やはり親子関係は冷めている。
イザークは、パトリックの前に座る。
イザークが座ったのを確認して、アスランが退室しようとする。
「あ…あの、ザラ委員長…」
「君に、職名で呼ばれたくはない…そうだな、パトリックや小父さんのほうが…」
最初イザークは怒られたのかと思ったが、そうではなかったらしい。
「では、小父様。ア…アスランと一緒に、お話を伺わせて頂いても…よろしいでしょうか」
アスランと聞いて、パトリックのこめかみがピクっと震える。
地雷を踏んでしまったか?
出ようとしていたアスランも、こっちを不安げに見る。
しかし、此処で彼を、本当の息子をのけ者にして『養子』の話をするのは、やはりこの後の親子関係にも悪いと思う。
和解をして欲しい。
パトリックにわかって欲しい。
「なぜかね?」
「…大体、お話の内容は、伺っております。なので、子息である彼も、聞く権利があると思います…駄目でしょうか?」
不安げに見つめるイザークに、パトリックも折れた。
「…エザリアと同じ顔で、懇願されたら、断るものも、断れないな…こっちに来いアスラン」
許しが出た。
「はい…父上」
アスランが戻ってきて、イザークの隣に座る。
話が始まった。